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部屋全体に重い空気が立ちこめている。実質的に曹操に命をかけて敵と交渉してこいという意味と同義だ。普通の臣下であれば考えつくことすらできない考えであろう。もし考えついたとしてもそれを発言するとしたらよほどの馬鹿か、怖いもの知らずのいずれかだ。
「郭嘉。もし失敗すれば?」
「失敗はございません」
郭嘉は間髪入れずに答えた。郭嘉の目はとても適当に言っているようには見えない。
「面白い!」
曹操はそう言って剣から手を離した。
「分かったわ。すぐに使者を相手に派遣して話し合いの場を設けてちょうだい」
「我が君!」
荀彧がいくら何でも早計すぎるのではと止めようとしたが、曹操はそれを手で制した。
「言わなくても分かっているわ。でもこの孟徳はこんな場所で止まるわけにはいかないの。この程度の困難を乗り切れなければそれまでであったと言うこと。これは私が目指す覇王たる覚悟を見せるために天が私に与えた試練だわ。ならば正面から乗り切って見せようじゃない!」
曹操は眼光を爛々と光らせながら言った。彼女は既にこの件を危機的状況ととらえていない。自分が乗り越えるべき一試練としか考えていないと気づいた瞬間、荀彧はこの曹操の底の見えぬ覇気に背筋が震えた。
「分かりました」
郭嘉はちょっとしたお遣いを頼まれたかのごとく簡単に返事をして部屋を出て行った。
「我が君、私の方では袁術や袁紹の動きに対処すべく裏での画策をしておきます」
戯士才はそう言って部屋を出て行った。何せこれから行われることは、バラさなくてはならないこととバラしてはならないことが点在している行為だ。そのさじ加減は難しい。
「桂花。あなたは臣下の者達をまとめる役をお願い」
「御意」
荀彧もあえてこれ以上のことは何も言わず、返事をして部屋を出て行った。こうなった曹操は誰にも止められない。その場には静かに何かを考え込む曹操だけが残された。
それから一週間後、曹操と青州黄巾賊の頭領との間で話し合いが持たれることとなった。場所は誰にも隠すことができないそれぞれが数万の軍を率いて対峙した地点の中央。
曹操は郭嘉、荀彧、そして戯士才を連れて丸腰で目の前に陣の前へと歩を進めた。夏候惇などは曹操を止めようと前に出かけたがあらかじめ控えていた夏候淵に止められた。
全軍に緊張が走る。万が一、この場で彼女らが死ねば曹操軍の知恵袋たる人物は一人もいなくなりまさしく戦わずして敗北する。
「黄巾の者の頭領よ! 曹孟徳が貴殿らと話し合いに参った! いざ尋常にお相手致せ!」
曹操が叫ぶと黄巾の軍勢の中から一人の少女が前に出てきた。かなり小柄な人物で同じく丸腰だ。
「よろしい、曹孟徳殿、遠路はるばるご苦労であった。こうした形を取ったのは他でもない、今後のためである!」
「今後のためとはどのような意味だ!」
「我々、黄巾は貴殿ら漢軍と矛を交えていることは事実! だが、戦争を望んでいないこともまた事実だ。故に条件さえ整えば貴殿らと手を組むこともやぶさかでは無い!」
「賊のくせに生意気な!」
夏候惇が剣を引っさげ飛び出そうとするが必死で夏候淵が押しとどめる。
「姉者、華琳様に言われてたであろう! 合図があるまで絶対に手を出すなと!」
「だが、あの言われようではまるで我が軍が負けているようでは無いか!」
「確かにそうだが、今はとりあえず落ち着け! さもなければ華琳様にしばらくの間部屋の出禁を食らうぞ!」
そんな後方での言い争いを尻目に曹操達は話を続ける。
「であればその望みとやらを聞こう!」
「一つ、我々の信仰を邪魔するべからず! 一つ、我が軍勢を他の軍と同一するべからず! 一つ、孟徳殿の死と共にこの契約を解消するものとす! 以上の三点が守られれば我々は貴殿らに協力を申し出よう!」
「良いわ! この曹孟徳の名をもって守ることを誓おう!」
「皆の者、聞いたか! 望みは満たされた! 我々はこれより、曹孟徳殿の元で動くこととなる!」
応っとその少女の後方にいた兵士達が答えた。
「若くしてあそこまで臣下の者に慕われるとはあの娘、なかなか逸材ね。何という名?」
曹操が荀彧に小声で聞いた。
「彼女は姓を許、名を褚、字を仲康と申します。何でもものすごい怪力で、片手で牛を引きずることもできるとか」
「それは凄いわね。しかもあの娘、黄巾の兵士達を完璧に指揮しているわ。将としての能力も高い。将来が楽しみだわ」
曹操は口元に笑みをたたえながら、そう呟いた。
この話し合いのみで、曹操軍は青州で反乱を起こしてた黄巾賊、約十万ほどを配下に納め、その軍事力と統治を盤石なものへと変貌させた。これは各諸侯にとっては寝耳に水の事態であり、対応を急ぐこととなったのである。
しかし、袁紹陣営だけはそれでも決して急ぐようなことはせず、ただ状況を静観していた。その行動は逆に不気味なものであり様々な憶測を呼んだが、結局有力な手がかりはつかめなかった。ただ一つ分かっていることはその静観を貫くよう指示した中心人物に田中がいたことである。
彼がどのような思いでこの出来事を見ていたのか、それを詳しく載せている文献は存在しない。ただ、一つ分かっていることはこの青州兵は後の袁紹軍を悩ます大きな存在になることであった。
三国志演義では許褚は黄巾の将ではないのですが、この小説の独自設定として描かせていただきました。