感想蘭でご指摘いただいた方、本当に申し訳ありませんでした。
「演習の大勝利を祝いまして、乾杯!」
袁紹の音頭と共に楽団が一斉に曲を奏で始め、宴会に招かれていた文武官達は酒をあおる。
今回董卓軍と袁紹軍による大演習は郭図が考え出した策によって大勝利を得たのだ。その郭図は今回の勝利の立役者として一番の歓待を受けている。
「それにしてもこの度の郭公則殿の策は見事な策でございましたな」
皆が郭図を讃えている中で田中はこっそりと宴会を抜け出した。もう一人の主役がいなかったからだ。
「ここにいたか」
「田中殿」
田豊は宴会場の外で一人で佇んでいた。その姿は勝者のそれでは無く、むしろ敗者に近い雰囲気を醸し出していた。
「私は無力な人間です。我が君の側近であり、田中殿にこれほど目にかけていただいているのに公則殿の足下にすら及ばない。やはり私は不出来な人間ですね。あらためて我が君の配下の質の高さというものを思い知らされました」
そう。袁紹陣営は曹操に負けたためにあまり注目されないが、当時としては全国的にも名の通った名士達をかなりの人数抱え込んでいる大勢力であるのだ。決して田豊は無能なわけでは無い。むしろ優秀な部類であったろう。しかし、袁紹陣営の中では霞んでしまう。
「私は我が君の側近には似合わないのかも知れません」
「そうでは無いと思うよ」
田豊の言葉を田中は遮る。
「あなたはまだこの陣営の人の特徴を把握できていないだけだ。鳥もいきなり空を飛べるわけでは無い。何度も何度も空を飛ぶ練習をして空を飛べるようになるのだ。人間もまた然り。これから慣れていけば良い」
田中は諭すように言う。
「私ができるようになるでしょうか?」
「ええ」
だが、彼女が成長するには袁紹陣営幕僚の理解がいる。少なくとも田豊側から対立を起こすようなことはこれで無くなるはずだ。これから先の問題は郭図や逢紀となってくる。それをどうするかが田中の腕の見せ所だ。
(曹操との対峙も近い。急がねば)
田中は内心、決意を固めつつも田豊の前では毅然と振る舞った。冷たい風が吹いていた。
「郭公則殿、少しよろしですか?」
田中は次の日、郭図に声をかけた。
「構いませんが、何です?」
「元皓についてなのですが……」
「田さんですか」
一瞬郭図の顔が曇った。
「その様子では元皓のことはよく思われていないのですか?」
「……」
郭図は顔を背ける。
「何がそんなに嫌悪されるのですか? 少なくとも味方同士ではありませんか?」
「あなたはこの漢の豪族についてあまりご存じないようですね」
そう言うと郭図は語り出した。
「我が君もそうですが、ある地域を占領するとその地域の豪族をいかに自分の味方につけるかが重要になってきます。私は郭家、田さんは田家といった具合です。逆に豪族側はいかにして未来ある主君について、かつ重役に登り詰められるかが重要になってきます。もしそれが失敗すれば、自分の地位をなくすだけでは済まされないからです」
「え! どういうことです?」
「豪族側が失権すればその地域一体は別の者の地域となる。つまりどう扱われるかが分からないと言うことです。ひどいときだと奴隷のように扱われる可能性すらある。我々、豪族はそういった全ての責任を背負ってここにいるのです」
「……」
衝撃的な内容に田中は愕然とした。なぜ権力争いがあれほど熾烈になるのかがよく理解できる。
「確かに田さん個人としてはそういったつもりは全くないのかも知れません。ですが、我々は我々なりの仲良くできない理由があるのです」
そう言うと郭図はその場を後にした。
田中はしばらく動けなかった。確かにそれほどの事態ともなれば、仲良くできない理由もよく分かる。しばらく考えた後、田中はある人物の元を尋ねることにした。
「田中殿でしたか……。これはこれは」
陳羣は田中を執務室の中へと通す。彼は袁紹陣営の人事権の大部分を取り仕切る人物だ。田中は陳羣ならば何かしら案があるかも知れないと尋ねたのだ。
「すいません。急に尋ねてしまって。実は……」
田中は事の次第を簡潔に話し、自分の越権行為ではあるがこうした問題をどう解決すべきかを尋ねた。
陳羣はしばらく考えた後にゆっくりと話し出した。
「私自身は陳家の名を背負っていますが幸いなことに陳家は全国的にも名の知れた名士。私にも地方の豪族の方の考えは分かりかねる部分はございます」
されど、と陳羣は続ける。
「元皓殿の尊敬している人物からの頼みです。私としても考え得る限りの手は打ちましょう」
「ありがとうございます!」
田中は陳羣に礼を言う。
「しかし、私としてもできることとできないことがございます。決して完璧にできるとは思われないよう」
「無論です。私としてもできる限りのことはしますので何かございましたら、遠慮無くお申し出ください!」
後に田中のこの行動は歴史書でも語り継がれることになる有名な逸話となる。田中が残してきた功績でもこれが一番大きいという歴史家も少なくはない。
田中のこの行動が後にどういった結果を結ぶのか。それは追々語っていこう。