「……。以上のように臣は天下の平和を望むためにも賊臣袁術を討たんと挙兵することのご許可をいただきとうございます!」
袁紹は皇帝劉協に進言した。時は191年10月。秋の収穫も終え、攻撃するには絶好の時期である。
「う、うむ。なるほど。そちの言わんとしていることは、よう分かった。ただこの混乱が収束したばかりの時期に攻めるのは如何なのじゃ?」
「お答えさせていただきます。現在袁術はあろうことか漢室を天と仰がず、別の人間を天と仰ぐ次第。これはもはや漢の臣下にとって許されない行為であります。しかもそれが我が親族から出ていることに激しい憤りを覚える所存であります。どうか陛下、出陣のご許可を賜りたく存じます!」
袁紹はそう言うと力強く頭を垂れた。
「そうか。貴殿の意向よう分かった。では少し他の者と相談をさせてもらえないか?」
「陛下の思し召しのままに」
袁紹は意外にもすんなりと引き下がった。劉協はその意外さに驚きつつも袁紹を下がらせ、相国の董卓を呼び相談した。
「そちの意見を聞きたい」
「出陣の件に関しましては賛成致します。確かに袁術の行っている行為は到底許される行為ではなく、もしこれ以上野放しにしようものなら漢室の名声は地に落ちることとなるでしょう」
「そうか。だが月よ。朕は心配なのじゃ。あの本初はどこか腹に一物据えているようで油断できん。ましてや同族袁術を討つとは、あまりにも妙だ。さらにここで功名を与えてしまえば後につけあがる隙を与えかねんのでは?」
「その可能性は低いと思われます。何せ袁家といえば四世三公の漢の重鎮中の重鎮。身内から出た問題は身内で解決しようとするのは別におかしな事ではございません。そのようなことを考える可能性は低いかと……。第一つけあがるとしたら、陛下をお助けするときほどの絶好の機はございませんでした。これを逃して今つけあがるのは考えづらいかと……」
「いずれにせよこれ以上、本初自身にその気が無くても本初が功績を挙げれば配下の人間が黙っておるまい」
「なるほど。とっさに妙案は出ませんので一日ほど考えさせてもらってもよろしいですか?」
「うむ。できる限り早急に頼む」
そう言って董卓は宮廷を出て行った。
董卓はその足で一番信頼している賈詡の元へと向かった。
「ねえ、詠ちゃんはいる?」
「あ、これは相国! おつとめご苦労様です! 賈先生なら中で書簡を読んでおられます」
「ありがとう」
門番の兵士に礼を言って中へと入っていった。賈詡は董卓の懐刀のような存在であることから待遇も非常に良い。宮殿からほど近い官僚の家が建ち並ぶ中でも一際大きいのが賈詡の家だ。
「詠ちゃん」
「月! どうしたの?」
賈詡は董卓を見かけるなり読んでいた書簡を放り投げて、董卓を出迎える。すぐに近くの召使いにお茶の準備をするよう伝え、屋敷の中へと招いた。
「実は天子様から……」
そう言って董卓は賈詡に劉協からの話を打ち明けた。賈詡はしばらく悩みこむ。確かに止める道理はどこにもないが袁紹陣営に全くの企みがないかと言われれば、少し疑問を持つ。何せ袁紹陣営と言えば数多くの優秀な謀臣がいる。決して漢室の利益のためだけに動くとは思えない。
「確かに天子様の言わんとしていることは理解できるわ。ただ、断る理由もない。ならばいっそ……」
そう言って賈詡は董卓にある策を伝えた。
「これならば天子様も納得するはずよ」
「確かに! さすが詠ちゃん!」
「べ、別に、このくらい普通よ。まあ月の役に立てたのなら何よりだわ」
少し頬を赤くしながら賈詡は呟く。
「では詠ちゃん。すぐに関係各所に連絡を入れてちょうだい」
「分かった。月は明日にでも天子様にこの策を伝えてちょうだい」
そう言って二人は別れた。漢室を抱え込んだ袁紹ではあったが、まだ漢室と袁紹の関係は一筋縄にはいかない。
それから三日後、袁紹は皇帝の元を訪れていた。
「大将軍に告げる! 逆賊袁術の討伐の任を命じる!」
「この身に余る光栄! 陛下の命、この命を投げ捨ててでも遂行いたします!」
「また、相国董卓に命じる! 大将軍袁紹の配下にそなたの兵馬を預け、討伐部隊に参戦せよ!」
「御意!」
この言葉に一瞬、袁紹が固まる。そしてすぐに袁紹が話し出した。
「陛下、発言の許可を願いたい!」
「うむ。許す」
「本案件は我が精鋭だけで片付く事案でございます! わざわざ董相国の手を煩わせるまでもございません!」
「陛下。私からも発言の許可を」
董卓が一歩前に出て言った。
「よかろう」
「感謝いたします。大将軍の兵馬は確かに精鋭。されど此度の問題は貴殿の問題のみにあらず。漢全体の問題であります。もし私がこの問題を貴殿のみに任せていれば、我が名が地に落ちます。どうか、共闘のご許可を願いたい!」
そう言って董卓は頭を下げた。通常ではあり得ない行動に袁紹は目を丸くし、すぐに董卓の頭を上げながら言った。
「相国、そのようなことはおやめください! そのような崇高なお考えとは、この浅はかな私は理解できておりませんでした。どうか無礼をお許しください。それならば喜んで共闘いたしましょう」
「ありがとうございます!」
こうして袁紹軍と董卓軍は連合軍としての出陣が決定した。
「我が君、面倒なことになりましたな」
その夜、袁紹の執務室を尋ねた逢起は開口一番に告げた。
「面倒とは?」
「共闘という名の監視役を付けられたと言うことですよ。奴ら、実質的には我々をまるで信用していないのでしょう。万が一反乱を起こした場合。ないしは我が君に手柄を独り占めされないように布石を打たれたのです!」
逢起の言葉に袁紹は笑い出した。
「我が君……?」
「いや、あなたの考え、見事に策にはまっていると思うと笑いが……」
「策ですと?」
「ええ。これは元から予測していたことですよ」