今回は少なめの文章です。
「待て! 待たんと斬るぞ!」
「おぬしは待っても斬るだろう」
コントのような会話を行いながら駆ける騎馬が三騎。ふざけているようだが、その中で行われている攻防が本気であることを物語っている。的確に狙う弓矢、時折振るわれる斬撃を槍で躱し、急所を穿つべく放たれる刺穿を体を捻りよける。
一瞬の隙すら許されない攻防だ。
しかし、幸いなことに二人の配下の部隊は追いついていない。どこかで引き返さなくてはならなくなるはずだ。
そのときまで趙雲が持ちこたえれば良いということになる。
(そのときまで私が生きていれば、の話だがな)
趙雲は一人でさえ豪傑と言われる武将を二人相手にまわして戦っているのだ。いくら趙雲が槍使いの名手といえど、厳しいことには変わりない。
「その槍使い、そしてこの風貌……」
夏候淵は矢を放ちながらも相手の事を考えていた。自慢するわけではないが、自分も姉の夏候惇も武勇の腕は相当な物のはずだ。その二人の攻撃を避けながらも攻撃を返し、話す余裕もある人間などそう多くはない。こちらの動きを見ていたということは敵、つまりは袁紹の配下ないしはその協力者である可能性が高い。その中でも槍使いの人間で武勇に優れている。
「顔良や文醜ではないしな……。張郃でもない。一体、誰だ?」
このとき趙雲は確かに有名にはなりつつはあったが、まだ漢全土へ知れ渡るほどの武勇ではなかった。
「貴殿ら、私を追い回しているが、部下達を連れていなくても大丈夫なのか?」
趙雲は夏候惇の斬撃をすれすれで躱し、尋ねた。
「部下……。しまった、部下達を置いてきていた!」
夏候惇が青ざめながら言った。
「姉者、落ち着け。既に文則に任せてある」
「ならばこやつを討ってからでも間に合うな!」
よくもまあ表情をコロコロと変えられるものだと半分感心しながらも、趙雲は逃げる。このままでは埒があかない。
「ただ姉者、時間も時間だ。そろそろ引き上げて本隊を率いねば、華琳様が来る」
「ムムム……。確かに、それはまずい。だがこやつを逃がしては……」
「いや、敵方にこれほどの人材がいると分かっただけでも良いだろう。姉者、退こう」
「……分かった」
そう言って彼女は斬撃を止めた。
「私を逃がしても良いと?」
「ならば決着を着けるか?」
「姉者、止めろ。挑発だ」
夏候淵が鋭い声で言い放つ。趙雲は油断せずに槍を構えている。
「こやつはここで討ち取ろうとすれば時間が掛る。それになかなかの豪傑と見うる。もし殺しでもしたら華琳様がお怒りになるだろう。今、討ち取ることは得策ではない」
「むう……」
仕方が無いといった様子で夏候惇は剣を鞘に収めた。
「と言うことだ。貴殿は行かれよ」
「戦場で会おう」
「そのときは容赦はしない」
夏候淵の言葉を聞くと踵を返し、本隊への帰途についた。
「なるほど~、夏候姉妹がそんなことを~……」
張郃軍へ到着次第、詳細を沮授に報告した。既に彼らは白馬へ駐屯していた。騎馬兵のみで動いたことが功を奏したのだ。
「ええ。あの連携力は驚異です。軍を率いる能力は分かりませんが、腕は確かです。さらに申し上げれば部下にも優秀な将がいると見受けられます」
「名は?」
「文則……と」
「なら于禁の事でしょう~」
「于禁……ですか?」
「ええ。最近曹操軍の中で~、台頭してきた武将集団の一人です~」
「軍師殿。如何なされますか?」
「趙将軍、なぜ私が~貴殿を偵察に~行かせたか分かりますか?」
「戦う可能性があったからでは?」
「それだけなら~別の将でも~勤まりますよ~」
沮授は笑った。
「何か見ていて~気付いたことは~ありませんでした~?」
「気づいたこと?」
趙雲は記憶を呼び戻し、よく考え直す。
「そういえば、率いている将が一人変わった者がいましたな」
「于禁ではないのですか~?」
沮授は趙雲からの報告に質問した。
「いえ、ならば牙門旗が于だと思うのですが、そこに掲げられていたのは廖の文字でした」
「廖?」
沮授は怪訝な顔を浮かべた。
「何か心当たりが?」
「どこかで聞いたことがある気がするのですが……」
そのとき兵士が入ってきた。
「申し上げます!本隊が渡河を開始した模様です」
「分かりました~。警戒を強めてくださいね~」
「御意」
兵士が去って行ったのを確認して沮授は趙雲に言った。
「その者の調査は私の方で行います~。趙将軍は劉備の救援に言っていただけますか~?」
「承知しました。張将軍への報告は?」
「私の方から行っておきます~」
「ありがとうございます。では、行って参ります」
「趙将軍、くれぐれも警戒をしてくださいね~」
「は……、その真意は?」
「劉備が必ずしも味方とは限らないと言うことです~」
「……肝に銘じます」
「ではお気を付けて~」
沮授の言葉は趙雲の心の中に重くのしかかっていた。