「袁術軍が接近中か」
田中は報告を見て呟いた。
洛陽方面に向かわせていた密偵からの報告だ。
「袁術軍はかつて廬先生が討たれた……」
「ああ。間違いない」
許攸の苦り切った顔に田中は頷く。
かつて袁紹軍は袁術軍と衝突。その際に廬植が討ち取られた苦い過去がある。
「袁術軍と曹操軍が手を結べば厄介なことになる。その前に討ち取る必要があるな」
「我が君に報告を?」
「ああ」
田中はすぐに袁紹の元へと向かった。
「我が君。袁術軍が洛陽方面に進軍。狙いは我が軍かと」
「田さん」
袁紹が田豊を呼び出した。
「ここに」
「美……、袁術は我が軍を攻撃するつもりですの?」
「軍の動きからして間違いありません。曹操軍の動きと呼応していることから、密接に連絡を取り合い、頃合いを見計らって我が軍を挟撃するつもりかと」
「よろしい。軍議を開きましょう。董相国の張将軍と呂将軍も呼んでちょうだい」
「御意」
袁紹は主立った将に招集を掛け、今後の方針を話し合うことにした。
「現在、我が軍は南方に曹劉連合軍、西側に袁術軍を見ております。このまま静観を続ければ間違いなく両軍は挟撃の準備を整え、我が軍は危険な状況に立たされます」
田豊が現状の説明を行っていく。
「そこで各将軍方にはご意見を賜りたく存じます」
田豊はそこで一旦話を区切った。
集まった全員は目を閉じ、しばらく誰も発言しない。
「私は曹劉連合軍と短期決戦を行い、袁術に備えるべきと考えます」
郭図が発言した。
「両軍挟撃体制ならば、各個撃破を行う良い機会です。袁術軍よりも少数の曹劉連合軍を先に撃破するのが得策かと」
「ですが、そんなに簡単に曹劉連合軍が撃破できますかな」
発言したのは逢紀だ。
「曹操は青州にいた黄巾の残党を吸収していると聞きます。彼らは実戦を経験しており、我が軍に負けずとも劣らずの戦力とみられます。軽率な攻撃は危険です」
「ならば、どのようにしてこの危機を乗り切るのです?」
「元々、曹操、劉備、袁術は仲が良くはありません。言わば我が軍という共通の敵が現れたがために共闘しているだけの存在。ならば、その足並みを乱れさせてやれば良いと考えます」
「謀略を仕掛けると」
「その通り。これなら我が軍に血を流すこと無く敵を撃破することが可能です」
「ですが、その方法では攻略に時間が掛かりすぎるのでは?」
郭図の疑問に逢紀が答える。
「袁術は猜疑心が強い人物です。特に曹操が狡猾な人間であることは重々承知のはず。その猜疑心を利用してやれば時間はそれほど掛かりますまい」
「元図さんの策を入れましょう」
今まで発言をしなかった袁紹が言った。
「我が君!」
「確かに、公則さんの策も有効だとは思いますが、子龍さんの軍を撃破されたことを考えると正面切っての戦闘は避けるべきでしょう」
袁紹は有無を言わさない強い口調で言い切った。
「これに関しては田中さんの部署と協力して進めなさい」
「「御意」」
田中と逢紀が頷いた。
袁紹は満足げに頷くと議題は別の物に移った。
「田中殿、実際うまく行く策はあるのですか?」
会議を聞いていた許攸が尋ねた。
「不可能ではない。ただ問題は袁術配下の人間に気づく人間がいる可能性がある」
「張勲ですか」
「ああ。奴は謀略に秀でた人間だ。油断はできない」
「張勲は袁術と自分のため以外には頭を使わないと聞きます。それを利用してやれば良いのでは?」
「それしかないな」
そこへ逢紀がやってきた。
「遅くなった。申し訳ない」
「いえいえ、今、袁術対策を考えていたところです」
「ならばちょうど良い。少し相談したいことがあって」
そう言って逢紀は二人に考えていた策を打ち明けた。
呂布と張遼は天幕に戻ると人払いをして話し始めた。
「現状、月達から連絡は来とらんか?」
呂布は張遼の問いに首を振る。
「せやか……」
「どうしたの?」
「実は曹操から密偵が来た」
「……」
呂布は表情を変えずに続きを促す。
「寝返れば月達を庇護下に置くという話や」
「受けるつもり?」
「正直悩んどる」
袁紹は現在、董卓らを庇護下においている。別に権力を振りかざしているわけでもなく、今の状況に文句はない。しかし、袁紹がそのやり方を貫いていても配下の人間にはいい顔をしない者も多いと聞く。だからこそ、今回、袁紹単独での出撃を認めず、張遼達も出撃したのだ。
曹操からはその点を突いてきており、果たしてこのまま袁紹達と組むことが賢明か否かと説いてきていた。
袁紹には窮地を救われた恩義がある。できれば裏切りたくはないが、袁紹の力がこれ以上、強くなれば何が起こるかは分からない。
「月達はこのこと、知ってるの?」
「早馬でな」
「返答は?」
「その返答を待っている」
張遼は大きなため息をついた。
「恋は麗羽を信じる」
呂布が呟いた一言に張遼は目を丸くした。
「お前、それは袁紹の真名じゃ……」
「交換した」
「いつの間に!」
呂布の予想の斜め上をいくカミングアウトに張遼は驚きを隠せない。
「出撃前に猫にご飯上げてたら麗羽が来て話したら交換してくれた」
「はぁ」
「そのときにいい人だったから、恋は麗羽を信じる」
呂布の目はまっすぐ張遼を見ていた。張遼はしばらく呂布の目を見つめ、反らした。
「お前がそこまで言うんや。間違いないやろ」
呂布は頭はそれほど良くないが、恐ろしいほど直感が働く。特に悪人か善人かを見分ける能力は並外れていた。
「うん」
呂布は満足げに頷いた時、外から張遼の副官の声が聞こえた。
「張将軍、董相国から密書が届きました」
「ここへ」
「御意」
張遼が促し、副官が手に携えた密書を張遼の前に置き、天幕から出て行く。
張遼と呂布は顔を見合わせ、密書を開封し中を読み始めた。