主人公だけど出番はまださき。……え?   作:灰恵

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海鳴市に降り立つフレイムヘイズ

 

 

朝のラッシュが落ち着いた海鳴駅に、少女は電車を降りた。学生だったならば、遅刻確定の時間である。しかし、彼女は学生ではなかった。

 

「久しぶり来たけど、変わってない」

「懐かしい?」

 

ぶっきらぼうな少女のつぶやきに、若い男の声が響いた。少女の近くにそれらしき人物は見当たらない。

少女の結わいた髪のシュシュの先、炎の形をかたどった神器(じんき)吠舞羅(ほむら)”。声の主は、“羅紗(らしゃ)(よろい)”ビロウド……アリサ・ローウェルと契約し、異能の力を与える“紅世(ぐぜ)の王”だった。

アリサは返答に声を詰まらせた。

 

「別に……変わったところもある」

 

ビロウドは喉の奥で笑った。いじわるな彼に口を尖らせ、アリサは一人(、、)で駅を出た。

 

行きかう人、人、人。

その中に胸に淡い水色の灯火を宿した人間が、数多く見受けられた。

その灯火を宿すヒトは“紅世の徒”がフレイムヘイズからの追撃を逃れるために、またはフレイムヘイズが『世界の歪み』の衝撃を和らげるために、故人の“存在の力”から作る『人間の代替物』。それを“トーチ”と呼んだ。

 

そんな街の様子にアリサは眉をひそめた。

 

「トーチが目立つわね」

「“紅世(ぐぜ)(ともがら)”か、あるいは“王”か。だね」

「この街にいるのなら、絶対に討伐(とうばつ)してやる」

 

いつも以上の意気込みに、ビロウドは応援した。

 

「その意気だよ、『猩々(しょうじょう)緋手(ひて)』アリサ・ローウェル」

「当然よ。護るために私はこちら(、、、)に残ったんだから」

 

 

 

***

 

 

 

街全体を見ながら調査を進めていく。各地に散らばっている協力者の数は限られている。普段は同業者(フレイムヘイズ)と会うことすら稀だ。

 

「うーん。これは燐子(りんね)かしら?」

「推論はあながち間違いじゃないのかもしれないね」

 

アリサはオープンカフェで地図を広げた。ところどころで食い散らかすようにトーチ(、、、)の数が密集していた。人間だった痕跡(、、、、、、、)を地図に書き留めることで、”紅世(ぐぜ)(ともがら)”の動向を探っているのだ。

アリサの推測にビロウドは賛成の意を表した。

 

「それに、以前と比べて街の様子がおかしい。自在式(じざいしき)のような、それでいて別の何かがところどころに点在してる」

 

地図上にはトーチの他に気になったところ赤い丸で囲んだ。数か所の住宅地の一部や大病院といった場所に自在式に似た結界が張られていた。

彼女が知りえないことっだが、そこにはこの世界に来た転生者の拠点としているところに魔力により結界を張っている所なのだ。

 

「ふむ。以前は感じなかったんだよね?」

「そうね。少なくとも6年前までは……」

 

六年前、私がフレイムヘイズになったとき、他にも“紅世(ぐぜ)(ともがら)”がいないか、調べた時はこんなものはなかった。

 

 

 

「……アリサちゃん?」

「!!」

 

アリサは呼ばれるはずがない名前に振り向いた。フレイムヘイズとなった私の名前を憶えている人はいないのだ。名前を呼んだのは見たことがない少女だった。

 

「……誰?」

 

アリサは眉をひそめ、少女を観察した。彼女が着ているのは、かつて自分も少しの間だけ着ていた聖祥の制服だ。見た目からして1・2年生だろうか。

向こうも人違いだと気づき、謝った。

 

「あ! ご、ごめんなさい! お友達によく似てて、そ、それで……」

「年上の人に話しかけるときは、しっかりと頭の中で何を話すのか、しっかりと考えてから敬語で話すものよ」

「! ごめんなさい」

「ん」

 

まだ、甘いけどこの年じゃ、これが限界なのかしら?

 

アリサは地図をしまう。まだ視線を感じる。

 

「まだ、なにか?」

「あの、お一人ですか? さっき、誰かと話していたような」

 

勘の鋭い子。反応は悪くない。でもマズいわね。さっきの話、聞かれたかしら。

 

少女はきょろきょろとあたりを見回す。しかし、それらしい人物は見当たらなかった。

 

「……電話をしていたのよ」

「そう、だったんですか。ごめんなさい。そうとは知らずに声をかけてしまって」

「問題ないわ」

 

苦しい言い訳をしれっと答え、コーヒーに口をつける。

少女はそわそわと視線がさまよい、言葉を探しているようだった。

 

「お時間ありますか?」

「急ぎの用事はないけど、長居はできないわね」

「ほんの少しだけ、ケーキを食べる時間は?」

 

ケーキと聞いて、ピクリと耳が動いたのを少女は見逃さなかった。少女はにっこりと笑った。

 

「少々お待ちください、お客様。当店のセルフサービスをお持ちします」

「え? あ、ちょっと!」

 

アリサが止める前に少女は店内に入ると、二人分のケーキを持ってきた。

目の前に出されたケーキは黄色いショートケーキだ。ふわっふわの黄色い生クリームがちょこんと乗ってとても、おいしそうだ。

 

さっきショーケースを見たときは、こんなショートケーキはなかったのに。

 

「先ほどは失礼しました。新作ケーキの試食をどうぞ」

「……あなた、いったい」

「このお店のオーナーの娘です」

「……そうだったの」

 

まさか、オーナーの娘に目をつけられるとは。コーヒーを頼んで地図を広げただけだ。なにか勘に触ることをしただろうかと思考を凝らす。

彼女は向かいの席にケーキを置き、失礼しますと一声かけてから、席に座った。

 

「なんなの? あなた」

「高町なのはです」

「名前を聞いてるんじゃ、ないんだけど」

「お姉さんの名前は?」

 

頑固。譲らないのね。

 

アリサは呆れて、ため息をついた。

 

「アリサよ。アリサ・ローウェル」

「え!? お友達と同じ名前だ!」

「そう? 同姓同名なんて、結構いるもんじゃないの?」

「でも、苗字は違いますよ。バニングスです。アリサ・バニングスちゃん」

 

バニングス……。私に似た、パパと同じ苗字。

 

アリサはそのお友達に興味を持った。

 

「へぇ、名前も一緒で、顔も似てるの。あなた、さっき間違えたものね」

「はい。今日は塾に行ってるから、どうしてここにいるんだろうって思ったので」

「声をかけたっと」

「はい。……やっぱり、ご迷惑でしたか?」

「わざわざ、こんなケーキまで用意しておいて? それはないわね」

 

ケーキを小さく小分けして、欠片を口に運ぶ。甘酸っぱさが口の中に溶け広がり、後味も気にならない。

 

「……うん、おいしい」

「よかったぁ」

 

なのはは胸をなでおろした。

 

「お母さんの自信作なんです。あ母さんはパティシエなんですよ」

「そう。お友達とは仲がいいの?」

「はい、クラスが一緒で、今年の5月に仲良くなったんです。すずかちゃんとアリサちゃんといっしょにお弁当も一緒に食べるんです」

 

知らないはずだわ。わたしがフレイムヘイズになった後に生まれたのね。

 

アリサはほんの少し寂しそうに目元を緩ませた。

 

 

――― 生まれてくる子供はね、女の子なら、“アリサ”っていう名前に決めてたのよ ―――

 

 

幼いころに聞いた、母の声を思い出した。

 

「それはよかったわね」

 

思わぬところで証が残されていたことに、胸を熱くした。

 

「アリサさん?」

「ううん。なんでもない。そういえば、あなたはここにいていいの?」

「はい。お店は混む時間が過ぎましたし、お兄ちゃんたちが急に用事ができたとかで、いなくなっちゃって」

「暇なのね。宿題しないの?」

「う、しますよ?」

「早めにやっておいたほうが無難よ。急に用事ができることだってあるんだから」

「お店が終わるまでにこっちでやってるんです。家だと誰もいないから」

 

私もかつてはそうだった。あの日までは。

 

「……親が共働きだと、寂しいものね」

 

 

再びケーキを切り分けた時、――― 背筋が凍る気配に体を震わせた。

 

この気配は、封絶!

 

 

「……急用ができたわ」

 

アリサはフォークを置き、席を立つ。

 

「え?」

 

アリサはなのはに微笑み、別れを告げた。寂しさと悲しさとともに、大切な存在がいることを教えてくれた少女に。

 

「ありがとう。おいしかった」

 

アリサが立ち去ったテーブルには食べかけのケーキが残された。

 

「さっきは急な用事はないって言ったのに……」

 

なのはは口を尖らせた。

 

「まだ、お話ししたかったなぁ」

 

 

 

 

路地(ろじ)に入るとアリサは屋根を飛び越え、封絶(ふうぜつ)が張られた郊外(こうがい)()ける。

 

「間に合え!」

 

 

 

 

 

 

 





なのはちゃんは小学校1年生。時間軸はアリサとすずかの二人とお友達になった後。
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