時間は少し遡り―――
「
「え? あ、ありがとう恭也」
洗い物をしていた忍は手を拭き、恭也から携帯を受け取った。水洗いしているとバイブの音は聞こえないのだ。
相手をディスプレーで確認すると、家からかかっている。
「ノエルかしら?」
忍は控室に引っ込むと通話ボタンを押した。
「どうしたの? ノエル。珍しいじゃない」
『お嬢様。大変なことが起きました。落ち着いて聞いてください』
「? どうしたの?」
『先ほど、すずかお嬢様を誘拐したと、犯人から連絡がありました』
「なんですって!!? いったい誰が!? すずかは無事なの!?」
『それが、すずかお嬢様は今のところ、無事だと。犯人は忍お嬢様に月村の党首から降りるよう要求しています』
「え? それって」
『犯人は
忍は言葉を失った。
「忍ちゃん? どうしたの?」
美沙斗が控室の中に入って来た。忍のただならぬ様子に目を鋭くさせる。
「なにかあったのね。どうしたの?」
忍は
『お嬢様? お気を確かに、お嬢様』
ノエルの声が携帯から聞こえる。
美沙斗は忍から携帯をひったくると、自分の耳に当てた。
「ノエルね? 美沙斗よ。何があったの?」
『美沙斗さま。それは……』
「ノエル! ダメよ! 迷惑はかけられないわ!」
忍は電話の向こうにいるノエルに聞こえるように声を荒らげる。
「忍ちゃん。迷惑だなんて、考えないでちょうだい。あなたは
美沙斗は忍をなだめる。
ね? と忍を落ち着かせた。
「そんな……こと……」
早くに両親を失った忍にとって、美沙斗は母のような存在だった。尊敬してる。強くて優しくて、頼りになる存在。
「……言われたら、頼っちゃうじゃない」
忍の目に涙が浮かぶ。
「頼りなさい」
はっきりと自信があふれた言葉。
美沙斗は忍の肩を抱き寄せた。
「―――……助けて」
か細い声は、しっかりと美沙斗の耳に届いた。
「任せなさい」
夜の一族のことを伏せて、忍はすずかが誘拐されたことを伝えた。
「なるほど、財産を狙う親族ね。 本当なら警察や弁護士に任せるのが一番、いいんでしょうけど……」
「ダメ、頼れないわ。息がかかってるかもしれないもの。党首といっても、私、力なんてないわ。それに、アイツは前から嫌がらせをしていたの、捕まってるすずかが心配よ」
「そうよね」
気に触れた犯罪者が、か弱い少女を見て誘拐以上に何をするかわからない。最悪、性犯罪や殺されることだってある。
美沙斗は素早く計算し、策を練る。
「犯人が分かってる。場所も分かってる。そして、要求も……相手の戦力は?」
『お嬢様、今、さくら様が屋敷にご到着いたしました』
『忍! 聞こえる!?』
「さくらさん!」
電話の向こうから、若い声が聞こえた。忍の良き理解者、
『3日前に、自動人形が奴に盗まれたわ。その中に、イレインがいるの』
「なっ!!」
「イレイン?」
美沙斗に聞かれ、口を一度閉じた。
『忍、その人は信用できる人?』
さくらの静かな声が問いかける。
「ええ。もちろんよ!」
忍は問いにしっかり答えた。
美沙斗は胸の奥を熱くさせた。お互いに目を合わせ、信じ会う。
情報の不備は危険に陥ると判断して、さくらは意を決して話す。
『うちの家の遺産の一つなの。自動人形。つまり、人間のように精密に動くロボットのことで、その中でも、イレインっていうのはケタ外れに自我が強くて、主のいうことを聞かないから、凍結されたのよ。壊せばいいのに、芸術品がどうとか、遺産がどうとか、頭の固い連中が、物珍しさにとっておいたのよ』
「迷惑な話ね」
『全くその通りで、腹が立つわ。そのうえ、攻撃力も他と比べたら、段違いなのよ』
「数は?」
『イレイン自体は一体よ。盗まれたのは計7体』
「なら、戦力は数より質のようね」
『ええ』
「忍? まだ終わらないのか?」
ドアから覗いた恭也に二人は振り向いた。恭也は二人の視線にビクリと肩を震わせた。
「ちょうどいい、恭也。あなたも手伝いなさい」
「は? え?」
「恭ちゃんがいれば、百人力ね」
二人は当然のことのように話を進めていく。
『ノエルがそっちに向かってるわ。私はここで、無事を祈ってるわね。手伝えなくてごめんなさい』
「何言ってるの。情報だって
『……ありがとう』
恭也はこっそりと忍に聞く。
「何を?」
「車の中で話すわね」
状況が飲み切れていない恭也に、忍は苦笑いを浮かべた。
三人は控室を出ると、ちょうど学校から帰って来たなのはと出くわした。
「ただいまー。 あれ? 出かけるの?」
「ええ、急用ができちゃって。急いでいかないといけないの」
「え!」
「ごめんね、なのは。 美由希が買い物から帰ってくるだろうから、それまで、ね?」
一緒に店をお手伝いできると思っていたなのはは、しょんぼりと肩を落とした。
美沙斗は、目線まで腰をかがめ、なのはの頭をなでる。
忍は士郎と桃子の姿を見つけると声をかけた。
「すみません、急に家に戻らないといけなくて、早退します」
「兄さん。私と恭也もね」
「三人も?」
桃子は首を傾げた。
士郎は戦士の目をした美沙斗を見て、何かあると気づき、うなずいた。
「よし、いってこい。店のことはまかせろ」
桃子は頼りになる士郎の顔を見上げた。店の状況を考えても、そろそろ空いてくる時間帯だ。
「そうね。いってらっしゃい」
桃子も笑顔で見送る。
士郎は美沙斗にこっそりと耳打ちした。
「うんと、こき使って構わんぞ」
誰を。とは言わない。
美沙斗はにやりと笑い。
「もちろんよ」