主人公だけど出番はまださき。……え?   作:灰恵

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美沙斗の過去





”紅世の徒”

 

 

 

 

――― 十数年前 台湾

 

数刻前まで活気づいた街にいた男女の二人は、人気のない路地を駆け抜けていた。

静馬(しずま)美沙斗(みさと)何者(、、)かから逃げていた。

標的にされた二人は化け物と称するにふさわしいモノに追われているのだ。

 

あれ(、、)はなんなの!? 静馬!」

「わからない。だが、危険だと勘が告げているんだ!」

 

 

 

 

――― 最初はなんでもなかった。

 

「(なんだ?)」

 

だが、気が付くと人が減っているように感じた。そう感じられたのも、日ごろの訓練によって周囲の気配に気を配っていたから気付けた小さな違和感。

 

自分の隣で出店の店員と値切り交渉をしている美沙斗にちらりと目を向けた。彼女は気付いていないようだ。

 

周囲に目を配らせていると、その違和感が秒を追うごとに大きくなり、数メートル先の人間が音もなく炎上した。それを皮切りに美沙斗の手を引き走り出す。

 

「!? どうしたの? 静馬!?」

「ここは何かマズい! 逃げるぞ!」

「何かって?」

「気付かないのか!? 人が減っているだろう(、、、、、、、、、、)!?」

「?」

 

人をかき分けながら走る静馬をしり目に美沙斗が首をかしげるのも無理はない。”存在の力”を感じることができない人間が、違和感に感じられるほど勘のよい人間は稀だ。

しかし、これが二人の命運を分けた。

美沙斗はスピードを緩めずに後ろを見た。

 

「な、なに!?」

 

美沙斗の目にもはっきりと人が炎上するところを見たのだ。なのに、その人間の周囲の人々は何事もなかったかのように通り過ぎる。

否、ゾンビが人間を食らい、その人間が新たなゾンビとなるように徐々に、徐々に音もなく炎上する人間―― “存在の力”を喰われていく人間 ――の数がどんどん増えて広がっていく。

 

 

「ヒッヒッヒ、逃げろ逃げろ――― これはゲームだ! 楽しい、楽しい……“(存在の力)”をかけたなぁ!!」

 

ゆっくりと、なぶるように獲物を追う。

二人は何から逃げているのか分からなくとも、“紅世(ぐぜ)(ともがら)”・“悪喰(あくじき)”ウィルスには二人の位置が手に取るようにわかっていた。

封絶を張らずに”存在の力”を喰うことはとてもリスクを伴う行為だ。真っ先にフレイムヘイズに追われて討伐されるからだ。しかしそれでも、ウィルスは恐怖に身をすくめた人間の顔が大好きで、“紅世(ぐぜ)(ともがら)”でありながら“紅世(ぐぜ)の王”に匹敵する強さを持ち、生半可なフレイムヘイズでは返り討ちにされてしまう厄介な能力も同時に持ち合わせていた。

 

「ヒヒッ、俺様から逃げれると思ってるのかねぇ……」

 

ウィルスは跳躍して屋根の上に降りる。人外の彼らには3階以上ほどの建物でも朝飯前だ。

ターゲットとして選んだ二人は、路地の中を逃げている。それを細く微笑みながら、恐怖に歪んでいるであろう顔を思い浮かべ、舌なめずりした。

 

二人は狭く薄暗い複雑な路地をジグザグに走る。地元の人間でさえ迷うこともある路地は、方向感覚を狂わせる。しかし、静馬の頭には何度も通ったこともあって、行きたい方向に正しく向かっていた。

背後からのどす黒い気配が遠のいた。

 

()けたか?」

 

もうすぐ路地を抜ける。

抜けた直後、屋根の上から飛び降りた人陰に、美沙斗は声をあげた。

 

「!! 静馬! 上!」

 

土煙を立たせ着地したウィルスの口―― 白いライダースーツを着込んだ男に見える、人の形をした人ではないモノがかぶるヘルメット――が裂け、咆哮をあげた。

 

「俺サマから逃げれると思うなよぉ!」

 

「くっ、美沙斗! 逃げろ!」

 

静馬は気迫に押され腕で顔を守る。コイツを倒さなければ生き残れないと本能で悟った。

美沙斗の背中を押し、もう一方で腰の小太刀に手をかける。

 

「静馬!」

 

私も残る! と口を開きかけた。だが、静馬の瞳は強いまなざしは、行け!と言っている。

 

「……お腹の子、大事にしろよ……」

「っ、……」

 

フッと目元を緩めた静馬に美沙斗は言葉に詰まった。一歩、二歩下がると、出てきたばかりの路地に戻った。

美沙斗の走る姿を視界の端に捉え、敵がジリっと動いた気配に、静馬は袖に隠し持っていた飛針(とばり)を足元に放った。

 

「行かせはしない」

「ハッ、人間風情が言ってくれるじゃねぇの」

 

おもしれぇ。これはこれで楽しめるかぁ?

 

敵の口が更に裂けニヤリと歪ませた。

 

 

 

 

 

―――― 知っていたのね

―――― ずっと黙っていたのに

―――― ずるい人

―――― こんなところで、こんな形で、言わなくたっていいじゃない。

 

 

 

 

 

美沙斗はただならぬ不安から歩みが止まる。

 

 

 

 

 

―――― イヤだわ。こんなにも、私って弱かったの?

 

 

 

 

 

ドオォォォン

 

「!!!」

 

背後の爆発に振り返った。

 

「・・・しずま・・・?」

 

脳裏に静馬の顔が横切る。

 

 

 

戻るか否か。

 

 

 

美沙斗は二の足を踏む。

ここで戻らなければ二度と会えないような気がした。しかし、戻れば静馬の覚悟を踏みにじってしまう。

美沙斗は自分のお腹に手を当て、意識を向けた。正確には、中にいるであろうまだ見ぬ我が子に語り掛けた。

 

「もう少しだけ、我慢してね」

 

まだお腹は目立っていないが、確かにそこにいるのだ。

美沙斗は顔を上げ、前を向く。彼女の覚悟は決まった。

 

 

 

 

静馬は張りつめていく空気に、息を整える。ウィルスは口の端から緑色の舌でぺろりと舌なめずりした。

静馬は使い慣れた御神流を駆使すべく、眼光を鋭く研ぎ澄ませ、敵の動きに集中する。

 

これは戦いだ。守るためではなく、命を懸けた殺し合い。

 

先に動いたのはウィルスだった。右手の指が五本の触手と姿を変わる。昆虫を思わせる指先に代わり、骨をなくしたように柔軟に動くそれは、静馬に襲い掛かる。

静馬は右に回避し、触手は地面に突き刺さる。触手の隣を身を低くして滑るようにウィルスに近づき、小太刀を抜刀し左下から振り上げる。

 

「ハッ!」

 

ウィルスは左手の五本の指を触手と変え、先端から一つに捻じれると硬質なドリルとなって小太刀を受け止めた。触手と小太刀の間に火花が散る。

 

「人間にしてはやるじゃねぇか」

「……化け物が」

 

接触している小太刀を右手のみで支え、静馬は地面を蹴り上げる。小太刀を軸にウィルスの頭上を回り、左袖の隙間から鋼糸(こうし)―― ワイヤー ――を伸ばしウィルスの首にかける。首に食い込んだ感触が手に伝わり、背負い投げを応用した力で首を落とす。さらに刃を手前に持ち替え、(わき)の下の隙間から背中を刺す。

その間、わずか数秒。

 

「がはっ!!」

 

ウィルスは口から血を吐いた。背中から胸にかけて貫通した体からは何も出ない。

彼がフレイムヘイズだったならば、それだけで淡く緑みの黄色の炎 ―― 刈安(かりやす)色の“存在の力” ―― が血のように噴き出し消滅していただろう。

 

ウィルスはニヤリと口元を緩めた。

 

「捕まったのはどっちかなぁあ?」

「……」

 

ウィルスは右手の柔軟だった触手を固く変質させた。触手は三又に別れ、先端を鋭く尖らせると静馬のわき腹を串刺した。

 

「ぐっ、」

「オラよっと!!」

 

静馬は苦痛に顔を歪ませる。

ウィルスは首に締まる鋼糸も、体に刺さる小太刀にも気にも留めない力で、静馬を投げ飛ばした。

 

 

ドオォォォン

 

 

叩き付けられた壁に穴が開き、痛みが背中を襲う。脆い建物はその刺激だけで屋根から崩れ落ちた。

静馬は体を押し潰す瓦礫を渾身(こんしん)の力で、蹴り上げ退かす。力を込めたことで、抑えている傷口から大量の血が腹から出血する。額から流れた血で視界が悪い。口の中に溜まった鉄の味を吐き捨てた。

 

「ヒッヒッヒ。 まぁ、人間にしちゃ、よくできたぜぇ?」

 

ウィルスはニタニタと静馬の様子を見ていた。

捕食対象である人間を(もてあそ)ぶため、“悪食”と呼ばれるが美食屋の彼は静馬に対し、普通の人間にしてはよくできた方と称賛できる程度の興味を引いた。同様に“紅世(ぐぜ)(ともがら)”と人間の差を見せつけるほど余裕を見せつけた。

 

「だが、そろそろ貰うぜぇ。 てめぇの、“存在の力”をなぁあ!!」

 

ウィルスは腕を人の形に戻し、5本の指を突き出した。

静馬は身構えた。だが、その必要ななかった。

体が音もなく炎上した。刈安色の炎が地上に打ち上げられた魚のようにのたうち回る。

 

 

 

「静馬ぁぁぁああああ!!!!」

 

 

 

ああ、美沙斗の声が聞こえる―――

 

 

静馬は“存在の力”と姿を変え、―――

 

周囲一帯(いったい)の地面から群青の炎が()き立ち、一挙(いっきょ)頭上(ずじょう)へと通り抜けた。

地面に残されたのは奇怪(きかい)火線(かせん)紋章(もんしょう)、頭上に形成(けいせい)されたのは陽炎(かげろう)のドーム。

世界の流れから内部を切り離し、外部から隠蔽(いんぺい)する、自在法(じざいほう)封絶(ふうぜつ)』が張られた。

 

――― ウィルスの口の中へ吸い込まれた。

 

 

 

 

 

人ならぬ者たちが、この世の日の陰に跋扈(ばっこ)している。

古き一人の詩人が与えた彼らの総称を、“紅世(ぐぜ)(ともがら)”という。

自らを称して“渦巻く伽藍(がらん)”、詩人名付けて“紅世”―― この世の歩いてゆけない隣 ――から渡り来た彼ら“徒”は、人がこの世に存在するための根源の力、“存在の力”を奪うことで自信を顕現(けんげん)させ、在り得ない不思議を起こす。思いの(まま)に、力の許す限り、滅びのときまで。

彼らに“存在の力”を喰われた人間は、いなかったことになる。

これから伸び、繋がり、広がるはずだったものを欠落させた世界の在り様は、歪んだ。“徒”の自由自在な跳梁(ちょうりょう)に伴い、その歪みは加速度的に大きくなっていった。

やがて、強大な力を持つ“徒”たる“紅世(ぐぜ)の王”らの中に、そんな状況(じょうきょう)への危惧を抱く者が現れ始めた。大きな歪みがいずれ、この世と“紅世”双方に大災厄(だいさいやく)(もたら)すのではないか、と。

そして、一部の“紅世(ぐぜ)の王”らは、同胞を狩るという苦渋の決断を下した。

彼らの尖兵(せんぺい)、あるいは武器となったのは、“徒”への復讐を願い誓った人間……己が全存在を“王”の器として捧げ、異能の力を得た人間……討滅者“フレイムヘイズ”。

 

 

 

 

 

あの日、日常を侵食した“紅世(ぐぜ)(ともがら)”により静馬を失い、目の前にいる静馬はトーチという仮初めの存在であると知らされた。

 

「トーチを忘れたくない。ねぇ……。アンタも変わってるわねぇ」

「そんなら、フレイムヘイズになっちまえよ!!」

 

二人で一人(、、、、、)のフレイムヘイズは言った。

 

「いやよ。だって、フレイムヘイズになったら、今度は私のことを誰かが忘れちゃうんでしょう?」

 

フレイムヘイズは頭をかいた。

 

「まあ、そうなんだけどね……。しょうがない」

 

フレイムヘイズはため息をつくと、栞をくれた。

 

「これは?」

「アンタが望んだものよ。特殊な自在式を埋め込んであるの。とりあえず、それを持っている限りは、こちら(、、、)のことを覚えているわ」

 

(てのひら)にある栞を優しく握りしめた。

 

「ありがとう」

 

嬉しさのあまり、涙声で礼を言った。

 

「ただし、気をつけなさい。封絶の中で受けた傷は、修復を受け付けずにそのまま反映されるんだから」

 

 

 







美沙斗に栞を渡したのはフレイムヘイズで群青色の炎をもつあの人です。

……わかるかな?

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