篠ノ之束の憂鬱な日常 作:通りすがりの仮面ライダー
また一年を経て、私は中学三年生になった。その間に修学旅行とか色々イベントがあったんだろうけど、まぁ私には関係ない。行かなかったし。
「ん。邪魔するぞ」
よく知る声が玄関口から響き、ちらりとそちらへ視線をやる。
「いらっしゃい、ちーちゃん」
予想通り、そこに立っていたのは
肩からスポーツバッグを下げ、ポニーテールに纏めた髪がさらりと揺れる。所属は剣道部で全国大会優勝、成績はほぼ毎学期でオール5。まさに文武両道を体現している完璧美少女中学生。
そんなちーちゃんが私のような問題児の友達なのだから、世の中わからないものだ。
「よっす」
「六条か。......というか、二人揃って何してるんだ?」
「「モンハン」」
また六条に薦められて買ってみたものの、これがなかなか面白い。たまにバグがあったりしてイラつくこともあるが、六条曰く「それも含めて良い」とのこと。
いや、それでもこの当たり判定は修正して欲しいんだけど。
「この美脚魚野郎、明らかに当たってないタックルなのに吹っ飛ぶんだけど」
「気にするな、アフリカではよくあること」
「何処のアフリカに空間超えてタックルしてくる巨大魚がいるんだよ」
しかもこれ、異常に攻撃力は高いわスタン値高いわでどう考えても詰む。壁際に追い詰められてあえなく三墜ちし、私は溜め息を吐いてゲーム機をソファーの上へと放り出した。
......やっぱり下位防具じゃキツいか。
「もう中三だというのに、余裕だな」
「だって、別に高校入試レベルだったら何処だろうと余裕だし」
「ま、束はそうだろうな」
納得したように頷き、ちーちゃんは続けて六条へと視線を向けた。
「で、六条はどうなんだ?」
「んー......そこのみたいにぶっ飛んで頭良いわけじゃないけど、まぁ藍越くらいだったら余裕だろ。別に日本最難関ってわけでもないし」
「足元掬われるかもしれないぞ」
「掬われるほど遊んでるわけじゃない。夏休み以降は真面目に勉学に励むよ」
ぷらぷらと手を揺らして六条が返し、ちーちゃんは「そうか」とだけ言って口元を緩める。......目付きとか言い方とか若干キツい時もあるけど、ちーちゃんは基本的に割りと優しいほうだ。私はともかく、六条を少し心配していたのだろう。
......心配するだけ損な気がしないでもないが。
「じゃあ束、シャワー借りるぞ」
「どうぞー。あ、タオルとか洗面所の使っていいから」
廊下の奥へと消えるちーちゃんの背中を見送り、私は寝転がってPSPをつつく馬鹿に目を向ける。正直、この状況は普通の男子中学生からしたらなかなか羨ましいものなのではないだろうか。私を含めて美少女二人と同じ屋根の下、うち一人はシャワー中なのだ。レアなんてものじゃない。
それが少し気になって、私は煽るような口調で声をかけた。
「ちーちゃん、シャワーだってさ。覗きに行かないの?」
「ほう。貴様は俺に死ねと言いたいわけだな」
「それで死ねるなら本望じゃない?」
「アホか。"シャワー中の女子中学生覗いて撲殺された"なんて死因、俺は嫌だぞ」
本当に嫌そうに顔を歪め、六条はカチカチとボタンを操作する。ふぅん、と私は漏らしながら何とはなしにその顔を見つめていた。
「本当に興味ないんだね。枯れてるの?」
「んなわきゃねーだろ。人様程度には興味あるっつーの」
......随分と堂々とした宣言だけど、そこからして色々と外れてるような。普通そういうのは言葉を濁すとかするもんじゃないのか。間違っても同年代の女子──それも私レベルの美少女を前に言うことではない。
......ひょっとして、女子として見られてないのだろうか。
「別にお前や織斑が女としての魅力がないとかそういうやつじゃないから安心しろ。客観的に見れば確実に全日本で上位3%以内には入るだろうさ」
「......そいつはどうも」
この妖怪め。まだ何も言ってないというのに。
「あれだ、俺基本的に二次元にしか興味ないからさ。遠慮なくシャワーとか浴びてくれたまへ」
HAHAHA、と笑いながらそう告げられる。......なんかうまく話を逸らされた気がするけど、まぁいいか。
「あ、そう言えばさ。ちょっと篠ノ之に聞きたいことがあんだけど」
「? ......何さ?」
強引と言えば強引な話題転換。しかし本気で気になっているような声音のそれに、私は尋ね返した。
「お前って、なんか夢とかあるわけ?」
「────」
思わず、驚きに目を見開いた。
「......いきなり何さ。どういうつもり?」
「いや、別に。もう中三だし、お前が将来何するつもりなのかちと気になってな」
横になって、六条はモンハンを続けながらそんなことを言う。その表情はこちらからでは見えない。
「織斑はあれだ、世界最強でも目指しそうな感じがするけどさ。お前は何する気なんだ? 世界征服とか?」
「オマエは私を何だと思ってるんだ」
失敬な。そんな面倒なことするわけないだろ。
だが、まぁ。
「......夢、というかさ。六条がいう"将来の夢"みたいなのじゃないのならあるけど」
「ほーん?」
適当な相槌。呑気な声に若干の苛立ちを覚えながら、私は口を開き────
「..................やっぱ言わない」
「そこまで溜めといて言わねぇのかよ」
「言ったら絶対笑うし」
「笑わねーよ、ほら言えって」
「本当に笑わない?」
「ホントホント」
「本当に本当に本当?」
「ホントのホントのホントだ──っていつまで続くんだよこれ」
ほら早く言えよ、と急かす声。私は渋々ながら口を開いた。
「..................
一瞬の空白。
そして暫しの沈黙が場を支配し────ブフォ、と吹き出す音が背後から響いた。
───この野郎。
「ちょ、おま、痛ぇ!?」
ちょっとキレたので脛を蹴り飛ばした。それだけじゃ収まらないので転がして背中を踏んづける。いつかの再現だが、今回はスパッツを履いてるので
「だから言いたくなかったんだよ! 悪かったね、子供っぽい夢で!」
「ぐふッ!?──いや、別にお前の夢を笑ったわけじゃないんだけどさ」
そこで切ると、六条はへらりと笑いながら。
「案外、篠ノ之ってロマンチストなんだなーと思って」
「~~~~~ッ!?」
あろうことか、そんなことを言い放った。
あまりの羞恥に血が上り、顔が真っ赤に染まる。思わず叫びたくなるような衝動に駆られ、代わりにがすがすと背中と頭を蹴りつける。下で「ぐふぉ!?」とか「や、ちょ、タンマ──」とか声が漏れているものの知ったことではない。
「だ、れ、が──ロマンチストだぁッ!」
「ステイ! 篠ノ之さんステイ! このままだとフルボッコになってまう!」
数分後。私はふー、と唸りながらも一応足を止める。だがこいつを許したわけではない。というか絶対許さない。
「......私も言ったんだから、六条も言いなよ。不公平だろ」
ぎろりと真下の馬鹿を睨みなから、そう告げる。結構踏んだり蹴ったりしたのだが、案外けろりとしているのがまた腹立つ。もう一回蹴ったろうか。
「んー......まぁ、そうだな。別に特にはないんだけど」
そこで切って、むむむと六条は考え込んだ。
「織斑が世界最強で、篠ノ之が世界征服だろ?」
「違ぇよ」
今までなに聞いてたんだ、こいつは。......いや別に聞かなくてもいいんだけど。
「なら、俺は────世界平和、とかかね?」
「はぁ?」
思わず顔をしかめる。何を言ってるんだ、こいつは。
「そんな柄じゃないだろ、オマエ。なに、正義の味方にでもなるわけ?」
国境なき医師団にでも入る気なのだろうか。
そう考えながら吐いた言葉だったのだが。
「あー、うん、そうか。"正義の味方"、ねぇ」
「......?」
「──成る程。悪くない」
この時のアイツの表情がどんなものだったかは、詳しくはよく思い出せない。
だけど、この時私が僅かに──ほんの僅かに抱いてしまったのは。
紛れもなく、『恐怖』だったのだ。
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