篠ノ之束の憂鬱な日常   作:通りすがりの仮面ライダー

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一章
6/幻想


 

 

 

 最初に抱いたのは、既視感だった。

 

 それは小学五年生に上がった時のことだっただろうか。教室の隅でひたすらノートパソコンに向かい合っている少女はあまりに印象的で、今でも思い出せる。

 それは世間に興味を持たない、いわゆる天才と呼ばれる人種のように見えて──一方で、単に意地を張った少女のようにも見てとれた。眉間に皺を寄せながらカタカタとキーボードを叩く顔は、泣きそうになるのを堪えているようにも見えて。

 

 そしてそれを遠巻きにして見ている教師や級友を見て、俺は殺意にも似た敵意を抱いた。

 

 何故誰も認めてやらない。何故あの様を見て何も思わない。幾重にも重なっている心の防壁。徹底的に他人を無視しようと努めるその様子は、今までどのような思いをすればああなるのだろうかと思わせられる。

 

──理解が出来ない? それはお前が放棄しているだけだろう。

──自分たちとは人種が違う? それは大きな勘違いだ。

 

 あれは人間だ。例え天才だろうが、人間なのだ。他人に認めて貰いたい、受け入れて貰いたい、愛して貰いたいと願う人間なのだ。

 それを『怪物』だと。あまつさえ規格外の化物だと言うのなら──それを"怪物"にしたのは、人間そのものだろう。

 

 そんな余りにも痛ましい怪物(天災)を見ていられなくて、俺は殻を無理矢理にでも叩き壊して引きすりだした。ああ、それは端から見ればただのマッチポンプだろうさ。だがそれでも、俺は彼女を"人間"にしたかったのだ。

 

──だからこそ。俺は彼女の夢を、叶えたいと思った。思ってしまったのだ。余りにも純粋なその夢を。

 

 

「そのためには、世界(お前)が邪魔だ──」

 

 

 これは彼女の夢から溢れ堕ちた幻想(ユメ)にすぎない。所詮は借り物であり紛い物。あの美しい夢にはなり得ず、そしてどう足掻いても不可能な理想だ。

 

 "世界平和"。だがそんな馬鹿げた幻想(ユメ)を実現するため、ここに愚者()が立っている。

 

 

 

 

▲6/幻想

 

 

 

 

 六条計都が失踪した。その事実が巻き起こした影響は多大なものだったと言わざるを得ないだろう。

 まず第一に、IS開発者たる篠ノ之束が国外へと逃亡したことが挙げられる。というより諸々の問題のほとんどがそれに起因しており、これによって日本が持ち得る技術的アドバンテージが失われたことは様々な論争を巻き起こした。

 

 無論、日本とてこのような事態を静観していたわけではない。様々な追っ手を──それこそISすら投入して篠ノ之束を拘束すべく全力を傾けた。

 それは他のIS開発国も同様であり、アラスカ条約に批准した二十一ヵ国の全てが追っ手を差し向け──そして、その悉くを挫かれて終わることになる。

 

 だがそれもそのはず、最先端の技術を生み出す原点たる篠ノ之束にとってはISすらも既存の技術に過ぎないのだ。自身が生み出した兵器故にその弱点も構造も何もかもを掌握している。

 第一世代など歯牙にもかけず、第二世代のISですら一蹴されて終わる──そんな規格外の存在に、いつしか各国は篠ノ之束を確保することを諦めていた。ISを投入されても壊されて返されるのだ、損失が余りにも莫大すぎる。

 

 

 

 そして。様々な事件の渦中に位置する張本人、"天災"たる篠ノ之束は、香港に位置するとあるビルの屋上で溜め息を吐いた。

 

「うん、また駄目だったよ」

『そうか。......無理はするなよ?』

「あはは、心配性だねちーちゃん。私は"天災"だよ?」

『っ、束......!』

「あはは──うん、ごめん。ちょっとふざけた」

 

 ISコア同士のネットワークを介した通信の向こうで織斑千冬は声を荒げ、篠ノ之束は摩天楼を見下ろしながら謝罪した。

 無理矢理にでも狂人を演じ(テンションを上げ)なければ、鬱々とした感情に呑み込まれそうになる。重苦しい溜め息が高層ビルの屋上を吹き抜ける風に散らされ、束は何処か遠くを見つめていた。

 

「......アイツさ、何処行っちゃったんだろうね」

『さあな。だが、どうせろくでもない事を企んでるに決まっている』

 

──六条計都は失踪した。だがそれには不可解な点が多い。

 そもそも六条はISのコアを取り込むことで生き永らえているとはいえ、三年の間に身体能力は大きく低下している。よってそんな遠くに──それも篠ノ之束ですら追えないほどの深淵に身を隠すことは不可能に近い。つまり、六条計都は何者かによって連れ去られたと考えるのが妥当だ。

 しかしながら、それにしては抵抗した痕跡もなく、むしろ発覚を遅らせるため布団の中に枕を詰めるという古典的手法で誤魔化そうとした形跡すらある。加えてその誘拐犯が潜むには、あまりに病室は狭い。六条に悟られず長期間潜伏するのは困難を極めるだろう。

 

──つまり。六条計都が自ずから誘拐された(・・・・・・・・・)と考えると、全ての辻褄が合ってしまうのである。

 

「......なに考えてるのか知らないけど、ぶん殴ってでも捕まえる」

『当然だな。しかし本当、何を考えているのやら──』

 

 昔からあっちへふらふら、こっちへふらふら。猫もかくやという自由さで以て何処かへ行ってしまうことはあったが、今回のそれもその類いなのだろうか。

 そう内心で思いを馳せていると、束はふと背後に誰かの気配を感じ、振り向くことなく声をかけた。

 

「クロエちゃん?」

「はい、束様」

 

 揺れる白髪に、黒いメイド服。まさに人形のような白磁の美貌を誇る少女 "クロエ・クロニクル" は束の背後で一礼する。

 

「六条様を拉致した組織が、恐らくですが掴めました」

「......ガセだったら許さないよ?」

「そう(おっしゃ)ると思いまして、全ての情報について既に洗っています。九分九厘これで間違いないかと」

 

 己を主と仰ぐ少女からISコアネットワークを介して送られてきたレポートを端末で読み込みながら、束は目を細めた。

 

「"亡国機業(ファントム・タスク)"──ねぇ?」

「各国の中枢に手を伸ばしている組織です。規模からして五十年以上前から存在しているようですが」

「......下手をすればそれ以上前。ルネサンス時代から世界の裏で暗躍する奴等か」

 

 馬鹿馬鹿しい、と一笑に伏すにしてはその存在を肯定しているデータは多い。考慮の内に入れる価値はあるかと判断し、束は眼光を鋭くする。

 

「ありがと。これは、少し近付けたかもしれない」

「御身の助けになればこそ、至上の喜びです」

 

 千冬に先程のレポートをペーストしたものを送信し、束はやりにくい、と一人ごちた。

......欲に塗れた目をした輩に下手に出られることは慣れていても、幼い少女にかしずかれることには慣れていないのである。無論、表立ってそのような感情を示すことはないのだが。

 

「あと、報告することある?」

「......一夏様、箒様のご入学くらいでしょうか」

「ああ、そうだったね。いっくんと箒ちゃんがIS学園に入るのかぁ......何か送ってあげたほうがいいのかな?」

「お言葉ですが、突き返されることになるだけかと」

「だよねぇ」

 

 一夏はともかく、束を嫌悪する箒はろくに開きすらしないだろう。それはそれで傷付くのだが、と束は苦笑した。この"天災"たる篠ノ之束を『傷付ける』ことができる存在などそうそういるものではない。

 

「......束様。一つ、よろしいでしょうか」

「いいよ。何だい?」

「一夏様は、何故ISを扱えるのでしょうか」

 

 ISは女性にしか扱えない。それはもはや常識であり、絶対的価値観だ。故に女性権利団体等が暴走し、軍事にまで手を伸ばした結果としてこの『女尊男卑』の歪な世界が成立してしまっている。勿論別に全ての女性がISに乗れるわけではなく、単に最低条件を満たしているに過ぎない。しかしながら偏見や一度根付いた思想に常識など通用するはずもなく、こうして全世界にこの差別思想は成立しているのだ。

 

───しかし。織斑一夏はIS乗れて"しまった"のだ。もしこれが他の男性でも可能なのだとすれば、全ては一気に逆転する。

 

「何故いっくんがISに乗れるか。それはね......残念ながら、まだ分かってないんだよね」

「え」

 

 目を見開くクロエの姿に、束は薄く苦笑した。

 

「なんだい? その顔は」

「......いえ。少々意外でして」

「私だって何でも知ってるわけじゃないよ。私にわかるのは、知ってることだけさ」

 

 篠ノ之束は天才だ。しかし同時に、自分以上の才覚を持つ超人が過去の歴史を掘り返せば何人も存在していることを理解している。天才ではあるが全知には至らない。万能ではあるが全能ではない。

 故に、

 

「だからクロエちゃん。これからもお願いね?」

「御意のままに、御主人様(ミロード)

 

 篠ノ之束は、他人に頼ることを知っていた。

 

 

 


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