「よう。相変わらず辛気くせぇ顔してるな」
執務室を出ると、壁に背を凭れ掛かった天龍さんが声をかけてきた。私の事を待ってたのかな?ううん、きっと偶々だよね?自意識過剰‥‥‥だよね。
「別に‥‥‥そんな事無いですから」
風雲よ。
居るって分かってれば平静を装う事も出来たんだけど。急でそんな事出来なかった。天龍さんから見ても私は落ち込んだ暗い表情だったんだよね。だって、仕方無いよ。折角旗艦に抜擢してもらって、提督の虎の子の装備まで貰ったのにあんな結果だったし。はぁ。兎に角余計な詮索をされる前に天龍さんから逃げたい。これからはせめて、みんなの足を引っ張らないくらいにはならなきゃ。輸送任務くらいは人並みに出来るようにしないと。
「なぁ、ちょっと時間有るか?付き合えよ」
上手い言い訳を思い付かなくって。天龍さんのその誘いを断れなくて。言われるままに流されて天龍さんの後ろをついていった。
天龍さんはボラードの右側の突起の上に腰掛けて、私は天龍さんの隣、海側に足を投げ出して埠頭のコンクリートの上に座った。
「‥‥‥演習の事ですか?」
沈黙したままっていうのも耐えられなくて。何より早く立ち去りたかった私は、自分から話を切り出した。『駄目だ』って否定されて、裏方として出来る事をやりますって言って、それで早くおしまいにしたかったから。
「んー、そうだな。初めてにしちゃ悪く無かったと思うぜ?」
違うの。そうじゃない。私の実力じゃないの。ズルなの。『夕立の力の一端』を借りてただけなの。あれが使えれば誰だってあのくらいの指示は出せる。ううん、きっと私よりも上手く扱える。もしアレを阿賀野さんが使ってたら舞鶴艦隊にも勝ったかも知れないのに。
「あれは‥‥‥その‥‥‥」
でも、私は言い出せなかった。もしこのリボンを失うような事になったら、元の何の取り柄も無い自分に戻ってしまう。提督もリボンの事は誰にも言わないって言ってたし。私がバラさなければ、私は『他の艦娘よりも認識できる範囲が広い』って事にできる。通常の電探と併用すれば、深海棲艦の動きをいち早く察知できる。戦闘は得意じゃないけど、輸送作戦ならきっと役に立てる。そう思ったら‥‥‥何も出来ない役立たずな自分と決別できるこのリボンの能力を暴露する事は、例え天龍さん相手でも出来なかった。
「ま、いいけどな。それで風雲、お前はどうするんだ?」
「それは‥‥‥遠征なら役に立てるかな、って」
天龍さんに「ハァ~~~」って盛大に溜息をつかれた。「お前それでも艦娘かよ?」って。だって、仕方無いよ。誰にでも不得意な事はあるんだよ?私だって、出来るなら戦闘で貢献したいけど‥‥‥私じゃ出来ないもん。
「よし、風雲。お前明日からオレの部屋に来い。その腑抜けを少しは叩き直してやる」
えっ?天龍さんの部屋に?嫌だな‥‥‥行きたくないな‥‥‥。
けど、それを否定する根性が私にあるわけもなくて。「はい」って呟くような小さな声で返事をした。血気盛んな天龍さんの事だもん。きっと実戦の訓練とかなんだよね。やっていける自信無いよ。
「んじゃ、明日のヒトロクマルマル、必ずオレの所に来いよ?」
そう言って、天龍さんは立ち上がって歩いて去って行った。はぁ。明日から、か。憂鬱だけど行かなきゃ、な。
トボトボと歩いて自室へと向かう途中、暁先輩と会って。私の部屋移動の事を教えて貰った。「これから宜しくね!暁が一人前のレディの御手本を見せてあげるから!」って意気込まれた。暁先輩のそんな仕草にちょっとだけ和んだけど、直ぐに気持ちは下がった。
私の荷物自体は多くないし、荷物の移動も暁先輩が手伝ってくれたお陰で手早く済んだ。「今日は疲れてるでしょ?お風呂入って汗を流してくるといいわ!」って言ってくれたからまたお風呂。
あーあ、私も出来るなら暁先輩みたいになりたかったな。
湯槽でお湯に鼻のすぐ下まで顔を沈めて、ブクブクと息を吐きながらそんな事を考えてた。夕雲型は本来なら最新鋭の駆逐艦で、スペックなら他の艦娘に負けない筈で。でもそれはあくまでもスペックに限った話。『駆逐艦の実力はスペックじゃない』って誰かが言ってたように、私にはもっと艦娘として重要な部分が足りてないんだろうなぁ。
やめやめ。もうお風呂は出て明日に備えよう。また明日から神通さんの訓練はあるんだし。時間に遅れたらどんな罰があるか分からないし。
浴槽からあがって、体を拭いて、髪を乾かして。部屋に戻ってみたら暁先輩はもう眠ってた。ベッドに入る前に力尽きたみたいで、フローリングの上に敷いてあるカーペットの上で横になって寝息を立ててたわ。フフッ。実年齢は分からないけど、暁先輩の見た目は私よりも幼いものね。歳相応って言っていいのかな?起こさないようにそっと抱き上げて暁先輩をベッドに寝かせて。さて、私も寝ようかな。
そんな私の視界に、ふと何かが映った。可愛らしい、如何にも歳相応な暁先輩の机に広げられたままのノート。出しっぱなしなんて、暁先輩も案外だらしないのかな?でも何が書いてあるんだろう?秋雲みたいにイラストとか?あ、でも暁先輩なら秋雲とは違ってきっとメルヘンな絵を描いてるんだろうな。
悪いとは思いつつ、気になって内容を見てみた私には、驚きしか無かった。そのノートにびっしりと書かれていたのはイラストなんかじゃなくて。作戦の内容、各艦娘がどう動いたか、どう攻撃したか、結果どうなったかと、それについての考察。それが、沢山。
思わず息を飲んで、そのノートを最初のページからゆっくり読んだ。最後のページに書かれてたの、この前の空母水鬼戦の事だった。
暁先輩も、密かに努力してたんだ‥‥‥。全然そんな風には見えなかったのに。あ、読み終えたのはいいけどコレどうしよう。やっぱり戻しておいた方がいいよね?
そのノートを閉じて、しまってあるであろう場所を探す。あ、あの衣装ケースの蓋が開いてる。きっとアレね。
ノートをケースの中に仕舞おうとして、私はまた手を止めた。ケースの一番上には同じようなノートが見えたんだけど、そこに『No.44』って書いてあったの。私が今持ってるノートを見てみたら『No.45』って書いてあった。勿論、ケースの中にはナンバリングの数だけ作戦の書かれたノートがあった。
これ全部読ませてもらえたら、私でも少しは変われるのかな?でも暁先輩に頼むのは恥ずかしいし‥‥‥そうだ、暁先輩が眠った後にちょっとずつ読めば分からないよね?とりあえず、今日はこのNo.1を少し読んでから寝ようかな‥‥‥。
自分でも驚くくらい真剣にノートを読んでいた私は‥‥‥そんな私の背中を後ろのベッドから薄目で眺めながら満足そうに口元を緩めていた暁先輩には気が付かなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふぁぁ‥‥‥提督、こんな時間にナニ~?」
部屋から出てきたパジャマ姿の鈴谷さんは、欠伸をしながら眠たそうに目を擦ってる。もしかして寝てたのかな?ちょっと申し訳無かったわね。
「ごめんね、鈴谷さん。急な予定が入っちゃったの。申し訳ないんだけど明日のマルナナマルマルに執務室に来てくれる?」
「りょーかーい‥‥‥ふぁぁ‥‥‥」
もう一度大きく欠伸をした鈴谷さんは、まるでスローモーションみたいなゆっくりした動きで部屋に戻っていった。あの分だと覚えてないかも知れないし、一応熊野さんに起こしてもらうように頼んだほうがいいっぽいわね。
沖立です。
もう分かったとは思うけど、鈴谷さんはショートランドに一緒に着いて来てもらう子の一人。勿論、何があるか分からないから加賀妖精さんにも一緒に来てもらうわ。何だか嫌な予感もするし。
呉鎮守府の守りは勿論疎かに出来ないから、大和さん達には残ってもらうし主力を全員連れては行けない。今回参加してもらうのは鈴谷さん、天龍さん、阿賀野さん。それから‥‥‥ヌイヌイちゃん。ヌイヌイちゃんは本当は連れて行きたくはないんだけど、本人がどうしても『連れていけ』って折れなくて。向こうで作戦を開始する頃にはヌイヌイちゃんの体調も戻ってるとは思うけどね。舞風、野分の二人が取り残されてるし、陽炎型二番艦‥‥‥『不知火型一番艦』としての責任も感じての事だろうけど‥‥‥それでも、ううん、だからこそ凄く嫌な予感がする。
状況次第だけど、最悪の場合は私も出るつもり。だって、彩雲の情報から見て深海側が何か仕掛けて来るのは間違いないもの。如何にも『罠』って感じだし。きっと深海側の艦隊を指揮してる姫級か鬼級が居る‥‥‥レ級じゃなければいいけど‥‥‥。
それでも助けに行かない訳にはいかないけどね。私としても白露を放っては置けないし、龍驤さんをこんな所で失う訳にはいかない。
あ、それから。一人連れて行くかどうかヌイヌイちゃん以上に迷っている子が居る。うん、そう。風雲ちゃん。本当に状況次第なんだけど、風雲ちゃんの力がどうしても必要になるかも知れない。はぁ、どうしてもっと早く風雲ちゃんの力に気が付かなかったんだろう。ホント、私もまだまだ駄目ね。
さて、それじゃ工廠に顔でも出しておこうかな。艤装なんかの相談もしなきゃだし。
周りに気遣ってもらう風雲さん。彼女の意識が変わるのは何時になるのでしょうか。『駆逐艦の実力はスペックじゃない』とは勿論、神風さんの言葉ですね。
ポイポイ、渦中へ。フラグを一本建てて、次回へ。
申し訳ありませんが次回は来年となります。
次回メンテでの長波様改二とは別に、村雨改二のウワサが出てますね。さてさてどうなる事やら。
では、早いですが良いお年を。