誰が言ってたか忘れちゃった。艦娘は前の大戦の軍艦の記憶があるって。だから、今なら思い出せる。雷霆万鈞。あの時の、ソロモン海戦での駆逐艦夕立の鬼神の如き躍動が。ハッキリと思い出せる。本能で分かる。その時どう撃ったのか、どう動いていたのか‥‥‥今この時、どう動けばいいのか、どう撃ったらいいのか。アタシの中の駆逐艦夕立が叫ぶっぽい。『あの時のように撃ちまくれ、撃て、射て、討て。擂り潰せ、押し潰せ』って。
川内さんの事言えなかった。アタシも‥‥‥夕立も戦闘狂だったのかも。アハハハハッ。
駆逐イ級ってこんなに脆かったんだね。たった一発の砲撃で落とせたんだ。
ジグザグに海を駆け抜けながら、続けて三発。二発が命中したイ級が沈んでって、一発が当たって大破して煙をあげて動かなくなったイ級を左手で持ち上げる。なーんだ、イ級って思ったよりも軽い。重さ、感じないっぽい?
風を切るような音が聞こえて、アタシは顔をあげた。『弾が止まって見える』ってこういう事を言うんだね。初めての感覚だぁ。大荒れの雨の中を飛んでくる弾丸の軌道、ハッキリ見える。あ、直撃コースだ。避けきれない。でも平気っぽい。だって、左手に盾持ってるもん。
左手のイ級をぽいっ、と射線上に投げ飛ばす。同時に何かが切れたようなニブイ音と、左手に衝撃が来た。左腕の筋肉が幾つか切れたっぽい。ま、痛み感じないからいっか。アタシ、完全にハイになってるっぽい。
目論み通り、アタシを狙ってた弾は空中でイ級に衝突、爆発。その光のお陰で驚いた表情してるタ級の顔が見えた。あ、撃ったのはタ級かぁ。そっか。待ってて。今‥‥‥壊してあげる。
嵐の海は好都合。波と爆発の煙が、アタシの姿を掻き消してくれる。
今なら外す気がしない。右舷に3隻、左舷に4隻。イ級に向かって砲撃。ほら、全弾命中だよ?提督さん、誉めてくれるかなぁ?
轟沈寸前のイ級を一匹拾い上げて、盾代わりに前に抱えて全速前進。タ級の砲撃が飛んで来てるけど、全部イ級に当たってる。アタシ賢いっぽい!誉めて誉めて~。
駆逐艦のアタシじゃ、戦艦クラスの装甲を抜くのは容易い事じゃ無い。でもさ、どんなに硬い装甲の船だって、内側から攻撃されたらひとたまりも無いよね?
抱えてたイ級を思いっきりタ級に投げつけて、魚雷発射。タ級には当たらないかも知れないけど、自分が投げたイ級になら当てられる。ほら、直撃。上手くタ級の前で爆発してくれた。
「キサマ、コシャクナマネヲ」
あ、タ級って喋れたんだ?新たな発見。『コシャクナ』だってさ。あ、でももう喋れなくなるんだからどうでもいっか?
イ級の爆発に紛れてアタシはタ級の後ろを取った。島風ちゃんじゃないけど、口にしてみる。
「貴女って遅いのね?」
焦って振り向いたタ級の口に、アタシの連装砲を押し込んだ。やったね!上手く行っちゃった。ほら、さっき言ったヤツ。装甲の内側に攻撃されたら、ってヤツ。
「鉛弾をご馳走してあげる」
二発、三発、四発、五発。悲鳴をあげる事も出来ないタ級はアタシが撃つ度に汚いモノを撒き散らしながら絶命。口から上が無くなったタ級だったモノが、ゆっくりと沈んでいく。あれ?もう壊れちゃったの?
これで、あと二匹。イ級とタ級。え?空母ヲ級?そんなの最初に壊しちゃった。だって、香取先生に教わったし。艦載機を放ってくるって。だから、その艦載機が発艦する筈の帽子みたいな艤装の口に魚雷を3本ブチ込んであげた。一番呆気なかったっぽい。
ほーら、次はイ級かな?って向きを変えたアタシ。何かが上から降ってくる事に気付いた。反応しきれなくて体を半分右側にずらして避けようとした所で、丁度左の掌に重い衝撃。思わず確認してみたら‥‥‥左手の手首から先が無くなってた。あ、血が溢れてきてる。
衝撃を与えてきた主、タ級じゃなかった。だって、秋津洲さんが『セーラー服が二隻』なんて言ってたんだし、普通なら戦艦タ級だって思うっぽい。
でも。それは違った。体格はアタシと同じくらい。太股あたりから下の足が無くて、イ級の顔みたいな艤装のホバークラフト?みたいなのが付いてて浮いてる。瞳が真っ赤に光ってて、肌が青白くて。髪もアタシと同じくらいの長さで、帽子は被ってない代わりに犬耳みたいにクセっ毛の白髪が跳ねてて‥‥‥頭にアタシと同じ匠意の蝶結びのリボンがあって‥‥‥セーラー服も‥‥‥色こそ黒ばっかりだけどどう見てもアタシと同じ白露型の‥‥‥‥‥‥あれ‥‥‥貴女は‥‥‥?
アタシの手首を抉ったのは、ソイツの左腕に付けられた主砲だった。砲撃じゃなくて直接殴ったっぽい。バーサク状態が一気に冷めたアタシの身体には、急激に痛みが襲ってきた。うわっ、アタシこんな状態だったんだ。確かに砲雷撃の中を走り回ってたけど‥‥‥身体中が痛過ぎて動けない‥‥‥。
そんな状態の苦しむアタシを、狂喜を湛えた表情で見ているソイツ‥‥‥駆逐棲姫は確かにこう口にした。『ヤット、見ツケタッポイ』って。
その言葉に思わず顔をあげたアタシ。でも駆逐棲姫の姿は視界に無かった。直後、背中に衝撃。アタシの背負ってた艤装が砲撃されて半壊。痛いっ‥‥‥!
『沈メ‥‥‥沈メ‥‥‥!』
ソイツは笑ったまま、アタシに向かって砲撃。何度も直撃して、その度に身体が激痛に襲われる。でもどうしてアタシは沈まないの?まさか‥‥‥手加減されてるっぽい?のたうち回るアタシの姿を嘲笑う為に?
『憎イ‥‥‥モット苦シメ』
ソイツの砲撃がアタシのお腹に当たった。衝撃で胃から内容物が逆流してきて、吐いた。
ヤバイ。この深海棲艦はヤバイっぽい。苦しめて、苦しめて苦しみ抜いた後にアタシを殺すつもりっぽい。きっとその後はヌイヌイちゃんと秋津洲さん‥‥‥もうボロボロだけど何とか、何とか止めなきゃ。
ソイツの左腕の砲が再びアタシに向いた。それで、やっとの事で顔を向けたアタシに向かって、ソイツは赤い瞳で見つめながら舌なめずりしてこう言った。
『サァ、素敵ナ パーティ、始メマショウ?』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『不知火ちゃん』
後方を走る秋津洲さんからの通信。やっと安全圏まで逃げ切ったのでしょうか?最後尾のポイポイは無事でしょうか?不知火はそれで初めて後ろを向いて立ち止まりました。
『不知火ちゃん、あの‥‥‥』
ハァ、言いたい事が有るのならハッキリと言ってもらいたいものです。まあ、仕方ありません。秋津洲さんも恐怖を感じていたのでしょうし。不知火も鬼ではありませんから、返事くらいはしてあげても‥‥‥。
『夕立ちゃんが‥‥‥いないかも』
‥‥‥は?今何と言ったのでしょうか?待ってください、今頭を整理している所ですから。えっと‥‥‥。
『夕立ちゃんが‥‥‥付いて来てないかも』
「‥‥‥‥‥‥どうしてっ!どうしてもっと早く言わないんですかっ!!」
失念していました。完全に不知火の落ち度です。ポイポイは、夕立はそういうヒトだったのに。きっと、初めから一人残って囮になる為に、不知火達を逃がす為に『全力で走れ、振り向くな』なんて言ったに違いありません。嗚呼、何という事‥‥‥!
後方へと走り出したのですが、直ぐに合流した秋津洲さんに腕を掴まれて止められました。離しなさいっ!早くしないとポイポイが‥‥‥夕立が‥‥‥不知火の大切なヒトが‥‥‥!!
思わず主砲を向けました。けど、秋津洲さんは離してはくれなかった。不知火に完全に抱き付いてきました。
「夕立ちゃんの行動を無駄にしないで!あたし達のやる事は‥‥‥」
そんな事、貴女に言われずと分かっています。分かっていますとも。けれど‥‥‥人は理性だけで動いている訳じゃないんですよ!
「秋津洲、離しなさい!でなければ、貴女を此処で沈めてでも助けに行きます!」
不本意な事に、秋津洲さんの方が冷静でした。この嵐の中、先程無理矢理に二式大艇を飛ばしたらしいのです。通信が届く範囲まで行けば、呉から応援を貰えるからと。
事実、彼女の判断は正しかった。呉鎮守府で待機していた艦隊が此方に向かってくる姿が、遠くに微かに見えてきました。これでポイポイを助けに行ける。早く、今すぐにでも。
遠巻きながら、艦隊の姿がハッキリとしてきました。おや?一人だけ見慣れない艤装の人が?いえ、一度見たことのある巨大な艤装‥‥‥まさか、戦艦武蔵ですか?どうして此処に?
しかし、そのシルエットがよりハッキリ見えてきて、それが違う事が分かりました。艤装は確かにソックリ。けれど、それを駆る女性は長い黒髪をポニーテールで結わえていて、白い肌。赤いミニスカートに白を基調にした服。それに艤装には不釣り合いな番傘。まさか‥‥‥まさか、ですよ?あれが‥‥‥。
『不知火さんですね?夕立さんの所まで案内をお願いします』
聞こえてきた通信の声は、やはり初めて聞いた声でした。そうです。彼女こそ、日本が誇る超弩級戦艦の一番艦‥‥‥。
さて、夕立の敵は‥‥‥察しの通り先代ソロモンの悪夢。続きは次回。