抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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食い込んだ悪意

許さない。

 

今の私にあるのは、怨みと憎しみ。そう、深海棲艦達のそれと何ら変わらない。彼女達と決定的に違うのは、私がまだ人間だという事。ううん、艦娘だもの。普通の人間から見れば私も充分に化け物かも。

 

忘れもしない、あの日。

東郷総長達は、旧大本営を倒した。

一般的に言えば、旧大本営の行った事は非人道的かも知れない。人類の敵、深海棲艦を産み出した諸悪の根元であり多くの艦娘が苦しむ元凶だったかも知れない。

 

けれど。私にはそんな事関係ない。あるのは『クーデターは私から全てを奪った』という事実だけ。

 

‥‥‥家族も、愛する人も、私の存在価値すらも奪ったという事実。

 

当時。旧大本営の中枢に居た父さんは逮捕され、獄中自殺。元々身体が弱かった母さんはショックで病死。旧大本営の、艦娘・深海棲艦研究部門に居た私の婚約者にも逮捕状が出た。彼は私を残して自殺。身を案じて彼の家へと走った私は、首吊り自殺していたその亡骸を見つけた時その場で泣き崩れた。

 

世間は手のひらを返し、父さんや彼の事を『犯罪者』や『人類の敵』と罵った。

私は『人類の敵、犯罪者の娘』と親戚からすら疎まれ、遠ざけられた。

毎日のように浴びせられる罵倒に、刺すような周囲の視線。家の壁にも『死ね』とか『出ていけ』とか沢山落書きされた。家の中に居ても、外に居ても同じ。私には休まる場所なんて無かった。

 

苦しい。息をする事さえ辛い。食事も喉を通らず心身共に衰弱していた私は、せめて彼の後を追って死のうと痩せ細った身体に鞭を打って、まだ取り壊す前の彼の家へとフラフラと覚束ない足取りで向かった。

 

ろくに食事を取っていなかったせいもあって、酷く長い距離に感じられた道のり。道行く私を罵倒する人も居たし、冷たい視線を向けてヒソヒソと話す人達も居た。『まだ生きてたの』とか『早く居なくなればいいのに』とか囁く人達。

 

そんな声に耳を塞いで、やっとの思いで辿り着いた彼の家。合鍵で久しぶりに扉を開けると、誰も居ない筈のリビングの方から微かに声が聞こえて来た。

元々死ぬつもりだったし、強盗が居て犯されるかも知れないのだとしても気にしない。それに死ぬなら彼が首吊りしたリビングまではどうしても行かないと。せめて同じ場所で死にたかったもの。

 

声の主は、テレビだった。もう電気すら通ってなかった彼の家でテレビがついているなんて有り得ない事。映っていたのは旧大本営の犯罪を解説している番組。

 

不思議に思った私の視界に、あるものが映り込んだ。テーブルの上にちょこん、と座った、丁度リスくらいの大きさの小人の人形。赤みがかったボブヘアーの、セーラー服を着た二頭身の人形。その人形が、テレビの画面を向いて座っていた。その人形が、突然こっちを向いた。

 

私と同じ、何もかも疲れたという表情をしていたその人形‥‥‥『艦娘・初代駆逐艦雷』に乗っていた妖精さんとの出会いが、あとは死ぬだけだった私の全てを変えた。

 

妖精さんが見えるイコール艦娘としての力がある、というのは彼から聞いて知っていた。‥‥‥私にもその力がある?艦娘になれる?艦娘になれば‥‥‥。

 

その初代雷の妖精さんは今の私の唯一の協力者。初代雷を失い、人間の闇の部分に絶望していたその初代雷妖精さんと一緒に、私は生きる事にした。別人の戸籍を手に入れて、整形して顔を変え名を変えて。私は横須賀鎮守府の門をたたいた。

初代雷妖精さんを知っている関係者は少ない。唯一知っているとすれば、艦娘・初代漣に乗っていた妖精さん。でもその初代漣の妖精さんも今は別の場所に居て、余程の事が無い限り気付かれたりはしない。

 

初代雷妖精さんは依り代を失った野良妖精として。私はその初代雷妖精さんに見出だされた艦娘候補として。横須賀で艦娘になる事が出来た。けれど、唯一にして大きな問題があった。復讐を果たすには、艦娘としての私では力不足だった。

 

重雷装巡洋艦のような圧倒的な雷撃能力も無いし、空母のような多大な航空戦力も持ち得ない、戦艦のような強力な砲撃力があるわけでも無い。艦隊の楔になる事はできるけれど、中心戦力としての強さは足りない。事を起こそうものなら、あっという間に制圧されるのは目に見えている。

 

今のままでは間違いなく目的は達成出来ない。かといって協力者を探すのはリスクが大き過ぎる。バレる訳にはいかない。きっと、きっと何か手がある筈。そう思って私は沸き上がる憎悪を必死に抑えつけながら『面倒見の良い優しいお姉さん』を演じ続けた。

 

そうして、月日が流れていたある日。私は哨戒中に突然の嵐に遭った。僚艦と離されとある小島に辿り着いた私は、嵐を避けようと避難した洞窟の中で『あるもの』を見付けた。

 

それは、残骸と呼ぶに相応しいものだった。

下半身は無く上半身も胸から上しか残っていない。左腕は抉れて無く、右腕も肘から先は焼け落ちて無い。顔も酷く潰れていて原型を留めていないし、左の頬から下の部分が吹き飛んでいた。

 

ただ、驚くべき事にそれは生きていた。唯一無事な右目で私の事を睨み付けてきたそれは、間違いなく私に殺気を向けて来ていた。

それを見た瞬間、私の心は躍った。神は居るんだと思った。唯一無二のチャンスだと思った。艦娘になってから初めて、ううん、父さんが逮捕された時以降で初めて心の底から笑った。だって。目の前にある残骸は、あの初代雷の成れの果て『戦艦レ級』だったんだから。

 

深海棲艦とは話は通じない。話せる個体が居たとしても、私が艦娘である以上は私の話などに耳を傾けたりしない。

けれど、このレ級を助け回復させたら?深海棲艦達の私への認識はきっと変わる。それが例え彼等に利用されるだけだとしても構わない。その結果私の復讐が果たせるのなら。

 

こうして、初代雷妖精さんの力を借りながら、私はレ級の修復に取り掛かった。見つからないように細心の注意を払い、私の修復用や補給用の物資を少しずつ誤魔化して、レ級の元へと運ぶ。焦ってはいけない。どんなに時間が掛かっても、彼女の修復はやり遂げないと。

 

そうしてレ級が何とか自力で動けるようになる頃には、私は彼女に『艦娘側ではなく深海棲艦側』と認識されるようになっていた。レ級が自力で資源を集めはじめるようになって、修復は一気に進んだ。勿論私とレ級は秘密裏に連絡を取り合いながら動いた。レ級が海軍に見付からないよう哨戒の穴を抜けさせながら。

 

当時艦娘側は深海棲艦側を押し始めていて、姫級や鬼級の撃沈も少なくなかった。その対深海棲艦の先頭に立っていたのが、あの『化け物駆逐艦・夕立』。夕立とは同じ艦隊になった時もあった。彼女のその圧倒的な力に恐怖すら覚えた。

 

 

 

私とレ級は、策を練った。艦娘を、引いては人類側を弱体化させ深海棲艦側を一気に優勢に持っていく策を。

 

姫級や鬼級は、『艦の魂の消失』若しくは『修復不可能な程に破損』しない限りは資源さえあればどうにかなる。だから、私達は艦娘側に『深海棲艦は滅んだ』と思わせる事にした。艦娘達にわざと深海の艦隊を撃沈させる。させたように見せる。そうして少しずつ深海棲艦の海上での活動を減らしていく。

 

案の定、艦娘側が最後の深海棲艦だと思っていた南方棲戦姫の艦隊を撃沈させたように見せた後に深海棲艦側の活動を停止すると、人類は愚かにも戦争の終結を宣言。目論見通り国同士で諍いを起こしながら艦娘の活動を制限していく。

真っ先に夕立の解体が決定した時は笑いが止まらなかった。最も脅威だった艦娘が真っ先に居なくなったんだもの。笑わずには居られなかった。

 

みるみるうちに弱体化していく艦娘の艦隊。同時に私達は年月を掛けてある姫級を修復した。そう、中枢棲姫。長い年月を要した中枢棲姫の復活。彼女が修復を終えて嘗ての力を取り戻した頃に、その時は訪れた。例の観艦式。勿論、提督達の乗った船の事を含めて深海側に情報を流したのは私。山本中将を逃したのは誤算だったけれど、観艦式での目的は概ね達成された。司令官を失った、弱体化した艦娘達は防戦で精一杯。見ていてこれ以上楽しい事はなかった。そしてこれからも。私は初代雷妖精さんと一緒に深海側に立つ。私が逐一艦娘側の情報を流しているし、深海棲艦側の大勢に大きな変更は無い。

 

懸念材料が無いわけではない。例えば、夕立。彼女のお陰で何度か煮え湯を飲まされているし。だからこそ、萩風には期待してる。夕立といえど嘗てのような圧倒的な力も衰えているし、彼女のアキレス腱もおさえている。

 

 

 

『もうすぐ総員起こしの時間ですよ?』

 

「そうね、妖精さん」

 

今は私は、初代雷妖精さんと一緒に用意された部屋に居る。今日から任務で遠出する事になるけど‥‥‥ごめんなさい、山本中将、沖立少佐。この任務は成功させる訳にはいかない。

 

『今回の任務は気を付けてください』

 

「分かってる。艦娘側に悟られないように失敗しないと。ねっ?」

 

さあ。今日から楽しくなりそう。

 




黒幕、ようやく登場。いやー、正体は誰なんだろうなぁ(棒)

(黒幕に抜擢された艦娘嫁の提督の皆様ごめんなさい)


わたくしごとですが、マエストラーレちゃんとケッコンカッコカリしてきました。アッアッ
それと一番くじにマエストラーレの水着ver.が‥‥‥って大丈夫なのかそれは‥‥‥。

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