抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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告白

 

セーラー服の赤いスカーフを噛んで、痛みに耐える。まだ、まだきっとチャンスはある。だから、痛みに発狂して舌を噛み切ったりしちゃわない為の応急措置っぽい。

 

それでも、駆逐棲姫は回避どころか立つ事もロクにできない状態のアタシに砲撃してくる。態となんだろうけど、着弾地点はバラバラ。アタシに当たって激痛を走らせるものもあれば、左右に落ちて水柱をあげるだけの物もある。それから、時々近付いてきて連装砲で殴られる。だから、アタシの身体はあちこちアザと傷だらけ。爆発で抉れて血塗れになってる所も何ヵ所かある。完全に遊ばれてるっぽい。

それでも。それでも駆逐棲姫は止めない。きっと、アタシの目がまだ死んでないから。絶望と恐怖に染まりきった表情になるまで殺さないつもりっぽい。

 

勿論、痛い。ううん、気が狂いそうなくらい。余りの酷さに痛覚が完全に麻痺しちゃった戦艦棲姫の時のほうがずっと楽だった。アタシを奮い起たせてる理由はたった一つ。秋津洲さんとヌイヌイちゃんを今のアタシと同じ目に遭わせない為。

もっと。もっとアタシに近付け。油断して。魚雷はまだ四発も残ってる。幸いまだ右腕が辛うじて動く。戦艦棲姫だってこれで落とせたんだ。せめてお前も‥‥‥道連れにしてやるっぽい!

 

そんな事を考えてたアタシだったけど、駆逐棲姫は思い通り動いてくれなかった。『‥‥‥モウ飽キタッポイ』って吐き捨てるように呟いて、少し遠くからアタシに主砲を向けて、同時に魚雷の発射準備をしてる。

 

あ‥‥‥此処までっぽい。せめてヌイヌイちゃん達が逃げ切ってくれた事を祈るしかないっぽい‥‥‥。

 

 

 

‥‥‥気付いたら雨、止んでる。台風の目に入ったっぽい。最後に見上げた空の雲が切れてて太陽が覗いてる。良かった、最後に太陽が見れて。雨の中死ぬよりはお日様に照らされながら死んだほうが良いに決まってる。

 

‥‥‥‥‥‥本当は。本当は、本当は。まだ生きていたい。料理を教えてもらうって、川内さんと約束した。淑女の嗜みを教えてくれるって、熊野さんと約束した。ロシアから帰ったら旅行に行こうって、漣ちゃんと約束した。今度のバレンタインにチョコを交換しようって、ヌイヌイちゃんと約束した‥‥‥!何にもやれてない。楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、嬉しいことも。まだ、まだ死にたくない‥‥‥死にたく、ないっぽいよ‥‥‥。

 

‥‥‥あれ?何かが上空を飛んでる。あれって確か‥‥‥零式水上観測機?旋回してる‥‥‥?

 

『お待たせしました、夕立さん!そこから動かないでくださいね!』

 

アタシが零式を見つけたのと同時に、知らない女の人の声で通信が来た。動かないでって言われても、どっちにしても動けない。

 

声だけだし周りには僚艦らしき姿は無い。飛ばしてた観測機がたまたまアタシを見付けただけ、なのかなぁ?

 

っと。突然の轟音がして駆逐棲姫の周りに水柱が上がった。え?だって、周りには味方らしき姿はまだ全然見えない。超長距離砲撃?あ、零式がいるから弾着観測射撃?そんな距離なら撃ったのって大型の戦艦?あれ?でも呉って戦艦居なかったような?

 

駆逐棲姫が体勢を立て直そうとした瞬間、今度は轟音と爆音。再砲撃がヒットしたっぽい。大きく吹き飛ばされた駆逐棲姫、砲撃があった方角を睨んで『チッ』って舌打ちしてる。

あ、向こうの空から何かが向かってくる。点の集まりに見えたそれは近付くにつれて震電改の編隊なのが分かった。‥‥‥きっと瑞鶴さんっぽい!

 

「夕立ちゃん!」

 

アタシの所に真っ先に飛び込んできたのは、吹雪ちゃんだった。「夕立ちゃんを保護しました!」って旗艦の利根さんに通信を送った吹雪ちゃん、アタシを抱き上げた。

 

「もう大丈夫だよ、夕立ちゃん。一人でよく頑張ったね!」

 

吹雪ちゃん達はこれから駆逐棲姫を追うっぽい。台風の目から出ればきっとまた大荒れの筈だし、無理はしないで欲しいな‥‥‥。

 

◆◆◆

 

それで、今アタシはそのあとに現れた大和さんに抱えられて真っ直ぐ呉鎮守府に向かって嵐の海上を移動中。お姫様抱っこはちょっと恥ずかしいけど、アタシはもう自走できる状態じゃないし仕方ない。身体中から激痛が走る。痛いっぽいぃぃ‥‥‥。

艤装は修理出来ないくらいボロボロだったから破棄してきた。帰ったらまた一から作ってもらわなきゃ。ゴメンね、妖精さん達。

 

 

「ごめん‥‥‥なさい。勝手な‥‥‥事したっぽい‥‥‥アタシ、もっと‥‥‥もっと強く‥‥‥」

 

謝りたいんだけど、泣かないようにするのが精一杯。上手く言葉に出来ないっぽい。辛くて、悔しくて、痛くて。でも、アタシは軍艦『夕立』。こんな事で泣いちゃ‥‥‥泣いちゃ駄目っぽい。もっと強くなって、今度はみんなを守れるようにならないと‥‥‥。

 

「夕立さん」

 

大和さんの声に、痛む首を気にしながらゆっくり顔をあげた。大和さんってすっごく綺麗で、大人な女の人。弩級戦艦だけあって胸部装甲もおっきい。瑞鶴さん‥‥‥ううん、何でもないっぽい。アタシもこんな風になれるの‥‥‥あ、艦娘って成長しないんだっけ。

 

「夕立さんが無理する必要は、無いと思います」

 

‥‥‥え?何だか見透かされた気がした。やっぱり大和さんは大人だからそういうのわかるっぽい?

 

「私はまだ艦娘になりたてで生意気を言うようですけど、私達は兵器である前に人です。ですから、夕立さんだって辛い時は辛いって言っていいんだと思います」

 

そっか。アタシ、ずっと焦ってたっぽい。どんな事があっても、自分を犠牲にしてもみんなを守らなきゃ、って思ってた。でも、アタシも人、なんだよね?

 

「夕立さん。私、今から呉に着くまでの出来事は誰にも言いませんし忘れちゃうと思いますので‥‥‥苦しい事は吐き出してしまっても大丈夫ですよ?」

 

‥‥‥大和さんはやっぱり大人。そんな事言われたら‥‥‥言われたら、我慢なんて出来る訳ないっぽい。駄目だ、涙が、涙が溢れてきて止まらないっぽい。グスッ、エグッ、ウェェェン。

 

「‥‥‥痛いっぽい。すっごく、すっごく痛いっぽいぃ」

 

大和さん、アタシの言葉に小さく頷いて優しく笑いかけてくれる。ずるい。そんなのずるいっぽい。

 

「本当は、怖かった。すっごく、すっごく怖かった‥‥‥死ぬの、すっごく怖かったっぽいぃぃ」

 

「ええ。私も怖いですよ。艦娘だって‥‥‥他の人だってみんなそうです。恥じる事じゃありませんよ」

 

まだ動く右手で大和さんの服を掴んで、アタシは泣いた。呉に着くまでずっと。雨が降ってるから少しは誤魔化せるかな?目が赤く腫れちゃうから無理かな?

 

◆◆◆

 

入渠を終えてボーッとしてたアタシ。身体中の怪我も、左手も元通り。うーん、未だに信じられないシステム。

 

「ポイポイ!」

 

あ、ヌイヌイちゃん。その声で顔をあげたアタシの瞳に映ったのは、見たことないくらい心配そうな表情のヌイヌイちゃん。その後ろには微笑ましい表情の漣ちゃんが居る。

 

「不知火に何度同じことを言わせる気ですか!貴女は大馬鹿者です!」

 

あれ?感動の再会、とかじゃないっぽい?おもいっきり怒られてるっぽい!?

 

「あ、えっと、ごめん‥‥‥なさい」

 

そうだよね。よく考えてみたらアタシ、鈴谷さんと同じ事しようとしてたんだ。残される人達の事、考えてなかった。今回はアタシも悪かったっぽいし、しょうがない。次からは‥‥‥アタシが犠牲になって他の人を助けるんじゃなくて、みんなで助かる方法を考えるっぽい。

 

「二度とこんな事をしないように、この不知火が‥‥‥不知火がいつも傍で見張りますから!いつもですよ!」

 

「アハハ‥‥‥うん、もうしないっぽい」

 

感極まったのか抱き着いてきたヌイヌイちゃん。うん、ヌイヌイちゃん、ゴメンね。もう命を捨てるような事はしない。今度からは上手く立ち回れるように訓練するっぽい。

‥‥‥ところで、漣ちゃんはどうしてニヤニヤしてるっぽい?

 

 

 

 

アタシが着替えにその場を去ったあと。残った漣ちゃんニヤニヤしたままヌイヌイちゃんに話しかけてたんだって。「おやおやぁ?アレで伝えたつもりですかぁ?ヌイヌイはヘタレですなぁ?」って。それで、散々ヌイヌイちゃんに追いかけ回されたっぽい。

 

あ、それから。結局、駆逐棲姫には逃げられちゃったっぽい。アタシの入渠が終わって暫くしたあとに艦隊が帰投してた。でもそれは‥‥‥ただの幕開けに過ぎなかったっぽい。もっと、もっと大きな脅威、中枢棲姫の。




夕立の告白。大和に話した事で少しは気負いも減ったでしょうか?

すごーく遠回しなヌイヌイの告白。真の意味は漣にしか理解出来ませんでした。

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