抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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濡れ衣

「はぁ」

 

呉の執務室。

椅子に深く腰掛けて。背凭れに目一杯寄り掛かって天を仰いで、深く溜め息。

 

沖立です。

まさかこんな結果になるなんて。私の見通しが甘かったのかな。航路の変更じゃなくて出撃そのものを中止‥‥‥って訳にはいかないけど、もう少し違った方法を模索すべきだった。

私の元‥‥‥だけじゃなくて日本の各鎮守府・泊地に届いた通達を見ながら後悔する。

そこに書かれていたものは。

 

 

 

 

『軍令部ヨリ通達』

 

下記ノ者ヲ至急捜索、拘束サレタシ

 

 

・白露型駆逐艦三番艦 村雨

 

・罪状:叛乱罪

 

 

 

 

私の元に来た通達には、ある程度の内容も書かれていた。

村雨は道中で深海棲艦と密会。その現場を由良に目撃されて、村雨は深海棲艦と結託し由良を攻撃。反撃するも砲と雷撃の直撃を受けた由良は現在、意識不明の重体。村雨が由良に向けて砲を放つ姿を遠方ながら龍驤さん達が目撃。その際繋ぎっぱなしになっていた由良からの通信から『村雨、早ク ソイツノ止メ刺シチャエヨ』とか『オイッ、気付カレタ!逃ゲルゾ村雨!』とか話す深海棲艦の声が聞こえたらしいわ。

 

提督不在の鎮守府や泊地宛の通達にはこの内容までは書かれてないみたいだけど、話が広まるのはすぐ、でしょうね。

 

軍法会議があるとは言えこの状況なら村雨は捕まったら終わりって事ね。村雨が自ら海に沈んで深海棲艦になったりしたら面倒な事になるかも知れないから、軍令部はいち早く身柄を確保したいみたいね。

 

取り調べはできれば、というか呉でやらせて欲しい。確かめなきゃいけない事があるし。

 

‥‥‥兎に角、今は村雨が発見されるのを待つしかない。

 

私の右隣に立ってるヌイヌイちゃんは複雑そうな表情。つい先日送り出した村雨がこういう事になったんだし仕方無いけど。どちらかといえば由良の方を疑っていたものね。

 

「‥‥‥ヌイヌイちゃん、ちょっと出掛けてくるわ」

 

そうね。後悔よりも、今のうちにやれる事はやっておこう。背中を伸ばして姿勢を戻し、椅子から立ち上がる。

 

「ポイポイ、何処へ行くの?」

 

「軍令部に。東郷総長に会ってくるわ」

 

◆◆◆◆◆◆

 

‥‥‥‥‥‥。

ここは、医務室‥‥‥?そっか、上手くいったみたい。全く。あの子、私が「沈める気で撃て」って言ったら『イイノ?ジャア殺スツモリデイクヨ!』って。意識を失う程のダメージがあったって事は大破、轟沈寸前だったって事かな。龍驤さん達がすぐ近くまで来ているのは解ってたし、大丈夫だとは思ってたけど。まあ、変に手加減されて私が怪しまれるよりはいいけどね。

 

由良です。

村雨の件はどうなってるかな?ちゃんと犯人に仕立て上げられたかな?あのダメージじゃ生きてはいないでしょうし、そのうち深海棲艦の姫級として出てくる、かな。そうすれば東郷総長達も『村雨は逃げ切れないと判断して自害した』って思うでしょうし、村雨の口も永遠に封じられる。

 

さてと。先ずは此処が何処の泊地か確認しよう。私の居場所は今後の連携の為にも逐一『向こう』に知らせておく必要があるし。

横になっているベッドから降りて、傍にあったスリッパを履く。私の今の格好はブルーの病衣。これで歩き回ったら目立ちそう。手っ取り早く誰か来てくれたらいいんだけど。

 

私の手が触れていないのに、扉が勝手に開いた。立っていたのは‥‥‥白露、か。じゃあここはショートランドね。龍驤さん達が私を連れてそのまま泊地へ引き返したって事かな。

 

「由良さん、気が付いたの!良かったぁ」

 

白露は私の方へと駆け寄る。抱き着きはせずに、辛そうな表情で病衣の両袖を掴んだ。その瞳にはうっすら涙が見える。

 

「由良さん‥‥‥本当に村雨が‥‥‥?村雨がスパイ、なの?」

 

‥‥‥その瞬間、高笑い。勿論心の中で、だけどね。計画通り。後は私は『可愛がっていた後輩に裏切られた傷心中の先輩』を演じるだけ。

 

「それは‥‥‥私も未だに信じられない。何かの間違いであって欲しい、けど‥‥‥」

 

私はそう言葉に詰まって涙を流す。勿論、全部演技。フフフッ、世が世なら名女優になれるかもね。

 

白露はハッとして俯いていた顔をあげた。私の心の傷を掘り返させてしまった、とでも思ったのかな?‥‥‥ほんっと、ヌルい連中。反吐が出そう。父さんやあの人はこんな奴らのせいで死んだのかと思うと‥‥‥‥。

 

「そうだよね‥‥‥由良さんの方が辛いよね。ごめんなさい。でもみんなが懸命に捜索してるし、村雨はきっと逮捕されるから。そしたら私が責任をもってあの子を由良さんにちゃんと謝らせるから」

 

「それが、ネームシップの私にできるせめてもの事だから」って、白露は沈んだ表情ながらも私に約束してくれた。もしも改二になったのが村雨じゃなくて白露だったら、白露がスパイに仕立て上げられた所なんだけどね。

 

ほーんと、馬鹿な連中。村雨の改二の制服は予め1着くすねておいた。村雨を殺して、艤装は乗っている妖精諸共破壊。後は村雨改二の制服を村雨の髪色のカツラを被った深海棲艦に着せて、龍驤さん達が遠くに見えたタイミングで私を攻撃させるだけ。村雨の制服は肌の露出も少ないし、角度に気をつければ深海棲艦とはバレない。通信で村雨がスパイって事を匂わせれば完璧。

 

真実を証言できる者は居ない。これで、暫くは楽に動けるようになった。私の今度のターゲットは東郷総長、山本中将、沖立少佐の三人。この三人を失えば、日本の艦娘は完全に機能不全に陥る。そうなれば後はあの子達をけしかけるだけの簡単なお仕事。

 

準備は長く掛かりそうだけど、もう少し。あともう少しで父さん達の仇が討てる。もう少しだから落ち着け私。慎重に、冷静に。

 

◆◆◆◆◆◆

 

顔が、冷たい。水?

プハッ!?口入った‥‥‥しょっぱい!?塩水?違う、海水?

 

あれっ?私、生きてる!?どうして?あの状況じゃどう考えても助かる筈無かったのに。だって、あの姫級潜水艦の魚雷をモロに受けて、四肢どころか全身を引き裂かれるような痛みに襲われて、事実私の身体はバラバラになっ‥‥‥。

あの時の恐怖を思い出して、身体が震える。でも、そう考えれば考えるほど、今の状況は理解出来ない。両手も両足もちゃんとある。確かに左足の太股には怪我をしてるけど‥‥‥もっと、入渠する以外手の施しようがないくらい酷い怪我だった筈なんだけど?

 

村雨です。

先ずは太股の怪我を何とかしないと。何か包帯と添え木になるようなもの‥‥‥艤装の一部とか有ればいいんだけど。無いなぁ。制服も、インナーを残して無くなってる。最後にダメージを肩代わりしてくれた、とかなのかな?

 

今私が居るのは島、というより海面に顔を覗かせている岩の上。流されてるうちにこの岩に引っ掛かったのかな?でも助かった、とはとても言えない。岩以外何も無い、半径3メートル程度の岩の上。水も無いし、この足の怪我じゃ泳いだり海に潜ったりも出来ない。艤装も何も無いから助けも呼べない。このまま死ぬのを待つしかないのかな?誰か通り掛かってくれないかしら?

 

私のインナー、左肩から左手にかけて露出してるし左足の部分も元々無いのよね。ちょっと恥ずかしい格好なんだけど、妖精さんや提督がデザインした訳じゃないみたい。妖精さんは『神のような何かからデザインを落とし込まれる感じ』だって言ってたなぁ。

 

今の格好だと左手と左足だけ日焼けしちゃいそう。そういえば私が沈められてからどの位の時間が経ったんだろう?喉、乾いたなぁ‥‥‥。

 

 

 

何かが遠くに見えて来たわ。船‥‥‥かな?‥‥‥日本の船!!

 

助かった、運が良かったみたい!おーい!ここ!村雨はここです!!

 

艦娘が何人か船から降りて着水。先頭は能代さん。瑞鳳さんや駆逐艦の子の姿もある。良かったぁ。このまま干からびるんじゃないかと思ってた。

 

能代さん達は私の方へと近づいてくる。少し距離を取りつつ私を取り囲むように展開。あれっ?何だか雰囲気が‥‥‥?

 

「見つけたわ!村雨、無駄な抵抗は止めなさい。両手を頭に乗せて地面に伏せなさい!」

 

能代さんは私に砲を向けてそう怒鳴る。まっ、待ってよ。それじゃまるで私が凶悪犯みたいな‥‥‥。

 

「もう一度言うわ。両手を頭に!地面に伏せなさい、村雨!」

 

私を取り囲む全員が、私に砲を向けてる。そんな、まさかみんな由良さんの仲間なの?折角助かったっていうのに。

 

威嚇の為、能代さんは躊躇する事無く砲撃。砲弾は私の左耳の辺りを掠めて海へ。「次は無いわよ」という能代さんの怒りの籠った表情。私は仕方無く言われるままに両手を頭に乗せて、地面に這いつくばる。

 

「みんな油断しないでね」って能代さんの言葉と同時に、何人かが岩の上へ。私は両手を押さえられ、後ろ手に手錠を嵌められた。人質、になるのかな。

 

「こちら能代。ヒトヨンサンマル、村雨確保。東郷総長に連絡を」

 

‥‥‥待って、東郷総長にってどういう事?まさか、東郷総長も由良さん側なの!?

 

その場に立たされた私の正面に、瑞鳳さんが立った。その瞳からはポロポロと涙が。

 

「返して‥‥‥」って瑞鳳さんの震える声。

「えっ?」って聞き返した私の胸ぐらを掴んだ瑞鳳さんは今度は「提督を返してよ!」って叫んだ。

 

「村雨が!貴女が深海棲艦と通じていたせいで提督は‥‥‥!好きだったのに!!返して!私の提督を返してよ!!」

 

あれ‥‥‥待って瑞鳳さん。まさか、私がスパイって事になってるの?

違う!スパイは由良さんで!私は!

 

「聞いて瑞鳳さん!違うの!犯人は由良さんで!由良さんが深海棲艦と通じ」

 

瑞鳳さんの平手打ちが私の右頬を捉える。私の言葉は遮られ、代わりに能代さんの怒号が響く。

 

「この後に及んで由良さんを陥れるつもり!?見苦しいわよ!貴女が殺そうとしたその由良さんなら一命を取り留めたわ。残念だったわね」

 

違う!違うのよ!お願い、私の話を信じて!由良さんがスパイで!信じてよ!

 

真実を告げようと右足を一歩踏み出した瞬間、抵抗すると思ったのか能代さんの右拳が私の鳩尾にめり込む。カハッと息を吐いた私の身体は一瞬宙に浮く。

 

「戻ったら洗いざらい話してもらうわよ?言っておくけど叛乱罪は死刑だから。深海棲艦の情報を全て話せば情状酌量してもらえる、かもね」

 

耳元で囁いた能代さんの言葉。それを最後に私は意識を手放した。

 

 




村雨、何故か生きてましたが由良さんに陥れられスパイに仕立て上げられる。


ふぇ~、やっとここまで来ましたよ。終わりが少しずつ見えてきました。もう少しだけお付き合いください。


べっ、別に来週から夏イベントだから連続投稿したわけじゃないんだからねっ!

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