抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

146 / 158
再会と、証拠固め

「お姉さん、注文お願いしまーす」

 

あっ、お客様が呼んでる。「はーい」って答えて、私はドリンクを聞きにテーブルへ。

 

初めまして。ううん、もしかしたら知ってる人もいるのかな?レン、って言います。過去には一言では言えないくらい本当に色々あったんだけど、今は妙さんの義娘として生活してます。今日はお店も忙しいから、ホールは私と五月雨ちゃんの二人体制。妙さんも忙しそうで今は話をしてる余裕はあんまり無いみたいです。

席も空いてるのはカウンターくらい。カウンターは大体常連さんの指定席みたいなものだし。来る人も曜日によって決まってるし座る席もいつも同じだから。今日は常連さんはみんな用事があるみたいで偶々空いてるけど。

 

注文を確認して、ドリンクを作ってる五月雨ちゃんに伝える。私の右肩に乗ってる妖精さんが出来上がったそれを見て『マドラー忘れてますよ?』って指摘。「わわっ、本当だ!ありがとう妖精さん」って慌ててマドラーをグラスに差す。勿論、妖精さんはお店のお客様には見えません。

 

ドリンクを持って、注文されたお客様の所へ。渡して戻ろうとしたところで、店の入口が開く。新規のお客様だ。カウンターになっちゃうけど大丈夫かな?

 

「いらっしゃいませ!」

 

「ほぅ、忙しそうだな。一人なんだが席はあるだろうか?」

 

小麦色に焼けた肌、引き締まった身体の、でも整った顔の、眼鏡がカッコいいお姉さん。白髪‥‥‥じゃなくて銀髪だよね?

 

そのお姉さん、私をじっと見てる。なんだろう?私、特別美人ってわけじゃないんだけど‥‥‥あ、私の顔と肩の妖精さんを交互に見てる。このお姉さんも艦娘かな?妙さんなら知ってる人かも。

 

「カウンターで大丈夫ですか?」

 

「ああ、構わない。案内してくれ」

 

カッコいいお姉さんをカウンターへと誘導。その間に「知ってる人?」って小声で妖精さんに訊ねてみたんたけど、妖精さんの様子が変です。『‥‥‥っ、あ、はい』って何だか驚いてるみたいで。

 

私は「こちらのお席にどうぞ」ってカウンターの一番右の席に案内。カッコいいお姉さんはゆっくりと椅子に腰かけた。

 

「手が空いたらで構わないのだが、足柄を呼んでもらえないか?」

 

やっぱり。妙さんを『足柄』って呼ぶって事は艦娘だよね。きっと、横須賀になかなか来れない妙さんの知り合いの人。出来るならゆっくり話せる時間を作ってあげたいよね。出来る範囲で妙さんの仕事手伝ってこようかな。五月雨ちゃんを一人ホールに残すのはちょっと不安だけど。

 

「私、ちょっと奥の妙さん呼んで来ますね」

 

「いや、さっき言ったように後で構わないさ。それより生ビールと適当な先付を頼む」

 

それなら、後でいいのかな?取りあえず生ビールを作って、先付を提供しよう。そういえばこの間、妖精さんは固まったまま。本当にどうしちゃったのかな?

 

「はい、どうぞ」

 

生ビールを渡した私に、カッコいいお姉さんは「ああ、ありがとう。確か細波‥‥‥だったか?」って。細波‥‥‥?このお姉さん、どうして私の旧姓を知ってるの?思わず身構えた私の後ろでガシャンッ、てガラスの割れる音がした。五月雨ちゃんがトレンチを空いたグラスごと落としたみたい。でもお姉さんを見て凄く驚いてる様子。

 

「武蔵さん‥‥‥?武蔵さんなんですか!?」って思わず叫んだ五月雨ちゃん。武蔵さん‥‥‥って確か、あの時沈んだ‥‥‥?言われてみれば見たことある顔してる。眼鏡してたから気付かなかった。そっか、だから妖精さんも五月雨ちゃんも‥‥‥。

 

五月雨ちゃんの声で気付いたみたいで、妙さんが奥から顔を覗かせた。それで、私もびっくりするくらいのスピードで武蔵さんの傍まで近付いた妙さんは、武蔵さんの首に右手を伸ばす。武蔵さんはそれにちゃんと反応して、妙さんの右手首を掴んだ。

 

「随分なご挨拶だな、足柄よ。引退して腕が鈍ったようだな」

 

「馬鹿言わないでよ。これでもまだ現役の艦娘に遅れは取らないわよ」

 

凄く物騒なやり取りの筈なんだけど、二人ともいい笑顔してる。そうだよね。数年振りの再会だもの。ましてや武蔵さんは一度は轟沈したんだし。

それにしても、妙さんの攻撃防いだ人見たの初めてかも。現役時代の夕立ちゃ‥‥‥沖立さんですら防げなかったのに。

 

「それにもしてもお前が細波を引き取るとはな。そんな柄だったか?」

 

「レンは今は私の娘なのよ?旧姓で呼ぶの止めなさいよ。それと、アンタには話す事がゴマンと有るわ。今夜は覚悟しなさいよ?」

 

ピークが終わった後、その夜は武蔵さんと色んな話をした。武蔵さんは今日の昼間まで元水族館の鎮守府で任務だったんだって。それで、これから一度横須賀鎮守府に戻ってそれからまた任務で出るみたい。

あんなに生き生きした妙さん見るの、礼号組が来た時以来かな。妙さんが嬉しそうな所見ると、私も嬉しい。

 

◆◆◆◆◆◆

 

由良です。

駆逐水鬼‥‥‥『萩風』が動いたって情報が入ってこない。雷の哨戒スケジュールもちゃんと伝えたし、襲う隙なら幾らでもあった筈。予定ではとっくに雷を沈めていてる筈なのに。

何かあったのかな?それとも私からの情報は信用出来ないって事?駆逐水鬼は私の事を最後まで疑っていたし。

 

それなら次の手を打たないと。雷を陥れる?でもそれには準備が足りないし。なるべく私が関わらないように動かないと今度こそ疑われかねない。それよりもやっぱり先に夕立か山本提督を狙うべきかな?

 

食堂のテーブルで昼食を広げたままそんな事を考えていた私の背中から「由良、ちょっといいかな?」って話掛けてこられてビクッと狼狽。私に独り言を言う癖は無いから口には出してないし気付かれてはいないけど、ちょっと動揺した。

 

「時雨?どうかした?」

 

「うん、沖立提督から呼び出しがあるみたいだよ。新たな作戦の話だと思うけど‥‥‥何かあった?深刻そうな表情してたよ?」

 

顔に出てたか。少なくとも昼食くらい食べて自室へ戻っておくべきだったかな。

 

時雨は村雨が拘束された後に佐世保に異動してきた。任務は私の護衛。事あるごとに私の傍に居る。正直言って邪魔以外の何者でもないけれど、邪険にも出来ない。時雨との敵対は海軍上層部に余計な疑念を抱かせる可能性があるからね。

 

「‥‥‥正直言うと、まだ村雨の事を引き摺ってるの。ごめんね、なかなか割り切れなくって」

 

「それなら仕方ないよ。正直僕も未だに信じられないからね」

 

ふぅ、何とか誤魔化せたかな。それにもしても夕立からまた呼び出し、か。もう私への疑惑は消えたと思うけど、注意だけは怠らないようにしないと、ねっ?

 

「落ち着いてからで構わないから、執務室に顔を出してね。沖立提督に日程の詳細を聞かなきゃいけないだろうからさ」

 

「それじゃ、僕はこれで」って言って、時雨はクルリと背を向けて歩いて去っていく。終始笑みを湛える時雨のその表情も、いつか絶望に染めてあげる。

 

 

 

けれど。私は余りにも無警戒過ぎた。この時は全く気付かなかったけど、時雨は山本中将の手先だった。私に逃げられないように、穏便に逮捕する為に差し向けられた人間共の尖兵。私を監視する者。時雨は、私が深海側のスパイである証拠を集めていた。まさか村雨を犯人に仕立てた事が自分を追い詰める事になるなんて。はぁ‥‥‥幾ら頑張った所で、私は所詮世間知らずで詰めの甘いお嬢様だったって事ね。

 

◆◆◆◆◆◆

 

一足先に、清霜と萩風を連れてここ呉に戻って来たポイポイ。

 

ポイポイは「ふぅ」と大きく息を吐いて伸びをしました。武蔵さんは無事駆逐水鬼‥‥‥萩風を撃破。明後日この呉に向かうそうです。目的は2つ。一つは萩風の亡骸を此処に運ぶ為。もう1つはスパイを逮捕する為です。時雨も上手くやってくれたようで、由良さんは何も知らずに呉に来る事になっています。

 

不知火です。

時雨には苦労を掛けましたが、由良さんを逮捕できる程度の証拠は集めてくれました。深海側とのやり取りを由良さん達にバレずに監視したり、他にも色々と。流石はポイポイの同型艦と言っておきましょう。

それに武蔵さんも、ですね。駆逐水鬼から『由良さんがスパイである』という証言を引き出してくれたようですからね。これでもう言い逃れも出来ないでしょう。

 

「ヌイヌイちゃん」

 

「‥‥‥何かしら」

 

ポイポイの言いたい事は、分かります。萩風の事でしょう。実の妹の身体がやっと戻って来たのです。せめて、静かに弔ってあげたい。萩風と対面して冷静でいられる自信はありませんが、ポイポイが傍に居てくれるのなら耐えられます。葬儀は由良さんの件が一段落してからになるでしょうね。

 

「不知火なら大丈夫よ。ポイポイこそ、最後まで油断はしないように」

 

「ええ、そのつもり」

 

由良さんを拘束し、対外的には『欧州遠征に出た』と偽の情報を流す。これで、もし他にスパイが居ても時間は稼げます。由良さんを自白させれば協力者も芋づる式に逮捕できますし。

 

由良さんに協力している妖精の方も裏は取れました。武蔵さんが妙さんの所に確認に行きましたからね。何時も由良さんと一緒に居る妖精、初代雷の妖精で間違いないそうです。あの妖精なら動機は充分。

 

待っていなさい。ポイポイを騙した罪、その身を持って償うがいいわ。




クライマックスが見えて来ました。
次回、遂に由良と対決。無事逮捕拘束‥‥‥できるわけ無いんだよなぁ‥‥‥

因みにですが、初期段階では由良にスパイに仕立てあげられるのは村雨ではなく時雨の予定でした。村雨に改二が来たのと、由良との関連性は村雨の方があるので変更になりました。


ラストが近いので、遂にレンちゃんに触れました。提督でもない、深海棲艦でもない、艦娘でもない(?)、このSS唯一の謎()のネームドキャラ。とは言ってもヒントは散りばめてきましたけど。

・足柄が養子にする程気にかけている人物
・妖精が見える
・漣が敬礼する程の相手
・鈴谷「なーんか見たことある」
・初代雷の『友達はまだ死んでない』
・山本等、現・海軍上層部と親しい
・今回の『旧姓:細波(ほそなみ)』。(夕立「名は体を表す」)

といった所で推測はできるようになってます。知ってる方は知ってるとは思いますが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。