抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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実力差

フフ‥‥‥フフフッ‥‥‥アハハハハッ。

完全に想定外の事態だったけど、やっぱり神は存在するって事ね。それも、とびっきりの邪神。だってそう思わない?人類にとってみれば悪の権化とも言える私に、最悪の力を与えて蘇らせたんだもの。

 

由良よ。いえ、今はもう微妙に違うのかな?でも私が私である事に変わりはないし、内包してる艦艇の魂も由良のものだから由良、でいいか。今なら日本くらいなら数日で滅ぼせる自信があるわ。身体の奥底から無尽蔵に力が漲って来る。自分の一挙手一投足が愉しくて仕方ない。

 

勿論、人としての意識も有れば人としての魂も私のもの。だから今の私は深海棲艦と人間の融合体、って所かな?え?艦娘と何が違うのか?全く違うじゃない。この身体の出力、スペックが圧倒的に違う。

 

今の私になってやっと理解してきた。そう、『艦娘っていう存在』と妖精達が行う『建造』という行為の意味が。

 

人間の魂を、水が出る蛇口だとすると。深海棲艦‥‥‥つまりは艦艇の魂が熱湯の出る蛇口。両方の蛇口を捻ってバランス良く混ぜ合わせて適温のお湯にしたものが艦娘。わりと分かりやすい例えでしょ?それで、閉じていた艦艇の魂側の蛇口を開けて温度を調整するのが妖精の行う『建造』という行為ね。

でも人の魂の蛇口はどう頑張って捻ってもチョロチョロと少量しか流れない。一方で艦艇の魂の方の蛇口は滝のように出る。だから大型艦になればなるほど調整が難しくなって建造に時間が掛かるし、艦娘の出力はどうやっても深海棲艦の出力には敵わない。熱湯を出し過ぎればそれは人間の魂の消失に繋がるからね。

 

私の場合その差を埋めてるのは多分、人間への圧倒的な怨みや呪い。だから一度死んだ後で力が顕現したんじゃないかな?多分だけど、深海棲艦って祟り神なんだと思う。八百万の神‥‥‥護国の英霊である艦艇の魂を私欲で貶めた人類への呪い、祟り。

 

艦娘を生む為に『建造』って行為を行っている以上、口にはしないだけで妖精達はこの事を理解してるんじゃない?

 

まっ、それは今はいいか。今は少しだけ目の前の二人の戯れ事に付き合ってあげる。やろうと思えば何時でも潰せるものね。さっきの大和だってどうせ生きてるんでしょ?『あの程度の艦娘』なら復帰された所で怖くないし。勿論目の前の二人もね。大和型改二?正直言って今の私の敵じゃない、って感覚だけで分かる。言ったでしょう?日本くらいなら数日で滅ぼせるって。

 

さて、それじゃ少しだけ遊んであげようかな。艦載機も幾らでも発艦する余裕があるし、放って潰す事もできるけど。どうせこのあと夕立達も合流するんでしょ?武蔵と天龍を先に潰しちゃったら簡単過ぎてつまらないじゃない?考えうる最高の戦力で私と戦って、それでも圧倒的な差で負ける。人間共にとってそれがどんなに絶望的な事か知らしめるって事は大切でしょ?

 

武蔵が砲を放って来た。同時に天龍が刀を構えて突撃してくる。何あれ、欠伸が出るわね。私の本来のスペックを出せない陸上で戦うっていうハンディキャップをあげてるんだから、もっと頑張って善戦してよね?

 

左手の甲で砲弾を弾き飛ばして、その手で天龍の刀を受ける。二人とも唖然としてるわね。なーに、その程度なの?二人とも改二なんだから私をもっと楽しませて。

 

「ちっくしょう‥‥‥硬ぇ‥‥‥」

 

「参ったな、アレを素手で弾くとはな」

 

確かに今の私の身体は以前と比較するとかなり重い。水上艦が陸上に居るってせいでもあるけれど、装甲の硬さのせいでもある。けれどそれを上回って余りある程の力があるお陰で、陸上でも高速で動く事が出来る。あれ?もしかして陸での戦闘はハンディキャップになってない?ま、いいよね?勝てない方が悪いんだもの。ねっ?

 

それじゃ、ちょっとだけ反撃しよう。天龍は本気で狙うと壊れちゃってつまらなそうだし、先に武蔵かな。

新しく生えた尻尾の先の頭を武蔵に向けて‥‥‥はい、砲撃。あっ、当たっちゃったわ。あーあ、避けて欲しかったのに。これでも手加減したんだけど。それでも巧く力を逃がしたみたいで、武蔵は中破ってところ。流石ベテラン、かな。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「心配するな、まだやれるさ」

 

んー、何だか飽きてきちゃった。夕立を待つ意味なんてある?だって、今の夕立って昔と比べて弱体化してるのよね?川内や春雨と遊んだ方が楽しそうだし。もうさっさと潰しちゃおうかな?

 

‥‥‥やっと来たみたい。私の気が変わる前で良かったわね、夕立。

 

『遅カッタワネ、夕立。待チ草臥レチャッタワ』

 

◆◆◆◆◆◆

 

不味い、もの凄く。ひと目見ただけで分かる。目の前のアレは、化け物という言葉では足りない。

 

沖立です。

ヌイヌイちゃんの説得?それなら無理だった。一緒に戦う、あわよくば私を拘束して代わりに戦うつもりだったから、熊野さんに任せて来たわ。今回だけは不味い。初代雷ことレ級の時の比較じゃない。だから多分、私の存在を賭した戦いとなると思う。

 

私が持ってきたのは四連装酸素魚雷後期型と出来たばかりの12.7㎝連装砲B型改四。元々は、ほぼ私用に開発したと言っても過言ではない砲。それが私の解体で一時的に計画が止まっていたものを再開して、やっと形になったもの。

 

武蔵さんは既に中破か。ちょっと分が悪いかも知れないわね‥‥‥。

 

「提督、決して無理はしないで下さい」

 

一緒に来た神通さんは、天龍さんに借りている予備の刀を構えてる。元々日本刀の扱いは得意みたいだし、艤装としての砲は腕に付いてるからね。

 

どう動くべきか。私の『艦艇・駆逐艦夕立の魂』にはあまり余裕も時間も残っていないから、由良の動きを見つつカウンター狙い、かな。きっと、これが最後になるだろうし。

 

『夕立、精々私ヲ楽シマセテ。ネッ?』

 

ニヤリ、と笑った由良が私に向かって砲撃。慎重にそれを避けて反撃しようと砲を構えた私の右腹部に痛みが走って、左に吹き飛ばされる。「夕立っ!」って叫んだ天龍さんの足元に向けて、由良は三度四度と砲撃。直撃はせずとも、その衝撃と爆風で天龍さんも後方へと吹き飛ばされた。

 

「‥‥‥ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

 

私は血を吐き出した。由良の尾の、たった一振り。それだけでこれ程のダメージなんてね。陸上では向こうは本来の力は出せないかも知れないけれど、縦横無尽に動き回れない私達も圧倒的に不利なのは間違いない。‥‥‥どうにかして海へと誘導出来ないかな。せめて『艦娘の土俵』で戦わないと勝機が無い。

 

なんて考えてたのが悪かった。気付くと由良は私の目の前に。襟を掴まれて、左脇腹に再び尾がぶつけられる。嫌な音と共に、激痛。これはあばら骨が何本か持っていかれたかもね。なんて事。初代雷‥‥‥あのレ級とは比較にならない強さの個体。私の命と引き換えにしてでもここで止めないと‥‥‥。

 

『夕立ノ考エソウナ事ナラ分カル。残念ダケドヤラセナイカラ』

 

私の両手首を、由良は両手で掴まえて拘束。その太く長く白い尾が、私の首に巻き付き締めあげる。くっ‥‥‥苦し‥‥‥。

 

『呆気ナイノネ。コンナノヲ脅威ニ感ジテルナンテ、他ノ深海棲艦ッテ大シタ事無イノカナ?』

 

私を何とか助けようと武蔵さんと神通さんが走ってくる。由良の尾の先の口から大量の飛び魚艦爆が発艦。神通さんと武蔵さんに襲い掛かる。私を始末する邪魔はさせないって事ね。

 

駄目だ、意識が‥‥‥遠く‥‥‥力が、入らなくなってきた。

 

と。不意にドォン、ドォン、と二発の爆発音が聞こえて、由良の背中から煙が上がる。誰かが背中から砲撃したみたい。けれど由良には効いてる様子はない。ギロリ、と睨んだ由良の視線の先に居たのは、砲搭の先端から煙が燻る連装砲を構えたヌイヌイちゃんが居た。駄目よ、ヌイヌイちゃん‥‥.逃げて、早く!

 

『私ノ邪魔ヲスルナンテ、偉クナッタノネ?』

 

由良の尾の先端の口が、ヌイヌイちゃんの方に向いた。ヌイヌイちゃんに向かって砲撃した由良は、それと同時に私を掴んだまま武蔵さんと神通さんの方へと走る。武蔵さんを蹴飛ばして至近距離から砲撃。衝撃で武蔵さんはふっ飛ばされる。勢いのまま、由良は私から離した右手で神通さんの頭を鷲掴みにして、地面に叩き付ける。刀を奪って、動けない神通さんの右足太股に突き刺し貫通。刀身が地面に突き立てられて、神通さんはその場に縫い付けられた。

 

私の首に尾を巻き付けたまま由良は素早く移動。一瞬でヌイヌイちゃんの方へ。まだ体勢を崩したままのヌイヌイちゃんの左足太股を右手で掴んで持ち上げて、地面に振り下ろして叩き付けた。「かはっ」と弱々しく息を吐いたヌイヌイちゃんを地面に放って、由良はそのヌイヌイちゃんの右足の脛を思い切り踏みつけた。メキメキメキッと嫌な音が響いて、ヌイヌイちゃんの悲鳴が響く。

 

『不知火ニ選バセテアゲル。夕立ノ殺シ方ハドレガイイ?コノママ首ヲ締メルカ、私ニ身体ヲ喰イ裂カレルカ、ソレトモ砲撃デバラバラニスルノガイイ?ネエ?不知火?』

 

私を拘束したまま。由良は今度はヌイヌイちゃんの右手を零距離砲撃。同時にヌイヌイちゃんの左足の膝を無理矢理逆に曲げて骨をへし折った。ヌイヌイちゃんの落とした連装砲は、由良に踏み潰されてペシャンコに。

 

『選バナイナラ私ガ決メチャウケド?コレハ最後ノ慈悲ナノ。ネッ?』

 

やめて‥‥‥ヌイヌイちゃんを巻き込まないで。やめて‥‥‥。

 

 

 




圧倒的戦力差。為す術なく潰されていく僚艦。
次回に続きます。


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