抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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今回は夕立の語りは有りません。秘書艦とお洒落な重巡の視点からお送りします。


蜃気楼を追うように

「姫クラスはこれで何隻目だ?」

 

「駆逐棲姫で3隻目です、提督」

 

お久し振りです、翔鶴です。

夕立ちゃんが無事戻ってきた夜のこと。私と提督は書類の山を片付けながら、現状の事を話しています。私が言った通り、姫級は今年に入って既に3隻。駆逐棲姫以外の2隻は水母棲姫と駆逐古姫。しかも、どちらも討伐出来ていません。他の鎮守府の情報通りなら、姫級は何か目的があって何処かを目指しているようです。悪い予感がします。私の天山や試製景雲の出番が無いのが一番なのですが‥‥‥そうもいかないのでしょうね。大きな事態にならないうちに姫級達の泊地を探しだして叩く必要があります。

はい?試製景雲ですか?私の艦上偵察機です。ええ。今の私は装甲空母。フフッ、大鳳さんと同じですね。それから、もう練度も充分‥‥‥。その‥‥‥てっ、提督は私の事はどう思ってらっしゃるのでしょうか?もしも出来るなら、指輪が欲しいな、なんて。装備品、と割り切って渡す方も中にはいらっしゃるようですけど、『ケッコンカッコカリ』なんて名前がついている物ですし、意識するなという方が無理というものです。

 

「‥‥‥‥‥‥鶴、翔鶴、聞いているか?」

 

あっ、呼ばれていたのに気付きませんでした。ううっ、でも『提督の事を想っていた』なんて恥ずかしくて言えませんし、どう言い訳しましょう?

 

「はいっ。提督、申し訳ありません、少し考え事を‥‥‥」

 

「我々が悩んでも奴らの寝所が分かる訳ではない。偵察隊も何隊か出されているし、そう思い詰めるな。夕立の事も、お前達の落ち度ではないのだしな。アレはどちらかと云えば俺の責任だ」

 

あら?上手く解釈してもらえたようです。そう言えば、先月に舞鶴鎮守府の秘書艦だった水上機母艦、瑞穂さんが轟沈されたと聞きました。提督も少し神経質になっているのかも知れませんね。

‥‥‥そう思うと何だか申し訳ない気もしますが、今は見逃してください。

 

「それから、その夕立の事だが。明日にもデータの測定を頼む。幾ら足柄のヤツの推薦でも規格外過ぎる。あんな駆逐艦が居て堪るか」

 

そうですね。それは言えています。前回は不知火ちゃんを助ける為に単騎で戦艦棲姫を撃破。今回は駆逐棲姫にやられはしましたけど、戦艦と空母を含む19隻の艦隊をたった一人で。確かに夕立ちゃんの戦闘能力は目を見張るものがあります。普段の訓練ではそこまでには見えないのですけれど‥‥‥本番に強いタイプなのでしょうか?ううん、それにしたって駆逐艦の枠を越える戦果です。

 

それにしても。口では「はい、畏まりました」と返事はしましたけど、内心はおもしろくありません。また『足柄教官』ですか。どれ程信頼されているのでしょう?もうっ。足柄教官が羨ましい。嫉妬してしまいます。

 

「そうだ、翔鶴」

 

不意に先程とは別の、 妙に静かな口調で私を呼ぶ提督。私は思わずその声に聞き入ってしまって返事を忘れてしまいました。

 

「翔鶴よ」

 

「‥‥‥はっ、はい」

 

いけない。呼ばれたのだから返事くらい返さなくては。「座れ」と促されて、執務室に備えてあるソファに座り、提督と向き合います。改まると少し恥ずかしいのですけれど。

 

「これにサインを頼む」

 

「えっと‥‥‥これは‥‥‥!」

 

聞いてください!その書類、さっき私が言っていたものだったんです。そうです、『ケッコンカッコカリ』用の書類一式。どうしましょう!?こっ、心の準備が‥‥‥。

 

「無理に、とは言わん。仮とは言え『ケッコン』と名の付く物だ。嫌なら嫌と言ってくれて構わん」

 

あっ、だっ、駄目です!違うんです!嬉しいんです!だから‥‥‥。

 

「‥‥‥‥‥‥いえ。私でよければ」

 

フフフッ。最高の微笑みで応えてみせました。あ、察してもらえると有り難いのですけれど。そろそろ二人きりにして頂けると嬉しいのですが‥‥‥はい、申し訳ありません。今日はこのくらいで。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「そうですね‥‥‥そういう事でしたら、お手伝い致しますわ」

 

「ありがとうございます」と頭を下げているのは不知火さん。そんな大袈裟にする程でもありませんのに。わたくしもみなさんに作りますし、そのついで、位に考えて頂いて結構ですのに。

 

熊野です。不知火さんが突然尋ねて参りましたので何事かと思ったのですが‥‥‥フフフッ、どうやら恋する乙女の悩みのようです。不知火さんのこんな表情、初めて見ましたわ。

 

「やはりチョコは本命の方に?」

 

「なっ‥‥‥ちっ、違います!不知火は別に夕立にあげる為だけに作る訳ではありませんからっ」

 

頬を紅潮させて反論する不知火さん。初めて会った頃と比べて随分と表情豊かになったものですね、夕立さんのお蔭ですわね。それはそうと‥‥‥わたくし、敢えてお相手の名前は伏せましたのに不知火さん自身でバラしてしまっていますわ。ここはわたくしも気付かなかったフリを‥‥‥っと、無理なようです。不知火さんが耳まで真っ赤になりましたわ。ご自分の発言に気付かれたようです。

 

恋はこうも人を変えるのですね。不知火さん‥‥‥夕立さんはノーマルのようですし長期戦になりますわよ?

 

「多人数分を作るのであれば‥‥‥そうですね‥‥‥トリュフ等はどうでしょうか?大量生産しやすいですし。夕立さんの分には特別心を込めれば宜しいのではなくって?」

 

「ですから不知火は‥‥‥いえ、この際認めましょう。ですから熊野さん、宜しくお願い致します」

 

あら、存外アッサリ認めましたわね。まあ、それならそれでやり易いというもの。大丈夫です。わたくし、他の方に喋ったりはしませんわよ?

 

そうそう。2月を待たずして漣さんと響さんはロシアへと出張に出てしまわれました。北方棲姫の動きが活発化したとかで、予定が繰り上がったようです。同行する提督の方、真っ白な髪に真っ白な肌、赤い瞳。まるで深海棲艦のようでしたわ。わたくし達よりも余程スレンダー。終始気だる気な方でしたけれども、滲み出る覇気は隠し切れていませんでしたわ。秘書艦として同行する重巡洋艦の古鷹さんは誠実そうな方でしたし、響さんと漣さんの心配は要らないでしょう。

 

駆逐艦二人の穴は、東郷大佐が大本営と交渉中。陽炎型の子が他の鎮守府から異動してくるらしいですわ。どうやら不知火さんの妹、らしいです。それから、今はイギリスに居る暁型の子。此方は帰国にはもう少し掛かるそうですが。

これはわたくしも最近知った事なのですが、艦娘として覚醒した者の近親者は艦娘候補になる確率が高いのだそうです。川内さんや夕立さんの妹さんも、もしかしたら艦娘になるかも知れませんわね。

「それでは不知火さん、これから一緒に買い物に行きましょうか?わたくしも手作りしますし」

 

先ずは材料の調達。はい?普通に買い物に行きますが?『手作り』という所がポイントですのよ?取り寄せてしまっては何の意味もありませんから。

え?わたくしのチョコを御所望ですか?そうですね‥‥‥差し上げるのは構いませんが‥‥‥10倍返し、ですのよ?ではベルギーから最高級品を取り寄せますわ。フフッ、お返しは期待していますわよ?

 

ふと思ったのですが‥‥‥漣さんが居ないという事は不知火さん、今は部屋では夕立さんと二人きりという事ですか。少しは進展はあるのでしょうか?夕立さんは気付いていない様ですし、何処かのラノベの主人公並みに鈍感ですわね。不知火さんは重度の奥手。これでは先が思いやられます。

 

それから、これは翔鶴秘書艦に聞いたのですけれど。計測の結果、夕立さんの艦娘としての火力は重巡洋艦並みなんだそうです。駆逐艦の枠を大きく越えているそうですわ。フフッ。これでは川内さんやわたくしの立つ瀬が有りませんわね。

 

では、わたくしはそろそろ。乙女のショッピングに着いて来るのは構いませんが‥‥‥長いですわよ?それから、着いて来るという事は即ち荷物持ちという事は理解していまして?

そうですか。それは残念です。では、ごきげんよう。

 




幕間です。
なかなか縮まらない夕立との距離。ヌイヌイの想いはまだまだ届きません。え?夕立と東郷?何の事でしょうか?

‥‥‥暁と榛名の出番はまだ先です。

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