抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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戦いの代償

由良、よ。

 

どうして。どうしてどうしてどうして!

私の何が悪かったっていうの!

 

迫害されたからやり返す事の何がいけないっていうの!?大切な人を奪われた復讐を果たす事の、仇を討つ事の何がいけないっていうの!?どうして!?どうして何時も神は夕立に微笑むの!?

 

『許セナイッ!夕立、オ前ダケハ!コノ場デバラバラニシテヤルワ!』

 

状態は中破。対して夕立は小破。私が喰い千切ってやった左腕も、新たに砲が付いて折角失わせた意味が無くなってる。夕立の肌は私と同じ青白い深海棲艦そのものの肌。見た目はどう考えても深海棲艦、駆逐棲姫にしか見えない。なのに、どうして同じ深海棲艦である私に敵対するの?やっぱりまだ夕立の人間としての自我が残ってるせい?

 

私は尾を大きく振り、その先端の口を夕立に向ける。二度、三度、四度と砲撃。夕立は全て紙一重で避ける。さっきまでみたいにやっとの事で避けているのとは違って、明らかに余裕で避けている。

 

全てを避け終えた夕立が、私に向かって走ってくる。近付けさせまいとして、私は再度砲撃。夕立は最低限の動きで身体を左右に振って、当然のように避ける。でもここまでは想定内。さあ、飛び込んで来ればいいわ。その時が貴女の最後の時よ。今度こそ、その忌々しい頭を喰い千切ってやるわ。

 

夕立は走りながら砲を二度放つ。私だってその気になれば避ける事なんて容易い。今の身体は、嘗ての艦娘の時のそれとは比較にならない身体能力だもの。幾ら砲の威力が増した、といっても当たらなければどうって事は無い。夕立の魚雷にさえ気を付けていれば、これ以上大きなダメージは受けない。

 

‥‥‥飛び込んで来ない?警戒してる?あんな状態でも冷静なのね。それならこちらから動くまでよ。私は尾の口から大量の艦爆を吐き出す。半分は、備蓄倉庫へ。もう半分は、夕立の方へ。

 

夕立は左腕を上空の、私が吐き出した艦爆に向ける。艦爆が次々と墜ちていく。深海水上レーダーも積んでるのね。ちょっと厄介。でも、それでいい。私の狙いは夕立の足を止めて注意を一瞬でも逸らせる事だから。

 

私が気付いてないとでも思った?私の左舷後方の瓦礫の影。あそこに不知火が居るんでしょう?彼女を盾にされたら夕立は果たしてどうするかしらね?

 

夕立が空に目を向けた一瞬。私は最大戦速で後方へと走る。呆気にでも取られているのか、夕立は私の動きを見ているだけみたい。愚かね。

 

瓦礫の影に潜んでいた不知火を瞬時に見つけ、左手でその首を掴んで持ち上げる。左腕しか動かない状態の不知火には抵抗は不可能。これで夕立は手出し出来ない筈。残念だったわね夕立。もう少しだったのにね。クスクスッ。

 

「うっ‥‥‥くっ‥‥‥」って苦しそうな声を出す不知火。やっぱり抵抗する力は無いわね。まっ、只の駆逐艦程度が私に敵うわけは無いけど。

 

『ドウスル?不知火ヲ殺サレタクナイデショウ?不知火ノ胴体ト頭ガサヨナラスル所ヲ見タク無イナラ、ソコデ大人シクシテクレナイ?』

 

私は少し大袈裟に、尾の先の口を広げて不知火の頭へと近付ける。クスクスッ。そうよ、そこで大人しく私に殺られなさい。夕立さえ潰せば、もう誰も私を止める事なんて出来ない。このまま人類を滅ぼして深海棲艦の王に収まるのも悪くないかな。

 

『ハァ‥‥‥』

 

夕立は大きく溜め息。そうよね、折角勝てる可能性があったかも知れないのに、もうどうしようもないんだもの。私に勝つには不知火を見捨てるしか無い。夕立にそんな事が出来るかしら?今や不知火は夕立にとってかけがえのない存在。いわば夕立のアキレス腱。彼女を見捨てる事は、夕立にとって死ぬのと同じ事。

大丈夫よ。あの世で再会できるように、貴女を葬った後に不知火もじっくり嬲り殺しにしてあげるから。

 

『ハァ‥‥‥何カ勘違イシテルッポイ?』

 

‥‥‥え?

夕立は、私にではなく不知火に向けて迷う事無く砲を放った。不知火は右腕を付け根ごと失い、右脇腹の一部と右足を吹き飛ばされ最早虫の息。どうしてなの!?どうして不知火を撃てるの!?

 

『ダカラ、勘違イダッテ言ッテルッポイ。艦娘ガドウナロウト、アタシノ知ッタ事ジャナイッポイ』

 

まさか彼女、夕立じゃ無い?やっぱり沖立夕星じゃ無くて、艦艇・駆逐艦夕立なの?

 

それなら。それならどうして。

 

『ソレナラドウシテ私ト敵対スルノッ!!』

 

夕立はニヘラ、と不気味に笑う。

 

『オ前ガ気ニイラナイ。オ前ガ艦娘ヲ気ニイラナイノト同ジッポイ。ソコニ差ナンテ無イッポイ』

 

なんて事なの。でもそれなら此処で潰さなきゃいけない。私と対立するような深海棲艦は必要無い。それがこれ程危険な深海棲艦ならなおの事。

 

必要無くなった不知火をその辺に投げ捨てて、私は夕立に向かい走る。夕立も、やっと受けて立つみたいで私に向かってくる。私の左手と夕立の右手は互いに掴み組み合った。

 

本当に、深海棲艦って奴らは馬鹿ね。幾らflagshipって言っても駆逐艦。力比べで私に敵う筈無い。私は夕立の首を狙って尾を振りかぶる。夕立は辛うじて反応。自分の首と私の尾の口の間に一瞬だけ速く左腕を滑り込ませた。尾の口にある鋭い無数の牙が左腕の砲を噛む。これでもうその砲はスクラップ。首をとり損ねたのは残念だけど、また一つ夕立は不利になったわね。

 

『ヤーット近付ケタッポイ』

 

夕立がニヤリと笑う。嫌な予感がした次の瞬間、夕立の左腕の砲が光って爆発した。

尾の先の異形の頭は吹き飛びはしなかったものの、かなりの損傷。初めからこれが狙いだったのね。迂闊だった‥‥‥。

 

夕立の左腕の砲は吹き飛んで無くなってる。けれど、私が反応するよりも速く夕立の右手が動く。その右手に掴んだ二本の魚雷が私の尾の開いたままの口に向かって真っ直ぐに放り投げられる。夕立の背中から鈴谷妖精が現れて、落として何処かにやっていた筈のB型改四を投げる。夕立はそれを瞬時に受け取り、魚雷目掛け放って‥‥‥。

 

◆◆◆◆◆◆

 

轟音と共に、肉片が辺りに散らばった。勿論、肉片は由良の尾。

 

鈴谷妖精、だよ。

 

状況を理解して、由良は海へと逃れようと走り出そうとするけど、夕立に組み倒された。小破のflagshipと、轟沈寸前の大破の由良。どっちが不利かはもう言う必要も無い。

 

『ドウシテ!モウ少シナノ!オ願イ、今ダケイウコトヲ聞イテ!貴女モ深海棲艦デショウ!?』

 

『仲間ニナッタ覚エハナイッポイ。オ前ガ気ニイラナイ。ソレ以上デモソレ以下デモナイッポイ』

 

そんな状況を横目に、私は不知火の所へと走る。瀕死の危険な状態だったけど、私が間に合ってくれれば助かる。その為に此処に来たんだもんね。

 

やっと辿り着いた。不知火は出血も酷いし目も虚ろで焦点も合ってない、もう辛うじて息をしているだけの状態だった。でも大丈夫。死んでさえいなければ、艦艇の魂さえ無事なら私が直してあげられるからね。由良が不知火を捨ててくれて助かったよ。

 

少し集中。

 

 

 

ふぇ~、疲れた~。もう暫く動けないよ。

やれやれ。何とか間に合った。不知火は上体だけ起こして「助かりました」ってお礼言ってくれてる。しかし不知火を躊躇なく撃ち抜くなんて夕立のヤツとんでもないね。やっぱり深海棲艦は深海棲艦って事か。

 

さっきから何度か爆発音と地響きがしてるね。確認するまでも無く、夕立が由良を『破壊』してる音。あ、一段と大きい爆発音。こっちまで何かが飛び散ってきたよ。言うまでも無いけどさ、肉片だね。勿論、由良の。容赦無いなぁ。あの力が此方に向いたらと思うと‥‥‥恐怖だよね。

 

音が止んだ。終わったのかな?って、あ痛っ!?頭に何か当たったんだけど!?何が当たっ‥‥‥ゲエッ、眼球じゃん!?これも由良の!?どんだけやったの!?マジでドン引きだよ‥‥‥。

 

ちょっと様子見てみよう。うわぁ。夕立を中心にして放射状に肉片が飛び散ってるよ。木っ端微塵って感じ。夕立の積んでた魚雷、空になってるし。全部使って破壊したのか。うわぁ、うわぁ‥‥‥。

 

ちょっ!?夕立のヤツ、コッチに向かって歩いて来るじゃん!?ダメダメ、ヤバいって!不知火、早く立って逃げてよ!私達まで殺されちゃうじゃん!!

 

『マダ居タッポイ?』

 

座ったままの不知火の正面に、夕立がコッチを見下すように立ってる。その身体は由良のものと思われる血のようなオイルのような液体がアチコチに付着してる。ちょっとグロいね。それから、その右手で掴んでるのは由良の髪。その髪の先に由良のものと思われる頭部の一部が付いてる。そんなもの持って来ないで欲しいんだけど。

 

「‥‥‥お礼を言わねばなりませんね。助けて頂いてありがとうございました」

 

は?お礼って不知火、何言ってんの?アンタコイツに思いっきり殺されかけたじゃん!そいつは見た目は夕立だけどさ、中身は深海棲艦なんだよ?解放した私が言うのも何だけどさ、由良を止めるのに一時的に共闘したってだけで艦娘の敵なのは変わらないんだよ?

 

『ソレハ勘違イッポイ。由良ヲ壊スノニ邪魔ダッタカラ排除シタダケ』

 

そうだよ!夕立の言う通りだよ!何とかここから逃げないと、今度は不知火が由良と同じ目に‥‥‥。

 

「ではなぜ不知火を殺さなかったのですか?なぜ今すぐに殺さないのですか?」

 

え‥‥‥。あ、言われてみればそうだね。辛うじてとは言え、不知火を生かして由良から引き離したのは確か。それに生きてれば私が直せる‥‥‥まさか、本当に不知火を助ける為に?深海棲艦が?もしかしてまだ『沖立夕星である部分』が残ってるの?

 

『手元ガ狂ッタダケッポイ。ソレニ、オ前ヲ殺シテル時間ハモウ残ッテ無ッポイ』

 

「それなら好都合です。その身体はポイポイのものです。この不知火に早くポイポイを返してください」

 

あ、不知火のヤツ、やっぱり目の前の夕立が沖立夕星じゃ無いって分かってるのか。私の表情を見て考えてる事を察したらしい不知火は「当たり前です。ポイポイかそうでないかくらい、不知火に分からない筈がありません」って言ってるね。

 

『アタシノ魂ハモウ、コノ世ニ存在スル 力 ハ残ッテナイ。コレガ最後ダシ、コノ人間ノ亡骸クライハ返シテヤルッポイ』

 

そう言った夕立の身体を覆っていた金色のオーラがゆっくりと消えていく。夕立の身体に展開していた有機的な深海棲艦の艤装も消滅。瞳の色と肌の色も元に戻った。同時に、夕立は膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。

 

「ポイポイっ、大丈夫!?」

 

不知火が駆け寄り、倒れた夕立の身体を支える。やれやれ。由良の倒し方はさておき夕立も元に戻ったし、これで無事解決だね。

 

「起きて、ポイポイ。全て終わったわ。‥‥‥ポイポイ?」

 

不知火が話しかけるけど、夕立は反応しない。深海棲艦化していた反動で気を失ってるとか?

 

いや待って。何か大事な言葉をスルーした気がする。艦艇・駆逐艦夕立はさっき何て言ってた?何て、言ってた‥‥‥!?『ナキ‥‥‥ガ‥‥‥』‥‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱり、もう‥‥‥。

 

 

 

そうしているうちに、私と不知火の周りには天龍や武蔵さん、神通達がよろけながらも集まって来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

起きて下さい、ポイポイ。もう全て終わったのですよ?由良は貴女のお蔭で倒せたのですよ?目を覚まして貴女の声をこの不知火に聞かせて下さい。

 

どうしたのですか?やはり疲れでしょうか?このまま少し眠ってもらった方がいいですかね。ええ、やはりその方がいい。あんなに無理をしたのですから、身体が回復するまで寝かせた方がいい。

不知火はポイポイを横にし、膝枕でその場に寝かせました。折角『艦艇・駆逐艦夕立』から身体を返してもらったのです。今はもう少しこのままで‥‥‥。

 

おや?鈴谷さんと瑞鶴さんの姿が見えて来ましたね。向こうも片付いたのですね。良かった。何とか皆無事に乗り越えられたようですね。その代わり鎮守府は半壊ですが。

 

「暁ちゃん達は大和さんの様子見に行ったよ。‥‥‥お姉ちゃん!大丈夫だった?」

 

『‥‥‥‥‥‥うん』

 

おや?鈴谷妖精の元気が無いようですね。鈴谷さんに話しかけられても何処か上の空と言った感じです。やはり不知火を回復させたのが負担だったのでしょうか?

 

「はぁ。今度は不知火の膝枕?ったくアンタは何時も締まらないわね。みんな無事とは言え、コッチも結構ギリギリだったってのにさ」

 

わざとらしく悪態をつく瑞鶴さん。良いではありませんか。ポイポイを不知火に甘えさせる時間など、このような時くらいしか無いのですから。

 

「ちょっと、提督さん?聞いてるの?‥‥‥夕立?」

 

瑞鶴さんの顔が、ポイポイの顔に近付いて来ます。まあ瑞鶴さんならどうこうする筈が無いので多少なら問題有りませんよ。これがポイポイに好意を寄せる不届き者なら許しませんがね。

 

「‥‥‥!!不知火!アンタ何してんのよ!コラ鈴谷妖精!アンタどうして『何もしない』の!?」

 

どうしたのですか?瑞鶴さんは急に慌てた様子。一体何があったのですか?瑞鶴さんはポイポイの脈を測り始め‥‥‥一体、何を‥‥‥して‥‥‥。

 

『出来ないんだよ。夕立にはもう、艦艇の魂が残って無いんだ。だから、私にはもうどうにも出来ないんだよ』

 

一体何が起きているのですか?鈴谷妖精は何を言っているのです?

 

「クソッ、心肺停止してるじゃないの!?不知火!!何ぼーっとしてるのよ!」

 

瑞鶴さんは怒鳴り散らしますが、不知火は反応出来ません。

呆然として状況を理解出来ない不知火を無理矢理退かし、瑞鶴さんは「鈴谷!アンタは心臓マッサージ!私が人工呼吸をする!」と怒鳴りポイポイを慎重に地面に寝かせ、不知火の目の前で心肺蘇生が試みられています。

 

そうだ、艦艇・駆逐艦夕立が何か言っていましたね。『この人間は返してやる』とか。少し違う。ええと、確か『この人間のナキガラは返してやる』でしたね。ナキ‥‥‥ガラ??ああ、亡骸ですか。

 

え?‥‥‥‥‥‥亡骸?

つまり、ポイポイは‥‥‥?

 

‥‥‥嗚呼‥‥‥ああ‥‥‥ぁぁ‥‥‥嫌です‥‥‥嫌ぁ‥‥‥。

 

不知火の視界は、ボロボロと溢れ零れ落ちる涙でグニャリと歪み、身体中の力が抜けていくのが分かりました。心の奥から、一気に絶望が拡がっていく。

 




レ級flagshipこと由良の討伐完了。そして。

次回に続く。

あと数話で完結です。もう少しばかりお付き合い願えれば幸いです。


P.S.
由良嫁提督の皆様、由良さんがこのような扱いで誠に申し訳ございません(土下座)
個人的に由良さんは好きなのでそれでご勘弁を。

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