一面の真っ白な空間。
あー、またココね。三回目ともなると流石に慣れるわね。
出来れば戻って来たくはなかったんだけど。私の力ではどうする事も出来なかったし、自分の選択は間違ってなかったと思う。後は駆逐艦夕立が私の代わりに由良を倒してくれた事を祈るのみ、ね。
私の背中にはもう、駆逐艦夕立の艤装は無い。残ってるのは、腰に付いてる艤装との連結部分のみね。
沖立です。
何もない空間を真っ直ぐ歩く。例によって、前方にうっすらと見えてきたベンチと、そこに座る少女。それから、明らかに私の事を待ってベンチの傍に立って大きく右手を振る、背中に艤装を背負った少女の姿。
『おーい!こっち!こっちっぽい!』って私を呼ぶ先代夕立。また怒ってるかと思ってたんだけど、そんな事は無いみたい。これは、私が死ぬ事は想定してたって事かな。
『お帰りなさい、夕星。思ったより早かったわね』
そう言って、ベンチから立ち上がって迎えてくれた初代雷。やっぱり私がすぐ戻って来るって知ってたのね。あ、そうか。そういえば二回目に別れる時に『また後で』って言ってたものね。あれはこういう事だったのか。
「不本意ながら戻って来たわ。ただいま、で良いのかな?」
『気にしなくて良いんじゃない?それと、由良の事なら心配ないわ。ちゃんと夕立が倒してくれたわよ。犠牲者も誰もいないし』
そっか。初代雷の言葉を聞いて安心したわ。みんなならきっと、これからも上手くやっていけると思うし。そりゃ私がそこに一緒に居られないのは寂しいけれどね。でも何時までも私の事を引き摺って欲しいとは思わない。寧ろ糧にしてより強くなって欲しいかな。
『また他の人の事考えてるのね?夕星は本当に顔に出やすいんだから』
「お見通し、って事か。でもいいわ。これで私も安心して逝ける。初代雷、色々とありがとう」
初代雷はちょっとだけムスッとした表情。何か機嫌を損ねるような事言ったかな?
『自分は『夕星って呼べ』って言った癖に。その、私の事『初代雷』って呼ぶのいい加減に止めてくれない?』
ああ、そういう事。そうね。もう雷では無いんだし、失礼だったかもね。『ナツ、よ。私の名前』って言った初代雷の表情がやっと崩れた。ナツ、か。確かお父さんは橋本大佐だったわよね?橋本ナツ、か。
そう言えば少し気になった事がある。二度目は私、どうやって生き返ったんだろう?一度目は艦娘としての力で回復させたのは分かる。でも二回目は?入渠もしてないし、私自身は間違いなく死んだ筈だったわよね?聞いたらナツは教えてくれるかな?
『それなら簡単。駆逐艦夕立の魂の力を夕星に分けてもらったのよ。貴女が生きてないと駆逐艦夕立も現世には戻れなかったからね』
原理は簡単だった。艦艇・駆逐艦夕立に魂の力の一部を分けてもらったから。その代わりに、艦艇・駆逐艦夕立の魂は現世で存在出来る時間を大幅に削る事になったそうよ。由良と決着したのも、時間的に結構ギリギリだったみたい。
そっか。艦艇・駆逐艦夕立も自分の存在を賭して力を貸してくれたんだものね。彼女にも感謝しなきゃ。
「それじゃ、ナツ。色々ありがとう。私、逝くから」
心残りが無いわけじゃない。でも、妥協しても良いよね?ヌイヌイちゃんには嘘を付いたままになっちゃったけど。
『何言ってるの?駄目に決まってるじゃない』
‥‥‥え?駄目って?だって私、もう奇跡を起こせる力なんて無いわよ?艦娘としての力も失ったし。
「ナツ?」
私の問いかけには答えず、ナツと先代夕立は顔を見合せてクスクスと笑い始めた。ちょっと待って、二人だけで納得しないで。これ以上何があるっていうの?
『夕星に先ず言っておく事があるわ。不知火さんの事。あの子、このままなら間違いなく潰れるわよ?潰れて廃人になるか、貴女を追って自殺するか。多分その二つに一つ』
え‥‥‥。ナツの言葉に、私は固まった。ヌイヌイちゃんが?でもあの時由良を倒す為にはああするしか無かった。それじゃあ、ヌイヌイちゃんの事は諦めるしか無いって事なの?そんなのって‥‥‥。
『仕方ないじゃない。あの子にとって夕星が最後の、唯一の支えだったんだもの。貴女を失えばどうなるかなんて想像する迄もないわ』
もう死んでしまった私にはどうする事も出来ない。ヌイヌイちゃんが此方に来た時に謝るくらいしか。
『だから、不知火さんを救うには夕星が生き返るしか無い。ここまでは理解出来るわよね?』
でもナツ。私自身には奇跡を起こす力なんて無い。ましてや死の運命を覆す力なんて。そう思っている私を見透かしてか、先代夕立がポン、と肩を叩いてきた。
『夕星、アタシ達とココで初めて会った時の事、覚えてるっぽい?』
初めて会った時、っていうとこの空間に一回目に来た時の事?あの時は確か、死にゆく艦艇・駆逐艦夕立の魂の負った傷を、その魂の半分をもらう形で先代夕立が肩代わりして。
『思い出したっぽい?』
先代夕立もナツも笑顔を崩さないのが気になる。ヌイヌイちゃんにとって死活問題なのに、二人ともどうしてそんなに楽観的なの?
『まだ理解出来てないって顔してるわね。いい?貴女の『艦艇・夕立の魂』は既に失われていて、残ってるのはその器だけ。それで、貴女の目の前に居るのは誰?』
誰、ってナツ。私の目の前に居るのは貴女と先代夕立だけ‥‥‥。
『それで。アタシが一度目に夕星にした事、もう一度思い出して欲しいっぽい』
先代夕立に言われるまま、もう一度思い返す。彼女は私の駆逐艦夕立の魂を半分‥‥‥‥‥‥まさか。
『分かったっぽい?あの時アタシに魂を半分渡した事が、結果として夕星が助かる事に繋がったっぽい』
私の夕立の魂はもう無い。けれど、先代の持ってる夕立の魂をもう一度私の持ってる器に渡せば‥‥‥って事?
『考えてる通りよ。出来るか出来ないかと言えば、出来る。夕星と彼女だからこそ、ね』ってクスクス、とナツは笑う。
『瑞鶴さんにも感謝する事ね。夕星が倒れてすぐに心肺蘇生をしてくれてるから。後遺症も無く戻れる筈よ。応急修理女神が傍に居るのも幸運だったわね』
そっか。ありがとう瑞鶴さん。貴女にはもう頭が上がらないわね。それと、鈴谷妖精。今回も貴女に助けられるのね。
『それならそうと言ってくれていれば良かったのにって思うっぽい?でも知ってたら今と同じ結果は無かったかも知れないっぽい』
先代夕立の言う通りね。生き返れる可能性があったと知ってたら、みんな無事な今の結果は生まれなかったかも。慢心は油断に繋がる。油断は最悪の結果を生む可能性が高いものね。
それから、隣で先代夕立の話を聞いていたナツが口を開く。
『それで、夕星と約束して欲しい事が一つ』
彼女の話は簡単な、けれど私には悩ましい事。『不知火さんとキチンと向き合う事。今度こそ正面からね』ってね。『不知火さんとくっ付いてイチャイチャすればいいっぽい!』って先代夕立が付け足した。全くもう、そう簡単な話じゃ無いんだけど。
『今度こそ約束っぽい!夕星、手を出して!』
私の差し出した右手を、先代夕立が両手で優しく包む。その背中にあった艤装が霧のように消えて、私の背中に懐かしい重量感が戻る。
『確かに渡したっぽい!それじゃ、今度こそ寿命まで戻って来なくていいっぽい!』
「ありがとう。本当に、ありがとう」
私の身体の輪郭が、少しずつ薄くなっていく。
『それからもう一つ。あの人達に『のんびり待ってるから寿命を全うしてから来なさい』って伝えて。『いい加減パパの事は忘れて男でも捕まえろ』ともね。夕星なら分かるでしょう?』
分かったわ、ナツ。必ず伝えるから。
『それとあと一つ。貴女に渡した夕立の魂は本来貴女のものじゃない。だから、もう無理は出来ないわよ?左腕も戻らないし出撃出来ても精々あと一回が限界だからね?』ってナツの言葉を最後に、私の意識は途切れた。ありがとう。貴女の言葉、忘れないわ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「死ぬんじゃないわよ!アンタは生きなきゃいけないの!翔鶴姉と萩風のぶんまで!」
懸命に、イチイチ合間に話し掛けながら瑞鶴は人工呼吸を続ける。妹も必死に心臓マッサージを続けてるけど、鼓動が戻る気配は無い。
鈴谷妖精だよ。
不知火は心身共に折れてしまっていて、アヒル座りで泣いたまま動こうとしない。不知火は暫く使いものになりそうもないね。と言っても私にも出来る事なんて無いけどさ。
「ねえっ、何時までっ、やってればっ、いいのっ?鈴谷もうっ、限界っ、なんだけどっ」
妹は息を切らせてる。もう随分続けてるもんね。‥‥‥もうこれ以上は無駄かも知れない。無念だけど、夕立の事は諦め‥‥‥。
「ちょっと、ちょっと待った!微かにだけど心臓動いてる!AEDちょうだい、早く!」
妹が急に騒ぎだした。嘘だよね?息を吹き返したの?どれだけ時間が経ったと思って‥‥‥待った、ちょっと待った!夕立から微かにだけど消えていた筈の艦娘の力を感じる!なにこれ、本当に奇跡でも起きてるの!?
でもこれで助けられるっ!今度こそ私の出番だよね!待ってなよ夕立!今助けてあげるよ!
第二幕のフラグをここでやっと回収。この為に二幕ラストで夕立の艦艇の魂を半分に裂いたんです。
ふぅ。ここまで長かった。ラストは目の前となりました。
それでは次回に。
オレ●全然売ってなくて2つ買うのがやっとでした。朝潮と初雪が当たったよやったね!
仕事で行けなかったけど、呉に行きたかったなぁ。
艦これ次回イベントは秋刀魚と鰯漁らしいですね。フレッチャーに特効ありそうですね。