抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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ずっと、傍で

呉に戻った私達はレ級発見の報を受けて慌ただしく動いていた。横須賀との合同作戦。今度こそ、決着をつけないといけない。

呉からは神通さん、大和さん、瑞鶴さん、熊野さん、暁ちゃん、それにヌイヌイちゃん。横須賀からは川内さん、曙ちゃん、金剛さん、赤城さん、武蔵さん、それとアイオワさんにも出てもらった。抜かりも慢心も無い。小型挺には何時でも出られる状態で雷ちゃんも待機させてる。

 

私の乗った小型挺を守るように輪形陣で太平洋を走る。

けれど、不安が無い訳ではない。これだけの戦力をぶつけてもしも倒せなかったら?もしも由良の時のようにflagship化したら?

 

『流石に勝てるとは思いマスケドネー、何だか嫌な予感がシマス』って金剛さんも言ってたわ。こういう時の彼女の勘は、よく当たる。

 

私達の進む方角の前方には、行く手を阻む深海棲艦は何故か一切現れない。何時もならばアチコチの方角を指して荒ぶる筈の羅針盤も、目的地であるレ級の場所を真っ直ぐ指し示したまま。こんな事は初めて。これは、何かある。

 

「瑞鶴さん、そろそろ偵察をお願い」

 

『了解‥‥‥艦首風上‥‥‥発艦っ』

 

瑞鶴さんは弓を引き絞る。放たれた矢は洋上で彩雲へと姿を変えてレ級が居るであろう方角へ向け飛んでいく。

 

 

 

『提督さん、目標捕捉!レ級、居たわよ!』

 

暫しの間の後。瑞鶴さんから通信。どうやらレ級はたった一隻で洋上に立っているみたい。まるで‥‥‥そう、まるで私達が着くのを待っていたかのように。

 

『一隻しか居ない!?レ級の奴、一体どういうつもりよ?』

 

瑞鶴さんも困惑してるみたい。一隻で迎え撃つなんて、私達なんて相手じゃないって事?それともやっぱり罠なの?

 

「不知火さん、曙ちゃん、念のために潜水艦を警戒して」

 

『分かりました』『了解よ』って答えた二人に対潜警戒を任せる一方で、私は座っていた椅子から静かに立ち上がる。

 

「神通さん」

 

『はい、此方旗艦神通です。作戦通りに‥‥‥‥‥‥無理はなさらないでくださいね』

 

私達は準備に入る。初手で持てる火力をぶつけて、出来る限り有利な状況で戦闘を開始したい。勿論、私も出るわ。『出撃はあと一回が限度』。使い所はここしかない。これで全てケリをつけられるのなら。多少の無理は覚悟の上。

 

「大丈夫。分かってる」

 

通信を切った私は、デッキへ。準備してあった私の艤装‥‥‥きっとこれが使い納めになる。約束もあるし犠牲になる気は更々無いけれど、限界までは頑張らないとね。

 

手入れをしていた妖精達が私に気付いて整列し、肘を張らない海軍式の敬礼をしてくれた。

 

『御武運を、司令官!』

 

「ありがとう、妖精さん達。大丈夫、こんな所でやられたりしないっぽいわ」

 

具合を確かめるように丁寧に艤装を纏っていく。頬を撫でる海風が、私の髪を揺らす。抜錨前のこの感覚も、これで最後か。感慨無量とは言えないけれど、色々と思うところはあるわ。

 

慎重に海面に着水。今はもう無い筈の、左腕が妙に疼く。レ級という、私の人生における最低最悪な筈の好敵手を前に気分が高揚してるのが分かる。こんな時なのに昂るなんて本当、私ってどうかしてるわ。

 

レ級の方角を見据えニヤリと笑みを浮かべた私。何度も繰り返した口癖のような言葉を、誰にでもなく呟いた。

 

「さあ‥‥‥最高に素敵なパーティしましょう?」

 

 

 

私達は第三戦速で海上を走る。やがて先行して艦載機を発艦させていた赤城さんから、妙な通信が入った。

 

『宜しいですか、大佐。レ級が発光信号を送って来ているのですが如何致しましょう?』

 

「発光信号?」

 

道理で爆撃はおろかドッグファイトすら始まらないと思ったわ。信号の内容は『夕立と話をさせろ』。どういう事?罠?それとも‥‥‥。

 

ヌイヌイちゃんや曙ちゃんから、敵潜水艦発見の報は無い。何が目的か測りかねるわね。

 

「‥‥‥大和さん、不知火さん。一緒に来てもらえる?」

 

念の為に二人を護衛に、私は応じる事にした。勿論『危険です!』って二人とも止めようとしてくれたけどね。何ていうか、肌で感じるレ級の力に違和感があって。確かめないとと思った。

 

『ヤレヤレ。話シヲスルノモ一苦労ネ』

 

二人を伴って、会話が成立する距離まで近付いた私の視界に映るレ級には、ある特徴があった。その全身に、ヒビのような傷が網の目のように拡がっていた。あの感じ、見たことがある。それは‥‥‥そう。あの白い空間、生死の境で見た私と夕立の艤装の傷そのものだった。という事は、まさか‥‥.‥。

 

『勘ガイイワネ、夕立』

 

私の考えている事に気付いたレ級は、ケラケラと笑った。自分が消滅しようか、って時にどうしてそんな余裕があるの?貴女の志は道半ばの筈なのに。

 

『ソウソウ、全員ニ聞コエルヨウニ通信ハ繋ギッパナシニシナサイ』

 

そう言って右手を肘辺りで曲げて上に向けたレ級を警戒して、大和さんが砲を向ける。ヌイヌイちゃんはソナーで海面下を警戒したまま。

 

『ア‥‥‥‥‥‥ヤレヤレネ』ってレ級の言葉と同時に彼女の右手のヒビが拡がって、その掌がまるで乾いた砂のように崩れ落ちた。やっぱり。彼女はもう『時間切れ』なのね。

 

「私達に降参を言いに来た‥‥‥って訳じゃ無さそうだけど。言いたい事は何?」

 

『貴女達ニ、オ礼ヲ言ッテオコウト思ッテネ』

 

「お礼、ですって?」

 

お礼って?何だろう、凄く嫌な予感がする。まだ奥の手があるのか、それともこの海域自体が罠で、滅びる代わりに私達も道連れ、とか?

 

『ソウヨ。私ノ盛大ナ時間稼ギニ長々ト付キ合ッテクレテアリガトウ、ッテネ』

 

時間‥‥‥稼ぎ?ここに私達をわざと呼び込んだ、って事?これも陽動だっていうの?

 

「それじゃ、まさか今頃呉や横須賀は」

 

『ソノ方ガ良カッタ?』

 

陽動‥‥‥じゃ無い?それとも他の場所を狙ってるの?

 

『人ノ話ハ最後マデ聞ケ、ッテ習ワナカッタ?私ガ言ッテルノハ、私ノ修理ガ終ワッテカラ今日マデノ事ヨ』

 

レ級の修理が終わってから?つまりええと‥‥‥由良がレ級を発見した時から今日までの時間にあった深海棲艦の行動全てが陽動だった‥‥‥って事?

 

『夕立ハ理解シタミタイネ。ソウヨ。ゼーンブ時間稼ギ。人類ガ『永久ニ』私達ト戦争シナキャイケナクナル為ノネ』

 

「どういう事?」

 

永久に深海棲艦と、か。何となく予想は出来るんだけど、出来れば外れていて欲しいところ。

 

『問題ハ1ツダケダッタワ。『私』ト『ヤマト』ガ消滅シタラ、オ前達ガ『深海棲艦』ト呼ブ私達ノ存在ガ消滅シテシマウ事。ダカラ、私ノ『Emperor』トシテノ 力 ヲ、強力ナ 力 ヲ持ツ次ノ世代ニ残セル仕組ミガ必要ダッタ。ソノ構築ニハ膨大ナ時間ガ掛カッタワ』

 

『構築ガ終ワル迄、オ前達艦娘ニソノ事ヲ気付カセナイ為ニ、アレコレト知恵ヲ絞ッタ。由良ハ人類風情ノ割ニハ充分ニ役ニ立ツ駒ダッタワ』

 

『哀レニモ私ノ真意ニ気付カズ時間稼ギノ陽動部隊ヲ相手ニ、オ前達人類ハ踊ラサレテイタッテワケヨ』

 

『私ガココデ消エテモ、強力ナ 力 ヲ持ッタ別ノ存在ガEmperorトシテ現レル。ソノ個体ヲ滅ボシテモ、更ニ別ノ個体ニ受ケ継ガレル』

 

『姫ヤ鬼ガ艦娘ヲ沈メナイト現レナイノモ問題ダッタ。ケレド、ソレモ解決シタワ。モウ艦娘ヲ沈メズナクトモ、強力ナ個体ヲ産ミ出ス事ガ可能ニナッタ』

 

『残骸ニ近イ状態ダッタ私ヲ発見シタノガ由良ダッタノガ、オ前達人類ノ運ノ尽キ。モシモアノ時発見シタノガ今ノオ前達ノ誰カダッタナラ、私達ハ滅ビテイタデショウネ。イヤ、天ニモ運ニモ見放サレタノヨ、人類ハ。ソノ証拠ニ、夕立。人類ハオ前トイウ最モ強力ナ艦娘ヲ失ッテルジャナイ』

 

『コレデオ前達人類ハモウ、永久ニ私達ト戦争シナキャイケナクナッタ。人類ハ呪ワレタノヨ。永遠ニネ』

 

‥‥‥何て事。最初からそれが目的だったのね。まんまと嵌められてたわけか。深海棲艦と未来永劫戦い続けなきゃいけない。人類に明るい未来なんて訪れない。それが目的‥‥‥。

 

『辛イ?悔シイ?ソレデイイノ。全テハオ前達人類ガ招イタ。謂ワバ『自業自得』ネ。サテ。力 ハ次ノ世代ニ全テ渡シテキタシ私ノEmperorトシテノ役割ハ終ワッタワ。用済ミノ私ハ、オ前達ガ無駄ニ藻掻ク様ヲ水底カラ静カニ眺メサセテモラウワ』

 

伝え終えたのか、レ級の全身にあったヒビが更に拡がる。砂になってその場で崩れ消え去った初代雷の成れの果て‥‥‥レ級の最後の表情は、憎しみと狂喜の入り交じったような笑顔だった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

『そうか‥‥‥対策の講じようが無いな。僕達にやれるのはいつも通り深海棲艦を撃滅する事だけだな。東郷総長には僕から説明しておこう』

 

呉鎮守府の仮設執務室。モニターの向こうの山本中将の様子は何時もと変わらない。内心は穏やかではないだろうけどね。

 

「分かりました」

 

レ級の言った事が本当かどうかは直ぐに分かった。帰りの道中、深海棲艦の艦隊と4回戦闘したから。レ級の言う通り、深海棲艦は消えずにその力を維持してる。私達は終わりの無い戦いを強いられる事になった。

 

『戦争の終わりが見えない、というのは相当にキツい。現場に出ている艦娘ならなおのこと。その精神的負担は計り知れないだろう。せめて日常の娯楽や休日くらいは充実させてやりたい。その辺も東郷総長に上手く言っておくよ』

 

「ありがとうございます」

 

山本中将が進言せずとも、東郷総長ならその辺も考えてはくれると思うけどね。あの人はそういう人だから。そうじゃなきゃ、大和さんは結婚してない。

 

『それと、呉に暫く明石を出張させる。そろそろそちらに着く頃だろう。任務は主に君の精密検査だ。沖立、理由は分かるな?』

 

「はい。もう艤装を背負う処か、連装砲を持ち上げる事すら出来ませんから」

 

そう。レ級の最後を見届けて小型挺に戻ったあと。私は艦娘としての力を失ったみたい。微かになら残っているのかも知れないけれど、もう装備を手にする事も出来ない私が艦娘として活動するのは不可能。提督としての資質があるお陰で妖精さんが見えるのは救いね。

 

『夕立の艤装は呉に保管しておいてくれ。適合者が現れたら連絡する。それと、B型改四は村雨に渡してやるといい。彼女なら上手く扱えるだろう。それじゃ、また連絡する』

 

「はい、分かりました」

 

通信を終えて、ふぅ、と息を吐いて椅子に深く腰かけた。これから私がやる事は多い。既存の戦力の底上げ、新人の養成、それに私自身の提督としての技量も上げていかないといけない。深海棲艦と戦い続ける為に、海軍としてもこれから新たな提督も発掘していくからね。新人提督に負けないように精進しないとね。

 

「大佐、入っても大丈夫ですか?」

 

早速明石さんが来たみたい。私は椅子から立ち上がって扉を開けた。どうせ検査するなら早い方がいい。工廠の準備もあらかた終わってるし。

 

「いいえ明石さん、一緒に工廠へ行きましょうか。面倒な検査はさっさと終わらせちゃいたいからね」

 

「そうですか。それなら善は急げってやつですね!」

 

明石さんと並んで工廠へと向かう。呉はまだ復旧中。暁ちゃんや清霜ちゃん達も、復旧の手伝いをしてくれてるような状況。

 

「あら、夕星さんに明石さん。これからどちらへ?」

 

「ええ、熊野さん。ちょっと工廠へ。少しの間執務室を見ておいてくれる?」

 

途中熊野さんと会って、執務室の留守番を頼む。「ええ、よろしくてよ」って快く引き受けてくれたわ。

 

 

 

検査の結果。結論から言うと、やっぱり私に艦娘としての力はもう殆んど残っていなかった。じゃあ残っていた微かな力が何だったかっていうと。

 

「細胞中のミトコンドリアが活性状態のままになってますね。細胞が活性化状態にあります。残った艦娘としての力が作用してるのが原因だと思いますよ」

 

明石さんがそう説明してくれた。まあ簡単にいうと『不老』の部分が残ったってわけ。女性としては嬉しい事なんだけど。少しくらいでも艦娘として活動できるような力があって欲しかったわね。

 

「もう少し経過を見ておきたいので、検査は定期的に行いますからね」

 

「ええ。ありがとう、明石さん」

 

残って私の細胞をまだアレコレしている明石さんと別れて私は工廠を出た。それで執務室に戻ろうと思ったんだけど、工廠の扉の前でヌイヌイちゃんに呼び止められたわ。ヌイヌイちゃんはついさっきまで復旧の現場指揮をしていた筈。私を探して此処まで来たのかな。

 

「ああ、ポイポイ。ここに居たのね」

 

何かあったのか思ったけど、別に仕事で用があったってわけではないみたい。休憩ついでに私の姿を探してただけっぽいわ。

 

「ヌイヌイちゃん、どうかした?」

 

「ええと‥‥‥その」

 

なんだろう?言い難い相談でもあるのかな?

意を決した様子のヌイヌイちゃんは、一度俯いた顔をあげて私に視線を合わせる。

 

「レ級は『戦争は終わらない』って言ったわ」

 

ん?ヌイヌイちゃんの言葉の意図する所が分からない。「そうね」とは答えたけれど、何が言いたいんだろう。

 

「ポイポイは、戦争が終わったら返事をくれると言ったわ」

 

あ‥‥‥。そっか。今のままだとヌイヌイちゃんは私に永遠に返事を貰えなくなる事になるのか。そういう事ね‥‥‥これは、どうしよう。

 

「それで。ポイポイは嘘をついて不知火との約束を破ったわ」

 

ん?待って。私、約束破ったっけ?‥‥‥もしかしてアレ?『分かった。勝手に死ぬような事はしない』『許可を取ってから居なくなるのも駄目よ』。レ級と対峙した時にヌイヌイちゃんに『危険です!』って止められたのに言うことを聞かずに対話に応じたアレっぽいかな?あれでアウトなのかぁ。ヌイヌイちゃんからすれば確かに私が死ぬかもって思ったかも知れないけど‥‥‥。

 

「何でも一つ言うことを聞く、って約束よね、ポイポイ」

 

これは覚悟を決める流れかな。もう少し時間が欲しかったところだけど。ヌイヌイちゃんだって勇気を振り絞って言ってるんだろうし。

 

「不知火を‥‥‥‥‥‥‥‥‥。不知火の傍で、ずっと支えて下さい。不知火も、ポイポイを傍でずっと支えますから」

 

えぇ‥‥‥ヌイヌイちゃん、そこでヘタれるの?何て言うか拍子抜けしちゃった。それじゃあ今迄の関係と全く変わってないんだけど‥‥‥まぁ良いわ。約束してあげる。『ずっと傍で』、ね。

 

「分かった。『ずっと』、ね」

 

私が返事をした直後。ガッシャーン、って音と共に工廠の扉が開いて、扉の向こうから明石さんが前のめりに倒れてきた。盗み聞きなんてよくないと思うわ。

 

「あっ、あははははっ。いやー、派手にぶちまけちゃいましたよ!」って作り笑いで誤魔化そうとしてる明石さんを、顔を真っ赤にしたヌイヌイちゃんが睨んでる。

 

「そんな事で誤魔化せると思ったのですか?盗み聞きしようとは‥‥‥不知火を怒らせたわね」

 

「ぬっ、盗み聞きなんてしてませんよ!イヤですねぇ!誤解!誤解ですって!取り敢えず落ち着きましょうか不知火さん、ねっ?ねっ?」

 

私としてはちょっと助かったわ。でもいずれ答えは出さないとね。いつかまたナツ達に会った時に胸を張れなくなっちゃうから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

とある孤島の、芝の上。

切り揃えられた前髪に、縦ロールのロングヘア。足元はグラディエーターサンダル。黒いフリルのあるフレアスカートのロリータファッションに身を包んだ場違いな少女が、ゆっくりと瞳を開いた。その髪、肌は真っ白。頭を飾るヘッドドレスからは二本の角が見える。その瞳も、凡そ人間とはかけ離れた赤色。

 

『ヨオ。気分ハドウダ?』

 

その隣に座っていた、嘗て由良に『集積さん』と呼ばれた個体が無機質に話し掛ける。ロリータファッションの少女は心底うざったそうに『最悪』と答えた。

 

『ダロウナ。オ前ナラソウ言ウト思ッタ』

 

『分カッテルナラ放ッテオイテ。『イカヅチ』ノ奴、面倒ヲ全テ私ニ押シ付ケヤガッタ』

 

はあ、と溜め息をつく少女。『集積』が彼女の右肩をポンポン、と叩く。『ソウ言ウナヨ、リコリス。新タナEmperorニナッタンダシ、ヤル事ハヤッテクレヨ?』というその言葉には同情などの感情は一切感じられない。完全に他人事。

 

『ヤル事ハヤルケドネ。アー面倒。人間ナンテ サッサト絶滅サセテヤロウカシラ』

 

リコリス、と呼ばれた少女はもう一度溜め息をつき、立ち上がった。その赤い瞳が見据えるのは、彼女達のテリトリーの遥か先、人類の居る大陸の方角。

 

『仕方ナイ。動クトシマスカ。初仕事ッテヤツネ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーエピローグーーーーー

 

太平洋を走る駆逐艦の甲板の上にいます。洋上で、先頭の鈴谷さんは風を切って気持ち良さそうに走ってます。

後方を見ると最後尾に付いてる風雲さんが笑顔で手を振って応えてくれます。

 

あっ、大きな波なのです!駆逐艦が少し揺れて‥‥‥痛っ。はわわっ、バランスを崩してコケてしまったのです。

 

初めまして。駆逐艦・電なのです!

私は今、呉のみんなと一緒にショートランド泊地に向かってる最中です。本当なら新人の電が参加できるような実力ではないのですけれど、呉の司令官さん・沖立夕星少将に「勉強の為に」って連れて来てもらったのです。沖立司令官さんは金髪のロングヘアで、凄く美人な司令官さん。嘗ての激戦で左腕の二の腕から先を失ってるけど、その名を知らない人は居ないくらいの凄い人なのです!電が小さい頃から優しくしてくれた、お母さんのお友達のお姉さんでもあるのです。

 

電のお父さんは、横須賀鎮守府の提督をしてる山本大将。凄く偉い人なのです。お母さんは先代の電で、提督経験もあるのです。だから私は凄く期待されてるのと同時に、行く先々で『特別扱い』されてました。それが電には窮屈で。でも呉ではそんな事無いのです。暁ちゃんや陽炎さん達はお友達として接してくれますし、大和さんや熊野さん達もとってもいい人なのです!

 

メンバーは電の他には、今日の旗艦の鈴谷さん、それから風雲さん、清霜ちゃん、ドイツから来てるプリンツさん、何時もの巡回に来てる明石さん、それに秘書艦の不知火さんなのです。今は電は休憩中で、あと20分したら不知火さんと交代なのです。

 

「おっ、そろそろ定時連絡の時間じゃん。少佐に通信入れとくよ!」

 

あ、鈴谷さんが通信始めたのです。

 

「ちーっす!呉艦隊旗艦、鈴谷だよ。あと1時間くらいで着くから受け入れ宜しくね!」

 

『あ、ああ。此方ショートランド泊地、了解した。沖立少将にくれぐれも宜しくお願いしますと伝えてくれ』ってショートランドの新人提督の少佐さんが応えています。沖立司令官さんが提督になった頃は提督は殆んど居なかったみたいですけれど、最近になってやっと近隣の泊地に着任させられるくらいに増えたのです。

 

「しっかしさぁ、あの少佐はどうなんだろうね?」

 

「ショートランドのアトミラールさん?その人がどうかしたの?」

 

鈴谷さんとプリンツさんがお喋りしてます。新人提督さんについてみたいなのです。

 

「少佐ってさ、ウチの提督の事好きみたいでね。いっつも不知火さんに睨まれてるんだよ。だから向こうに着いたら不知火さんが不機嫌になるから気を付けてね!」

 

「ふぇぇ、そうなの!?」

 

はわわっ、コイバナ、っていうアレなのです。電にはまだ早いけど、ちょっと興味があります。

 

「お喋りはその程度にしなさい。風雲が敵艦隊を発見しました。鈴谷さん、全く貴女は‥‥‥一体何の為に居るのですか?」

 

はわわっ、鈴谷さんが不知火さんに怒られたのです。怒った不知火さんは凄く怖いのです。

 

『みんな聞こえる?このまま第二戦速を維持、陣形を単縦陣に移行して。以降は風雲の指示に従って』

 

沖立司令官さんの通信なのです。風雲さんの指示で皆さんは統率の取れた動きをしてるのです。

 

『よーしみんな、行くわよ!目標0ー3ー5、砲雷撃戦用意!』

 

風雲さんの指示で戦闘が開始。と言っても戦いはコチラ側の完全勝利であっという間に終わりました。

 

「‥‥‥凄いのです」

 

電は思わず感嘆の声を洩らしました。そうしたらいつの間にか司令官さんが電の後ろに立っていました。さっきの電の言葉を聞いていたみたいで、「電ちゃんもいつかなれるわ」って言ってくれました。

 

「そんな事ありません。電は、まだまだなのです」

 

「そうよ、ポイポイ。電が相手でも甘やかしては駄目よ」

 

はわわっ、不知火さんが揚がって来ていたのです。交代の時間ですね。

不知火さんは普段から厳しい人なのです。でも司令官さんの前だと、凄く可愛い人なのです。‥‥‥こんな事思ってるのがバレたら怒られそうなのです。

 

「そっか、次はヌイヌイちゃんの休憩か」

 

「そうよ、ポイポイ。それでは電、後を頼みます」

 

電は交代で海へ。不知火さんの頭とお尻に、犬耳とフリフリしてる尻尾が見えるようなのです。

 

「少佐には今度こそキツイ灸を据えてやる。ポイポイに色目を使う輩は生かしては置けないわ」

 

「そう言わないで、ヌイヌイちゃん」

 

言っている事は怖いですけれど、二人とも凄く穏やかな表情なのです。何て言うか、凄く通じあってるのです。電にも、いつかああいう相手が出来るのでしょうか。

 

 

 

この後にショートランド泊地で起きるちょっとした事件に電も巻き込まれるのですが、それはまた別のお話なのです!

 

 




書き始めてから3年と約半年。長い間ありがとうございました。オマケ的な話は追加するやも知れませんが、これにて『抜錨するっぽい!』本編は完結とさせて頂きます。何とか最終話に辿り着けました。

書き初めはまさか此処まで長く書いてるとは思わず。何せ抜錨するっぽい!自体が他の作品のスピンオフのつもりでしたので。1幕途中辺りから「あ、これ長くなるわ」と2幕以降の構想を練りましたので。お陰でこっちが本編に、あっちがスピンオフに‥‥‥。

由良の話とか何処かで書くやも知れません。もし見かけたら、その時は宜しくお願い致します。
それでは、また何処かで。

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