「すぅ‥‥‥すぅ‥‥‥」
萩風のベッドから寝息が聞こえる。今日も頑張ってたもんね、きっと疲れてるっぽい。
アタシも今はベッドの中。色々考えてたら眠るの遅くなっちゃった。明日は出撃も無いし、たまには訓練も休んで‥‥‥もうじきバレンタインになるんだっけ。外出許可は貰ったし、チョコレートの材料買わないと‥‥‥フアァァ。もう寝よう。おやすみなさいっぽい‥‥‥。
瞳を閉じて、眠って‥‥‥少しした頃、かなぁ？傍に気配を感じた。重い目蓋を開くのは凄く億劫で、右目を微かに開いて薄目で見てみると、アタシのベッドにヌイヌイちゃんが座ってた。あ、そっか‥‥‥ヌイヌイちゃん、今日は翔鶴さん達と遅くまで会議だったんだっけ‥‥‥旗艦だから‥‥‥駄目だ、眠いっぽい‥‥‥。
ヌイヌイちゃんが何か言ってた気がするけど、眠いせいで全然分からない。あ、何かヌイヌイちゃんの顔が近付いてくる‥‥‥止まった。あ、頭撫でられてる。気持ちいいっぽいぃいぃ‥‥‥。おやすみなさいぃ‥‥‥。
◆◆◆
‥‥‥扉が開いた音で気が付きました。不知火姉さんが戻ってきたみたいです。目覚まし時計に視線を向けると、まだ夜中の２時。こんな時間までお疲れ様、姉さん。
ちょうど部屋の中央の方向に背を向けてベッドに横になっていた私は、姉さんに声を掛けようと寝返りをうちました。不知火姉さんは自分のベッドではなく、夕立さんのベッドに座って微笑んでいました。あれ‥‥‥姉さんのあんな表情、初めて見たかも。あれってまるで‥‥‥。
きっと今は話し掛けちゃいけないんだ、って思って寝たフリ。私も夕立さんも寝ていると思ったみたいで、微かにだけど姉さんの声が‥‥‥聞こえた。
「ポイポイ‥‥‥いえ、夕立、ありがとう。不知火は‥‥‥夕立が‥‥‥好‥‥‥」
えっ！？あっ、あの、姉さんの顔が、っていうか唇が、夕立さんの顔に近付いて行って‥‥‥えっ？これってそうなの！？そうなの！？
‥‥‥あ、途中で止まった。代わりに頭を撫でてあげてる。知らなかった。そっか、姉さんは夕立さんの事‥‥‥。きっと、雰囲気が柔らかくなったのも夕立さんのお蔭なのね。
大丈夫よ、姉さん‥‥‥この萩風はもっともっと強くなってみせます。それで、姉さんの事も、夕立さんの事も守れるようになってみせます。姉さんの居場所は、きっと守ってみせますから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スコールの降り注ぐ海の上。
『比叡さん！敵艦隊を発見したっぽい！』
アタシは敵艦隊の姿を見付けて、帝国海軍連合艦隊旗艦、金剛型戦艦二番艦の比叡さんに通信。そのあと比叡さんもその姿を確認した。
『比叡姉様！』
同じ艦隊の金剛型戦艦四番艦、霧島さんの表情が変わる。敵が近過ぎた。敵の飛行場を攻撃直前だった比叡さんと霧島さんの主砲に装填されてたのは、対艦攻撃には向かない弱装弾薬の対地攻撃用三式弾。今からじゃ徹甲弾に切り替えてる余裕は無かったっぽい。
『仕方無いわ、三式弾のままで行くわよ！旗艦比叡より全艦へ！敵艦隊を蹴散らすわよ！みんな付いてきて！気合いッ！入れてッ！行きますッ！！』
夜の、大荒れの海。視界は極めて不良。比叡さんは探照灯を照らして36㎝主砲を放ち進む。アタシも敵の艦隊に向かって走る。
『行くよ、春雨！』
『夕立姉さん！そっ‥‥‥き‥‥‥‥‥‥‥だ‥‥‥‥‥‥』
夜の闇と荒れ狂う海が、アタシと春雨の距離を離していく。春雨が何か叫んでるけど聞き取れない。暫くしたあと、春雨は完全にアタシと分断された。
比叡さんは探照灯を照射してた事もあって、集中放火を浴びてる。
『囲まれて‥‥‥！グハッ！？‥‥‥操舵系がやられた！？霧島！聞こえてる！？こちら比叡！応答して！‥‥‥くっそー、主砲斉射！当たって！』
助けに行きたいけど、アタシにも余裕は無い。目の前に次々敵が現れてくる。キリが無い。気付かなかったけど、アタシはいつの間にか敵陣のど真ん中に突っ込んでたっぽい。判断を完全に誤った。予想より敵が多い！
比叡さんと同じく探照灯を照射してた暁ちゃんも狙われてる！暁ちゃん、集中放火を浴びて炎上して‥‥‥第六駆逐隊の雷ちゃんと電ちゃんの悲痛な声が微かに聞こえる‥‥‥！許さない、もう‥‥‥もう許さないっぽい！！
『こうなったら全員まとめて相手になってやるっぽい！さあ‥‥‥素敵なパーティしましょう！！』
アタシは全艤装をフル稼働。撃って撃って撃ちまくった。どのくらいの時間だったか。どれだけ沈めたか。相当数を墜としたっぽい。
そうして、日を跨いだ頃。右からアタシに照射される光。あ、不味いって思った時は遅くって‥‥‥衝撃が走った。ヤバい、頭に被弾した‥‥‥ヤバいっぽい‥‥‥。駄目だ、身体が‥‥‥。
熱い‥‥‥熱いよ‥‥‥痛いよ‥‥‥。
『ゆ‥‥‥‥‥‥ち‥‥‥‥‥‥！』
誰かが呼んでる声が聞こえた。けど、アタシはもう殆んど何も見えない。誰？微かにだけど表情が見えた。さ‥‥‥み‥‥‥だ‥‥‥れ？五月雨？
『夕立‥‥‥？‥‥‥夕立！！』
アタシは‥‥‥もう駄目っぽい。最後のお願い、聞いて欲しい。アタシを、アタシを‥‥‥。
『さみだ‥‥‥れ‥‥‥ちゃん‥‥‥アタシを‥‥‥沈めて』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最近、あの夢をよく見る。嘗ての大戦の、第三次ソロモン海海戦第一夜戦。うん、ちょうど駆逐棲姫と会った直後から。あの時は仲間は傷付き沈んで‥‥‥アタシも‥‥‥。
あの時敵だったアメリカの艦隊は、今は深海棲艦と戦う艦娘。中には過去の記憶を引き摺ったまま仲良くなれない人もいる。それは仕方無い事だって思う。あれだけ激しく戦争して、敵同士で、終戦に立ち会えた艦は殆んど無くて。簡単に気持ちは変えられないんだと思う。けど‥‥‥。
「よっ、と」
毛布を撥ね飛ばして、大きく伸びをする。んー、お日さまが眩しいっぽい。顔洗ってこよう。涙が滲んでるのは内緒っぽい。
まだ時間は早朝。朝御飯には早い。アタシはジャージに着替えて日課になったランニング。え？意外？むぅ、失礼っぽい！アタシだって努力はする。基礎体力は重要だって島風ちゃんに教わったもん。少なくとも島風ちゃんの強さに追い付く位じゃないと、みんなを守るなんて出来っこない。それに、努力は見えない所でするから努力っぽい！
「おはようございます、ゆうだちさん！」
「雪風ちゃん、おはようっぽい！」
うん、雪風ちゃんと一緒に走るのが日課。雪風ちゃんも見えない所で努力してるの。エヘヘ、二人だけの秘密。これから鎮守府の外回りを走るっぽい。
そうしてランニングを終えて、二人でお風呂に入って。部屋に戻った。ヌイヌイちゃんはまだ寝てる。うん、昨日遅かったもんね。朝食の時間に間に合うように起こそう。萩風は‥‥‥あれ？居ない？
萩風は‥‥‥一人で走ってたっぽい。アタシが毎朝走ってるのに気が付いたみたい。なーんだ、言ってくれたら一緒に走るのに。きっと萩風の事だから、アタシ達よりもまだ走るペースが遅いから迷惑掛ける、って思ってるっぽい。まあ、暫くは様子を見てみる。
あ、そうだ。今日はもう２月12日。川内さんと外出してチョコレートの材料を買いに行ってくる。川内さんに教えて貰うんだ。川内さん、本当に何でもできて羨ましい。これで『夜っ戦♪』って騒がなかったら完璧なのに‥‥‥そうだ！チョコレート作ったら妹にも送ってあげよう！エヘヘ、アタシがチョコレート手作りしたって知ったら、きっとビックリするっぽい！‥‥‥‥‥‥あれ？そういえば‥‥‥夢に出てくる白露型の駆逐艦、春雨って‥‥‥妹に似てたような‥‥‥？まっ、いっか。
アタシは川内さんに教わりながら、何とかチョコレートを完成。え？何のチョコかっぽい？へへーん、なんとチョコクッキー作ったっぽい！‥‥‥だって、料理するの初めてだし。『初めてなら溶かして型に入れて冷やすのなら失敗しないし無難かなぁ』なんて川内さんが言うから、それじゃつまらないって言ったっぽい！それにクッキーならみんなに配れるくらい沢山焼けるし。提督さんにもあげるっぽい。え？アタシのが欲しいっぽい？うーん、別にいいけど‥‥‥。
川内さん？ああ‥‥‥川内さんのチョコは‥‥‥見事な業物のケーキだった。アタシのクッキーが焼ける間、川内さんはチョコペンとチョコホイップでケーキに飾り付けしてた。うーん、川内さんはきっとケーキ屋さんになれるっぽい。伊良湖さんの助手として今日からでも働けるくらい。
チョコホイップを少し舐めさせてもらったんだけど、甘くて美味しかった。
さーてと。これで後は14日にみんなに渡すだけっぽい！
‥‥‥え？ヌイヌイちゃん？勿論ヌイヌイちゃんにも渡すけど‥‥‥うん？特別に何か用意した方がいいっぽい？そうなの？
それじゃ、アタシはクッキーを包んで実家に送ってくるっぽい。うん、今日送れば14日の夕方には届くから。妹が学校から帰って来る頃に届く筈なんだ。じゃあ、また次回っぽい！
私としたことが。6月6日の漣ちゃんの進水日をスルーしてしまった。ごめんなさい、漣ちゃん。
提督さんは艦娘全員からチョコ貰うのか。虫歯になりそうですね。翔鶴さんみたいに一部特殊なものをくれそうな子もいますけど。