「はぁ‥‥‥」
車に揺られる事2時間。目の前に広がるのは一面の海。ま、鎮守府に向かってるんだから当たり前だけど。
まっ、何て言うかさ、長閑よね。横須賀とは大違いよ。街全体が如何にもお人好しが沢山居そうな感じよね。フンッ、どうせ私は捻くれてるわよ。
曙よ。全く、横須賀の第一艦隊で活躍してた私がどうしてこんな田舎に向かってるのかしらね。『深海棲艦の動きが活発になりつつある為、新規に立ち上げた鎮守府の戦力補強の為の一時的な異動』っていう大本営直々の指令らしいけど。確かにこの前着任した川内さんは凄いと思うわ。否定してもしょうがないから認めるけど、川内さんなら横須賀の中心戦力の一人になれるでしょうね。けど、だからって私がお払い箱っておかしくない?自惚れる訳じゃないけど、第一艦隊は無理でも第二艦隊に入るくらいの力は有る筈って自負してる。
まあ、だから私が地方に出張なのかも知れないけどね。だけど‥‥‥出張期限が『無期』ってどういう事よ!これじゃ本当に左遷されたみたいじゃないの!幾ら大本営の命令だからって、あのクソ提督も少しくらい庇ってくれたっていいじゃない!折角、折角‥‥‥今度こそ漣と一緒にやれると思ってたのに。漣はロシアに行っちゃうし散々よ‥‥‥。
「曙ちゃん、喉乾いたでしょ?はい、これ」
「‥‥‥ありがと」
文月がくれたのは缶コーヒー。そうよ、文月は今向かってる鎮守府の艦娘。そう言えば文月って電と似てるわよね。 睦月型の制服交換したら見分けられないんじゃないかしら。
まっ、それはいいんだけどさ。この鎮守府、秘書艦の電と睦月型駆逐艦の七番艦の文月、それと空母の赤城さんしか居ないってどういう事なの?今は他の鎮守府から軽巡洋艦の北上さんをレンタルしてもらってどうにかやってるらしいけど‥‥‥それで鎮守府って成り立つの?不安しかないわ。
‥‥‥ま、為るようにしかならないか。にしても私、コーヒーなんて飲めないんだけど。これでもまだ年齢的には中学に上がったばっかりくらいなのよ?
‥‥‥何よ、飲むわよ。折角貰ったんだし、文月に悪いじゃない。ん?変わった缶ね、茶色と黄色の‥‥‥マッ●スコーヒー?カシュッ、っと。
「‥‥‥甘っ!?」
なっ、なっ、何よこれ!すっごく甘いじゃない!コーヒーってこんな甘いものだったの!?あの横須賀のクソ提督、『コーヒーは苦いんだ。曙の舌にはまだ早いな』なんて言ってた癖に!本当はこんなお子様ドリンクだったのね!
「コーヒーなのに凄く甘いんだよ?変だよね?曙ちゃんも驚いた?」
このっ‥‥‥それ先に言いなさいよ!文月、後で覚えときなさいよ!
「もうすぐ着くよ、いい所だろう?」
ちょっ、この優男(やさおとこ)、気安く話しかけるんじゃ無いわよ!アンタは大人しく運転に集中してなさいよ。全く、幾ら呉の東郷大佐の推薦だからって、この二十歳になったばっかりの奴が提督だっていうんだから日本も末期よね。
「所でさ、さっきの市場は何なのよ?」
そうそう、さっきちょっと魚市場に寄ったのよ。そしたらさ、今では珍しく天然の魚ばっかり並んでるの。他では養殖が殆んどなのに。ほら、今は海に出るのは近海でも危険でしょ?だから艦娘の護衛無しに漁になんて出ようものなら、深海棲艦の格好の餌食に‥‥‥って、まさかコイツ‥‥‥。
「ああ、ウチの鎮守府では漁の護衛をしながら哨戒してるからかな。哨戒任務はこなしてるんだから問題は無いだろう?」
「ハァ!?バッカじゃないの!?」
この優男、どんだけお人好しなのよ。そんな事してたら無駄な燃料だって発生するし、特定の団体に肩入れとか問題になるじゃない!
優男が言うには『地域との一体感も大切』だって。鎮守府ができた事で地元に色々期待されてる所もあるから、出来るだけ答えたいんだってさ。お人好しも大概にしないと身を滅ぼすわよ?大本営に『邪魔だ』って思われたら終わりなんだから。
‥‥‥私が飛ばされた原因なら分かってる。きっとあのタンカーの事件。そうよ、あの重巡ネ級elite。島風は『似てるだけ』なんて言ってたけど、間違う筈が無いわ。あれは‥‥‥鈴谷さんだった。艦娘の鈴谷さんが轟沈して、その鈴谷さんが深海棲艦として現れた。それってつまり、『深海棲艦は元は艦娘』って事よね?そりゃあ知られたら大問題でしょうね。だから島風も足柄教官も『似てるのは気のせいだから絶対に他の人間には言うな』なんて言ってきたのよね。まるで『他の人間に言ったら命の保証は無い』って脅されてた気分だったわ。あの二人も大本営の手先なのかしらね。
フンッ。こうなったら、絶対に動かぬ証拠を掴んで大本営に土下座させてやるわ。例えこんな所に飛ばされても諦めない。絶対に鈴谷さんの仇はとってみせるんだから。
‥‥‥着いたみたいね。って、何よここ‥‥‥水族館?嘘でしょ?此処が鎮守府なの‥‥‥?
出迎えてくれた電は「はじめまして、なのです!」って笑顔。全く、どいつもコイツもお人好しったらないわ。真実を知ったらどうするのかしらね。
「曙ちゃんが来てくれて嬉しいのです!これで怖いもの無しなのです!」
買い被り過ぎよ。私だけじゃ大した事は出来ない。艦娘は艦隊だから強いのよ。各々が各々の役割を果たしてるから強いの。一人だけ強くても何の役にもたたない。そう、私が鈴谷さんに何も出来なかったみたいに。
「当たり前じゃない。私が来たからには大船に乗ったつもりでいなさいよね!」
まーたやっちゃったわ。どうして私ってこうなのかしら。心にも無い事を。あーあ、素直になれたらどんなに楽かしらね。電にも『深海棲艦になりたくないなら艦娘なんて辞めたほうがいい』って言えたらどんなに簡単か。
けど無理ね。電まで命を狙われかねなくなっちゃう。やっぱり私一人で何とかするしかない、か。
にしても、ある意味凄い鎮守府よね、ここ。執務室に行くまでに色々案内してもらったけど、本当に水族館が残ってる。魚とか海月とか、あ、ペンギンも居たわ。荒んだ心も癒されるわね。悪くないわ。
‥‥‥で、執務室で赤城さんとも対面。赤城さんはこれから弓の鍛練だって。北上さんは寝てるらしいわ。昨日は深夜まで漁船の付き添いで、帰ってきたのは明け方らしいから。
「さて、そろそろいいかな」
でさ、今は優男‥‥‥提督と二人だけ。電も文月も追い出されたわ。『曙と重要な話があるから』って。何よこれ、二人きりって‥‥‥優男の私を見る目付きも真剣だし。何て言うか、身の危険を感じるわ。まさか襲われたりはしないわよね?コイツ、ロリコンとかじゃないわよね!?
ちょっと‥‥‥近い近い近い!そんなに顔近付けるんじゃないわよ!まっ、不味いわ!逃げなきゃ‥‥‥。
「タンカーの件、少し聞いてもいいかい?」
‥‥‥え?どういう事?まさかコイツも大本営の手先?私が話した瞬間拳銃で撃ち抜く、とかされるの‥‥‥?
「‥‥‥なんの事?」
不味いわ。動揺して足が震える。ヤバい、ヤバい、ヤバい‥‥‥。
「僕は大本営の手先じゃない。どちらかと言えば君の側だ。ネ級eliteは鈴谷だったんだろう?」
「なっ‥‥‥」
予想外だわ。まさかこの優男も大本営を‥‥‥?万が一罠だったとしても、利用できるものは利用する。私には失うものは無いし。
「‥‥‥やっぱりか。出来るだけ君を横須賀に戻せるように努力する。だから、君はこの事は忘れるんだ。後は僕が引き継ぐ。大本営に罪を認めさせてみせる」
何言ってるのかしらね、コイツは。そんなんじゃ納得できない。左遷までされてるのは私なんだからね?
「駄目よ。勝手な事言わないで。‥‥‥私もやるわ」
電や他の子達には完全に秘密。危険には晒せないからね。
この日から、私とこの優男‥‥‥山本提督とで少しずつ、密かに大本営を探り始めた。実を結ぶのずっと後になるけどね。
番外編、ボノたんの決意でした。呉から脇道に逸れましたが、曙の近況。口封じを強要された上に左遷。密かな反抗は静かに進行していきます。