‥‥‥ここは危険だよ、今すぐに泊地まで退避した方がいいよ?うん、そう。トラック泊地にだよ?ほら、ここから後方に微かにチューク諸島の大環礁が見えるでしょ?此処が最終防衛ラインだからね‥‥‥って言っても何時まで持つか分からないけど。日本本土との通信は遮断されちゃってるし。本土からの支援艦隊が来てくれる筈なんだけど‥‥‥。
ああ、僕は大丈夫。確かに傷は浅くはないけど動けない訳じゃないからね。これでも『幸運艦』って呼ばれてるくらいだから簡単には沈まないよ。うん?これ?白露型の制服だよ。ああ、僕は確かに時雨だよ。へぇ、夕立に会った事あるの?そっか。僕はまだ人としての夕立には会った事無いかな。噂は色々聞いてるし、会えたらいいんだけどね‥‥‥。
ここトラック泊地は嘗て戦艦水鬼の侵略を受けた事もあるんだけど、その時は綾波や扶桑さん達の活躍で何とか守り抜いたんたけどね。ちょっと今回は分が悪いかなぁ。あの時とは比較にならない数の敵だからね。金剛型や一航戦が来てくれる、って聞いてたからちょっと期待してたんだけど、僕が沈む迄には間に合わないかも知れない‥‥‥。
そんな顔しないでよ、仕方無いんだ。艦娘になった時から覚悟はしてたよ。僕には深海棲艦から泊地のみんなを守る義務があるんだ。トラック泊地には傷付いた僚艦のみんなが居る。此処で引く訳にはいかないよ。そりゃあ残弾は少ないし魚雷も数える程しか残って無いけど、せめて戦艦棲姫一隻くらいは何とかしてみせるさ。
‥‥‥どうやら防衛線が抜かれたみたいだね。まだ遠いけど戦艦棲姫二隻とその取り巻きが見える。口にしたく無い事だけどさ、秋月達がやられたと見て間違いないかな‥‥‥。
‥‥‥そっか。気付いちゃったんだね。その通り。僕も怪我を癒しに泊地に戻る途中。ハッキリ言うと、満足に戦える状態じゃ無いんだ。参ったよね。僕の悪運も此処までみたいだ。キミは早く逃げて。時間稼ぎくらいなら何とか出来るから。
ドゴォンッ!!
‥‥‥痛ッ‥‥‥油断した。今のは不味いかな。僕とした事が魚雷に気付かなかったよ。まだ海面に浮いてるのが奇跡だね。っと、こっちは見ない方がいいよ。被弾した僕の左足がエグい事になっててさ、自分でも吐きそうなくらいだよ。
さぁ、早く行って。意識が鈍ってきた。もうキミを守れそうもない‥‥‥‥。
ハハッ、幻覚も見えてきたみたいだ。二航戦の正規空母、飛龍さんは僕の少し前に泊地に撤退したばかりでとても戦える状態じゃ無いんだ。なのに僕には向こうから友軍の艦載機が飛んでくるように見える。きっと僕の見間違いで、あれはきっと敵の艦載機だろうね。
『時雨か!無事なようじゃな!後は吾輩達に任せるのじゃ!』
幻聴まで聞こえてきたよ。利根さんの声が聞こえた。さあ、早く逃げて。僕はもう‥‥‥‥‥‥え?キミにも艦載機が見えるって?‥‥‥天山だって!?じゃあアレは翔鶴さんの?って事は、さっきの通信も‥‥‥。参ったね、まさか呉の第一艦隊が来てくれるとはね。僕の悪運はまだ尽きてなかったみたいだよ。
あぁ、確かに見えるよ。支援艦隊だね。それもあんなに。大本営がやっと重い腰をあげてくれたみたいだ。
「後は任せてッ!気合いッ!入れてッ!行きますッ!!」
ハハハッ、先頭切って走ってるのが『あの』御召艦・比叡さんか。うん、後は頼んだよ。僕は少し休ませてもらうよ‥‥‥っと?ビックリしたよ。後ろから抱き上げられた。それならそうと先に言って‥‥‥?あれ?僕を抱き上げたのは、僕と同じ白露型の制服に、赤い瞳、何処かで見たような艤装。金髪の毛先に赤みがかったグラデーションで、僕みたいな癖っ毛。そっか、君が‥‥‥。
「時雨!助けに来たっぽい!!」
うん、はじめましてだね、夕立。できれば秋月達も助けたかったけど‥‥‥。
「ありがとう、夕立。後は頼んだよ」
‥‥‥流石に疲れたよ。少しだけ眠らせてもらうね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
不知火です。
思った以上に深刻だったトラック泊地に大本営がやっと横須賀や呉の本隊を派遣。不知火達呉第三艦隊も勿論出撃させていただきました。本土の防衛もやはり疎かには出来ないらしく、幾つかの鎮守府の艦隊は出撃せずに待機ですが。
敵艦隊と相対して分かりましたが、あれだけの数を相手に此処まで持ち堪えた時雨達には流石と言わざるを得ませんね。ですが‥‥‥不知火達がもう少し早く着く事が出来ていれば救えた命があったかと思うと、悔しくてなりません。
こちらの連合艦隊に並んだのは日本を代表する艦娘の面々。負ける訳にはいきませんでした。数だけで言えば此方が不利ではありましたが、どうにか押し返す事が出来ました。ポイポイや大和さん、勿論島風や武蔵さん、金剛さん達も活躍しましたね。戦艦棲姫達を撃沈する迄には至りませんでしたが、撤退させる事には成功しました。敵の艦隊にも回復にかなり時間が掛かる位には大打撃を与えられましたし、これでトラック泊地も暫くは大丈夫でしょう。
とは言っても、泊地所属の艦娘の皆さんの回復は芳しくありません。重傷の方を優先してはいるものの、肝心の入渠ドックは半壊していてその効率は著しく低下しています。故に幾つかの艦隊は暫くここに滞在、泊地の復興と警護を請け負う事になりました。勿論、不知火達もです。
何でしょうか?不知火に落ち度でも?不機嫌?いいえ、そんな事は決してありませんが?ポイポイと時雨が仲良さげにしているからといって何か?べっ、別に嫉妬などしていません。ええ、していませんとも。ポイポイにとっては初めて会う同型艦ですよ?それははしゃいだりして当たり前でしょう。はしゃいだり‥‥‥楽しそうに話したり‥‥‥あっ、笑顔で抱き着いて‥‥‥。
‥‥‥クッ、いいです。仕方ありません、認めます。時雨が羨ましいです。不知火にも少し、ほんの少しだけで構わないのでああして抱き着いてくれたら‥‥‥。
「交ざってくればいいではないですか。あの二人が気にするような方では無い事くらい、不知火さんが一番良く分かっているのではなくて?」
急に話し掛けられて少しだけビックリしました。何時の間にやら熊野さんが哨戒から戻って来ていて、不知火の後ろに立っていました。熊野さんの後ろには、同じく哨戒の終わった萩風も居ますね。
「そうよ、姉さん。それに、顔に書いてあるわ。『一緒に話したい』って」
全く、萩風も言うようになりましたね。これで行かねば姉が廃るというものです。何でしょうか?良いのです。言い訳が出来ます。『萩風と熊野さんが行けと言うので』と。これで堂々とポイポイ達の所に交ざれます。ええ、仕方無く、ですよ?勘違いしないで頂きたいです。では、少しばかり失礼致します。
‥‥‥はい?不知火の表情が、ですか?微かに綻びている、ですか?ご冗談を。不知火に落ち度など有る筈はありません。
‥‥‥‥‥‥フフッ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ふーっ、ちょっと休憩。人手が全然足りないから、アタシ達みたいに動ける人は復旧の手伝いっぽい。鎮守府内の施設なんかは主に妖精さん達が直してる。妖精さんはみんなあんな小さいのに、凄い早さで建物が直ってく。うーん、何て言うか、妖精さんは不思議っぽい。
アタシ達艦娘の役目は、ここトラック泊地の提督さんと秘書艦代理の綾波型駆逐艦のネームシップ、綾波ちゃんが纏めたリストに従って資材をアッチコッチ運ぶこと。本来の秘書艦、飛龍さんはまだ入渠中。生き残った艦娘の中でも一番傷が酷くって、まだまだ時間が掛かるっぽい。時雨の傷も酷かったんだけど、そこは駆逐艦。今はもう元気っぽい!
それはそれとして。たまに思うんだけど、アタシ達艦娘って凄い。一般人の頃だったら大人の男の人でも絶対持てないような重い物でも持ち上げられる。
本土から送られてきた資材、それからアタシ達で遠征に行って取ってきた資材。それを妖精さんに渡して、渡して、渡して。うーん、流石に朝から夕方まで働くと疲れるっぽい。
そうそう。アタシとヌイヌイちゃんが呉の提督さんに直談判に行って断られて半日くらい後に、大本営から再通知があったっぽい。大本営ももう少し早く決断してくれたら、秋月さん達も助けられたかも知れないのに。アタシは直接聞いてないから分からないけど、トラック泊地の通信が回復した後に呉に報告を入れたヌイヌイちゃんに依ると、提督さんの声は少し悲しそうだったっぽい。
「ポイポイ、麦茶ですがどうぞ」
あ、ヌイヌイちゃんが麦茶をくれた。うん、ありがとう。ちょうど喉が乾いてたっぽい。ヌイヌイちゃん、アタシの隣で休んでる時雨と、その隣の萩風にも渡してあげてる。言ってくれたらアタシも手伝ったのに‥‥‥ん?この麦茶、何だかアタシのだけちょっとだけ少ないっぽい?え?ううん、人指し指の太さの半分くらいの差だから誤差っぽい?ま、いっか。いただきまーす。
‥‥‥うーん、麦茶は普通に美味しい。美味しいんだけど‥‥‥ヌイヌイちゃんにじっと見られてる。なんだろう?ヌイヌイちゃん、右手の人指し指で自分の唇触ってる。その口元がちょっと緩んでるっぽい。
あ、時雨がヌイヌイちゃんの隣まで行って何か話してる。アタシにはちょっと遠くて聞こえない。うん?微笑んでる時雨の見てる前で、ヌイヌイちゃんの顔が真っ赤になった。何か失敗とかしちゃったっぽい?ちょっとアタシもあっちに行ってみるっぽい‥‥‥って、萩風、「夕立さんは行っちゃ駄目です」ってどうしてっぽい?‥‥‥あーっ!また鈍感って言った!?酷いっぽいぃぃぃ!!
夕立の初の同型艦との対面は苦いものになりました。犠牲は大きかったものの、どうにかトラック泊地は死守。