大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて対処すれば大丈夫。幾ら戦艦棲姫に勝ったっていっても相手は駆逐艦なのよ。しかも装甲の薄い白露型。先制してダメージを与えればきっといけるわ。
暁よ。
先ずは距離を取って砲雷撃。アッチの出方を窺うわ。夕立が戦艦棲姫を破ったのにはきっと秘策があったのよ、そうに決まってるわ。だからそれさえ見切っちゃえば暁にだってチャンスはあるんだから。
アッチの砲撃をなるべく被弾しないようにジグザグに走行しつつ魚雷を‥‥‥ていっ!
やっぱり少し距離があるかしら。避けられたわ。それなら‥‥‥この12.7㎝連装砲で!
素人みたいに馬鹿正直に真っ直ぐ暁に向かってくるなんて夕立は何考えてるのかしら?アレで本当に姫級を撃沈したの?
もうすぐ連装砲の射程に入るわ。落ち着いて狙って‥‥‥今っ!やあっ!!
夕立の左に水柱!?嘘っ!?確かに捉えたと思ったのに外れたの!?どうして‥‥‥駄目駄目、今度こそ!やぁっ!
‥‥‥って、外れたんじゃないわ。今度はちゃんと見てたもん。間違いない、避けられた!嘘でしょ‥‥‥コッチが砲を放ってから射線を計算して即座に避けるなんて‥‥‥って、不味いわ!夕立が魚雷を!!って、あれ?暁の前で左右に別れて‥‥‥外しちゃったの?なっ、何よ、大した事無いじゃない。よーし、今度は暁の番なんだから!
っと、夕立が砲撃してきた‥‥‥止まったら的になっちゃう!
あれ?夕立ったら何をやって‥‥‥って、え?自分の艤装に魚雷を叩きつけた!?気でも狂って‥‥‥ホラ、当たった所が爆発して煙で‥‥‥あれ?夕立はどこ行ったの?
「っぽいっ!!」
うわっ!?後ろから砲撃!?危うく被弾する所だったわ。そっか、こうやって相手を撹乱しながら砲雷撃を繰り返して戦うのが夕立のスタイルなのね。もう分かったわ。トリッキーな動きに気を付けてればいいのよ。夕立はもう中破してるし、この演習はもらったも同然ね!
魚雷を二発撃ってきた!フフン、もうその手は通じないわ。きっと暁が魚雷に気をとられてるうちに別の方向から砲撃してくるんでしょ?そんなの分かって‥‥‥って、えええっ!?自分で撃った魚雷に砲撃!?なんで!?爆発して‥‥‥あっ‥‥‥煙幕代わりだこれ‥‥‥。不味いわ。電探なんて装備してないし‥‥‥‥‥‥。
もうっ!何処から来るの!?
正面から砲撃が来た!間に合わないわ、被弾しちゃう‥‥‥!
いったーい‥‥‥何よこれ‥‥‥本当に駆逐艦の砲撃なの!?今の一撃で大破なんて。なんて馬鹿火力‥‥‥ううっ、グスッ‥‥‥痛いよぅ‥‥‥‥‥‥泣いてる場合じゃなかったわ。これが本当のスタイルなのかしら?煙幕を張って砲撃で相手を削る‥‥‥それなら此処にいるのは危険ね!煙から脱出しなきゃ!
ついさっき正面から来たから‥‥‥直ぐには追い付けない筈‥‥‥後方に向かって走って一度距離を取らなきゃ。
見た?ホラ、夕立のパターンから逃げ切ったわ!煙から脱出した!今のうちに体勢を建て直して‥‥‥あれ?なんか聞こえる‥‥‥風を切るような音が上から‥‥‥?上?
えええっ!?何で!?何で上に夕立が居るのよ!?コッチに向かって勢いよく落ちてくる!反撃!反撃しなきゃ!って、何で魚雷抱えてるの!?撃たなきゃ!撃ち落とさなきゃ!連装砲を喰らいなさい、このっ!
って、ぎゃー!?魚雷一本投げてきて砲撃が相殺された!?落ち着くのよ、暁!まだ間に合うわ。直ぐにここから離脱すればいいのよ!着地点から離れれば当たらないんだから!
あっ、今、夕立が『ニヤッ』って‥‥‥。魚雷ありったけ投げてきた!!当たる当たる当たるっ!?
やっ、やったわ!全部当たらなかったわ!後は夕立が着水して無防備な所を狙い撃てば!
「油断大敵っぽい!」
ぎゃあ!?まだ魚雷一本残ってたの!?投げてきた‥‥‥避けられないわ!あっ、そうだ!アンカー!これを犠牲にすれば!上手くあの魚雷に向かって投げて‥‥‥やった!当たったわ!アンカーはボロボロだけど、これで後は夕立を‥‥‥あれ?夕立は?‥‥‥って、あっ‥‥‥暁の後頭部に何か当たってる‥‥‥もしかしなくても夕立の連装砲の砲口、よね?後ろを取られた‥‥‥。
まさかとは思うけど、今までの攻撃は全部ブラフで、始めからコレが目的?えー‥‥‥。
ドゴッ!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ズルい‥‥‥ぐすっ‥‥‥卑怯‥‥‥エグッ‥‥‥なんだからぁ‥‥‥グスッ」
うわぁ‥‥‥後頭部押さえてる暁ちゃん、泣いてて涙で顔が酷い事になってるっぽい。卑怯って言われても‥‥‥アタシはずっとこうやって戦ってきたし。
「暁‥‥‥は聞いてない‥‥‥グスッ‥‥‥もん‥‥‥ヒック‥‥‥そんな‥‥‥火力‥‥‥聞いてないもん‥‥‥エグッ」
火力って言われても‥‥‥もしかして手加減した方が良かったっぽい?最後の砲口を暁ちゃんの口に捩じ込まなかっただけまだマシだと思ったんだけどなぁ。
それに追撃ちを掛けたのがヌイヌイちゃん。「ほぅ‥‥‥それでは暁は深海棲艦相手にも『手加減して』とか『手の内を教えろ』とかお願いするのですか?」って。あー、ヌイヌイちゃん、今はそんな事言ったら‥‥‥。
「だっで‥‥‥だっでぇぇぇ‥‥‥」
あーあ、暁ちゃんがさっきより悪化したっぽい。むう、確かに演習で打ち負かしたのはアタシだけど、今のヌイヌイちゃんはちょっと意地悪だったっぽい。
「ヌイヌイちゃん、今のはあんまり善くないっぽい」
「ですがっ!暁がポイポイの事を『卑怯』等と言うのが‥‥‥」
アタシが言われた事を怒ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり今のは善くない。メッ、ぽい。
「ひぎょう゛‥‥‥な゛ん゛だがらぁ‥‥‥あ゛ん゛な゛の‥‥‥艦隊戦じゃ‥‥‥な゛い゛ん゛だがらぁ」
あー、暁ちゃんは暁ちゃんで更に面倒な事になってるっぽい。泣いてるのが悪化してもう収拾つけられないっぽいぃぃ。
って、あれっ?ヌイヌイちゃんも!?ヌイヌイちゃんも涙目になってるっぽい!?誰かヘルプ!あっ、そうだ、吹雪ちゃん!吹雪ちゃん助けて‥‥‥目逸らされたっぽい!?萩風‥‥‥あーっ、萩風にも目逸らされたっぽいぃぃ!萩風の裏切り者ー!えーん、アタシも泣いてやるっぽいぃぃいぃ!!
それで。大和さんと熊野さんに3人して宥められて。提督さんに報告。提督さんも演習見てたみたいで、アタシの事は『だいぶ良くなってきた』って。エッヘン!けど、艤装に魚雷を叩きつけた事は怒られた。ぶー。必要な事だったのに‥‥‥。
暁ちゃんには『相手が通常の艦隊なら判断は間違ってない』って。艦載機でもないのに上から攻撃してくる艦娘なんてそうそういないもんね。エヘヘ。
それでも、暁ちゃんは悔しそうだった。左手を腰に着けて「夕立の戦い方はもう分かったわ!次は絶対に暁が勝つんだから!」ってアタシに右手の人差し指を向けてる。
「また演習しようね、暁ちゃん」
ニッコリしてそう返事したアタシ。暁ちゃんは「えっ?‥‥‥うっ、うん」って少し戸惑い気味に答えてた。
それから、アタシと暁ちゃんは入渠。けど暁ちゃん、『ちょっと用事があるから後から入渠する』って言って部屋に戻ってった。ちょっと気になるから、妖精さんに頼んで様子を見に行ってもらったんだけど。
暁ちゃんがしてたのは、さっきの演習の内容をノートに書き記す事。暁ちゃんがどう動いて、アタシがどう反応して、どう攻撃してきてって、図入りで細かく。しかも、そのノートにはイギリス時代の今までの演習やら出撃やらの作戦や内容がびっしり書いてあったっぽい。
暁ちゃんなりに頑張ってるんだね。アタシも負けないようにもっと頑張るっぽい。
あっ、それとヌイヌイちゃん‥‥‥。実はヌイヌイちゃんのほうが大変で。
「ヌイヌイちゃ~ん、どうして拗ねてるっぽい?」
「‥‥‥不知火は、拗ねてなどいません」
絶対拗ねてるのに、アタシが聞いてもずっとこの調子。なんかアタシのせいっぽいんだけど、ずっとイジケてる‥‥‥。
「‥‥‥不知火は、要らない子なんです」
「そんな事ないっぽい!ヌイヌイちゃんはアタシの大切な親友っぽい!!」
アタシが発言してる間はイジケつつもじっとアタシの事を見てたヌイヌイちゃん、話し終えた途端に「ハァ‥‥‥」って深い溜め息。ええっ!?何で?確かに暁ちゃんへの発言で「善くない」って言ったけど、何時ものヌイヌイちゃんならこんなにはならないっぽい!?
「いいんです‥‥‥少し一人にしておいてください」
うぅ、アタシ、ヌイヌイちゃんにそんなにキツく言っちゃってたっぽい?怒っちゃったかなぁ。
萩風に相談してみたら少し考えてくれた。
「そうですね‥‥‥夕立さんが後ろから抱き締めてあければ直ると思います」って。
え?それで本当に機嫌直るの?でも萩風の言うことだし‥‥‥やってみるっぽい。
後ろからそーっと抱き着いて‥‥‥えいっ。あっ、ヌイヌイちゃん今ビクッて驚いたっぽい。
「ごめんね、ヌイヌイちゃん」
ビックリしたのか、キョトンとしたヌイヌイちゃんの顔がアタシに向いた。それで、多分だけど微かに微笑んでくれたっぽい。
「分かりました。今回は大目に見てあげます。それで‥‥‥背中に押し付けているポイポイのそれは不知火への当て付けでしょうか?」
あっ、良かった。機嫌直してくれたっぽい。流石は萩風っぽい‥‥‥じゃなくて、新たな火種が発生してる!?別に当て付けじゃ無いっぽい!背中に抱き着いたら普通に胸くらい当たるっぽい!
「どうせ不知火の胸部装甲は貧相ですから」
ぎゃー!?また不機嫌になったっぽい!?萩風、萩風助けて!あっ、待って!萩風が逃げたら駄目っぽいぃぃい!
不知火が報われる日は果たして来るのやら。
暁の歩は少しずつ。