抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

37 / 158
想いの先に

 

 

何、またアンタ?盆くらい放っておいて欲しいんだけど。え、秋月が沈んだ?知ってるわよ。私は足柄なのよ?そういう情報は一番に入ってくるの。次に現れるのは防空‥‥‥棲姫、って所かしらね。今更ジタバタしても仕方無いじゃない。

時雨や綾波じゃ無かっただけマシよ。もしあの二人が沈んでたらもっと厄介な深海棲艦が生まれてたに違いないわ。

‥‥‥付いてきても何も面白い事なんて無いわよ?私はただ墓参りに行くだけだしね。私なんかより、中枢棲姫対策を練ってる武蔵や島風の方にでも行きなさいよ。

 

全く、本当に物好きね。勝手にしなさい。はぁ?誰の墓か、ですって?何で貴方に教え‥‥‥ハァ。‥‥‥漣よ。初代の漣の墓。ええ、アンタ達みたいなのに『勝手に』英雄として奉り上げられたあの子の墓。なかなか行ってあげられないからね。年に一度、こういう時くらい行ってあげないと。

そうよ、あの子の最後は轟沈じゃない。あの子は世界で最初に現れた深海棲艦である南方棲戦姫を倒して、そのあとレ級と会って。真実を知ってしまった。そして‥‥‥首を吊ったの。‥‥‥言わせるんじゃないわよ。あの子の心を守ってあげられなくて‥‥‥私がどれだけの思いをしたと思ってるの?

 

フンッ。いいわ。付いてきなさい。案内してあげる。そして、貴方もあの子に謝りなさい。全人類からのプレッシャーと、真実の重さに押し潰されて死を選んでしまったあの子に。私達全員が背負うべき業よ。あの子に全てを背負わせてのうのうと生き延びてる私達の、ね。

 

ほら、ボケッとしてないて花でも買って来なさいよ。全く気が利かないわね。

 

え?英雄の墓にしては思ってたより小さい?‥‥‥そうね。ここに眠ってるのはあの子の一部だけだもの。それに‥‥‥『ココがあの子の墓』だって知ってるのは私を含めて極々僅かだからね。

アンタだからもう言うけど、あの子の遺体の大部分は大本営が冷凍保存してる。クローン部隊を作る気だったらしいわ。戦争の兵器、クローン‥‥‥消耗品の艦娘部隊。もうこの世に居ないあの子の遺伝子はうってつけだったって訳。

まっ、結局無駄だったみたいだけど。クローンには軍艦の魂も、それを制御できる人間の魂も宿らなかった。アンタも知っての通り、軍艦の魂と人間の魂が絶妙なバランスで均衡を保ってるのが艦娘。その両方が宿せないんだから実験は失敗だったのね。あの子の身体‥‥‥今は何処にあるのかしらね。ほら、ボサッとしてないで手を合わせなさい。

 

 

 

 

 

さて、と。それじゃ行きますか。‥‥‥‥‥‥また来るわね、漣。次はいい報告が出来るように努力するわ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

久し振りに実家に帰ってたっぽい。お土産は呉の海軍カレーにしようと思ってたんだけど。だって、伊良湖さんのカレーは美味しいっぽい!あっ‥‥‥アタシが作ったって事にしたら美味しくてビックリしてもらえたのかな?バレンタインの時のクッキーもかなりビックリされたっぽいし。ほら、アタシ料理とか全然出来ないから。

うん?それだけじゃないよ。熊野さんが「マスカットが宜しくてよ?」って教えてくれたからマスカットも買っていったっぽい。

それから、妹が急に成長しててビックリ。良く考えたらもう一年位会ってないもんね。それは妹だって成長するっぽい。大人っぽくなってくにつれて、あの夢の中の駆逐艦春雨とソックリになっていく妹。『艦娘になりたい』って言われたら駄目とは言えないけど‥‥‥出来ればなって欲しく無いっぽい。

 

あ、お母さんが「私も艦娘になろうかしら」って言ってた‥‥‥。アタシの容姿が全く変わらないから、『艦娘は永遠の美を得られる』っていう事に確信をもったっぽい。けど、お母さんには艦娘の才能は無いっぽい。妖精さんの写ってる写真を見ても妖精さんの姿が見えてなかった。え?妹には見せてないのかっぽい?見せてない。だって、それでもし妹にも妖精さんが見えちゃって、本当に妹が艦娘になったりしたら‥‥‥。

 

ちょっと早かったけどお墓参りにも行ってきた。そう言えば、アタシの曾祖父さんは海軍だったっぽい。えっと‥‥‥練習巡洋艦鹿島に乗ってたって。あ、勿論艦娘の鹿島さんじゃ無いっぽい。軍艦の鹿島。鹿島は終戦まで残った数少ない艦の一つ。それに乗ってたから 曾祖父さんは助かって、だから今のアタシが居るっぽい。うん、曾祖父さんに負けないようにアタシ、頑張るっぽい。

 

勿論、深海棲艦にお盆なんて無い。だから、日をずらして艦娘のみんなはちょっとずつ帰郷する。今帰郷してて呉鎮守府に居ないのは翔鶴さんと瑞鶴さん、それに雪風ちゃんと熊野さん。

あ、熊野さんは地元のお土産買ってきてくれるっぽい。熊野さんのお土産っぽい‥‥‥美味しいお菓子っぽい‥‥‥じゅるり‥‥‥えへへ。

 

え?提督さん?ううん、提督さんに休みなんて殆んど無いっぽい。代わりになるような人材も探すのは大変みたいで。だから電ちゃんの所みたいに20歳くらいでも提督さんになるっぽい。どうしても提督さんが出掛ける時は秘書艦が代理で執務に当たる。今は秘書艦の翔鶴さんも代理の瑞鶴さんも居ないけど、その代理で大和さんが手伝ってる。

 

あっ、そうだ。電ちゃんで思い出したんだけど、今度駆逐艦のみんなと水族館に遊‥‥‥‥‥‥じゃなかった、電ちゃん達の鎮守府に行くっぽい。うん?ええええ演習!演習っぽい!!絶対水族館が目的の遠足じゃないっぽいぽい!

 

「夕立さん、そろそろ時間ですよ?」

 

あっ、萩風が呼んでる。今から哨戒任務。そろそろ吹雪ちゃん達が戻ってくるっぽい。

それじゃ、駆逐艦夕立、抜錨するっぽい!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「チャンスだよ、不知火ちゃん!」

 

なっ‥‥‥なんなのですか?吹雪は何故そこまで力を込めるのですか?

 

「水族館って言ったらデートって決まってるの!だから演習終わった後に夕立ちゃんを誘って‥‥‥‥‥‥ねっ!!」

 

何時に無く力説している吹雪。そういう魂胆ですか。ハァ‥‥‥それが出来るのならこの不知火だって苦労はしません。

不知火達は先程哨戒任務から戻ったばかり。今はこうして吹雪と入渠‥‥‥もといお風呂中です。暁は既に先に風呂からあがっています。特に深海棲艦とも会いませんでしたし、怪我している訳では無く汗を流しているだけですから。

 

ここの所は深海棲艦側に動きがありません。中枢棲姫が現れている以上、何処かで仕掛けてくるであろう事は容易に想像できます。今は嵐の前の静けさなのでしょうか?そう考えると不気味に思えてなりません。

 

それにしても水族館付の鎮守府とは珍妙な。大本営も一体何を考えているのでしょうか。お陰でこの不知火がこんな辱しめを受ける羽目になっているというのに。

 

「暗い館内、幻想的な魚達‥‥‥そこで夕立ちゃんと不知火ちゃんは見つめあって‥‥‥キャー、キャー!?」

 

何やら吹雪は両手を頬に当てて一人で勝手に盛り上がっているようですが。不知火はそんな事はしません。現状でも満足しています。同じ艦隊には萩風も居ます。ポイポイが居て、仲間と呼べる皆さんも居る。嘗ての世界大戦では先に沈んでしまった陽炎も、場所は違えど今は生きている。それで充分ではないですか。これ以上何を望めというのですか?もしもこれ以上を望んだが為に全てを喪う事になったら‥‥‥。これで、いいのです。不知火に落ち度はありません。無い‥‥‥んです‥‥‥。

 

「‥‥‥って、不知火ちゃん!?何で泣いてるの!?」

 

失礼な。不知火は泣いてなどいません。ほんの少しだけ湯気が目に‥‥‥いえ、それだと無理がありますね。そう、そうです。水面のお湯が顔に跳ねただけです。喪うのが怖くて泣いている訳がないではありませんか。

 

「泣いてなどいません。不知火は先にあがりますので」

 

くっ、声も少し震えていたでしょうか。早く部屋に戻って落ち着けなくては。

 

もしも、もしも不知火がそれを望むのだとしたら。それはきっとこの戦争が全て終わった後です。今はポイポイの‥‥‥夕立の足枷になりたくはありませんから。

 

 




三者三様の、相手への想いが通じる日は‥‥‥。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。