抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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二度

「今日から数日の間だけど宜しくね」

 

ニヒヒッ、て笑って挨拶してくれたのはロングヘアーにエメラルドグリーンの髪が映える、航空巡洋艦の鈴谷さん。アタシ達の軍艦の過去を巡る旅に同行してくれるっぽい。

鈴谷さんは熊野さんと同じ最上型の軍艦。第七戦隊?だったっけ。先の大戦では熊野さんが旗艦を務めたりしてたっぽい。鈴谷さん、凄く嬉しそう。運命の人にやっと再会できた、って感じ。いいなぁ、ああいうの。あ、でもアタシは百合じゃなくてノーマルっぽい!

熊野さんも満更でもない感じ。心の奥から込み上げてくるモノがあるっぽい。だってホラ、両目とも潤んでる。‥‥‥艦娘って軍艦の魂に凄く左右されるんだなぁ。

 

「こうして会うのは何だか不思議な感じがしますわね、鈴谷さん」

 

「もうヤダなぁ。『鈴谷』でいいよ。私も『熊野』って呼ぶからさ」

 

クスッ、って笑って熊野さん、頬を染めて「ええ。分かりましたわ、鈴谷」って。あ、これ駄目っぽい。二人の世界ってやつ。アタシ達周りに居るんだけどなぁ。

 

そんなやり取りをしてるこの場所、艦舎のアタシ達の部屋の前。ほら、あそこに居る右目に眼帯してる女の人とか、天使の輪っかみたいなのが頭の上にある女の人とか、何か近くに居る先輩艦娘達に微笑ましい視線を送られてる。見てるアタシの方が恥ずかしいっぽい‥‥‥。

 

「鈴谷さん、立ってるの悪いし、中でお茶でもするっぽい?」

 

我慢出来なくて頑張って声を掛けた。そしたら鈴谷さんもやっと気が付いて「ううん。準備もあるし、また出発時間に。帰ってきたらゆっくり話そっか?」って。その場は一先ず解散。あのまま放置してたら熊野さんと鈴谷さん、きっと暴走しちゃってたっぽい。

 

鈴谷さんが同行になったのって、足柄教官が気を回したお蔭。横須賀でアタシ達と深く関わりがあるのって当時は鈴谷さんだけみたいで、アタシ達が呉鎮守府に配属される前に熊野さんと再会させてあげたかったんだって。足柄教官、恐いけど本当は優しい人っぽい?

 

本当なら加賀さんとか妙高さんとか、頼りになるけど堅そうな人が付いていくんだって。確かに安心できる、できるんだけど‥‥‥あの人達は苦手っぽいぃぃ。

 

危険、迄はいかないけど安全では無い海域。特に、嘗ての軍艦、駆逐艦漣が沈んだヤップ島沖はまだ危険っぽい。でも島風ちゃん、鈴谷さんの護衛もあったし、『運良く』深海棲艦との会敵もなく到着できた。

アタシ達は今日から数日間かけてヤップ島を大平洋側から回ってソロモン諸島、そこからサマール島、ルソン島経由で日本に戻るっぽい。サマール島辺りの海域を航行してる時の島風ちゃんと鈴谷さん、凄く辛そうな表情だった。アタシもそうだったけど軍艦として沈没した時の記憶が鮮明に甦って来てたみたいで。それはそうだよね。島風ちゃんは身体に無数に穴を空けられて沈没、鈴谷さんは砲雷撃されて魚雷発射管とか火薬庫が誘爆、大炎上して轟沈。きっと凄く痛くて、凄く辛かったんだよね‥‥‥。

 

それから島風ちゃんが漣ちゃんに凄く負い目を感じてるのも初めて知った。アタシ達の丁度一年前。着任したその時の駆逐艦の曙ちゃん、島風ちゃんの胸倉を掴んで怒りに任せて怒鳴り散らしたんだって。『アンタが!アンタが来るのが遅かったせいで漣は‥‥‥!何が『一番速い』よ、このクソ島風!』って。それからずっと心につっかえてたっぽい。

でも漣ちゃん、『あー‥‥‥その事?島風が悪い訳じゃないし。そんな気にしないで。ホラ、漣は平気だからさ』って。島風ちゃんも少しは肩の荷が降りたみたいで、表情からも重さが減ってた。うん、軍艦の時は出来なかったけど人間としてこうして話せるっていうのは良いことっぽい。

 

それで。アタシと川内さんの船体が沈んでるソロモン海域。川内さんは遠くを見つめて黄昏てた。アタシは‥‥‥『ソロモンの悪夢』なんて呼ばれるその当時の奮戦の事は、無我夢中だったせいで殆んど覚えてない。そういえばあの時守り切れなかった旗艦の比叡さん、まだ艦娘に着任してないんだっけ。もし着任する事があったら謝らなくっちゃ。

あ、五月雨ちゃんにも。五月雨ちゃんの、アタシに泣く泣く魚雷を向けた時の顔‥‥‥。きっと重荷に感じてるっぽい。

 

そんな感じで深海棲艦とも会わずに無事にルソン島沖まで着いた。熊野さんは瞳を閉じて、軍艦熊野が沈んだ海域で物思いに耽ってた。鈴谷さんはそれに寄り添って、後ろから熊野さんの肩に手を置いてた。その様子は何て言うか、歴戦を戦った戦友、長年連れ添った夫婦、その両方に見えたっぽい。艦娘って本当に不思議。

 

そういえば‥‥‥もしかして艦種って胸部装甲で決まるっぽい?ほら、弩級戦艦の武蔵さんの胸部装甲は凄かったし、鈴谷さんと熊野さんのもけっこうおっきい。アタシや漣ちゃん、島風ちゃんは何て言うか、慎ましい?うぅ‥‥‥こっ、これからおっきくなるっぽいぃ!

 

‥‥‥それで何事も無ければ本当に良かったんだけど。もし、もしも‥‥‥運命の神様が居るんだとしたら。アタシは‥‥‥‥‥‥アタシは、その運命の神様ってヤツを絶対に許さないっぽい!

 

◆◆◆◆◆◆

 

丁度、ルソン島沖で沈んだ亡き軍艦・熊野を想っていた時でした。その魂を受け継ぎ、背中に感じる鈴谷と共に今度こそ日本の人達の為に、と誓っていたその時でしたわ。‥‥‥申し遅れました、熊野です。軍規も有りますし本名は教えられませんわ。

 

それで、そう。背中に感じていた鈴谷の気配が変わりましたの。そうですわね‥‥‥一気に緊張が走った感じです。鈴谷が偵察に出していた瑞雲からの通信でしたわ。敵影6。深海棲艦の艦隊が此方に接近中との事でした。

 

こんな時でも深海棲艦は現れるのですね。たまには空気を読んでいただきたいものですわ。此方は新人が四人。幾ら島風さんが歴戦の猛者でも、相手によっては苦戦は必死というもの。そして、悪い予感はいつも当たってしまうものですわね。

戦艦棲姫。どうやらわたくし達の後をずっと尾行していたようですわ。よりにもよってこんな相手に‥‥‥。今のわたくし達では足手まとい。かといって島風さんと鈴谷だけでは火力不足。夜戦に持ち込むのも危険でした。あの時の川内さんや夕立さんの練度がもっと高ければ戦えたのでしょうけど。応援要請だけして後は退却の一手でした。仕方有りませんわ。漣さん、川内さん、それに夕立さん。わたくしは兎も角皆さん今後の艦隊を背負っていく人材ですもの。こんな所で轟沈させる訳には参りません。

 

射程は長くてもそこは戦艦棲姫。速度は速くはありません。対してこちらの艦隊は全て高速艦。振り切って逃げ切れる予定でした。

島風さんを先頭、鈴谷を最後尾にして単縦陣で離脱。ええ、仕方有りませんわ。

‥‥‥そうですわね。戦艦棲姫の射程が問題でしたの。その砲撃が狙っていたのが‥‥‥そう。わたくしでした。けれど‥‥‥。

耳を劈くような轟音。それがわたくしの直ぐ後で聞こえました。驚き振り返ると、視界に飛び込んできたのは肩で息をしている鈴谷の姿。鈴谷は庇ったのです‥‥‥わたくしと砲との射線上に割って入って。背中の艤装は吹き飛び、その肌が露出、血塗れでしたわ。慌てて駆け寄ったわたくしを‥‥‥鈴谷は突飛ばしました。

 

「大丈夫、だからさ。先に行って」

 

こんな時なのにニカッと笑みをみせて、鈴谷は右手の親指を立てました。大丈夫な訳ありません。どう見ても大破してましたもの。

 

島風さんがUターンしてきて、鈴谷の前に立ちました。連装砲ちゃん達を引き連れて「鈴谷さんは任せて!みんなと先に行って」って。

‥‥‥嗚呼、駄目ですわ。漣さん達が言う所の『死亡フラグ』というものですわ。支援艦隊が来る迄には時間が掛かり過ぎる。わたくしは‥‥‥鈴谷を置いて逃げるなんて考えられなかった。けれど、後ろから漣さんと川内さんに無理矢理引かれて泣く泣くその場を後にしましたわ。

 

勿論、足柄教官だって考えていましたわ。わたくし達の近くにちゃんと横須賀の第2艦隊を展開させていたのですもの。ですから、わたくし達を回収、撤退させて第2艦隊は直ぐに鈴谷の救助に向かったんです。

 

戦艦棲姫、これは退却させました。流石は第2艦隊ですわ。けれど、それだけではなかった。

潜水棲姫‥‥‥歴史上、ヤツが人類の前に姿を現した最初の戦いでした。まともな対潜装備を積んでいなかったその時の第2艦隊では戦えず‥‥‥鈴谷が‥‥‥囮になるから‥‥‥って‥‥‥。

 

申し訳ありません。思い出すと今でも感情がコントロール出来なくて涙が‥‥‥。折角、折角鈴谷と再会出来た筈だったのに‥‥‥あんな形で‥‥‥。

 

全てが終わった後。海域に漂っていた鈴谷のスカーフを見付けましたわ。ええ、そうです。今わたくしが身に付けているコレです。あの子の形見。きっと忘れませんわ。必ず、必ず深海棲艦から海を取り戻してみせます。鈴谷に‥‥‥亡き親友に誓って。




鈴谷さんのお話。
束の間の再会と、過酷な運命の話。

※漣:トラック島へ向かう油槽船国洋丸を曙と共に護衛中、ヤップ島沖にてアメリカの潜水艦3隻に遭遇、魚雷3本を受けて漣は沈没。知らせを受けた島風、早波が残った曙と共に潜水艦と交戦するも仕留められずに退却。

※夕立:第三次ソロモン海戦第一夜戦で航行不能、艦首を喪失し炎上していた夕立に対して、砲撃処分のために五月雨が魚雷発射。

※熊野:鈴谷を喪失するサマール島沖海戦にて艦首13m喪失。艦隊から単艦離脱、応急修理を繰り返しながら本土を目指す(最後の1ヶ月だけで魚雷6~8発、爆弾7~10発の直撃を受けている)。ルソン島沖にて米空母タイコンデロガと交戦、度重なる爆撃に晒されて遂に力尽き沈没。

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