「金剛さん、少し宜しくて?」
演習とは言え、わたくしには到底受け入れられない作戦。同じく隣で見ていた金剛さんに思わず声を掛けましたわ。金剛さんにもそれで分かって頂けました。「比叡は後で説教デース」という言葉通りなら、わたくしの考えていた事‥‥‥山本少佐が比叡さんに『夕立を道連れにしろ』と指示した、というのは間違っているようです。山本少佐がわたくし達艦娘をモノ‥‥‥兵器扱いしている訳では無さそうで少しホッとしました。
熊野ですわ。
今回は見学に回らせて頂きました。比叡さんの意図も分かりますし、夕立さんを真っ先に脱落させたのは判断としては正しい。ですが、そのやり方が‥‥‥気に入りません。『演習だから』といって看過できる物ではありませんわ。演習でその行動をとったという事は、比叡さんは実戦でもそういう判断を行う可能性がある、という事。そんな事、決して許されない。あの時の鈴谷と同じ事など‥‥‥。
出来るなら、あの時のわたくしと同じ想いなど、他の誰にも経験して欲しくはありませんから。
これ以上の戦闘続行は無理だと判断されて戻って来た比叡さんと夕立さん。「ごめんなさいっぽいぃぃ‥‥‥」とガクリと項垂れて大人しく見学に回った夕立さんは兎も角、比叡さんの方はやはり金剛さんに呼ばれたようです。お二人は席を外したようですわ。
「比叡‥‥‥演習でもやって良い事と駄目な事が有りマス。ワタシが艦娘になる時、貴女に何と言ったか覚えてマスネ?」
「はい、お姉さま‥‥‥ごめんなさい」
その金剛さん達の言葉は聞こえませんでしたが、どうやら比叡さんにも分かって頂けたかと。せめて深海棲艦との戦争が終わる迄は、これ以上誰一人も欠ける事無く行きたいものです。
おや、漸く山本少佐が来られましたわ。何やら片付けなくてはならない書類があったらしいです。わたくしより少しだけ歳上なだけですのに提督をされているのですから、色々と大変なのでしょうね。
「山本少佐、本当に比叡さんに相討ちを指示されてはおられないのですわよね?」
「ああ、そうだね。演習だからといっても誰一人として沈んで欲しくは無いからね。君らは兵器とは違うんだ」
安心しました。山本少佐なら金剛さん達も安心ですわね。ちゃんとわたくし達を人間として見ているようです。
「そうだったね、熊野は‥‥‥。大丈夫だ。少なくともウチのメンバーには君と同じ想いはさせない。約束するよ」
いけません。山本少佐に余計な気遣いをさせてしまったようです。確かに鈴谷の事を引き摺っているのは否定できませんが。いえ、忘れる事は決して出来ませんけれど、わたくしもいい加減に前を向かなくてはなりませんわね。鈴谷に笑われてしまいますわ。他の方に気を遣わせるのは、わたくしの本意ではありませんし。
「ええ、約束ですわ。今の言葉、決して忘れませんわよ?わたくしは、信じていますわ」
山本少佐には「ああ、信じてくれ。必ず君の思いに応えてみせるよ」と答えて頂けました。きっと、いえ、必ずですわよ?
あら、金剛さん。戻られていましたのね。‥‥‥どうかなされたのでしょうか?わたくしと山本少佐の顔を交互に見て‥‥‥何やら怒っているような?
「テートクゥ、今のはどういう意味ネー!浮気はNOなんダカラネ!」
あら、山本少佐と金剛さん、何時の間にかお付き合いされていたのですね。それにしても山本少佐、浮気とは‥‥‥関心できませんわ。
「熊野も熊野ネ!隠れてテートクと、なんて酷いデース!!」
んん?どうしてわたくしが?別に山本少佐とは何も無いのですけれど?おや?比叡さんの様子が‥‥‥比叡さんはどことなく嬉しそうな感じがしますが‥‥‥。
「仕方ありませんよ、お姉さま。お二人は将来を誓い合った仲みたいですし」
‥‥‥はい?比叡さん、今何と仰いまして?将来を?わたくしと山本少佐が?有り得ませんわ。
「二人とも落ち着いてくれ。僕と熊野がそんな関係の筈が無いだろう?」と山本少佐も仰っていますが、金剛さんは聞く耳持たず。まあ、勘違いの理由は直ぐに分かりましたけれど。
「ちゃんと聞こえたカラネ!『淋しい思いはさせない、約束するよ』『約束ですわ、信じていますわ』『君の思いに応えるよ』って聞こえマシター!」
ああ、成る程。先程の会話がそういう風に聞こえたのですね。よくよく考えてみると、確かに紛らわしい言葉だったかも知れませんわね。
金剛さんに納得してもらうのには少々時間が掛かりました。それから金剛さん、山本少佐とはまだお付き合いは出来ていないそうです。比叡さんも比叡さんで、金剛さんが山本少佐を好きな事がお気に召さないようです。そうですわね‥‥‥比叡さんが姉離れするのはだいぶ先の話になります。それと、わたくし達が呉に戻った後にこの話を榛名さん達にもしたのですけれど‥‥‥それ以降、霧島さんが山本少佐を目の敵にするようになりましたわ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ポイポイがやられましたか。
困りましたね、ポイポイは比叡さんに勝つと踏んでいたのですが‥‥‥これで勝敗は五分になりましたね。
この不知火とて全力はぶつけているつもりです。ですが、やはり曙のほうが1枚上手。不知火は中破、曙は小破という現状を見ても分かる通りです。ここで不知火がやられれば、戦況は一気に此方に不利になります。他の三人の誰かが加勢してくれないとジリ貧です。
さて、どうしたものか‥‥‥。
ムッ、曙の速度が上がりました。これは決めに来たようですね。不知火も覚悟を決めなくては。この距離なら雷撃ののち砲撃、その後本命の雷撃が来る、でしょうか。チャンスは一度。砲撃の後に構えた曙の魚雷を誘爆させるしかありませんね。さあ、来なさい。不知火とてポイポイ達と死線を潜り抜けて来たのです。一矢くらい報いてみせま‥‥‥おや?ほぅ‥‥‥これは‥‥‥フフッ。
『不知火さん!やっちゃって!』
暁からの通信。もう電を破りましたか。イギリスに行ったのは無駄にはなっていないようですね。それにしても、暁が後ろから投げた錨が曙の右腕に絡まって、大きくバランスを崩していますね。ここで決めなくては陽炎型2番艦の名が廃るというものです。ここは雷撃で確実に落とす事にします。
「ちょっ!?離しなさいよ暁!アンカーで拘束とかズルいっ‥‥‥って不知火、タイムタイムタイム!」
フフッ。見苦しいですよ曙。戦闘にタイムなど存在しません。では‥‥‥覚悟なさい!
「曙‥‥‥沈め!!」
不知火が放った三発の魚雷が命中。暁も同時に雷撃したようで、曙は轟沈判定。フゥ、何とかなりましたね。少々冷や汗をかきました。
さて、吹雪達に加勢しに行くとしますか。
結論を言いますと、不知火達呉鎮守府の勝利でした。早々にポイポイを欠いたとは言え、向こうも最大戦力の比叡さんを欠いたのでは不知火達に勝てよう筈もありません。
‥‥‥何でしょうか?不知火達に落ち度でも?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
まただけど曙よ。
結果的には私達の負け。私があと少しだけ早く不知火に攻め込んでれば‥‥‥惜しかったわ。まあ、仕方無いわよね。初めから勝てる演習じゃなかったし。比叡さんは優男に怒られて‥‥‥って程じゃ無いけど、口頭で注意されてたわ。全くそんなんだから舐められるのよ。もっとガツン、と言わなきゃ。そう‥‥‥鈴谷さんの二の舞はもう‥‥‥こうやって一緒に居る仲間が深海棲艦になって、それを沈めないといけないとか‥‥‥二度とごめんだわ。
それで、あれから数日経ったんだけどね。今日は新たな艦娘が此処に着任するらしいわ。呉鎮守府相手に善戦したのが認められたのかしらね。
「‥‥‥で?来るのはどんな艦なの?」
そんな私の質問に答えたのは電。「軽巡洋艦なのです」ってさ。川内型だって‥‥‥嘘でしょ?こんな田舎の鎮守府に川内型!?川内型って言ったら、嘗ての大戦での水雷戦隊の旗艦よ?
「確かに司令官さんに聞いたのです」
しかも、あの川内さんの妹だってさ。優男の奴、一体どんな手を使って川内さんの妹を此処に着任させたのよ?まっ、川内さんの妹なら戦闘は期待できるだろうし、それだけ私の負担が減るんなら歓迎はするけどさ。
「そろそろ来る頃なのです」
優男はまだ戻って来ないのかしらね?どうせ金剛さんに捕まってるんでしょうけど。ココ執務室には私と電だけ‥‥‥って、何?何?扉から白い煙が入って来てる!まさか襲撃!?嘘でしょ、深海棲艦が陸まで上がって来たって事!?不味いわ、足元が煙だらけに‥‥‥電も私も丸腰だし、このままじゃ‥‥‥あっ、扉が開いて‥‥‥ヤバいっ!
パァンっ、パァンっ、ってクラッカーみたいな砲撃音が‥‥‥って、ん?クラッカー?
何よあれ‥‥‥?
「みんなー、いつもありがとー☆艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー☆★☆」
ハァ‥‥‥頭痛いわ。こんなのがあの川内さんの妹だなんて‥‥‥これってもしかしなくても厄介者を押し付けられた感じよね。
「あっれー?那珂ちゃんに会えたのが嬉しくて声も出ないのかな?那珂ちゃん感激だよぉ!きゃはっ♪」
誰か、誰か私と代わって。本当に熱出てきたわ。ホラ、電でさえ苦笑いしてるじゃない。
え?夕立と不知火の水族館デートの話?知らないわよそんなの、次回じゃないの?
山本少佐のアレは今後も続きます。無自覚というのは恐ろしいものです。
何でしょうか?そうですよ、ラストの那珂ちゃんネタが書きたかっただけです。曙の言う通り、ポイポイとヌイヌイの話は次回です。