抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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想いを胸に

不知火です。

2月13日の朝の事。不知火を含めた各艦隊の旗艦が執務室に集められました。定例会議なら昨晩終わらせたばかりにも関わらず、です。何か嫌な予感がしてなりません。何時かのトラック泊地襲撃の時のような緊急事態が起きたのでしょうか?司令の口から語られた言葉は「大本営からの緊急の通達だ。中枢棲姫共の根城が分かったと、な」でした。

成る程。確かに緊急の案件です。敵の居城が掴めたとなれば、向こうの準備が整う前に此方から叩きに行くだけです。翔鶴さん、瑞鶴さん、利根さん達の目つきが鋭いものへと変わりました。

 

大本営はかなり前から準備をしていたようです。武器弾薬や燃料、作戦当日の艦隊編成等は既に決まっていて、それらの書かれた紙が不知火達にも渡されました。今思えば、大和さんの46㎝三連装砲もこの為に‥‥‥おや?あの時は確かまだ中枢棲姫は現れては‥‥‥これは失礼。不知火の深読みが過ぎました。まあ、結果的には役立つ事になっている訳ですからいいのでしょう。

 

それはそうと。この紙に書かれた連合艦隊の編成がなんと言いますか‥‥‥気に入りませんね。空母による航空隊、大和さんや武蔵さん、陸奥さん達弩級戦艦を旗艦とした各艦隊、それらは問題ありません。きっと不知火でもそう編成していた事でしょう。ですが、これは何なのですか?この中枢棲姫の本隊を叩く為の大本営の第一艦隊の編成は。こんなもの‥‥‥到底許せる筈がありません。中枢棲姫の本隊が相手ともなれば、この作戦の中でも尤も危険度の高い任務。それが‥‥‥それが何故‥‥‥!

 

 

 

第一艦隊 旗艦 重巡 足柄

        戦艦 長門

        雷巡 北上

        軽巡 川内

        駆逐 島風

        駆逐 夕立

 

 

 

おかしいではありませんか‥‥‥どうしてポイポイが危険な任務に‥‥‥横須賀の第一艦隊がそのまま連合艦隊本隊になればいいではありませんか!ポイポイの身に何かあったらどうするのですか!

 

動揺が顔に出てしまっていたようです。司令に「どうした不知火、何か不満か?」と睨まれました。「‥‥‥いえ」とだけ答えはしましたが‥‥‥いえ、分かってはいます。綾波、雪風、時雨、朝潮達、それと高速戦艦の金剛型四人や航空巡洋艦が均等に各艦隊に割り振られているのを見ても分かる通り、他艦隊の戦力は均等でバランスも取れている。どうとでも戦える布陣ではあります。ポイポイと島風が他の駆逐艦から抜きん出ている存在である事も。今やポイポイは『横須賀の島風、呉の夕立』と言われる程に成長しました。理性では分かってはいるのです。昔の不知火であれば淡々と事実を受け入れも出来たでしょう。ですが‥‥‥。

 

作戦の決行は二週間後。作戦に参加する艦はその前に横須賀鎮守府に行かねばならないようです。という事は、ポイポイや大和さん達が呉を出発するのは‥‥‥明後日の15日ですか。バレンタインどころでは無くなったようです。

 

◆◆◆

 

その日の午後の事です。不知火は萩風に無理矢理手を引かれて食堂へと連れて行かれました。そこには吹雪、熊野さんも待っていました。

 

「どうしたのですか?不知火に何か?」

 

熊野さんも萩風も作戦に参加するのでしょう?それならばこんな所で油を売っていないで準備をしておいた方がいいのではないですか?

 

「駄目よ、姉さん、言わなきゃ!」

 

突然不知火の両肩に手を置いてそう声をあげた萩風。その眼差しは真剣。熊野さんも吹雪も同じ眼差しを向けて来ています。

 

「不知火さん、これ迄は口を挟むのは善くないと思って黙っていましたが‥‥‥今度ばかりは言わせて頂きます。これが最後のチャンスかも知れないのですわよ?」

 

熊野さんまで何を言い出すのですか。挙げ句吹雪まで「不知火ちゃん!」と耳元で叫ぶ始末。そんな大声で叫ぶのは止めなさい。全く、耳が痛いではありませんか。

 

「夕立さんは‥‥‥昨日わたくしにチョコの作り方を教わりに来ましたわ。『提督さんに作るっぽい!』と」

 

熊野さんともあろう人が。そんな事でしたか。知っていましたとも。ポイポイの気持ちが司令に傾いていっている事も、ケッコンカッコカリの事も。それで、不知火にどうしろと?『当たって砕けろ』とでも言うつもりですか?それとも『今回の作戦でポイポイが沈むかも知れないから想いを伝えるチャンスは今しかない』等と抜かしたいのですか?冗談は止めてください。どちらも勘弁です。それではまるで‥‥‥まるで、ポイポイと不知火の仲がコレで終わりであるかのようではありませんか。冗談ではありません!

 

「皆さんの言いたい事はそれだけでしょうか?不知火はやらねばならない事がありますので、手を離してくれませんか?」

 

これが今の不知火の限界。これ以上は言葉を発せられそうにありません。涙を我慢するので精一杯です。

 

「もうっ!不知火ちゃんの馬鹿っ!!」

 

罵る吹雪の手を振り解き、不知火は3人に背を向け食堂を後にしました。今は色恋やバレンタインに現を抜かす時では無い、必死に自分にそう言い聞かせながら。

故に、追い掛けようとした吹雪を止めた熊野さんと萩風が自らの事のように辛そうな表情をしていたのには気付けませんでした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

15日マルマルヒトマル。アタシと雪風ちゃんは眠ってる吹雪ちゃんを起こさないようにそっと部屋を出た。大和さんや熊野さん、榛名さんや利根さん達はもう準備を終えて外で待ってるっぽい。作戦終了までは横須賀を拠点に動くから、アタシは最低限の荷物を抱えてる。これが終わったら暫くは静かな海に戻るのかな?

 

あ、提督さんには昼間にちゃんと手作りチョコ渡して来たっぽい!提督さん、感慨深げに受け取ってくれて、背中向けてだけど「無事に戻って来い」って言ってくれた。エヘヘ、アタシ、中枢棲姫を倒して必ず提督さんの所に戻って来るっぽい!

 

「ゆうだちさん、雪風は先に行ってますので」

 

なーんて考えてたら雪風ちゃんが突然そう言ってアタシだけこの場に残して先に行っちゃった。えぇ‥‥‥何で先に行っちゃうっぽい?何でアタシ残されたの?

 

理由は直ぐに分かった。雪風ちゃんが立ち去って直ぐに、ヌイヌイちゃんの姿が見えたんだ。見送りの為に態々起きててくれたのかな?ヌイヌイちゃんは大切な親友だもん。スッゴク嬉しいっぽい。

 

「お見送りありがとう、ヌイヌイちゃん」

 

笑顔を向けたアタシに、ヌイヌイちゃんは「あの‥‥‥」って何かを言い掛けてる。うーん、友チョコなら昼間に交換したし、他に何かあったっけ?あ、やっぱり『無事帰って来て』とかだよね?うん、分かってるよヌイヌイちゃん。

‥‥‥あ、そうだ!

アタシは自分の‥‥‥白露型の制服のスカーフをシュルシュルって外す。ヌイヌイちゃんの首元に手を伸ばして、ヌイヌイちゃんの制服のリボンも外して、代わりにヌイヌイちゃんのリボンをアタシの制服の首元に巻いた。

 

「リボン暫く借りておくから。だから‥‥‥『後で必ず返す』っぽい。それまでアタシのスカーフ預かっててね、ヌイヌイちゃん?」

 

顔をあげて、ハッとした表情で固まったヌイヌイちゃん。その状態のまま泣き出した!?あれっ!?ちょっと格好つけすぎちゃったっぽい??泣かせるつもりじゃ無かったんだけどなぁ。

 

そのあとアタシの胸に顔を埋めて泣いてたヌイヌイちゃん、少し落ちついたみたいでやっと顔をあげた。

 

「約束‥‥‥しましたよ?ポイポイ、必ず‥‥‥必ず無事帰って来てください」

 

ヌイヌイちゃんは感極まっちゃったみたいで、アタシの頬に軽く、ほんの少し触れる程度だけどキスしてきた。少し恥ずかしかったけど、ヌイヌイちゃんの親友を思う気持ちは受け取ったっぽい。大丈夫。みんなで必ず中枢棲姫を倒して無事に帰って来るから。

 

 

 

行ってくるね、ヌイヌイちゃん。

 




ヌイヌイの精一杯でした。次回遂にアイオ‥‥‥じゃなくて中枢棲姫と激突。第一幕も終盤です。

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