抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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代行

 

『それでは。鈴谷の事、どうか宜しくお願いします』

 

「はい、熊野さん。責任を持って当たらせていただきます」

 

おや?懐かしいですね。はい、神通です。私が龍田さんにスカウトされた時以来でしょうか?

ええ、横須賀の熊野さんから『鈴谷を宜しく』と言われていた所です。何せここ呉鎮守府も今では戦力不足なもので。重巡洋艦の鈴谷さんに来ていただけるのは助かります。

 

そうですね‥‥‥前回の第一次対深海棲艦戦争の時には西日本の要として多くの戦力を保有していた呉鎮守府ですが、今はそれほどの艦娘はいません。二艦隊が何とか編成できる程度です。戦争が一度終わり世界的な艦娘の削減もあって、多くの子が解体、引退しました。アジアに広がっていた日本の鎮守府も多くが撤退。残った艦娘の主力の多くは榛名さんや熊野さんのように横須賀へ。ここ呉鎮守府には私を含め申し訳程度に艦娘が配置されただけになりました。

 

3ヶ月前に深海棲艦が再び現れてからは少しは配属も増えはしましたが、昔のようにはなかなか行きません。引退後に結婚された方の艦娘復帰は難しいですし、未成年の場合は親の反対もありまた艦娘に、という方は非常に少ない。それはそうですよね、海に出て深海棲艦と一戦交えるとなれば命に関わりますし。それに、あの観艦式襲撃の様子は中継されていて‥‥‥御召艦であり前回の対深海棲艦戦争終結の立役者の一人でもある比叡さんがあれだけやられている所が流れてしまっては余計に。

それから、年月を経て艦娘としての力を失ってしまった方もいらっしゃいます。

ですから、嘗ての日本のような戦力は今はまだ望めません。ですが、希望が無い訳ではありません。鈴谷さんのように新たに艦娘として見出だされる子も少なくありませんし、元・霧島さんの尽力もあり艦娘削減条約はその効力を一時停止、各国は再び手を取り合いつつあります。

新たに艦娘となった子達は横須賀で姉さん‥‥‥川内教官の元で基礎訓練を積み、研修を経て各鎮守府へと配属されます。とは言っても、まだまだ人数が足りている訳ではありませんけれど。

 

前回の戦争から呉に居る艦娘は私と不知火さん、それに暁ちゃんくらい。後の子達は皆新人ばかり。正直現状は厳しいと言わざるを得ません。ですから、鈴谷さんの着任は私達としては非常に助かるんです。鈴谷さんなら経験を積んでいけば熊野さんのようになれる可能性もありますから。

 

「不知火さん、少し休憩しましょうか」

 

‥‥‥今は私と不知火さんは執務室。本来私は秘書艦なのですが、肝心の提督不在の為に実質提督代行のようなものです。はい、襲撃事件でここ呉に居た東郷大将の後任の提督も亡くなってしまいまして。以来ずっと私と不知火さんで執務を。

一般の海軍軍人には妖精さんが見えず、私達艦娘の練度も把握出来ませんので、鎮守府の提督にはなれないんです。ですから、私達のように取りあえず艦娘が代行している所もあれば、元艦娘が提督として着任した所もあります。元艦娘なら妖精さん達と円滑にコミュニケーションが取れますからね。

 

「やっと司令が着任するのですから、書類くらい終わらせておかなくては。不知火は‥‥‥もう少しだけやってから休みますので」

 

不知火さんは‥‥‥あれ以来ずっと無理をしている。そう、夕立ちゃんが解体されて引退してからずっと。いいえ、夕立ちゃんの解体は彼女自身の意思ではありません。夕立ちゃんが有名だったから故にです。

大和さんのように元々世界で知名度が有った訳ではなく、夕立ちゃんが世界で有名になった理由は猛烈な戦い振りとそれに見合った戦果の為。つまり‥‥‥夕立ちゃんは強過ぎたんです。各国が脅威に感じる程に。ですから、夕立ちゃんの解体は深海棲艦との戦争終結の象徴として、大々的に、セレモニーの一部として行われた。日本としても解体を避けられなかったんです。

 

結果‥‥‥夕立ちゃんの艦娘としての核である『駆逐艦夕立の魂』は深刻なダメージを負いました。艦娘として復帰するには絶望的な程のダメージを。

 

それからです。夕立ちゃんが呉鎮守府を去ってから。不知火さんはずっと無理を。夕立ちゃんへの想いを誤魔化すように。夕立ちゃんが別れ際に言った『絶対‥‥‥絶対また会いに来るから!絶対だよ、ヌイヌイちゃん!』という言葉がどれだけ不可能に近いのかを考えないようにしているのかも知れませんね。海軍属でなくなった夕立ちゃんは、鎮守府に近付く事すら許可されないのですから。

 

「不知火さん、あまり根を詰めないように。私は珈琲でも淹れてきます」

 

書類を片付けている不知火さんを目にしながら、私は執務室の外へ。これが昔なら熊野さんが紅茶を淹れてくれていた所なのですけれど。フフッ、懐かしい。

 

‥‥‥‥‥‥おや?あれは‥‥‥見慣れない女性が。いえ、海軍の制服を着ているのでもしかしたら新提督でしょうか?思っていたより随分若い方ですね。海軍軍人からの選出だと聞いていたので、もう少し御歳を召されているのかと思っていましたけれど。

 

「あの‥‥‥提督、でしょうか?」

 

「‥‥‥ええ。沖立です。本当は明日からなんですけど今日は挨拶に。これから宜しくお願いします、神通さん」

 

‥‥‥私は名乗っていない筈ですが。ああ、呉鎮守府の資料を見たのでしょうね。所属艦娘も多くないですし、何より私は秘書艦ですし。

 

「はい、宜しくお願いします、沖立提督」

 

‥‥‥どうしてでしょうか。彼女と話していると妙に懐かしさを感じます。やはり同性の提督だと安心感を感じるからでしょうかね。

 

「執務室、入れます?」と微笑みかけてきた沖立提督。私は「珈琲を淹れに行こうとしていた所ですので」と珈琲を三人分作ってから、提督と二人で執務室へ。

 

戻ってみると、不知火さんはうたた寝をしてしまっていました。やはり疲れていたのでしょう。提督に勘違いされては困りますし、「彼女は無理をしてしまう嫌いがありまして。疲れているんだと思います」とフォローはしておきました。提督はコクリと頷いてくださって。分かっていただけたようでホッとしています。

 

不知火さんを一先ずソファに横に寝かせ、提督は何処かに電話を。「友人にも挨拶を」と言っていたその電話の先は‥‥‥。

 

『はーい☆艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー☆★☆』

 

‥‥‥那珂ちゃん、やってしまったみたいです。提督が電話した先は山本中将の元居た鎮守府。それにしても那珂ちゃん‥‥‥あれでも秘書艦なのですが‥‥‥ハァ‥‥‥申し訳ありません。

 

「ええと、那珂ちゃん、『山本提督』いらっしゃいますか?」

 

『‥‥‥‥‥‥えぇぇぇぇ!?!?神通ちゃんからじゃ無いっ!?』

 

重ね重ね申し訳ありません。電話の向こうながら那珂ちゃんが騒ぐ声が聞こえています。

『どどどどうしよう!?神通ちゃんじゃなくて軍人さん!?解体!?那珂ちゃん解体されちゃうの!?』って。はぁ‥‥‥。いつも呉からの電話だと私からなので。受ける時は気を付けるようにと何時も言ってはいたのですけれど。

 

暫くの間の後。どうやら山本提督に代わったようです。え?いえ、山本十三中将ではありません。その奥様です。

 

「久しぶりね、電ちゃん」

 

『その名前で呼ぶのはセキホちゃんくらいなのです』

 

はい、山本中将の奥様、元・駆逐艦電。あの鎮守府の提督でいらっしゃいます。彼女は襲撃事件以来、あの鎮守府で提督をしています。それにしても‥‥‥‥‥‥元・電‥‥‥美鈴さんとも知り合いですか。やはりこの歳で提督になった訳ですし、上層部の方とは親しいのでしょうか。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

まさか新提督が挨拶しに今日来るとは。不知火の落ち度です。仕事をサボって寝る艦娘と思われたかも知れませんね。これは明日からはより一層励まなくては。

 

なんでしょうか?不知火が見ていた夢の内容ですか?そんな事なんでもいいではありませんか。不知火は忙しいのです。他に構うべき艦娘が居るでしょう。東郷大将が異動して以来、暁が寂しがっていますしそちらに行ったらどうですか?

全く、しつこい殿方は嫌われますよ?ポイポイの夢だろう、ですか?は?不知火が微かに笑っていたと?

‥‥‥どうして、どうして今そんな事を口にするのですか。この不知火が今日までどんな思いで‥‥‥。

 

いえ、何でもありません。さて、司令も無事着任する訳ですから、明日からは気を引き締めなおしていきます。

 

 




呉に移動。二幕メインメンバーの一人、神通さん久々出演でした。長々と説明的文になってしまった。
呉の現状は厳しいです。

大方の想像通り、山本中将のヨメは電ちゃんでした。やはり山本中将、ロリコン‥‥‥?


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