「ごめん‥‥‥期待には応えられないよ」
呟くようにそう言って少し辛そうに、俯く目の前のツインテールの女性。やはりそうですよね‥‥‥ですけれど。
「お気持ちは分かります。ですが‥‥‥貴女の力が必要なんです。お願いします、どうか、もう一度‥‥‥」
無理を言っているのは重々承知していますし、私にはこんな事をする資格は無いのも分かっています。ですが、今の日本‥‥‥延いては人類の為なんです。少しだけでいい。力を貸してくれたら。そんな私の言葉に反応したらしく、そのツインテールの女性は顔をあげました。けれど決して肯定の意味でではありません。何故なら彼女の瞳にはうっすらと涙が光り、その表情はやり場の無い怒りと悲しみに満ちていたのですから。
「気持ちが分かる?‥‥‥分かる訳無いでしょ‥‥‥アンタなんかに私の気持ちなんて分かる訳無い!」
少し声を荒らげた彼女。私も迂闊な発言でした。そうですよね。私に彼女の心情は真の意味で理解できる筈が無い。肉親も、師も、大切な人も奪われていない私には。
「アンタと夕立が付いていながら!翔鶴姉は沈んだんだよ!それもアンタ達を庇って!!」
そう叫んだ後に明らかに『しまった』という表情をして視線を逸らせた彼女。ごめんなさい、瑞鶴さん。やはり私には資格はありませんよね‥‥‥。
「帰ってよ‥‥‥もう関わりたくないの。分かってよ、大和さん」
泣きそうに震える声で弱々しくそう口にして、玄関の扉を閉めた瑞鶴さん。彼女は前回戦争終結後に引退。解体ではなく武装解除の身分です。私と同じ。
東郷ミユキと申します。東郷平八大将の妻です。ええと、戦艦大和、と言えば分かっていただけるでしょうか?今は夫の頼みもあって引退した艦娘の元を青葉さんと共に訪れています。今日は瑞鶴さん。今や装甲空母は彼女と大鳳さんのみ。大臣の秘書をしている大鳳さんが抜ける訳にはなかなか行かず、瑞鶴さんが復帰してくれたらと思ってはいたのですが‥‥‥。やはり翔鶴さんが轟沈した時のショックは消えてはいないようで。引退した事で寧ろそれが大きくなっているようです。思えば瑞鶴さんはずっと無理をしていたのかも知れません。
現状、日本の保有する空母は赤城さんと葛城さんのみ。二人とも横須賀鎮守府所属です。蒼龍、飛龍のお二人は東南アジア圏からの要請もあって此方の海軍に出向。前回の戦争終結後に世界放浪の旅に出ていた雲龍さんは今はドイツに滞在しているそうです。
はい?加賀さん、ですか?そうですね‥‥‥‥‥‥中間棲姫、という姫級の深海棲艦をご存知でしょうか?装甲自体は他の姫級と比較して特別硬いという訳では無かったのですが、当時呉の第一艦隊だった私達は苦戦を強いられました。他の深海棲艦の空母達とは一線を画する艦載機運用。確り統率がとれていて、各機の役割もキッチリしているし隙も無い。制空権を握られ、私達は近付く事すら出来なかった。それはまるで‥‥‥まるで、中間棲姫が現れる少し前に轟沈した加賀さんのようでした。今思えば、あれは加賀さんだったのでしょう。しかしながらその当時、姫級が艦娘の轟沈から生まれる事を知り得なかった私達が気付く事はできなかった‥‥‥翔鶴さんを除いて。
翔鶴さんは中間棲姫の正体に気付いたのでしょうね。文字通り死力を尽くして活路を開いてくれた。結果、私達は中間棲姫を沈める事には成功しましたが、翔鶴さんは‥‥‥。
翔鶴さんには申し訳無いとは思っています。もしも彼女が生きていたら、きっと私は夫と結婚できなかったでしょう。私は卑怯、なのでしょうね。幾ら平八さんを愛しているとは言え、翔鶴さんが轟沈し落ち込んでいる平八さんに近付いたのですから。
「仕方ありません。ミユキさん、また出直して来ましょう」
隣に居た青葉さんが少し困った表情でそう言いました。恐らく、出直した所で結果は今日と同じ。少しでも瑞鶴さんの心の傷が癒える事を祈ります。その時には私も超弩級戦艦大和として、再び日本の為に進水する所存です。
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チーッス。また会ったね、鈴谷だよ。
今は執務室でみんなに紹介されてる所でさ。コッチは会った事ないんだけどさ、神通さんや不知火、暁なんかは鈴谷の事知ってるみたいなんだよね。何か熊野が当時から鈴谷の写真を見せながら色々話してたみたいでさ。その姿はまるで『可愛い娘を自慢する母親』みたいだったって。今の熊野からは想像も出来ないんだけど。ん?今の熊野?これ絶対鈴谷が言ったって言わないでよ?えっとさ、口煩い小姑みたい、かな。え?ちょっ!?今言わないでって言ったじゃん!!駄目だかんね?絶対駄目!熊野ってば怒るとスッゴイ恐いんだって!
うん?何で神通さんだけ『さん』付けかって?だってさぁ、あの龍田さんが『アラ、神通ちゃん?ウフフフフッ』って言ってたんだよ?怖すぎじゃん!
「それじゃ鈴谷さんの部屋は‥‥‥神通さんの所で」
え゛っ?沖立提督、今何て言った?鈴谷は神通さんと同室?嘘でしょ?
「同情するわ、鈴谷さん」って暁ちゃんの言葉が余計に恐いんだけど!?もしかして、なんだかんだ言ってても熊野も曙ちゃんも優しかったのかな‥‥‥あー、なんで川内型ってみんな怖いかなあ?やっぱ水雷戦隊の旗艦だったから?
今までみたいに脱走して服買いにとか行けないよね、たぶん。
「そうそう、鈴谷さん。横須賀ではどうだった知らないけど、此処では無断外出は厳禁。だから神通さん、監視お願いね?」
提督ってば何言い出してんの!?そんな事言ったら神通さんに何されるか分かんないじゃん!ホラ、神通さんの笑顔が不気味だし!あー、鈴谷もうダメ。鈴谷に自由は無いんだね‥‥‥。
あ、そう言えばさ、提督に『どうして海軍に入ったのか』って聞いたんだよね。そしたらさ、『約束したから』だって。詳しい事は教えてくれなかったけど、モデルとか芸能人にもなれるくらいの容姿の提督が海軍に入るくらいだし、きっと大切な約束なんだよね。
まっ、仕方無いか。じゃあ鈴谷も確り艦娘やりますか!
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「大丈夫‥‥‥なのでしょうか?」
不知火の問いに帰ってきた暁の言葉は「鈴谷さんの事?大丈夫じゃないの?」でした。失礼。確かに主語を抜かした不知火に落ち度がありました。鈴谷さんの事ではなく、沖立提督の手腕について、です。
今は不知火は暁と同室です。ポイポイ達のお陰で不知火も皆さんと普通に話せるようになりまして。暁も昔のような不知火に対してビクビクした感じでは無くなりました。今は古参の高練度組として、共に呉の艦隊を引っ張る立場にあります。
それしても、沖立提督。彼女には何かが引っ掛かります。それが何かまでは‥‥‥。
それに、あの歳で提督を任されている。幾ら嘗ての大戦の海軍軍人の血を引いていて素質があるとは言え、少し若すぎやしないでしょうか?執務や艦隊の運営、作戦立案など出来るのでしょうか?国対国の通常の艦隊戦と対深海棲艦とでは勝手も違うでしょうし。
神通さんや鈴谷さんの話では、山本中将やその奥様、東郷大将とも知り合いだとか。もしコネだけで此処に来たのであれば、提督として一人前になるのは遥か先。神通さんやこの不知火の苦労は結局変わらない訳です。まぁ、だからと言って不知火は手を抜いたりはしませんが。
出撃が有れば提督の手腕も分かるでしょう。期待はせずに待っている事にします。
それはそれとして。沖立提督‥‥‥何処か安心感も感じます。確か神通さんも同じような事を言っていたようです。
それから。暁が言うには不知火は昨晩眠っている時微笑んでいたらしいです。また、ですか。いえ、不知火も分かっています。ポイポイがまた不知火達と艦隊を組むのは無理である事くらい。それに、不知火はポイポイの連絡先すら知りません。無理を言ってでも教えてもらうべきだった。残っているのは唯一、あの時赤城さんに撮って貰ったこの二ショットのみ。
萩風の言っていた通りでした。あの時、想いを伝えておけばよかった。そうすれば、結果は違っていたかも知れない。
いけませんね、感傷に浸るのも程々にしなくては。今後はやることが沢山ありますし。先ずは鈴谷さんには航空巡洋艦になってもらわなくては。瑞雲を運用できるようになれば作戦の幅は広がります。嘗ての熊野さんを越えるくらい頑張ってもらいましょうか。
ポイポイ‥‥‥貴女は今何処で何をしているのでしょう?不知火は‥‥‥不知火は、待っています。あの時の貴女の言葉、信じて待っています。
これメインメンバー、呉第一艦隊(予定)出揃いました。鈴谷、神通、不知火、暁、(大和)、(瑞鶴)。瑞鶴の説得には手こずりそうですが。
次回辺りで初出撃ですかね。沖立提督のお手並み拝見。
‥‥‥え?ポイポイがまだ出てない?またまたぁ。嫌ですねぇ。