抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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本命は

 

 

おかしい‥‥‥おかしいわ。

 

おかしいわよ。だってそうでしょ?普通なら作戦立案って司令官の仕事でしょ?うん、確かに主な艦娘と話し合って決めたりもするけどさ、あの沖立司令官、『暁さんと不知火さんに任せます。貴女達の事、信頼してるわね』って。おかしいじゃない。これってどっちかよね。司令官は東郷さんと面識あるみたいだから東郷さんから暁と不知火さんが作戦立案してたって聞いてるのか、それとも初心者だから作戦立てられないのかどっちか。って言っても司令官だって海軍軍人だし作戦立てられないって事は無いと思うのよ。って事はさ、暁達の事本当に信頼してるって事?うーん、普通は暁達の立てた作戦に口くらい挟むと思うのよね。

それからさ。あの司令官、暁達に付いていくっていうのよ?素人じゃないんだから。幾ら海軍軍人だからってさ、艦娘以外は海に出るのは危険なのに。司令官が言うには『この目で確認しないと報告だけじゃ分からない事もあるから』って。それはそうかも知れないんだけど!いざって時に司令官を守るのはコッチなんだから。漣がロシアに居た頃のウラジオストクの提督みたいに『何故か敵の砲撃が当たらない』なんて人が他に居るわけ無いじゃない!また司令官不在になったりしたら絶対嫌だもん。あっ、そういえばそのウラジオストクの元提督って引退したらしいし今何してるのかな?

 

あっ‥‥‥名乗るの忘れてたわ。暁よ。え?一人称で気付いてた?あー、そっか。

 

暁はもう年齢的にも一人前のレディなんだから。え?容姿が変わってない?それはそうよ、暁は艦娘だもん。って、レディに容姿は関係無いじゃない!えっ?今でもお子様ランチ食べてるんじゃないかって?そっ、そそそそんな訳無いじゃないっ!食べてない!もうお子様ランチなんて卒業したに決まってるじゃ‥‥‥ちょっと!勝手に引き出し開けないで‥‥‥って!駄目っ!そこは開けちゃ駄目なんだから!!そこには暁が何時も取っておいてる旗楊枝が仕舞ってあるん‥‥‥‥‥‥あっ‥‥‥。

グスン、エグッ‥‥‥いいんだもん。暁はどうせレディには程遠いんだもん‥‥‥。神通さんに言いつけてやるんだからぁ‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥もう落ち着いたわ。それで何処まで話したっけ?あ、司令官よね?もしも暁達の事本当に信頼してるんだとしてもさ、まだ良く知らない相手をそんな簡単に信頼するものなのかな?暁だって当時の第一艦隊のみんなに信頼してもらうの大変だったんだから。え?それは暁が暁だから?もーっ!どういう意味よ!?

あ、それか、もしかして暁達は試されてる?司令官の基準に達してるかどうか見るため、とか?

 

 

まあいいわ。これから深海棲艦の討伐に向かうのよ。メンバーは暁、不知火さん、神通さん、軽巡阿賀野型1番艦の阿賀野さん、駆逐艦夕雲型19番艦の清霜、それと鈴谷さん。

‥‥‥言わないで。解ってるから。今はこれが精一杯なのよ。鈴谷さん以外はこれでも高練度組を上から順に並べてるの。他のメンバーはみんな新人ばっかりだもん。

それに今回からは鈴谷さんを育てないといけないし。見ての通り空母が居ないから鈴谷さんには早く航空巡洋艦になってもらわないといけないから。

もしも瑞鶴さんが居てくれたら‥‥‥夕立が居てくれたら‥‥‥大和さんが‥‥‥って、駄目駄目。居ない人の事は言っても仕方ないわよね。暁達は今やれる戦力で何とかするしかないもん。昔に初代の漣が南方棲戦姫と戦った時はもっと悲惨だったらしいし、これでも恵まれてるって思わないとね。

 

よーし、暁の立てた作戦で良い所みせるんだから!それで司令官に間宮アイス奢ってもらわなきゃね!暁がレディって所みせてやるんだから!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

提督は軍の小型挺に乗り、私達がそれを護衛する形で輪形陣で移動。目的の海域に到着しました。暫くすると鈴谷さんの零式が敵の姿を捉えました。

 

『神通秘書艦、敵艦発見‥‥‥したんだけどさ、何か報告と違うんだけど?』

 

「どういう事ですか?」

 

確かブリーフィングで受けた話では、今の鈴谷さんが居ても対処はできる範囲の雷巡チ級を旗艦とした駆逐艦中心の艦隊だった筈。雷巡チ級は人型でその雷撃は脅威ではありますが、夜戦になる前に私と暁さん、不知火さんで仕留めれば問題はありません。他の駆逐級はイ級やハ級。清霜ちゃんと鈴谷さん、阿賀野さんが居れば提督を守りながらでも充分対処できる筈。

 

『敵艦隊って六隻だったよね?何か七隻居るんだけど?』

 

元々の艦隊に一隻合流したのでしょうか?例えそうだとしても私達のやることは変わりません。日本の皆さんの為に深海棲艦を此処で沈めるだけです。

 

「提督、作戦に変更は?」

 

私の通信は提督にも聞こえています。勿論、鈴谷さんにも繋がっています。提督が、鈴谷さんを呼びます。

 

『鈴谷さん、その一隻の外見の特徴分かります?』

 

提督の声のトーンが変わりました。さっき迄の余裕のある感じではなく、明らかに警戒を含んだ声。

鈴谷さんは戸惑いながらもそれに答えました。

 

『特徴?ええっと‥‥‥零式の妖精さんの報告だと‥‥‥サイドテールの縦ロールの髪に‥‥‥破損のある灰色の和服に袴に‥‥‥左手に砲撃用の艤装?へーぇ、和服なんて変わった深海棲艦じゃん。艤装も破損してるみたいだしヨユーヨユー』

 

‥‥‥報告の直後、緊張が走りました。当の鈴谷さんは事の重大さに気付いていません。今の私達では火力不足です。鈴谷さんもまだ練度が足りない。このままでは危険です。提督の決断も当然『撤退します』でした。

 

『えっ?何で?イケるって!重巡の火力を見せてあげるよー。鈴谷にお任せっ!』

 

いけない!鈴谷さんが命令を無視してその一隻のもとへ走り出して‥‥‥鈴谷さんに敵う相手ではありません、すぐに止めないと。

幸い、鈴谷さんは直ぐに止まりました。暁ちゃんが投げた錨が足に絡み着いてその場で停止したんです。いい判断でしたよ、暁ちゃん。

 

「ちょっ!暁ちゃん、錨なんて投げたら危ないじゃん!」

 

「馬鹿っ!鈴谷さん、死にたいの!?相手は駆逐古姫よ!!」

 

そうです。駆逐古姫。夜戦なら何とか戦えるかも知れませんが‥‥‥相手には重雷装巡洋艦のチ級が居ます。轟沈艦が出る可能性も有りますし、何より提督が危険です。此処は撤退しかありません。うまく逃げ切れればいいのですけれど。それにしても‥‥‥駆逐古姫はどうして態々私達の前に現れたのでしょうか。

 

直後、私の目の前が真っ白になりました。鈴谷さん達に気をとられてしまったとは言え油断しました、砲の直撃を受けたようです。全身に激しい痛みが走ります。撃ってきたのは勿論駆逐古姫。幸いまだ身体はどうにか動きますが、私はその場から大きく吹き飛ばされて体勢を崩したまま。暁ちゃんは鈴谷さんを止める為に鈴谷さんと二人で陣形から大きく離れ、私も。崩れた輪形陣の隙間を縫うように走る駆逐古姫の標的は‥‥‥提督の小型挺!不味いっ!不知火さんにはチ級。阿賀野さんと清霜ちゃんは駆逐級の深海棲艦に囲まれ‥‥‥これではまるで最初から敵の狙いは‥‥‥迂闊でした。

 

駆逐古姫が砲撃。小型挺では避けられる筈もなく気付けば直撃を受けたらしく炎上しています。提督は無事でしょうか!?

 

「提督、大丈夫ですか?提督!」

 

気を失ってしまっているのでしょうか?小型挺からの通信は返ってきません。不味い、助けに行かなくては。やはり私では‥‥‥こんな時、大和さんや夕立ちゃんなら上手く切り抜けられたのでしょうか‥‥‥。

 

炎上している小型挺から駆逐古姫が離れて行きます。慌てて提督を助けようと小型挺へと走る暁ちゃんと鈴谷さん。待ってください、駆逐古姫が向かっている先には‥‥‥!はっ、早くしなくては!動いて‥‥‥動いて、私の身体!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

クッ、こんな時に!だから司令自身が海に出るのは危険だと言ったではありませんか。それにしても駆逐古姫とは。どうやら雷巡チ級が旗艦というのはブラフだったようです。そう見せ掛けてこの不知火達を誘いだし、本命の駆逐古姫が仕留める。成る程、どうやら前回よりも厄介になっているようですね。観艦式の時に提督達の船が沈んだのも偶然という訳ではないようですね。

 

ですが、不知火は此処で沈む訳には行かない。ポイポイと再会するまではまだ。ですからチ級、申し訳ありませんが貴女には此処で沈んでもらいます!

 

『後ろです、不知火さん!!』

 

えっ、なにっ!?

神通さんからの通信の直後、不知火の意識は一瞬ですが途切れました。直ぐに気が付きはしましたが、身体は反応してくれない。尋常ではない痛みと、流れる赤い血。成る程、駆逐古姫の砲撃ですか。

此処まで‥‥‥のようですね。遠くで暁が叫ぶ声が聞こえます。世界がゆっくり動いて見える。視界に映るのは不知火にトドメを刺そうと砲を向ける駆逐古姫。

死ぬときは、こんなに呆気ないものなのですね。はぁ、嘗てポイポイに助けられた戦艦棲姫戦を思い出しますね。せめて、せめて一目でいい。貴女に会いたかった。

 

駆逐古姫が引金を‥‥‥今度こそ此処まで。不知火は覚悟を決めました。せめて敵の姿くらい目に焼き付けて沈みます。スローモーションで飛んでくる砲撃が、不知火に‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?

 

 




ヌイヌイが見たものとは。次回に続く。


※初代漣が南方棲戦姫と対峙した時の艦隊
旗艦 初代・漣
初代・吹雪
初代・雷
以上でした。うわぁ‥‥‥

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