抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

50 / 158
抜錨するっぽい!

 

 

何が起きたのか‥‥‥理解出来ませんでした。何かが不知火と駆逐古姫からの砲撃の間に飛び込んできて。閃光と轟音で目が眩んで。不知火は後方へと大きく飛ばされて。ですが、不知火は駆逐古姫の砲は受けていなくて。抱きかかえてくれている誰かの「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」と乱れた呼吸を整える声が不知火のすぐ耳元で聞こえて。その誰かが盾になってくれた為にダメージを受けていない事にやっと気付いて。どうやら命拾いした事は解って。

声の主の方に視線を向けた不知火は‥‥‥益々理解出来ませんでした。抱いてくれていたのは沖立司令だったのですから。司令が?どうして?いえ、どうやって?何故海面に立っていられるのか?

 

その疑問は、直ぐに解消されました。抱かれている為に不知火からは全体は見えませんが、司令の背中には艤装が。損傷は中破、といった処でしょう。あの一瞬、相手は駆逐古姫、しかも背中の艤装を盾にしながらも中破で留めるとは、余程熟練した技です。ああ、そういえば元・駆逐艦電が今は提督をしているのでしたね、それなら沖立司令も元艦娘でもおかしくはありませんよね。

 

‥‥‥ですが。

おや?司令、何時の間に髪を金髪に?先程の出撃前迄は黒髪だったではありませんか。そのように毛先に赤いグラデーションまで入れているとは‥‥‥赤い‥‥‥グラデーション?

そういえば、貴女の艤装は良く知っている気がします。何時も見ていたような‥‥‥その背中を追いかけていたような。

首に白いマフラーですか。何だか何度も見たような‥‥‥懐かしい肌触りの‥‥‥。

司令、それはセーラー服、ですか?赤いスカーフに黒色ベースの‥‥‥白露‥‥‥型‥‥‥の‥‥‥。それに、何時の間にか赤い光の宿ったその瞳。それにその横顔は、何時か見たあの人の面影が‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?

 

「大丈夫?」

 

心配そうにそう声をかけてくれた司令。恐らく呆けた表情だったであろう不知火は、小さく頷くので精一杯でした。不知火を抱えたまま司令は走り、流れるような動きで雷巡チ級をあっという間に撃滅。不知火の事をそのまま阿賀野さんに任せました。神通さんは鈴谷さんに支えられています。どうやら皆無事のようですね。

 

先程の駆逐古姫の砲撃で額と左腕、太腿の辺りから血が流れているものの、大して意に介していない様子の司令。赤く輝く瞳を真っ直ぐに駆逐古姫に向け睨み付けているその表情は、先程不知火に向けていたような慈悲は欠片もない鬼の形相。

やっと、やっと理解できました。そうだったのですね。不知火の落ち度です。どうして、どうして気が付けなかったのか。涙で滲む視界の先の司令に、泣きそうになるのを抑え必死にその名を呼ぼうとしましたが‥‥‥駄目でした。不知火の涙腺は耐えられなかった。嗚咽に負けて言葉になりませんでした。

 

 

 

 

 

「私の『大切な親友』を沈めようだなんて‥‥‥絶対許さないっぽい‥‥‥許さない‥‥‥‥‥‥!」

 

そう呟いた司令は、他人から見ても憤怒に燃えているのが分かります。右手に砲を、左手に魚雷を握り締めた司令は、駆逐艦とは思えない威圧感を放ち走り出し、叫びました。

 

「覚悟しなさい駆逐古姫‥‥‥『ソロモンの悪夢、見せてあげる』!!」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

沖立です。うん?ああ、そうね。沖立夕星(せきほ)。元駆逐艦・夕立です。名は体を表すとはよく言ったものね。私は夕立に成るために生まれてきた、って事ね。

どこから話しましょうか?え?そうね。海軍に入るに当たって口調は矯正したわ。艦娘なら兎も角、『っぽい』なんて海軍軍人としてはどうしても間抜けに聞こえちゃうし。興奮して我を忘れたりすると昔の口調が出たりするけどね。

どうしても海軍に入る必要があったの。ヌイヌイちゃんとの約束を果たす為には鎮守府に入れないといけない。それならいっそのこと提督になればいい、ってね。何時だったか言った事あるでしょう?『曾祖父が海軍軍人だった』って。それで、元々提督としての才能もあったみたい。けれど私は提督にならずに艦娘になったから、その時は気が付かなかったんだけどね。

 

艦娘として復帰出来てるって?ううん、正直言って、艦娘として動いてると身体はもの凄く辛い。そうね‥‥‥全身に亀裂骨折が入った状態でプロレスしてる、って例えはどうかな?そう。分かってもらえた?さっき抜錨する直前にも妖精さんに『もって10分。それ以上は保証できません。危険です』って厳重注意されてる。大丈夫、10分有れば充分よ。駆逐古姫くらい撃沈してみせるから。

 

最初から大破に近い身体で、活動限界が長くて10分程。おまけに軍艦の魂の機能不全のせいで入渠しても怪我は殆んど治らない。そうね‥‥‥試してはいないけど、1ヶ月間ずっと入渠してたら完治するかも知れないわね。そんな状態の艦娘使う提督なんていないでしょ?だから、艦娘としては無理。だから提督を目指したわ。まあ、提督として呉に着任するにあたって東郷大将のコネがあったのは否定はしないけど。

 

一度深海棲艦との戦争が終わって解体されて一般人に戻った後、『鎮守府に入れない』って言われて悩んだわね。先に引退してた電ちゃん‥‥‥山本中将の奥さんに相談した。私の場合、多分艦娘としては復帰出来ないだろうから軍人になるしかないってアドバイスしてくれたわ。それから髪をバッサリ切って黒くして。解体して瞳も赤くなくなって。身体も成長した。妹‥‥‥今は駆逐艦春雨だけど‥‥‥春雨にも『別人みたいに綺麗になった』って言われるくらい変わったかな。

 

ヌイヌイちゃんの、そうね‥‥‥ヌイヌイちゃんの想いがどんなモノだったのか、成長してやっと分かった。うん、私ってば本当に鈍感だったわね。ヌイヌイちゃんはあんなに近くで好意をくれてたのに。

けど、少なくとも今は‥‥‥応えられないわ。

 

さてと。そろそろ駆逐古姫にトドメを刺さなきゃね。暁ちゃん、砲雷撃サポートしてくれてありがとう。流石は私と数年間切磋琢磨してきただけの事はあるわね。さあ、残りの魚雷全部あげる!駆逐古姫、沈めっ!!

 

暁ちゃんの砲撃を背にして超至近距離まで近づいた私の手から放たれた魚雷は頭部に全弾直撃、頭の吹き飛んだ駆逐古姫は轟音と共に沈んでいった。フゥ‥‥‥流石に疲れたっぽいわね。

 

今回私が付いてきた理由。確かにこの目でヌイヌイちゃん達の艦隊を見ておきたかったのはある。でも、真の理由は‥‥‥万が一に備えて。結果として私の判断は間違ってなかったわ。まぁ、山本中将には止められてはいたけど仕方無いわよね。

深海棲艦達は前回よりもより狡猾になってるし嫌な感じがするわね。本当に黒幕は中枢棲姫だけなのかしら?この先今の呉の戦力じゃキツい。やっぱり空母と戦艦は必要よね。瑞鶴さん‥‥‥今度直接会って話さなきゃ。

 

‥‥‥っと。ちょっと不味いかな、目が霞んできた。両足に力が入らなくなってきたわ。限界みたい。暁ちゃん、ちょっと支えてくれる?もう無理っぽいわ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

その後。不知火とポイポイ‥‥‥司令は無事だった救命挺に乗せられ鈴谷さんに曳航されながら呉へと戻っている最中です。危うく轟沈を出す処でしたが、司令のお陰でどうにか事無きを得ました。今は不知火の肩に頭をもたれさせてスヤスヤと眠る司令。不知火は司令が眠るまで寝たフリをしていました。傍でずっと見て、感じていたかったからです。

 

ポイポイは‥‥‥別人のように綺麗になりました。不覚にもこの不知火が気が付かなかった程に。それにしても、どうして黙っていたのでしょうか?

まぁ、いいです。今は貴女の温もりを感じられるだけで充分。フフッ、不知火の身体はボロボロですけれど、今は小さな事です。ポイポイが約束を守ってくれた、それだけで。

 

‥‥‥そう。ポイポイが無理を押して抜錨した事に気付けていないくらいに。

 




司令は夕立だったのかー!ナンダッテー(棒)

‥‥‥ポイポイは入渠しても満足に治せない身体で中破しちゃってます。あー、明日からの仕事が辛そうです。

ポイポイが提督になった、という事はつまり‥‥‥。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。