『このままじゃ‥‥‥』
荒れ狂う洋上で唇を噛む長門型戦艦２番艦、連合艦隊旗艦の陸奥さん。状況は芳しくない。敵の数があまりに多すぎる。一対一なら負ける相手ではないけど‥‥‥深海棲艦達の動きは統率がとれ過ぎている。普段ならバラバラに向かってくる筈の駆逐級ですら、確りした連携で攻撃してくる。
目の前の海を埋め尽くす程の大艦隊を統率しているのは、たった一人の深海棲艦。青白い肌に漆黒の装束を纏い、真っ白な髪とそれと対照的な赤く光る瞳。二つの巨大な砲塔の付いた異形の頭の上に腰掛ける悪魔‥‥‥空母水鬼。
『確りしなさいよ、旗艦でしょ！』
曙ちゃんが叫ぶ。そう。ここで負ける訳にはいかない。もしここで食い止める事が出来なければ、この深海棲艦の大艦隊はこのまま横須賀に、日本に攻め込んでくる。それに、知らせてくれた卯月ちゃんと長月ちゃん、彼女達を命懸けで逃がした赤城さん達だってきっとまた襲われる。もしそうなったら‥‥‥艦娘に多数の被害が出る。多くの一般の人達が危険に晒される。横須賀は兎も角、ココに主力の殆んどを出してる近隣の鎮守府はきっと深海棲艦達の猛攻に耐えられない。だから、此処で何とかしないと。
『こんな時‥‥‥長門ならどうするのかしら』
長門さんはドイツに行っていて不在。出撃から戻ったばかりだった横須賀第一艦隊はまだ入渠中で、陸奥さんや曙ちゃん率いる第二艦隊が出撃してたの。
そうしてる間にも、僚艦の傷は広がっていく。誰もが思っていた。このままじゃ、全滅するって。そんな時だったんだ。
『‥‥‥私に考えがあります』
既に大破状態に追い込まれて、本陣後方で休まされていた萩風だった。萩風は呉から横須賀に異動、第一艦隊と第二艦隊両方で出撃したりしてて、今回は第二艦隊。
その萩風の艤装は妖精さん達がどうにか応急修理をしたお陰で辛うじて動けるくらい。それに、萩風本人もあちこちから血を流してて、左腕は折れていて動かせない状態。曙ちゃんには嫌な予感がしたみたい。
『駄目よ！』
萩風が口にする前に、曙ちゃんが両手を広げて遮って叫んだ。けど、萩風は‥‥‥曙ちゃんの肩をポンッ、て叩いて。身体の痛みに耐えながら精一杯の笑顔を向けた。
『大丈夫です、曙さん。だから‥‥‥行かせてください』
『無理よ！大丈夫な訳ないじゃない！！』
行かせまいとしてそのまま抱き付いた曙ちゃん。萩風はその曙ちゃんの耳元で囁いた。曙ちゃんの表情は‥‥‥固まったわ。
『『翔鶴さん』を止めるには他に方法が無いんです』
『萩風‥‥‥アンタ気付いて‥‥‥』
萩風は、その戦いの中で気付いたの。空母水鬼が轟沈した翔鶴さんの成れの果てだって。呉に居た頃の仲間だもの。きっと私でも気付いたでしょうね。
同時に、萩風は曙ちゃんの背中の艤装に横から砲撃。既に中破だった曙ちゃんの艤装はそれで大破。推進機関を狙ったみたいで、曙ちゃんは動けなくなった。
『萩風！！』
萩風は、叫んだ曙ちゃんを無理矢理陸奥さんに任せて。曙ちゃんから残りの魚雷を奪い取って。
『陸奥さん、曙さん。不知火姉さんと陽炎さんに『ごめんなさい』と、夕立さんに『ありがとう』と伝えてください』
萩風は‥‥‥深海棲艦の艦隊に守られて近付く事すら出来なかった空母水鬼に、私や川内さんと同じような‥‥‥私が教えた方法で空から突撃した。勿論、敵の艦載機や砲撃に晒されたけど、萩風にとっては問題じゃなかったの。頭と胴体、魚雷を満載した艤装さえ無事で、生きて空母水鬼の元に辿り着ければ良かったんだから。
『アナタモ‥‥‥イラッシャイ、ハギカゼ』
『翔鶴さん、私と沈んでください！！』
その直後。空母水鬼は萩風の残骸と共に水底へと沈んで行った。悲痛な曙ちゃんの声だけを残して。
結果、旗艦を失った深海棲艦の艦隊は総崩れ。陸奥さん達連合艦隊はどうにか勝利する事が出来たの。萩風以外の犠牲者を出すこと無く、ね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「提督、お目覚めですか？」
あ、そっか。仮眠してたんだっけ。神通さんが珈琲を淹れてくれてるっぽいわ。どのくらい眠っていたかしらね。
沖立よ。
今は執務室。何とかみんなで帰投して、今はもう夕方。執務をこなしてる処だったんだけど、神通さんに無理矢理『休んでください』って言われちゃって。腕と足の怪我は制服着ちゃえば隠せてる筈だけど。
夢を見てたみたいね。うん、萩風が沈んだ時の夢。報告書と曙ちゃんの話は聞いてたから状況は何となくは分かってたけど、ああいう風に映像になると心に来るものがあるわね。
あんな夢を見たのはきっと、帰投した後に清霜ちゃんに『司令かーん！清霜にも戦い方教えてー！』ってせがまれたからね。勿論断ったわ。誰もが出来る戦い方じゃないし。
『司令官のケチ！清霜は強くなって戦艦になりたいのに！』って駄々をこねる清霜ちゃんを何とか引き剥がしてくれたのは神通さん。
もしも、もしも私が萩風に戦い方を教えなければ。萩風は沈まなかったのかな？死ななくても済んだのかな？ヌイヌイちゃんを悲しませなくて良かったのかな？そんな思いは消えない。
私は‥‥‥きっと怖いんだと思う。萩風みたいにまた私が教えて、そのせいでまた誰かが沈んだら、って。
そうそう。ヌイヌイちゃんなんだけど。やっぱり私の事を想ってくれてたみたい。あの時救命挺で目が覚めて瞳を開こうとした私に、ヌイヌイちゃんは囁くように『好きですよ、ポイポイ』って呟いて。私がまだ眠ってるって思ってたみたい。お陰で目を開けられなくなっちゃったわ。どうしたものかしらね。
「不知火さんの事、どうなさるおつもりですか？」
こうして神通さんに上司として扱われるのには慣れないわね。艦娘時代は私の方が敬語だったし。確かに『っぽい』って語尾で誤魔化してた所はあったけど。
それにしても神通さん、どうするか、か。まるで私の心を読んでるみたいね。
「どうしようかしらね」
神通さんはまだもう少し掛かりそうだし、暁ちゃんは既に東郷大将時代に貰ってる。ヌイヌイちゃんは‥‥‥もうすぐ最高練度。うん、ケッコンカッコカリの指輪‥‥‥。表情には出してないだろうけど、きっとヌイヌイちゃんは期待してる、よね。
「順当に行けば不知火さんですよ？戦力UPの意味でも渡すべきだと思います」
分かってはいるんだけどね。ヌイヌイちゃんの気持ちを知った後だとどうしても、ね。
「まあ、それはさておき、宜しいですか、提督？」
ニッコリ微笑んだ神通さんが近付いてくる。何かしらね‥‥‥って！
バシンッ！
痛っい！！背中を叩かれた！？全身が激痛で痺れて‥‥‥只でさえさっきの出撃のせいで身体中痛むのに、そんな事されたら耐えられる訳ないっぽいでしょ！
「やっぱり。今日はもう執務は切り上げて休んでください。後は私がやっておきますから」
あ、やっぱり分かっちゃったか。流石は神通さん。はいはい、分かったわ。休めばいいのよね？
‥‥‥‥‥‥それにしても。後での話だけど、嘗て私がまだ艦娘として現役だった時に呉鎮守府中がヌイヌイちゃんが私の事好きだって知ってたって分かった時は顔から火が出るかと思ったわね。あの東郷大将ですら『不知火には悪い事をしたかも知れんな』って言ってたらしいし。
フフッ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ああ、Guten Morgen！久しぶりだな？航空母艦Graf Zeppelinだ。
ん？アカツキと会った時に擦れ違った程度だって？私はそうではないのだがな。フフフッ、まあ細かい事はいいじゃないか。
今はとある大使館に居るんだ。友人に呼ばれていてな。察しがいいな、ナツミ‥‥‥っと、キミ達にはコンゴウ、と言った方が馴染みがあるか。
「グラーフ、ワタシは‥‥‥艦娘として日本に戻ろうと思いマース」
「そんな事だろうと思ったよ」
コンゴウはあの時の、嘗ての艦娘の姿の時と変わらない。ニホンは解体した、と言ってはいたが、恐らく武装解除だけだという事は私にも分かる。Vereinigtes Königreichとニホンの間で政治取引でもしたのだろうな。でなければコンゴウがこうして大使として居られる筈が無いからな。
「キミの決めた事なら反対はしないよ。ヒエイも危険な目に遭ったらしいしな。キミとしても放っては置けないのだろう？」
「Yes、そうデース！それに‥‥‥テイトクが待ってマース！」
全く、コンゴウは変わらないな。ヤマモトはイナズマと結婚したと聞いてたが。第二婦人でも目指すつもりか？
「それから、bad omenがシマース！！rivalは今のうちに蹴落とすべきデース！」
‥‥‥コンゴウには極たまに着いていけない事がある。まあ、彼女の予感はよく当たるから何とも言えないのだがな。なに？そうか、rivalはスズヤというのか。フム、コンゴウには黙っておく事にするさ。
‥‥‥何だって？ユウダチが復帰したのか？それは人類にとって朗報だな。私も間近で彼女の戦いを見た事があるが、あれは凄まじいものだったからな。
‥‥‥そうなのか。上手くは行かないものだな。まあいいさ。もしまた私が協力する時が来たら全力で応えるだけさ。
そうです。ポイポイは提督になったのでヌイヌイに指輪を渡せるんです。どんな想いを込めた指輪になるのかは、今後の展開次第。
今回のゲストはグラーフさん。金剛が艦娘復帰です。え？次のゲストは春雨か雷だって？さあ、何の事でしょうか？