「足柄教官、居るー?」
「‥‥‥ったくアンタは。その名前で呼ぶなって何時も言ってるでしょうが」
おっ、足柄教官居た居た。店の奥から出てきたみたい。ちょっと早いかと思ったけど大丈夫だったみたいだね。
「アンタねぇ、私は今から店の仕込みで忙しいのよ?たまにはアポイント取ってから来なさいよ」
そんな事言われてもね。コッチだって色々と忙しいんだしさ。なかなか鎮守府から外出なんて出来ない身なんだよね。
っと。久し振りだね、川内だよ。あ、鈴谷から聞いたんだ?そうそう、今は新人達の教導担当でね。こうやってたまに足柄教官の所に相談しに来たりしてるんだ。
うん、たまに出撃もしたりしてるよ。そりゃあ一応第一艦隊所属だからね。それにホラ、言うこと聞かない新人の子達も私の戦ってる所見たりすれば大抵は姿勢を改めるしね。
‥‥‥そうそう、キミに会ったら謝らなきゃ、ってずっと思ってたんだよね。ほら、私が呉から横須賀に異動する時に忠告してくれたでしょ?『コッチが連合艦隊で相手がたった一隻の深海棲艦でも、時と場合によっては撤退しろ』って。前回中枢棲姫を倒したその一年後にその通りの事態に遭っちゃってさ。折角忠告してくれたのに。
あれは流石の私も駄目かと思ったね。初めて死を意識したかなぁ。最終的には事態は収まったんだけどさ、そのとんでもない相手にコッチの当時の横須賀連合艦隊はほぼ壊滅。生き残ったのが私と大鳳さんだけだったんだよね。武蔵さんや陽炎の事も助けられなくてさ。あの時は辛かったかな。
うん?今日も教導の相談か、って?違うんだよね、これが。もっと重大な事。山本提督と曙秘書艦直々の指令でね。‥‥‥ん?確か山本提督は『足木さんには話は通しておくから』って言ってたような‥‥‥?んん?ま、いっか。
「それでさ、足柄教官‥‥‥っと、レンちゃんは?」
「あの子なら休暇の比叡と出掛けてるわ。夜になったら帰っては来るけどね」
あ、やっぱり話は通ってるみたいだね。今からするのは教導メニューの相談と違ってレンちゃんには言えない話だからね。レンちゃんは巻き込めない。
「‥‥‥で、川内。例のモノは?」
「はい、これ」
私が渡したのは一枚の写真。ごく最近撮られたものだよ。って言ってもコレを撮ったイギリスの艦娘はもう居ないけどね。ううん、もっと酷い、当時討伐に出撃したイギリスの艦隊は全滅だよ。たった一人生き残って何とか陸に辿り着いた妖精さんが離さず握ってた写真。
「‥‥‥‥‥‥レ級‥‥‥。あの子、生きてたのね?」
「やっぱり?そっか」
足柄教官の反応からして間違い無いね。戦艦レ級。しかも、最盛期の足柄教官や島風、武蔵さん達が26回も掛かって漸く倒した化け物。あっちゃー、最悪の事態だね。中枢棲姫が蘇ったと思ったらコイツも。いや、もしかしたらずっと機会を待ってただけなのかも知れないね。私達艦娘の艦隊が弱体化する機会を。
「それでさ。対策を一緒に練って貰いたいんだよね。勿論、足柄教官のお店の迷惑にならない程度で構わないから」
元から引退した足柄教官にまで迷惑を掛けようとは思ってはいないんだけどさ。流石に相手が相手だし。実際レ級とやりあって勝ったのは今ではもう足柄教官だけだからね。助言をくれると助かるんだけど。
「で、足柄教官。レ級の主な特徴って?」
「‥‥‥‥‥‥仲間思いで、世話焼き。『私がいるじゃない!』『私に任せて!もっと頼ってもいいのよ?』って、困ってる子には自分が何とかしてあげよう、って優しい子、よ」
ん?何それ?どんな戦い方をするのかとか、どんな傾向や癖があるのかとか聞いたつもりだったんだけど。それじゃまるで‥‥‥。
「それ、レ級が人間だった頃の話?そうじゃなくってさ」
「何も違わないわよ。だから中枢棲姫達はあんな奇襲や裏をかくような事やってるんでしょ?違う?川内」
それってさ、つまりレ級と中枢棲姫が繋がってて、レ級が中枢棲姫側に悪どい入れ知恵してるって事?結構とんでもない事言ってる気がするんだけど。
マッズイなぁ。事態は思ってたより酷いみたいだね。レ級と中枢棲姫。各個撃破ならまだしも、最悪同時に攻めてくる、なんて事態も想定しないといけないか。これ報告するのは気が重いよね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「その事ならこの前も断った筈ですけど」
言葉は凄く丁寧に返してくれてる瑞鶴さん。けど、その瞳は違う。深い悲しみと、私達海軍に対して冷めきった色の瞳。
今は瑞鶴さんの家の前。何とか気持ちを変えてくれたら、って思ってたけど‥‥‥。
「提督さんの貴女が態々直々に来てくれるのは光栄ですけど、私は戻る気はありませんから」
それは、分かって‥‥‥ううん、全部は分かってはあげられない。けど、瑞鶴さん。貴女の力は必要不可欠。この戦争を再び終わらせる為にも、二度と翔鶴さんや萩風のような艦娘を出さない為にも。
「翔鶴さんの事は‥‥‥申し訳なく思っていますし許されるとは思っていません。ですが」
うん、瑞鶴さんに許してもらえるなんて思ってない。許されなくてもいい。深海棲艦を一掃する事が出来るなら、私の事なんて。
「‥‥‥さっきからさ、何なのアンタ?当事者でもない癖にさ。その歳じゃまだ提督に成りたてで深海棲艦ともロクに対決してないんじゃないの?何にも分かってない癖に分かったような口聞かないでくれる?」
一応規律があって。私が嘗て『夕立』だったっていうのは一般人には口外出来ない事になってはいる。ほら、軍事機密の漏洩とか、スパイが近づいてくるのを防ぐとか、色々と意味があるんだけど。瑞鶴さんは今は一般人だしね。けれど、やっぱり言わない訳にはいかないわよね。翔鶴さんの轟沈は私に責任がある。それに、立場を明らかにしないで話すのは卑怯だし。
頭を深く下げて、謝った。「申し訳ありません」って。艦娘時代の私では想像も付かないわよね。
「は?提督さん、それ何の真似?そんな事されても私は」
「‥‥‥夕立です。私‥‥‥元駆逐艦、夕立なんです」
私の告白の後。場の雰囲気が変わったのが分かったわ。瑞鶴さんの表情はより一層冷たくなって。浴びせられたのは罵声。‥‥‥当然、よね。
「へぇ‥‥‥アンタ、夕立だったんだ?まんまと危険な艦娘辞めて、そうやってのうのうと生きて、自分はコネ使って安全な提督に出世して。それで今度は誰に危険な事教えるの?誰を沈めるの?誰を犠牲にするのよ!!」
瑞鶴さんの声は、震えていた。私に対する怒りに、じゃ多分ない。凄く、悲しそうだった。
「加賀が沈んで!その加賀の成れの果てのせいで翔鶴姉が沈んで!その翔鶴姉の成れの果てのせいで萩風が沈んで!もう嫌なの!そんな負の連鎖、もう嫌なんだよ!!」
言い返せなかったわ。だって、瑞鶴さんの言葉はその通りだったもの。私だって、そんな負の連鎖断ち切りたい。じゃなきゃ、私がこの手で沈めた駆逐水鬼‥‥‥萩風が浮かばれない。
「『帰ってください、沖立さん』‥‥‥もう来るな!!」
瑞鶴さんは勢いよく扉を閉めて家の中に戻った。もう来るな、か。でも、それでも私はまた来ます、瑞鶴さん。
◆◆◆
「休憩にしましょうか」
その翌日。執務室で書類を捌いていた私に、神通さんがそう一言。勿論、神通さんがお茶したかった訳ではなくって、私が集中出来てなかったからっぽいわ。駄目よね、あからさまに態度に出ているようでは。
「提督‥‥‥瑞鶴さんの事、ですよね?」
「‥‥‥ええ」
強引に休憩。神通さんの淹れたお茶を飲みながら、昨日の事を思い出す。まだ私が艦娘夕立として現役の、前回の対深海棲艦戦争の時は‥‥‥瑞鶴さんはあんな姿微塵も見せてなかった。加賀さん、翔鶴さんを失った日本の空母を牽引する立場だった瑞鶴さんに、きっと弱音を吐いてる暇は無かったのよね。ずっと自分の気持ちを抑えて頑張ってきたんだと思う。そうね‥‥‥私だって、春雨が沈むような事になってたら同じようになってたと思うし。素直に弱い部分を見せてたヌイヌイちゃんとは違って、瑞鶴さんはずっと歯を食いしばって頑張ってたんだ。
なーんて言ってたら、神通さんに「はぁ」って溜め息をつかれたわ。理由は、ヌイヌイちゃん。
「提督の前だけ、でしたよ?不知火さんが弱い部分を見せていたのは」
‥‥‥‥‥‥ヌイヌイちゃん、私‥‥‥私は‥‥‥。
突然ガチャ、って突然扉が開いて。「しれーかーん!」って清霜ちゃんが背中に飛び付いてきた。まだ身体は痛むんだけど、清霜ちゃんに辛い表情は見せられない。「今日こそ清霜に戦い方教えて!」ってせがむ清霜ちゃんに、私は笑顔を作って‥‥‥。
レ級、再び。川内が久々登場。
え?何処かの六駆の三番艦?さあ?誰の事か分かりませんね。