はぁ‥‥‥‥‥‥海軍軍人なんて、今は誰とも会いたくないのに。私は、ただそっとしておいて欲しいだけなのに。
世界情勢だって知らない訳じゃない。また深海棲艦が現れたのだって分かってるし、中枢棲姫がどれだけ危険な深海棲艦かだって分かってる。けどさ、私はもう嫌なの。
ずっとずっと気を張っててさ。加賀や翔鶴姉の分まで、って我武者羅に突っ走ってさ。自分がみんなを引っ張らなきゃって、二度と僚艦を轟沈なんてさせないって、ずっと。
けど。戦争に勝って引退して。後ろを振り返ってみたらさ、居ないんだよ。大切な姉も、実は私の事を一番気に掛けてくれてた先輩も。深海棲艦と戦う為に只管走ってた時は意識して抑え込んでで気が付こうとしなかったけど、立ち止まったら駄目だった。私の心には‥‥‥大きな穴が空いてた。埋められない穴が。喪失感、悲しみ、色んな感情で拡がった穴。
引退して暫くは何もする気が起きなかったっけ。ボーッと過ごしてたよ。ふと後ろから『ねえ、瑞鶴』って翔鶴姉が話しかけてくれる気がして、何度も無意味に振り返ってみたり。ああそっか、もう居ないんだ、って思って涙が止まらないなんて毎日だった。
それでも生きていかなきゃいけなくて。退役の恩給は貰えるのまだまだ先だし。私はやっと動き始めた。そうね‥‥‥3か月後くらい。艦娘時代の給料は殆んど手付かずだったからそのくらいの期間は何もしなくても平気だったんだよね。
それで、やっと仕事を見付けて。一般人として働き始めてさ。職場の人にはよく『どうやって肌を維持してるの?』って聞かれたなぁ。そりゃそうだよね、艦娘は歳を取らないんだもん。私の見た目も実年齢よりずっと幼いし。高校生と大して変わらないくらいだからね。ま、国家機密だから『艦娘だから』なんて言えないんだけどね。あ、それで何時も居酒屋で年齢確認されたっけ。
そんな日を送っててさ。翔鶴姉を失った悲しみは消えないけど、少しずつ落ち着いてきて。そんな時だったよね。あの観艦式。深海棲艦がまた現れて、比叡さんがボロボロにやられてる中継を見てて。艦娘時代の記憶がフラッシュバックして。また元に戻っちゃった。悔しさが込み上げてきてさ。『私がもっと強かったら』『私が第一艦隊で翔鶴姉の代わりに出てれば』って。自分の力の無さを呪ったわ。
‥‥‥それから、大和さんが来て、夕立が来て。あんな事言うつもりじゃ無かったんだけどね、気持ちを何処にぶつけて良いのか分かんなくなっちゃって。特に夕立には悪い事したかも知れない。
だから。もう関わりたくないの。私は‥‥‥静かに過ごしたいの。
『ピンポーン』
インターホン?誰だろう。また海軍‥‥‥だったら、嫌だな‥‥‥。
『ご在宅でしょうか?ええと、瑞鶴さん?』
‥‥‥何でアンタが?呉からじゃ此処は遠いのに。
『いらっしゃらない‥‥‥のですか?』
ああっ、もう!なんでそんな切なそうな声出してるのよ!アンタそんなキャラじゃ無かったでしょ!
もー、今回だけ!今回だけだからね!
ガチャリ
「瑞鶴さん‥‥‥突然の訪問、申し訳ありません」
「で?何しに来たのよ‥‥‥不知火」
どーせ夕立に頼まれて来たんでしょ?アンタは夕立の事大好きだったもんね‥‥‥‥‥‥それにしても、不知火は随分と人間らしい表情できるようになったよね。
「少し、話しても大丈夫でしょうか?」
説得って訳じゃないの?悩みとか?‥‥‥あー、もしかして恋の悩み?そうよね、今の呉には頼りになりそうなヤツ居ないものね。少しなら聞いてやるか。
「中に入ったら?」
「ありがとうございます」
私の部屋には小さいけど仏壇があってね、中には位牌が一つ。そう、翔鶴姉の。お墓は無い、かな。遺体は残ってないし。萩風が‥‥‥翔鶴姉の成れの果ての身体を海に沈めてくれたから。
不知火は丁寧に位牌に手を合わせてくれた。ありがとう、不知火。
「それで?話したい事って?」
「呉鎮守府に、戻っていただけないでしょうか?」
ハァ‥‥‥不知火もそれか。私と同じで大切な人を失ってるアンタだから部屋に入れてあげたのに。私はね、不知火の事は他の連中よりは身近に感じてるの。不知火も陽炎を亡くして、実の妹の萩風も亡くしてる。私と境遇が似てるから。だからかな。
「不知火はさ、なんで海軍に居るのよ?不知火だって大切な人を失ってる。私と同じなのに」
もう少しだけなら話してもいいかな、って。不知火が海軍に残った理由なんて分かり切ってるんだけどね。どうせ夕立の
「不知火は‥‥‥逃げないと誓ったのです」
‥‥‥なんですって?
「萩風も、陽炎も轟沈して亡くなりました。だからこそ。二人の意志を無駄にしない為に。二人の歩んだ道は間違っていなかったと確認する為に。だから、不知火は最後まで逃げないと誓った。例え、二人と同じ結果になろうともです」
「私はっ!!私は逃げてるって言いたいの!?」
何よ‥‥‥何よ何よ!!逃げてるって!私が逃げてるってどういう事よ!
「そうです、瑞鶴さん。貴女は、もっと強い人の筈です。翔鶴さんの為にも、もう一度踏み出してください」
「ふざけないで!!アンタなんか‥‥‥アンタなんか夕立を待ってただけじゃない!夕立に会いたかったから海軍に残ったんでしょ!」
もういい加減にして!いい加減にしてよ‥‥‥私はそんなに強く無いの。翔鶴姉の支えがあって、加賀の先導があったからやってこれただけなの!不知火が思ってるような立派な人間じゃないの!
「ポイポイとの約束を信じて待っていたのは事実です。しかし‥‥‥萩風の意志を、陽炎の思いの火を消したくないから残ったのもまた事実です」
「それじゃあ!私は翔鶴姉の思いを踏みにじってるって言いたいの!?いい加減にしてよ!」
やめて、もうやめて!分かってるの、分かってるのよ!翔鶴姉が、加賀が私に託した事くらい!私が逃げてる事くらい!お願いだからやめてよ!
「そうです、瑞鶴さん」
「不知火!アンタなんか‥‥‥」
不知火の胸倉を掴んだ。不知火は抵抗しない。けど、視線は逸らせない。真っ直ぐ私を見てる。
「‥‥‥ですから。瑞鶴さんなら、きっと戻って来てくれると信じています。不知火は、待っていますので」
掴んでた手を離した私に、ペコリって頭を下げて不知火は出てった。何よそれ‥‥‥信じて待ってるって‥‥‥。戻れって言うの?翔鶴姉と加賀を奪ったあの場所に?私は‥‥‥私には‥‥‥。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あっ。お帰りなさい不知火さん」
「はい、只今戻りました。暁、あれから深海棲艦に動きは?」
不知火です。先程鎮守府に戻ったばかりです。
「特に無かったわよ?それより久し振りの地元の方はどうだった?」
「ええ、変わり有りませんでした。墓参りにも行けましたし」
そうですね、外出の名目は帰省でした。瑞鶴さんの所に行ったのは不知火の独断です。相変わらず暁はファッション雑誌ですか。どうやら相当鈴谷さんに影響を受けたようですね。全く、暁は昔から周りに影響されやすくて困ります。一時期は『金剛さんに近付くのが一人前のレディへの近道なんだから!』とか言って金剛さんの話し方を真似ていた事もあるくらいですしね。
その肝心の鈴谷さんは、今は神通さんに扱かれている最中です。まあ、早く力を付けてもらわねば困りますので仕方有りませんね。綾波さんにも協力して頂ける事になっていますし、これからが楽しみですね。
司令‥‥‥ポイポイは‥‥‥。やはり慣れない提督という仕事をこなしているせいで少し疲れているのでしょうか?なんと言いますか、ここ数日はキレがありません。身体がダルそうな感じが‥‥‥そういえば‥‥‥あの駆逐古姫戦の後、ポイポイは何時入渠したのでしょうか?それなりの怪我だったと記憶しているのですが‥‥‥執務が終わった後?まさか入渠していないという事は無いと思いますが‥‥‥心配ですね。少しは不知火に甘えてくれてもいいと思うのですがね。立場が違うので難しいかも知れませんが‥‥‥ええ、昔のように。
瑞鶴さんのターンでした。今後の彼女の動向は。
ヌイヌイはポイポイの身体に漸く気が付きはじめました。