抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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現実

 

 

「大和型戦艦一番艦、大和です。本日着任致しました。宜しくお願いします」

 

大和さんの着任。少しずつではありますが、ここ呉鎮守府も嘗ての力を取り戻しつつありますね。

「ええ、改めて宜しくね」と握手を求めている沖立提督、久しぶりの再会に笑みを溢している暁ちゃんと不知火さん。初めて戦艦の艦娘に会えてとても嬉しそうな清霜ちゃん。その他の方はあの大和さんという事もあって少々緊張しているようです。おや?鈴谷さんはポカンとしているようです。何かあったのでしょうか?

 

「はい、提督」

 

大和さんも素直に握手に応じています。良かった。沖立提督と大和さんお二人とも蟠り等は無いようですね。一時期、まだ夕立として現役だった頃の沖立提督は当時の東郷提督を好きだった事もありましたからね。大和さんと結婚した事が公になった直後は夕立さんとしては相当拗ねていらしたようでしたが。今は仲は悪くないようですね。尤も、お二人の仲が未だに悪いのでしたら大和さんではなく他の戦艦の方を呉に着任させているのでしょうし、私の杞憂だったようです。沖立提督が『多分、あのときは『恋愛ごっこ』がしたかっただけだったんだと思う』と言っていたのも本心だったのでしょうね。

 

申し遅れました、神通です。今は執務室ではなく、広間に居ます。大和さんの着任の挨拶の為です。現在ここ呉鎮守府に所属している艦娘全員が集められています。やはり大和さんの加入による戦力アップという事実は大きいようですね。皆さん、緊張の中にも安堵の表情が見えます。今までは戦力ギリギリだった戦いも、これからは少し余裕を持って進める事ができます。轟沈の可能性だって、大幅に下がる。

 

「では、この場は解散で。大和さんと個人的に話したいって人は後でね」

 

提督の言葉で各々解散。これから哨戒任務の子もいれば待機の子もいます。私はこのまま提督と執務室へ。大和さんも部屋割りや艦隊での役割など少々の説明の為一緒です。

 

三人で執務室へと入り、備え付けのソファに座り提督が説明を始めようとした時でした。大和さんが「よろしいですか?その前に少しだけ」と口を開きました。

 

「提督、ご自身の身体の事は分かっていらっしゃるのですよね?」

 

一瞬、提督の動きが止まりました。その状態のまま瞳を閉じた提督は「分かってる」と一言だけ。

 

「それならば。前回の事は結果が結果でしたし過ぎた事は問いません。ですが、今後の出撃は避けてください」

 

大和さんは努めて静かに話しています。前回の事は‥‥‥止められなかった私にも責任はあります。しかしながら提督が夕立として出ていなければ下手をすれば全滅していた可能性もあった。ですが‥‥‥私達の身の安全の為にこれ以上提督の身体に負担を掛ける事は本意ではありませんし‥‥‥。

 

「大和さんには悪いけれど約束はできないわね。私は、誰にも死んで欲しくないもの。身体が動く限りは『駆逐艦夕立』として出続ける」

 

提督‥‥‥いえ、夕星さん。お気持ちは分かりますけど、それでは貴女の身体は‥‥‥。

私が口を開くよりも、大和さんの方が早かった。彼女も、やはり私と同じ気持ちでした。

 

「私は‥‥‥大和は超弩級戦艦とはいえ低速艦です。大和だけでは貴女が乗る小型挺ほどの大きさの物は守りきれない場合も有ります。貴女が要望した榛名さんではなくこの大和が来た理由、分かってらっしゃるでしょう?」

 

‥‥‥初耳です。提督は単に戦艦を要望した訳ではなく、わざわざ榛名さんを指名していたとは。成る程、そういう事でしたか。確かに高速戦艦の榛名さんなら不測の事態にもその高速故に迅速に対応できるという訳ですか。やはり提督は毎回私達の出撃に付いていく気だったのですね。

 

「分かってるけどね。私は」

 

そう言い掛けた提督の言葉を無理矢理遮る形で、大和さんは今度は少し強い口調で話しました。

 

「いいですか?これは友人として言わせて頂きます。夕星さん、貴女の持つ『軍艦夕立の魂』は既にズタズタなんですよ?これ以上無理をして出撃すれば、貴女の身体は壊れてしまうんです。その為に命を失う可能性だって低くはないんです。ですから‥‥‥お願いですから言うことを聞いてください」

 

ずっと瞳を閉じ黙って聞いていた提督は、スゥー、っと大きく息を吸い、フーッ、とゆっくりと吐きました。けれど、答えは私達の期待したものではなくて。

 

「心配してくれてありがとう。覚えておくわね」

 

その返事に業を煮やした大和さんが「夕星さん!」と声をあげた時でした。扉の向こうからノック音が聞こえて。張りつめた空気を破って入ってきたのは清霜ちゃんでした。

 

「大和姉さま、戦艦のお話聞かせて!」

 

嬉しそうな表情で、期待の眼差しを大和さんに向けている清霜ちゃん。どうやら清霜ちゃんにはさっき迄の話は聞こえてはいないようですね。

 

「ええと、清霜ちゃん‥‥‥戦艦の話、ですか?」

 

さっきの今で、大和さんも少し戸惑ってしまっているようですね。それにしても清霜ちゃんは本当に戦艦が好きなのですね。彼女の純粋な瞳を見ていると、自分が情けなくなります。

‥‥‥いつか。いつかは不知火さんに夕星さんの身体の事を伝えようと思ってはいました。けれど、私が話すのを先伸ばしにしている間に夕星さんは提督として戻ってきて。あろうことか私達を助ける為にまた夕立として戦って。すっかりタイミングを失ってしまいました。

 

申し訳‥‥‥ありません、不知火さん。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

あれっ?貴方は確か‥‥‥何時かのセクハラの人っ!

あはははっ。冗談ですよ、冗談。もう根に持ってたりしませんって。それにほら、男の人なら初対面ならみんなどうしても腰のスリットに視線が行くみたいだし。山本中将や東郷大将だって初対面の時は‥‥‥っと、この話は不味かったですかね?

 

明石ですよ。懐かしいですね。

私は相変わらず横須賀を拠点にしてますよ。まぁあちこちの鎮守府を定期的に回ってはいますけどね。そういえばバリちゃん(夕張の事)は美鈴ちゃんが提督してるあの元水族館の鎮守府に居るんですよ。羨ましいですよねぇ。試しに『私と代わって』って言ってみたんですけどね?バリちゃんってば『お魚キレイ。秋蕎麦おいしい。だから嫌です』って。たまには代わってくれてもいいと思いません?

 

そうそう。今は呉から不知火さんが来てるんですよ。大和さんの装備の開発が呉への着任に間に合わなくって。態々確認に来なくても大丈夫は大丈夫なんですけどね、沖立提督に直接見に行ってって頼まれたみたいで。はい?遅れてた装備ですか?ええっと、主砲の『試製51㎝連装砲』ですよ。

 

「これが‥‥‥大和さんの主砲ですか。また一段と大きいですね」

 

不知火さんも感心してるみたいですね。フフフッ、そうでしょ?渾身の出来ですからね!今のところコレを装備できるのは大和さんと長門さんだけですからね。早く使ってみて欲しいですね。

 

あっ、そう言えば沖立提督‥‥‥駆逐艦夕立として出撃したんでしたよね?春雨ちゃんが沖立提督の事心配してましたし、不知火さんに様子でも聞いておきましょうか。

 

「そう言えば不知火さん。沖立提督って艦娘として出撃したんでしたよね?大丈夫でしたか?」

 

「ええ。相変わらずの強さでしたよ。そのあとは少し疲れた様子ではありましたが」

 

そっかそっか。少し疲れた程度で済んだんですか。それなら一先ず安心ですかね。妖精さん達も心配してましたからね。

 

「それなら良かったですよ。今の沖立提督は艦娘の核である軍艦の魂がボロボロで艤装を装備するのさえ危険な身体ですもんね。艦娘としての活動は最悪命の危険もあるなんて言われてますし、春雨ちゃんや妖精さん達も心配してましたからね」

 

‥‥‥あれ?不知火さんの動きが止まっちゃってますね。表情が固まって‥‥‥あれ‥‥‥もしかして不知火さん、沖立提督の身体の事知らなかったの?あー、それじゃ今の不味かったかなぁ。唇が僅かに震えてるし、少しずつ青褪めてってるし。

 

「明石さん、先程の‥‥‥」

 

やっと停止から動きだしたと思ったら。どうしよう‥‥‥あの不知火さんが涙目なんですけど。

 

「先程の言葉は‥‥‥命の危険とは‥‥‥どういう意味ですか!!」

 

ストップ、不知火さんストップですって。ちゃんと説明しますから。私の胸倉掴んで揺するの止めてくださいって。それから、泣くか怒るかどっちかにしてくださいよ。

 

 




明石が口を滑らせました。真実を知ったヌイヌイは‥‥‥。

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