どうして‥‥‥どうしてなのですか?どうして何時も貴女はそうやって‥‥‥。どれだけ不知火を心配させたら気が済むのですか。もしも不知火があのまま真実を知らず、今度こそ本当に貴女が居なくなってしまったりしたら。
許しません。今度という今度は絶対に許さない。司令‥‥‥いえ、ポイポイ、この不知火を本気で怒らせたわね。
大和さんの装備を伴って戻ってきた呉鎮守府。
鈴谷さんが言っていました。『深夜に入渠しに行ったら提督と鉢合せて、一緒に入った』と。あれから出撃も訓練もしていないポイポイが入渠する理由は一つだけ。あの駆逐古姫戦の傷が癒えていないからでしょう。それからも何度か鈴谷さんと同じ時間に入っているそうですね。鈴谷さんの事はこの際置いておきます。ポイポイ、貴女という人は!これだけ時間が経っても治っていない、など普通の艦娘なら有り得ません。
おかしいとは思いました。あれだけの怪我を負っておきながらポイポイが入渠した姿を見ていなかったのですから。入浴用でなく鈴谷さんと入渠用の浴槽に入ったのが運の蹲いでしたね。
貴女の事ですし他のみんなに、不知火に心配を掛けまいとしての事でしょうね。ですが‥‥‥ですが、それがどれだけ不知火を不安にさせているのか分かっていますか!不知火が、不知火がどれだけ貴女を‥‥‥。
時刻は明朝。鈴谷さんの話通りならば今日は今頃の筈。向かうは勿論入渠施設です。ポイポイ、待っていなさい!不知火が説教をしてやるわ!
扉を開けて中へ入りました。やはり‥‥‥ポイポイが居ました。入渠用の浴槽の方に。
「不知火‥‥‥さん?どうして‥‥‥」
どうして‥‥‥どうして貴女はそのように他人行儀なのですか。そんな仲では無かったではありませんか。今は勤務時間外の筈です。昔のように『ヌイヌイちゃん』とすら呼んではもらえないのですか!
「どうして、ではありません。それは此方の台詞です!どうして‥‥‥どうして黙っていたのですか!」
ポイポイの表情が驚いたものから憂いを伴ったものに変わって。「そっか」と小さく呟いて。申し訳なさそうな視線を不知火に向けて。
「誰に‥‥‥聞いたの?」
「明石さんですよ、ポイポイ」
ポイポイはそのまま視線を逸らせて。不知火に背中を向けてしまいました。成長してより一層綺麗になった後ろ姿。下半身は浴槽の中なので分かりませんが、その左腕にはまだ傷が。鈴谷さんの時はタオルで隠していたのでしょうか?全く、あの傷に気が付かないとは鈴谷さんには観察力が足りませんね。
「そう‥‥‥‥‥。黙っててごめんね」
「『ごめんね』で済んだら海軍は要らないのですよ。不知火が‥‥‥不知火がどれだけ心配したと思っているのですか」
駄目ですね。いざその時になると言葉が出てきません。代わりに出てくるのは涙ばかりです。我慢出来ない。溢れて止まらない。言いたい事が山ほどあるのに。
不知火が嗚咽を洩らしているのが聞こえたようで、ポイポイはやっと此方を振り向いてくれました。涙で滲む視界の先のポイポイは浴槽からあがり、静かに不知火を抱き締めてくれて‥‥‥‥‥。
「ごめんね、ヌイヌイちゃん」
貴女は何時もそうでしたね‥‥‥卑怯です。そのように抱き締められたら、我慢出来る筈が無いではありませんか。
不知火がそのままポイポイの胸に顔を埋め、声をあげて泣き始めた時でした。神通さんが入ってきました。
「提督、不知火さん、取り込み中に申し訳ありません。深海棲艦が現れました」
なんという事‥‥‥神通さんに見られてしまいました。不知火一生の落ち度で‥‥‥等と言っている場合ではありませんね。一先ず涙は拭かなくては。ポイポイも穏やかな慈悲を帯びた表情から、険しい司令官のものに変わりました。
「数と艦種は?」
そのポイポイの問いに答えた神通さんの報告によれば、距離はまだ遠い。いえ、一定の場所から此方を窺っていて動かないそうです。しかし、此方が偵察に出した零式は相手の艦爆が容赦なく撃墜。 まるで此方の本隊が出てくるのを待っているかのようだそうです。
「敵艦は一隻です。情報の通りならば、相手は戦艦レ級。どうなさいますか、提督」
レ級?神通さん、戦艦レ級と言ったのですか?何故此処に‥‥‥いえ、そんな事は問題ではありませんね。撃沈は出来なくとも、何とか撤退くらいはさせなくては。
「近隣の鎮守府に応援要請、それから山本中将に報告を。私も直ぐに戻ります」
不知火の頭をポンポン、と軽く撫でたポイポイは脱衣室へ。不知火もその後を追いました。レ級ですか。大和さんが着任していなかったらと思うとゾッとします。それでも勝てるかどうかは分かりませんが。
「そうそう。神通さん、舞鶴の吹雪ちゃんに『絶対に出撃するな』って伝えてもらえる?」とだけ付け加え神通さんに伝えたポイポイの急ぎ着替える様子は、何時も不知火達に見せていた姿とは違いました。先程身体の事を認めたせいでしょう、酷く辛そうでした。見ている此方が痛々しい程に。
そんな不知火の視線に気付いたのでしょう。ポイポイはふと手を止め、不知火に偽りの笑顔を向けて言いました。『私なら大丈夫だよ、ヌイヌイちゃん』と。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハッキリ言って最悪。今の呉の戦力じゃ撃退できるかどうか。考えたく無い事だけど、轟沈する子が出るかも知れない。
レ級の事は山本中将から聞いてるわ。妙さん‥‥‥足柄さん達が嘗て倒した戦艦レ級。そいつがココ呉に現れたとなると、考えられるのは三つね。
一つ目は只の偶然でまたまた呉を狙った。けど、中枢棲姫達のこれまでの動きを考えるとその線は薄いっぽいわね。
二つ目。さっき『吹雪ちゃんに出撃するなって伝えて』って言った理由ね。レ級が吹雪ちゃんはまだ呉に居るって思ってるから。これは‥‥‥嘗て駆逐棲姫が私や熊野さんを襲ったのと同じ理由。南方棲戦姫を倒した最初の艦娘、初代の漣、吹雪、雷の三人。吹雪ちゃんがその初代吹雪と同じ艦種だから。妙さんの話の通りなら、レ級は元は初代の雷だから。
そうなると次に狙われるのは漣ちゃんが居たウラジオストク、それに横須賀鎮守府と、今現在の雷ちゃんの居る美鈴ちゃんの所の鎮守府。美鈴ちゃんには一応伝えておかないとね。
それから、三つ目。レ級が私を狙って来た可能性。前回の駆逐古姫を退けた私を沈める為。それなら狙われるのは私だけ。他のみんなは助かる可能性もある。いずれにしても‥‥‥駆逐艦夕立として出ざるを得ないわ。身体がどうなんて言ってられない。誰かが沈んでからじゃ遅いもの。
メンバーは大和さん、神通さん、ヌイヌイちゃん、暁ちゃん、阿賀野さん、それと私ね。動けなくなってもいい。支援艦隊が来てくれる迄みんなが持ち堪える事が出来るなら。
さあ、私ももう行かなきゃ。艦隊のみんなが待ってる。
‥‥‥あれっ‥‥‥何だか急に眠気が‥‥‥こんな時に‥‥‥。
そっか、さっき大和さんに貰った珈琲‥‥‥睡眠薬か‥‥‥やられたわ。大和さん‥‥‥。
「恨む‥‥‥っぽい‥‥‥」
ドサッ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「暁は不知火さん、清霜と三人で砲撃をしつつ攪乱、大和さんと阿賀野さん、神通さんで本命の攻撃を担当して」
暁は続けます。
「艦爆は各々その時に応じて対処するしか無いわ」
仕形ありませんか。此方には航空部隊は居ませんし。皆さんが出来るだけ被害を受けない事を祈るしかありませんね。
「大破になったら大和さんと一緒に後方に下がって。大和さん、悪いけど大破した子を守ってもらえる?」
「承知しました、暁ちゃん」
そうですね、不知火も暁の案には賛成です。轟沈を出さない為には撤退かそれしか無いですからね。大和さんが守りながら下がるしかありません。その分此方の火力は大幅に下がりますがやむを得ません。
「清霜‥‥‥やれる?無理なら無理でもいいのよ?」
「大丈夫だよ、暁。清霜はやれるから!」
現状では清霜にも出てもらう他無い。心苦しい所ではありますが、全員が1分でも長く生き延びる為には清霜の力も必要です。
出来るならレ級にはもう少し遅く現れて欲しかった所ですがね。せめて鈴谷さんの練度がもっと上がってから。今の鈴谷さんではレ級を相手するには足手纏いです。
「勝つ必要は無いの。支援艦隊が到着するまで全員生き残ればいいんだから」
そうです。暁の言う通り。足柄教官や武蔵さん、島風達ですらあれだけ苦戦したレ級です。我々だけで勝てるとは思っていない。全盛期のポイポイや瑞鶴さんが居るのなら話は別ですが。
大和さんには感謝します。もしもポイポイがあのまま出撃していたらと思うとゾッとします。きっと‥‥‥いいえ、ポイポイは必ず自分を犠牲にしてでも不知火達を生かそうとした筈です。例えそれで生き残ったとしても、不知火には何の意味も有りません。ポイポイが居なくては、何の意味も。
「それじゃみんな、行くわよ。絶対に沈まないで」
言い終えて、暁が海の方に向き直しました。言われずとも分かっています。ポイポイを悲しませるような事はしません。必ず、必ず持ち堪えてみせます。
第十八駆逐隊、駆逐艦不知火、出る!
次回vs.レ級。指示してる暁はあんなでも一応レベル100越えてます。
ヌイヌイめ、ポイポイに抱かれて胸に顔を埋めるなんてうらやまけしから‥‥‥って、おや?前にもこんな事書いたような?