抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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恐怖

 

聞こえるは怒号。募るは焦り。

 

『航跡が三つ向かってくる!魚雷!?』

 

阿賀野さんに向かって海面を走る魚雷の航跡。まだ冷静な暁ちゃんが『阿賀野さん、落ち着いて!避けられる距離よ!』と叫ぶ声が聞こえます。

 

我に返った阿賀野さんが魚雷を右舷方向に回避。瞬間、その反対の左舷方向にレ級の砲撃。もしも阿賀野さんが左舷側に回避していたら直撃していた所です。レ級は残念そうにはしているものの、外した事自体は大して気にしていない様子。遊んでいるようにも見えます。阿賀野さんがどっちに回避するかを当てるゲーム‥‥‥の感覚だったのでしょうか?

反攻に出たい所ですが、制空権を奪えない現状、自由はかなり制限されています。レ級の艦爆が大和と神通さんを足留め。近付く処の話ではありません。一応対空砲は積んでは来ましたが‥‥‥これだけ集中して多数の艦爆に狙われてはそれだけで手一杯。助けに行きたいのはやまやまなのですが、対空に集中しなくては大和がやられてしまう。

予想はしていました‥‥‥ですがこれ程とは。妙さん‥‥‥足柄さん達は本当にどうやってレ級を破ったのか。

 

『大和さん!!』

 

通信で暁ちゃんの声が聞こえた直後、左足に衝撃が走りました。身体が大きく揺らされバランスを崩しました。左の足先から痛みが身体を突き抜ける。上空に注意を向け過ぎたようです。魚雷をもらったようで無事とはいきませんがまだ大丈夫。この程度の怪我で音をあげる訳にはいきません。

 

『大和さん、動いて!』

 

また暁ちゃんの声。大和が体勢を立て直す前に、二発目、三発目の魚雷。今度も当たったのは左足。こう連続でダメージを受けては流石に立っていられない。正直、不味いです。視界に映る大和の左足は血だらけ。まだ動けるうちに何とか策を考えなくては。左ばかりこう狙われては‥‥‥右舷側からの注水でどうにか水平を保って‥‥‥‥‥‥注水?左‥‥‥左舷への魚雷?‥‥‥‥爆撃‥‥‥?あの記憶と‥‥‥同じ?

 

『大和さんってば!!』

 

暁ちゃんが叫んだ声は、大和には聞こえていませんでした。大和の思考を支配してしまっていたのは、軍艦大和の轟沈の記憶‥‥‥空を埋めるアメリカの航空部隊と、軍艦大和の左舷ばかりを狙った魚雷の嵐。航空機の爆撃にさらされて主砲や副砲、広角砲を潰され操艦不能に陥り、注水が出来ずに左舷側に大きく傾いた為に露出した軍艦大和の右舷艦腹に雷撃機の魚雷をもらって沈没して。そう、今の大和のように左に連続でダメージを受けてバランスを失って‥‥‥‥。

 

今までに感じた事の無い恐怖。途端に言うことを聞かなくなる身体。爆撃で嫌な音をたてて拉げる砲。嘘‥‥‥‥‥‥嘘‥‥‥沈む?大和が?死ぬ‥‥‥?

そう思ったら、怖くて身体が固まってしまった。レ級の狙いはそれだったのでしょう。敢えて攻撃を大和の轟沈の記憶に重ねる事。そうする事で事実、大和はこうして恐怖で動けなくなってしまった。

 

『清霜!!』

 

そんな大和の耳に聞こえてきたのは、そう叫んだ暁ちゃんの声。左足は使いものになりそうもありませんが、まだ大和は沈んでいない。にも関わらず聞こえてきた轟音と、空気を痺れるように震わす衝撃波。音のした方に目を向けてみると‥‥‥。あ、暁ちゃん!?

 

何て事‥‥‥。大和のせいです。大和が恐怖に囚われ無様なやられ方をしていたばかりに。戦闘中にも関わらず大和の事を心配して此方に目を向けてしまった清霜ちゃんの隙を見逃す筈も無かったレ級の砲撃。清霜ちゃんを咄嗟に庇った暁ちゃんに直撃して、暁ちゃんは大破。泣き叫ぶ清霜ちゃんの腕の中の暁ちゃんは血塗れでグッタリして動く気配がありません。

 

何とか。何とかしなくては。神通さんが対空砲火を止めて無理矢理清霜ちゃんの方へと走り出しました。勿論、爆撃に晒されたままです。不知火さんが気付いて神通さんの上空にいる艦爆に向けて砲を放ち始めました。

‥‥‥‥‥‥はっ!?レ級は!?

 

直後、再びの轟音と悲鳴が聞こえました。阿賀野さんっ!!

 

『大丈夫よ‥‥‥何とか』

 

直ぐに阿賀野さんから通信。良かった、轟沈はしていないようです。ですが‥‥‥阿賀野さんの表情は引き攣っていて声も震えています。後方から魚雷を受けたようで、背中と両脚の艤装はボロボロ、水面に立っているのがやっとのようです。

 

「動けそうですか!?」

 

『駄目‥‥‥スクリュー2軸と舵がやられて、艤装の浸水も酷‥‥‥』

 

そこまで言いかけて、阿賀野さんの表情は更に青褪めていく。不味いですね、大和と同じ。阿賀野さんも軍艦阿賀野の轟沈時の記憶と今の状況が重なって見えてしまっているようです。軍艦阿賀野の場合は轟沈した相手は潜水艦でしたが、今と同じく船尾をやられてスクリュー2軸と舵を失って浸水もした状態をどうにか応急修理した所に‥‥‥。

艦娘のトラウマを抉るような攻め方をしてくるなんて、幾らなんでも酷い‥‥‥。

 

大和と阿賀野さん、暁ちゃんは大破。神通さんと不知火さんは中破、清霜ちゃんが小破。本来ならば撤退したい処なのですが、鎮守府は目と鼻の先。大和達が此処で退いた所で今度は鎮守府本体を攻められる危険があります。此処で轟沈しなくても、鎮守府でやられるのなら同じ事。何か、何か策を。せめて支援艦隊が到着する迄時間が稼げれば。

 

そんな時でした。

大和の視界を何かが横切って。その直ぐ後に見えたのは、エメラルドグリーンのセミロングの髪を揺らす鈴谷さんの姿でした。どうして鈴谷さんが?来ては駄目だと言ってあった筈なのに。

 

「大和さん、大丈夫!?」

 

「はい、何とか」

 

鈴谷さんが伸ばした右手を、大和は震えながらも確りと握りました。お陰で少し落ち着きを取り戻せた。

来てしまったものは仕方ありません。無傷の鈴谷さんを活かし時間を稼ぐ方法をすぐにでも考えなくてはなりません。レ級の艦爆にやられる前に‥‥‥‥‥‥え?

空を見上げた大和の視界には、友軍の艦上戦闘機が映っていました。支援艦隊はまだ来ない筈。いえ、そういう事ではなくて。あれは震電改ではありませんか。

 

「鈴谷さん、あの戦闘機は」

 

「新人の艦娘が空母でさ、『助けに行く』って言って」

 

新人の空母?そんな筈はありません。だってあれは新人が扱える戦闘機ではないんです。

見事なまでにレ級の艦爆を墜としていく震電改の編隊。間違いありません、あれを指揮しているのは‥‥‥。

 

『どうにか無事みたいね。五航戦の真の実力、存分に見せてやるわ!第二次攻撃隊、稼働機全機発艦!』

 

聞こえてきた通信の声の主は、やはり瑞鶴さん。戻ってきてくれたんですね。希望が見えてきました。これで何とか持ち堪えられるかも知れない。大和の身体に力が戻って来るのが分かります。

 

もう少し。もう少しだけ頑張りましょう。みんな生きて鎮守府へと戻る為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ん‥‥‥」

 

まだ、ねむいっぽい。もうすこしだけ、おやすみっぽい‥‥‥。

 

痛っ!?

 

顔面から床に落ちたわ。お陰で目が覚め‥‥‥あれ?執務室?‥‥‥‥‥‥そうだ、みんなは!?レ級は!?

 

「レ級なら撤退したわ。おはよう、提督さん?」

 

その聞き覚えのある声の方へと視線を向けて、私も驚いたわ。だって、あれだけ罵声を浴びせられたし、きっとすぐには力になって貰えないと思ってたから。

 

艤装は付けてなかったけど、道着はそのままで壁に寄り掛かってたのは勿論、瑞鶴さん。その道着はボロボロだし身体もあちこち傷だらけ。入渠しないで私が起きるのを待ってたっぽいわね。

 

「安心して、誰も沈んでないよ。レ級にはアッタマにくるけどね」

 

瑞鶴さんの報告によれば、瑞鶴さん自身は中破、大和さんと阿賀野さん、暁ちゃんが大破。神通さんとヌイヌイちゃんは中破、清霜ちゃんと鈴谷さんが小破‥‥‥って、鈴谷さんまで出撃したのか。

レ級は支援艦隊が到着する前に撤退。その理由も『飽キタ』だって。私か吹雪ちゃんかは分からないけど、目的の艦娘が居なかったからじゃないか、って。

 

「良かった‥‥‥みんな無事だったんだ」

 

その言葉を口にした瞬間、瑞鶴さんの目が鋭くなった。明らかに私を睨んでる。

 

「良くないでしょ。提督のアンタはその体たらく、大和さんと阿賀野は重傷、暁は今も意識不明。艦隊が戦ってる時に司令官が寝てるなんて前代未聞よ?分かってるの?」

 

そっか。やっぱり私を赦してくれてる訳じゃないっぽいのね。辛辣ね。けど‥‥‥瑞鶴さんの言ってる事は正しい。

 

「ほら、ボーっとしてないで暁の所に行ってやりなよ。暁はアンタの為に身体張ったんでしょうが」

 

そうね。今は暁ちゃんの所に行かなきゃ。みんなにも謝らないと。それから。

私はやっと立ち上がって、扉へと歩いて。ノブに手を掛けた所で瑞鶴さんの方を振り向いた。

 

「ありがとう、瑞鶴さん」

 

「アンタの為じゃ無いわよ、夕立」

 




VS.レ級第一ラウンドは戦術的敗北という名の大敗でした。
ずいずいがやっと加入。
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