抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

61 / 158
処分

 

 

「まあ、座れ」

 

東京。霞ヶ関にある赤レンガ造りのお城のような、東京駅を豪華にしたような建物、海軍軍令部。同じ建物の2階には海軍の木村大臣の部屋もある。その3階にある、呉鎮守府のものを更に豪勢にしたような造りの軍令部総長の部屋。

 

久し振りに会った、いつかと同じ言葉を口にした東郷大将。総長専用の高級そうな椅子に座って真剣な眼差しでこっちを見てる。艦娘時代なら『平八さん~、久し振りっぽい!』なんて気楽に話せたんでしょうけど、昔とは立場が違う。私は緊張しながら座ったわ。大和さんは硬い表情のまま私の隣に。

 

「沖立の処分からだ」

 

私の処分は、訓告。上官の山本中将の命令に背いて出撃したのは確かだけど、そのお陰で呉のみんなは全滅を免れた、っていうのが減刑された理由。次は同じ処分にはならないっぽいわ。けど、みんなを守れるのなら私はどんな処分だって受ける。脅威はレ級だけじゃないもの。中枢棲姫の艦隊だって何時襲ってくるか分からない。多分だけど、深海棲艦は『呉には夕立と大和が居る』って思ってるだろうし。脅威を優先的に潰しに来るのは常套手段でしょうし。だからこそ呉の次にウラジオストクを襲ったんでしょうね。漣ちゃんや響ちゃんが居た頃のウラジオストクは連戦連勝、無敗だったもの。

だからこそ。こうして処分を受ける事になってまで私を止めようとしてくれた大和さんには悪いけど、私は夕立として出撃し続ける。

 

今後は状況は弁えるつもり。夕立としての出撃は毎回じゃなくて本当にみんなが危険だと判断した時。毎回出撃してその度こうやって出頭させられて、首にでもなったら元も子もないし。それに、今後は瑞鶴さんも居る。私の事を許してくれてるかどうかは兎も角、彼女ならきっとみんなの事を考えて動いてくれる。瑞鶴さんは人一倍『二度と誰も沈ませない』って思ってる筈だろうしね。

 

「次に大和、お前の処分だが」って重々しく口を開いた総長に「‥‥‥はい」って静かに返事をした大和さん。プライベートでは確かに二人は夫婦だけど、ここでは上官と部下、仕事は仕事。その辺、やっぱり東郷大将は確りしてるわね。見ていて焦れったい部分もあるけど。

 

「理由はどうあれ、上官に薬を盛るなど言語道断だ。他にも止める手段はあっただろう?」

 

「申し訳ありません、総長」

 

ギロリ、と大和さんを睨む東郷大将。不味いわね。東郷大将と大和さんが夫婦だからこそ、重い処分かも知れない。『身内だから甘い処分になった』なんて言われないようにでしょうね。

何とかフォローは入れなきゃ。大和さんの行動は私のせいだもの。

 

「それで、だ。大和は明日から3週間、新人共と一緒に山本美鈴少佐の元へ研修に行ってこい。もう一度自分の立場を見つめ直せ」

 

私も大和さんも思わず顔をあげて見合わせた。だって、それってつまり‥‥‥電ちゃんの所へ行ってレ級から雷ちゃんを守れ、って事だもの。

少しそのまま止まってた私と大和さん。大和さんが先に我に返って「はい。ありがとうございます」って。そうね。寛大な処分っぽいわよね。夫婦だから、じゃなくて、東郷大将は軍令部の他のメンバーに進言されたみたい。東郷大将本人は身内だから余計に軽い処分にはできないって思ってはいたみたいだけど、『現状で超弩級艦大和を戦線離脱させるのは日本にとって得策ではない、それならば駆逐艦雷の護衛につけてはどうか』って。名目は再研修だし、一応最低限体裁は保ってるって。まあ、睡眠薬を盛った理由が私を止めようとしたっていうのもあるっぽいけど。

 

海軍式の敬礼をして部屋を出た私と大和さん。大和さんは「着任したばかりで離脱する事になり申し訳ありません」って謝ってくれた。でも、謝るなら私のほう。大和さんには昔から迷惑ばっかりかけてたし。大人になっても変わらないなんて、私って進歩が無い。

 

‥‥‥大丈夫よ、大和さん。次はきっと大和さんには迷惑がかからないように上手くやってみせるから。

 

「大和さん。雷ちゃん達の事、お願いします」

 

「はい、夕星さん。雷ちゃんも、勿論春雨ちゃんの事も」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「妙さん、それじゃ行ってくるね。ちゃんと毎日連絡するから」

 

「馬鹿ね、3日に1回くらいで大丈夫よ。行ってらっしゃい。気を付けるのよ?」

 

‥‥‥ん?アンタか。久しぶりじゃないの。元・足柄、今は足木って言うの。って私の本名だけどね。今さっきレンを見送ったところよ。営業時間ならもうすぐだから店の中で待ってれば?

 

何?あぁ、レンはちょっと外せない用事でね、これから3週間出掛けるのよ。どうせアンタも看板娘のレン目当てだったんでしょ?残念だったわね。え?大和が3週間美鈴の所へ?へ、へぇ、偶然ねぇ‥‥‥‥‥‥。

 

それは別にいいじゃない。あ、そうそう。今日は川内来るわよ?それと漣と熊野もね。久々に沖立に会えるからでしょ。まっ、沖立は出頭命令食らってコッチに来てる訳だし、今夜は荒れるかしらね。ん?ホラ、アレでしょ。出撃と執務で無理ばっかりしてるから連休無理矢理取らされたんでしょ。どうせ身体も参ってるだろうし。呉なら1日か2日なら大丈夫でしょ。神通は確りした子だったからね。暁は不安だけど。

 

なーんて言ってたらそろそろ開店時間かしら。丁度いいわ。アンタ、ついでだから暖簾掛けてきて。

 

さーて、ではやりますか‥‥‥‥‥‥っと。ん?あぁ、大丈夫よ。今日から3週間、元・五月雨が手伝ってくれる事になってるから。あの子今はこの辺に住んでるのよ‥‥‥っといけないいけない、口が滑ったわ。プライバシーの問題だからね。言っとくけどアンタ、幾ら五月雨が可愛くても口説いてたりしたら海の藻屑になると思いなさいよ?

 

「いらっしゃいませー」

 

「ったく川内、何でアンタが『いらっしゃいませ』って言うのよ?」

 

川内か。今日はやけに早いわね。休みだったのかしらね?

 

「今日は『偶々』休みでね。明日から出掛けなきゃいけないから、足柄教官には早めに会っとこうと思ってさ」

 

成る程。川内『も』か。これは東郷さん、美鈴の鎮守府で本気でレ級を沈める気ね。まあ、川内も居るなら少し安心かしら。‥‥‥と、また誰か来たわね。

 

「たのもー」

 

「お邪魔いたしますわ‥‥‥あら?夕星さんはまだですの?」

 

漣と熊野か。二人も早いって事は山本中将が気でも回したのかしら。全く、相っ変わらずあの男は甘ちゃんねぇ‥‥‥でもまあ、だから美鈴とくっ付いたのか。

 

 

 

それから少しの時間3人で話してて。普段は川内は新人教導、漣は遠征旗艦、熊野は執務補佐と三人はバラバラの仕事だからね。集まって飲む機会も多くは無いんでしょ。

その後五月雨が来て。遅れて沖立が来て飲み始めたみたいね。「五月雨ちゃん!」って沖立に声掛けられてアタフタしてる五月雨は可愛いかったわね。沖立が夕立ってやっと分かった後「えっ!?えっ!?」って驚いてたわ。まあ無理も無いわね。見た目別人よね。私も言われなきゃ分からなかったわ。

 

 

 

しっかし‥‥‥アレは駄目ね。完全に出来上がってるわ。明日が休みじゃなかったから『軍人としてなってない』って私が叩き潰してる所よ。漣が無理矢理飲ませてたのもあるけどね。ほら、見てみなさいよあのグダグダっぷり。

 

「ひどいっぽいぃぃ!みんにゃひどいっぽいぃぃ!アタシだけ知らにゃかったっぽいぃぃ!」

 

「仕方無かったんです、わたくし達の口から言うべき事ではありませんでしたし」

 

はぁ、沖立ってば完全に酒に呑まれてるわ。すっかり地も出てるし。目も据わってるわね。ほら、熊野も困ってるじゃないの。仕方無い。そろそろお開きにさせるか。これ以上は明日に残りそうだしね。

 

「アンタら、その辺で終わりにしときなさいよ?漣は責任持って沖立を介抱しなさい」

 

「まだ飲むっぽいぃぃ!足木さんも一緒に飲むっぽいぃぃ」

 

あーもー面倒ねぇ。沖立、いい加減にしなさいよ?

 

 

 

グキッッ

 

 

 

ふぅ。静かになったわね。

何よ?大丈夫よ、沖立なら少し伸びてるだけだから。漣が「不肖漣、僭越ながら夕星の介抱をさせていただきますッ!」って震えながら敬礼してるわ。あの子も変わんないわ、やれやれ。

 

‥‥‥‥‥‥レ級か。複雑な心境、ね。

 




グハッ、更新が鈴谷の進水日に間に合わなかった‥‥‥

久々の四人の再会で地が出るほど飲まされたポイポイさん。翌日は二日酔いで半日潰れましたとさ。

たまにはいいんです。ポイポイさんも毎日明け方まで執務してますから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。