ハァ、やってしまいました。吐き気があるわけではないのですが頭が重い。完全に二日酔いですわね。
「熊野さん‥‥‥みず」
見ての通り、夕星さんは完全にやられていますわ。鈴谷の使っていたベッドの上でグロッキー状態で仰向けで動けなさそうですわ。酷く気分が悪そうです。こんな所を他の方に見つかりでもしたら大事です。提督が飲み過ぎて二日酔いなんて。
熊野です。
今はわたくしの部屋です。時刻はマルナナヨンマル。朝食の時間は過ぎていますけれど、今は何も食べる気にはなれませんわ。
鈴谷が呉に行って以来、この部屋はわたくし一人で使わせていただいております。前回の対深海棲艦戦争の時なら兎も角、今は艦娘が使用する部屋の数には余裕がありますので。
はい?部屋の中がサッパリし過ぎている、ですか?ええっと、シンプルなのが1番だと思いませんこと?ティーセットと本が有れば事足りますわ。ゆっくりできる時間は紅茶を飲みながら読書していますし。そうそう、金剛さんと榛名さんもよく此処へ遊びに来ますし。鈴谷が居た頃はもっと色々物が有ったのですけれど。勿論、散らかっていたのは全部鈴谷の私物でしたけれど。
そうですわね、一先ず夕星さんに水を。わたくしも喉は渇いておりますし。
おや?ノック音ですか。こんな朝に誰でしょうか。
「熊のん、夕星は大丈夫そう?水持ってきたよ」
漣さんでしたか。漣さんの方こそ夕星さん以上にあれだけの量のお酒を飲んでおきながら平気そうなんて。世の中不公平に出来ていますわね。まあ、来ていただいたという事は少しは責任を感じているという事でしょうか。
‥‥‥と。後ろに曙さんもおりますわね。
「お酒臭いっ!?‥‥‥‥‥‥全くだらしないわね。夕立はそれでも提督なんだから確りしなさいよ。味噌汁くらいなら飲めるでしょ。何も胃に入れないのも悪いんだから飲んどきなさい。ほら、熊野さんもよ?」
「申し訳ありません、曙さん」
曙さんにまで気を使わせてしまいましたわね。わたくしと夕星さん二人分の味噌汁を持ってきてくださいました。後で埋め合わせはしませんと。山本提督にも感謝しなくては。今回は見て見ぬふりをしていただけるそうです。
それはそうと、夕星さん、ほら、起きれますか?「駄目っぽいわ」ではありませんわよ?呉に戻らないといけないのですから、昼には此処を出ないといけませんし。因みにですけれど、川内さんは既に起きて美鈴さんの鎮守府へ向かったとの事です。
「うう‥‥‥気持ち悪いっぽい」
お気持ちは分かりますけれど。夕星さん、上体起こしますわね。
「そう言えばさ、熊のんはどうして艦娘になったの?」
まだ視界が廻っているであろう夕星さんの上半身を起こしている最中、漣さんに唐突に質問されました。わたくしが艦娘に成った理由、ですか。そう言えば話した事はありませんでしたわね。
「そうですわね、切っ掛けは‥‥‥」
もう知っての通り、わたくしは。世間知らずのお嬢様でした。こんな、深海棲艦と海を巡り争う世にあってもそれこそ蝶よ花よと育てられ、何不自由なく。
はい?今でも金銭感覚がズレている、ですか?茶化さないでくださいな。そんなに世間一般とズレては‥‥‥‥‥‥え?そうなのですか?ええっと‥‥‥。
まっ、まあそれはさておき。ある時。そうですわね、わたくしが小学生の低学年の頃でしたでしょうか。父親に連れられて孤児院を訪問する機会がありました。当時のわたくしには孤児院というものがよく解ってはいませんでしたわね。言えば何でも買ってもらえましたし、それが当たり前なのだと思っていましたし。ですから、恥ずかしながら孤児院というのもメイドの養成所か何かだと思っていましたわ。
父親と孤児院の院長が話している間は子供のわたくしには退屈で。抜け出して孤児達の住んでいる建屋に行きました。どうして子供達だけで住んでいるのかが理解出来なくて。きっと此処は学校なのだと思ったりしましたわね。
わたくしの姿を見つけた孤児の一人が近付いてきて声を掛けてくれて。少し歳上のお姉さんでしたでしょうか、その子と話してやっと孤児院が何なのか理解しましたわ。当時のわたくしには衝撃でしたわね。
その子も深海棲艦のせいで両親を亡くしていて。『親の仇をとる』『艦娘になって院長先生に仕送りをしてみんなに楽をしてもらう』というのがその子の決意でした。そこで初めて艦娘という存在を知りましたわ。父の会社がその艦娘達の存続に関わっている事も。
それからです。艦娘を出来る範囲で調べて、『漣』という英雄の話や深海棲艦の事も少しずつ分かってきて。子供心には衝撃でした。命を懸けて人類の敵と戦っている子達がいるというのに、わたくしときたら‥‥‥。
そんな事があって。年月が経った頃でした。当時中学生になっていたわたくしは艦娘の護衛を受ける機会がありまして。その時に例の孤児院の子と再会したんです。向こうはどうだったか分かりませんが、わたくしは直ぐにアチラが分かりました。それはそうです。艦娘になれば身体は成長しなくなりますから。
その子が連れていた妖精さんと目が合って。
それが、切っ掛けです。中学を卒業して高校に進学はしましたが、ずっと機会を伺っていて。両親を説得してその年の艦娘の試験を受けて。後は知っての通りですわね。
その時の艦娘、ですか?‥‥‥‥‥‥かの防空駆逐艦、秋月。彼女です。
さて。わたくしの昔話はここまで。夕星さん、水飲めますか?
「痛ッ‥‥‥熊野さん、もう少し優しく‥‥‥」
「申し訳ありません、気を付けていたつもりだったのですが‥‥‥‥‥‥夕星さん、貴女‥‥‥」
わたくしが夕星さんの上半身をゆっくり起こそうとした瞬間。彼女は身体を震わせ顔を歪めました。できる限り優しくしたつもりでしたのにあの反応とは‥‥‥思っているよりも夕星さんの身体はよくないようですわね。これは大和さんが睡眠薬を使ったのも頷けます。
「夕星さん、無理は禁物ですわよ?」
「‥‥‥分かってる」
分かってる、ですか。本当なら仲間として、親友として止めるべきなのでしょうね。夕星さんに『二度と艦娘夕立として出撃するな』、あわよくば『海軍を引退しろ』と。海軍に居れば、彼女は必ずまた夕立として出るでしょうし。
「分かってるから。熊野さん、大丈夫よ。ヌイヌイちゃんにももう心配かけたりしないから」
‥‥‥やはり。やはり何も分かっていないようですわね。全く夕星さんときたら。不知火さんの気持ちをきちんと理解していない。
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やっと呉に戻ってきたわ。吐き気は治まったけどまだ頭痛がする。漣ちゃんに飲まされたとは言え、こんなでは駄目ね。もし今何かあったら迅速に対応出来ないもの。反省しないと。
「おかえりなさい、提督‥‥‥って、大丈夫ですか?表情が優れないようですけれど」
執務室に居た神通さんに心配された。やっぱり顔に出てたっぽいわね。
「大丈夫。恥ずかしい話だけど、ちょっと飲み過ぎちゃって」
そう答えた私に、神通さんは少しだけ固まったあとに、クスクスと笑いだした。私がちゃんと休みを取ってきたのが分かって安心したらしいっぽいわ。
「姉さん達と会ってきたのですよね?リラックスできたようで何よりです、提督」
「って言っても訓告処分もらったけどね。少しだけ休んだら執務に戻るから、ちょっと待ってて」
まだ頭痛が取れた訳ではないけれど、仕事が出来ない訳ではない。何時までも秘書艦に任せっきりにはできないものね。
でも神通さんに「駄目です」って止められたわ。私の休日はまだ終わってないから、って。
神通さんは丁度執務室に戻って来たヌイヌイちゃんに「不知火さん、提督はまだ疲れているようですので別室で寝かせてあげてください」って言って私を追い出した。ヌイヌイちゃんは私の顔を覗き込むように見て「‥‥‥成る程、疲れているようですね」って言って私の手を引いて別室へ。
「司令、此処で少しお休みになってください」
ヌイヌイちゃん、表情は変えないように頑張ってるみたいだけど、頬が真っ赤。その部屋に確かにベッドはあるんだけど、枕がない。代わりにヌイヌイちゃんがベッドの上に座って自分の膝をポンポン、って叩いてて。ああ‥‥‥膝枕ね‥‥‥ちょっと恥ずかしいっぽいわね‥‥‥。
そうして躊躇してた私に「いいですから。横になってください、ポイポイ」って。仕方無いわね、今だけ。今だけ、ね。
「そうです。ゆっくり休んでください、ポイポイ」
お言葉に甘える事にするわ。ヌイヌイちゃんには心配かけてばかりだものね。たまにはこうして傍で‥‥‥ヌイヌイちゃんは微かに、けれど満足そうに微笑んで‥‥‥ヌイヌイちゃん、おやすみ‥‥‥なさい‥‥‥。
「おやすみなさい、ポイポイ‥‥‥」
薄れてゆく意識のなか、微かに唇に何かが触れたような‥‥‥気がした。
二日酔いでヌイヌイに膝枕されるポイポイ。
翌日からはまた執務に戻ります。
レ級VS春雨、比叡達の死闘の様子は‥‥‥さて。