「久しぶりね、レンちゃん」
「いらっしゃいませ‥‥‥っと、お久しぶりです。妙さんならカウンターの中に居ますよ」
‥‥‥ん?レンが呼んだかしら?相手と親しげに話してるわね、知り合いかしら‥‥‥っと、ああ、アイツか。コッチに来るわね。
「妙、久しぶり」
「へーえ、アンタが来るなんて珍しいわね‥‥‥大淀。ここの所は忙しいって言ってなかった?」
大淀か。ロングストレートの黒髪に眼鏡、普段の艦娘としての制服は明石と似たようなセーラー服に、これまた明石と似たような腰の露出したミニスカート‥‥‥っと、あれは行灯袴だっけ?今日は私服みたいだけどね。まあ、当然よね。あ、大淀はカウンターでいいわよね?今日は誰もこっちには座ってないし。
「そうよ。忙しいったらないわ。妙が引退してから仕事が増えちゃったもの。誰・か・さ・ん・が・引・退・し・た・せ・い・で、ね」
大淀とは昔からの仲でね。ウマが合ったのよねぇ。飲み友ってヤツよ。もう昔の話になるけど、大淀に艦娘の真実を話せたのは東郷大将達によるクーデター直前だったっけ。あの時は大喧嘩したわね。『どうして言ってくれなかったのか、私と足柄はその程度の仲だったのか』ってね。気持ちは分からなくも無いけど、当時の大本営直属の艦娘として働いてた大淀に話しでもしたら彼女が消されかねなかったし、仕方無かったのよね。
にしても、やっぱり艦娘ね、大淀も全然変わらないわ。
「いいじゃないの、アンタその分給料は貰ってるんでしょ?今は軍令部なんだし」
大淀は今は軍令部。そう、東郷大将の秘書艦ね。彼女は仕事とプライベートは完全に分けるタイプだからね、曙みたいに恋愛感情持ったりはしてないわ。え?曙の感情?知ってたわよ、そんなの。あんなに分かりやすい娘もそうは居ないわよ?山本中将が鈍感なだけだと思うけど。不倫となると流石に良い事ではないけどね、曙も昔と比べて人間らしくなってきたって事。それはいいと思うけど。まあ、昔のは半分は私のせいだけど。
「良くないわよっ!中枢棲姫の居場所は未だに分からないわ、レ級には逃げられるわ、山本中将の周りには不倫目当ての阿呆共が集まるわ、レ級でみんな大破ばっかりするから資材は吹き飛ぶわ、書類や稟議書は捌いても捌いても増えるわ、なのにアチコチ鎮守府に出向かされるわ、ココに飲みに来るヒマも無いんだから!」
アチャー、これは鬱憤が相当溜まってるわね。仕方無い、今日は大目に見てやるか。
「ホラ、昔からの誼でこれサービスしてあげるから。今日はパーっと発散していきなさいよ」
「森●蔵?いいの?」
大淀は芋焼酎専門。勿論教えたのは私。ん?妖精さん、何よ?アンタも飲みたいの?全くしょうがないわねぇ、ほら大淀、少し分けてあげなさいよ。
「かんぱーい」『かんぱーい』
大淀と妖精さん、二人(?)がグラスをカチン、と合わせて乾杯してる。この光景、私や艦娘じゃなかったら妖精さん見えないのよね。一般人には大淀が見えない何かとグラスを合わせてるように見えるのかしら。
「山本中将で思い出したんだけど。大淀には浮いた話の一つや二つは無いの?」
「有ると思うの?」
さっきも言ったでしょ?大淀はプライベートと仕事は分けるタイプだって。仕事での彼女は堅物なのよ。眼鏡っていうのも要因の一つかも知れないけど。地は綺麗なんだからちょっと愛想良くすればモテると思うんだけどね。ホラ、明石とか榛名みたいにね。あの子達はモテるみたいよ?たまにココに飲みに来る海軍軍人が大抵話題にしてるもの。ん?熊野?ああ、あの子も人気はあるみたいだけど。そうねえ、ほら、男って単純だからね。胸部装甲の差が、ね。
「それより妙のほうはどうなのよ?未だにその指輪してるみたいだけど」
あー、それ今言うのね。ん?アンタも気になるって?ハァ‥‥‥あんまり話題にはしたくなかったんだけどね。
「無い無い。この指輪だって変な男に言い寄られない為の御守りみたいなものよ」
そんな面白いネタは無いわよ?今私が言ったのが全て。嘗て艦娘だった頃に貰ったケッコンカッコカリの指輪‥‥‥そう言えばそろそろあの男の墓にでも行ってやろうかしらね。
「え?妙さん、その指輪いつも大切そうにしてるのに?」
だーっ、レン、何時の間にそこに居たのよ!今は余計な事言うんじゃない!あー、ほらもう面倒になったじゃないの‥‥‥って、大淀ったら飲むペース早いわね?もう一升瓶の半分空いてる。
「へー、何時も大切そうに、ねえ。それって橋本大佐に貰ったものよね?‥‥‥レンちゃん、その話詳しく!」
この酔っ払いめ、話を広げるんじゃないわよ!ニヤニヤしちゃって。
何よ‥‥‥はぁ。仕方無いわね。橋本大佐ってのは、私や武蔵、島風が艦娘になったばかりの時の横須賀の司令官よ。ほら、この前川内達と交戦したレ級‥‥‥初代雷の父親よ。ん?ああ、アンタにはもう軍事機密もクソもないんだからいいでしょ。
「妙、まだ引き摺ってるの?いい加減何処かで断ち切らないと良い男なんて見つからないわよ?」
「大淀には言われたくない台詞ねぇ」
今日は長くなりそうね。アンタも責任もって最後まで付き合いなさいよ、二日酔いくらい覚悟しておきなさい。
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‥‥‥‥‥‥ハァ。
このままでは不味いと頭では理解しています。ですが、身体はそうはいかないようで。今日も訓練とはいえ演習で普段なら有り得ないようなミスをしてしまいました。あんな単純な砲に当たってしまうとは。完全に不知火の落ち度です。
瑞鶴さんは弓道場で一人黙々と弓を射ている、神通さんは綾波さんと共に鈴谷さんを扱いている最中、清霜は横須賀で川内さんに特訓を受けているし、暁は私と共に阿賀野さんを鍛えている最中です。今度こそレ級には負けない、必ずや沈めてみせる、その為にです。
しかしながら。不知火はあの日から徐々に集中力を失っていっています。こんな体たらくでは、いざ実戦となった時に足手まといとなるだけです。なんとか、なんとか集中力を戻さなくては。
そうです、あの日‥‥‥ポイポイを膝枕で寝かせた日からです。あの時の感触が忘れられない。あの時の想いが薄れない、寧ろ大きくなっていく。自分ではどうにも抑えられない。胸が締め付けられる思いです。やはり‥‥‥思いきってキスをしたのは失敗だったかも知れない。今も不知火の唇には、ポイポイの感触が‥‥‥っと、いけないいけない。今は演習に集中しなくては。阿賀野さんの練度を引き上げなくては。大和さんが此方に戻ってくる迄に、少しでも形にしておかなくては。そして、少しでもポイポイの身体に負担を掛けないようにしなくては。不知火が‥‥‥この不知火が。今度は不知火が貴女の事を守ります。貴女が痛む身体に鞭を打って抜錨する事態にならないように。
短めとなりました、番外篇。任務娘こと大淀さん初登場‥‥‥と言っても彼女の出番はここだけです。足柄の裏側の話を少しだけ突っ込んでみました。
ヌイヌイはまあ察してください。