あれから何度か出撃はあった。けれど、鎮守府正面の海域なら今の呉の艦隊でも対処できる。今なら瑞鶴さんも居るしね。
鈴谷さんは少しずつだけど確実に力を付けていってる。出張してきてくれてる綾波ちゃんには感謝しないと。
「明日ですね、提督」
執務室。淹れてくれた珈琲をコトッ、って机に静かに置いてくれた神通さん。私はそれをひと口だけ静かに飲んで答えた。
「そうね、やっと大和さんが戻ってくる。これで少し余裕が出来るかな」
沖立です。
私と大和さんが軍令部に出向いてからやっと3週間。大和さんが戻れば戦力的にもかなり楽になる。できれば戦艦がもう一人欲しい所だけれど、今の日本の戦力で無理は言えない。中枢棲姫達は変わらず関東以北を中心に攻めてきてるし。またレ級がこっちに現れる為に向こうを中心に攻めてきてるのか、関東に日本の中心戦力が揃ってるからなのか、それとも別の理由なのか。もう読めなくなっちゃった。
清霜ちゃんの事は勿論心配。私の戦闘スタイルって、文字通り身を削るような戦い方だもの。もしもの事があったら、って思わない訳はない。ハァ、私が解体さえされなかったら‥‥‥。
ここで考えても仕方無いっぽいわよね。清霜ちゃんが戻ってきたら暁ちゃん、ヌイヌイちゃんも交えて編成や作戦なんかも考えないと。
さて、そろそろ時間ね。執務は此処までにして入渠してこよう。ちゃんと行かないと神通さんは怒るしヌイヌイちゃんには泣かれるし。
「では、後は私が。提督はゆっくりしてきてください」
「ええ。そうさせてもらうわね」
後は簡単な書類整理だけ。神通さんに任せて執務室を後にした私は入渠ドックの方へ。
途中の廊下でその綾波ちゃんと会ったわ。「お疲れ様です、沖立司令官」なんて畏まっちゃってね。私はもっとフランクでも構わないんだけれどね。ほら、いつかのトラック泊地の件以来の仲なんだし。でも綾波ちゃん、公私混同はしないタイプっぽいのよね。神通さんと同じ。軍としてはそれでいいのかも知れないれど、ちょっと寂しい。そう言えば時雨が艦娘復帰したんだっけ。元気にしてるかな?
「鈴谷さんの様子はどう?」
「はい。少しずつですけれど、訓練にもついていけるようになっていますよ。順調です。入渠に行かれるのですよね?でしたら労ってあげてくださいね」
「ええ、そうするわ」って答えて、笑顔で綾波ちゃんと別れた。って事は鈴谷さんは入渠中か。そう言えば鈴谷さん、『不知火さんが最近冷たいんだけど』なんて言ってたっけ。もしかして私と鈴谷さんが一緒に入渠する機会が多いせい?嫉妬とか。うーん、どうしたものかしらね。
って、何?神通さんが慌てた様子で走ってくる!
「提督、沖に深海棲艦の艦隊を捕捉しました!」
‥‥‥どうやらゆっくりできるのは先っぽいわね。申し訳ないけど鈴谷さんには高速修復材ね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鈴谷だよ。
いやー、やっぱお風呂は気持ちいいよね~。訓練でヘトヘトだから生き返るよ~。綾波さんも神通さんも手加減してくれなくってさぁ。‥‥‥‥‥‥って、待った。何で貴方が此処に居るの?まさか鈴谷のお風呂覗く気?大声出すよ!?早く出てけ、この変態!スケベ!
って、今度は何!?なんか制服の不知火さんが入って来たよ!?
バシャッ!!
「ちょっと!いきなり酷いじゃん!バケツで浴びせるとか‥‥‥って、バケツ?」
あ、なーんか嫌な予感がするんですけど。よく見たらあのバケツ、高速修復材って書いてあるし。うぇぇ、もしかして出撃とか?ゆっくり入ってたかったんだけどなぁ。
「急いでください、鈴谷さん。出撃準備を。深海棲艦が現れました」
あー、やっぱそうか。仕方無い。それじゃもうひと頑張りしますか。終わったら今度こそゆっくりさせてもらうかんね!‥‥‥ん?不知火さん、なんかニヤリ、って口元緩んでる気がするんだけど?
急いで身体を流して拭いて、着替えて。ドックに行ってみたら全員揃ってた。
旗艦の神通さん、暁ちゃん、不知火さん、阿賀野さん、それに綾波ちゃん。今は夜だから空母の瑞鶴さんは待機か。あの人とは話が会わないしニガテだから、今回は気楽に出来そうかな。にっひひ。
「敵は6隻。駆逐二隻、軽巡一隻、雷巡二隻、旗艦は重巡ネ級elite。いいですか?夜戦になる以上、例え相手の程度が低くても気は抜かないことです。雷撃には充分注意してください」
はいはい神通さん、分かってるって!熊野にも散々言われてきたもんね。けどヘーキヘーキ。コッチだって夜戦には強いメンバーだかんね。鍛えた鈴谷の実力見せてあげるよ!
探照灯を装備した神通さんを先頭に抜錨。レ級じゃないんだし、このメンバーで負ける訳無いよね。今日は月も明るいし海面も穏やかだし。MVPは鈴谷が頂いちゃうよ!
10分後、会敵。うっわ、凄い近くに居たんだね!神通さんの探照灯のお陰もあるし敵の陣形が丸わかり。単横陣か。っと、雷撃してきた!へへーん、そんなの当たらないって!
『ネ級は暁ちゃんと鈴谷さんで対処をお願いします。私と阿賀野さんは雷巡を、不知火さんと綾波さんで残りをお願いします』
よっし、来た!重巡の鈴谷にお任せっ!
『無茶はしないでよね!』って暁ちゃん。分かってるって!練度は凄く上でも暁ちゃんは駆逐艦だもんね。鈴谷が守ってあげるよ!
っと。コッチのみんなが雷撃を回避したのを確認して向こうも攻めてきた!ネ級は真っ直ぐコッチに向かってくる。鈴谷も舐められたもんだよね。そんな素直に直進してたら砲雷撃の的にしてって言ってるようなものなのにさ!くらえっ!
あらっ?鈴谷の砲の初撃はハズレ。おっかしいなぁ?この距離なら当たると思ったんだけど。
『鈴谷さん、合わせてっ!』
「りょーかーい」
今度は挟撃に持ち込んで暁ちゃんと同時に砲撃。また当たらない。幾ら夜だからって、暁ちゃんも探照灯で照らしてくれてるし敵の姿は見えてるんだけど‥‥‥。
旋回しつつ、連撃。鈴谷に気を取られてる隙に、暁ちゃんが雷撃。これだけの数の魚雷は流石に避けらんないでしょ‥‥‥って、うわっ!?何あれ?凄いよ!まるで踊ってるみたいにスイスイと隙間を縫うように避けてる!提督の戦い方も凄かったけどさ、あのネ級もなかなか‥‥‥なんて言ってる場合じゃないじゃん!
「暁ちゃん!どうすんの!?」
『落ち着いて!鈴谷さんは砲撃を続けて!』
そんな事言ったってさぁ!やっぱりそうだよ、あのネ級、鈴谷の砲撃のコースを読んで避けてるよ!当たる気がしないんだけど‥‥‥こうなったらヤケだよね!このっ、このっ、このっ!
駄目だ、やっぱ当たんないや。どんどん鈴谷の方に近づいてきてるし‥‥‥‥‥‥あれ?普通はさ、探照灯照らしてる暁ちゃんを狙うものじゃないの?アイツ何で鈴谷に一直線に向かって来てるの?
って考えてる場合じゃないよね、距離取らないと、距離!うわっ、砲撃してきた!ちょっ!危ない危ない危ないって!ふぅ。何とか避けられた‥‥‥じゃなくて!うそっ!?ネ級目の前に居るし!
『ちょっと!鈴谷さんっ!!』
‥‥‥暁ちゃんのその通信は、鈴谷の耳には届いてなかった。探照灯と月明りのお陰で、鈴谷からも至近距離のネ級はハッキリと見えた。他の個体と違ってスカーフはしてなくて、白髪だけど何処かで見たような綺麗な髪で。口元にある歯みたいなマスクが半壊してて、その顔は鈴谷にも視認できた。‥‥‥‥‥‥嘘、だよね?
「おねえ‥‥‥‥‥‥ちゃん‥‥‥?」
更新遅くなりました。一週間ほど寝込んでまして。
ネ級eliteさん、2度目の出演おめでとうございます。
次回は私が松風を入手した頃に更新ですかね。