「はぁ、はぁ、はぁ」
不知火です。
やってしまいました。あろうことか鈴谷さんからも逃げ出して。宿舎から一人走り、目の前に広がるのは海。もしも艤装を着けていたら堤防を乗り越えて水平線の彼方まで逃げていたかも知れませんね。
ここで少し気持ちを落ち着けましょうか。冷静になれば少しは変わるかも知れませんし。丁度よい所にボラードがありますし、これを背もたれ代わりにして座っておきますか。
しかしながら、まさかあれほど動揺してしまうとは。ポイポイに指輪を事務的に渡される事も想定はしていたというのに。ポイポイが不知火の事をそういう風には見ていない事だって、解っていた筈だったのに。
はぁ。今宵の海は静かですね。先程のネ級達との戦闘が嘘のようです。不知火が慌てふためきみっともなく泣きながら走ってきたのも。海面に映る月がユラユラとゆっくり揺れて、何ともいえず幻想的です。このまま少しの間ボーッとしている事にしましょう。
‥‥‥あれは何時の事だったでしょうかね。不知火の『月が綺麗ですね』という言葉の意味をポイポイは理解できず、『小説しか見てないっぽい?』等と見当違いな答えを。あの時不知火は夏目漱石の小説を読んでいたというのに。フフッ、懐かしいですね。
やはり不知火も艦娘なのですね。こうして海を眺めていると心も静かになってきます。少し落ち着いてきました。
‥‥‥よくよく考えてみると、不知火はまだ正式に告白すらしていないではありませんか。確かにキスは何度かしましたが、あっ、あれは事故のようなものですし。それなのに一方的にポイポイからの返事だけ貰おうなど、烏滸がましいにも程があります。そう思えば。そうです、今は指輪が貰えるのならそれでいいではありませんか。思考が振り出しに戻っただけかも知れませんが、先程までの不知火とは違います。今度は動揺したりはしません。必ず、必ずポイポイを振り向かせてみせます。何時か来るその日までの『仮』の指輪という事にしておきます。見ていなさいポイポイ。この不知火が徹底的に追い詰めてやるわ!
っと、誰か此方に向かってって来ますね。ポイポイ‥‥‥な訳はありませんか。暁ですか。ハァ。全く、少しは空気を読んでほしいものですね。
「不知火さん!やっと見つけたわ」
「どうかしましたか?」と何時も通りな感じで応えた不知火に、暁は些か驚いた様子ですね、さては不知火が泣いて落ち込んでいるままだと思っていましたね?残念でしたね。こんな程度で心が折れる不知火ではありません。ポイポイが帰ってくるのをどれだけ待っていたと思っているのですか。全くどれだけ‥‥‥。
「不知火さん‥‥‥?泣いてる?」
「‥‥‥なっ!泣いてなどいません!不知火に落ち度でも?」
いけませんね、また涙が‥‥‥。
もう少しだけ此処で海を眺めてからにします。ポイポイにも余計な心配をさせてしまっている筈ですから、できる限りいつも通り振る舞えるようになってから顔を出した方がいいでしょうし。
「大丈夫です。不知火はもう少ししたら戻りますので」
「そ、そう?なら、いいけど」
さて。そうと決まれば今宵からポイポイにアプローチを‥‥‥はて?今更なのですが。女性同士、しかも相手がノーマルの場合はどうやって振り向かせれば良いのでしょうか?相手が男性であれば少し誘惑すれば不知火の魅力でアッサリ落とせるのでしょうけれど。
‥‥‥むむっ、何でしょうか?不知火に落ち度でも?
仕方ありませんね。ここは恥を忍んで大井さんか比叡さん辺りに聞いてみましょうか。
まぁ、この時はその二人が全く使えないとは思いもしませんでしたがね。
『押して、押して、押しまくるんです!そうすれば北上さんだって何時かは‥‥‥ウフフフっ』
『どうやって、ですか?それはですね‥‥‥あれぇ?あれれぇ?ヒェェ、今まで私どうしてたんでしたっけ!?』
だそうですから。呆れてモノも言えませんね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おっかしいですねぇ。確かにこの辺りに‥‥‥。熊野さん、もうちょっと待っててくださいね」
横須賀鎮守府、工廠。その倉庫内は御覧のように物がアチコチ散乱していますわ。いえ、片付けていない訳ではなくってよ?今しがたアチラで格闘中の明石さんがアレコレ引っ張り出した結果ですわ。
熊野です。
明石さんの探し物、ですか?それは勿論、嘗て先代の鈴谷が使っていたもの、瑞雲の最後の一機です。この度鈴谷の航空巡洋艦への改造が無事完了したとの事ですので、あの子に渡しておこうかと思いまして。其れにしてもこんな奥の方へ保管しなくても良いと思いませんこと?先代の鈴谷の大切な形見だというのに。木村大臣の当時の悲しみは分かりますけれど、流石にこの扱いは有り得ませんわ。
「っ!あった!ありまし‥‥‥に゛ゃあぁぁぁあっ!?」
明石さんの鈍い悲鳴が響きました。絶妙に積み上がっていた荷物は、明石さんが瑞雲の仕舞われたケースを引っ張り出した事でバランスを失い。けたたましい音と共に崩壊しましたわ。あ‥‥‥明石さん大丈夫でしょうか?
崩れた荷物の山の中から、辛うじて右手が見えますわね。明石さん、今助けますわ。
「大丈夫ですか?」
「痛たたた‥‥‥何とか大丈夫です。もうっ、誰ですか、こんなに荷物積み上げたのは!幾ら私が艦娘だからって、工作艦な上に今は艤装も着けてないんですから!」
嗚呼、わたくしが無理を言ったばかりに申し訳ありません。肌のアチコチに擦り傷を作ってしまわれている明石さん。ですが、その手の中には確かに鈴谷のあの瑞雲が。
「『あの問題児』の鈴谷さんがもう航空巡洋艦ですか。世の中分からないものですね。最上さんの記録を抜いて最速、じゃないですかね?」
本当に。分からないものですわね。初めてあの子に会った時は、内気でか弱そうな少女でしたのに。今や航空巡洋艦。重巡ネ級‥‥‥あの子のお姉さんの成れの果てと会ったようですし、あの子の『鈴谷の魂』は更に大きな物となったのでしょうね。わたくしが抜かれるのもそう遠くはないかも知れません。
「そうですわね。わたくしもウカウカしてはいられませんわ」
「あ、なら装備もついでに改修していきますか?高角砲なんかどうです?」
流石に山本提督の許可なく改修はできませんわね。それに、装備の強化も大切ですがわたくし自身の鍛練も大切ですわ。
「大丈夫ですよ!ネジの一本や二本無くなってもバレませんって」
‥‥‥お待ちなさい、今のは聞き捨てなりませんわ!幾ら明石さんでも、無断改修は見逃せませんわよ?
「明石さん、わたくしの役職をお忘れですの?」
「あっ‥‥‥いやですね、冗談!冗談ですって!」
明らかに焦っているその様子、冗談には見えませんわよ?はぁ、仕方ありませんわね。鈴谷の瑞雲を見付けてもらった事ですし、今回は聞かなかった事に致しますわ。その代わり。
「そうですわよね。明石さんともあろう方がそんな事する訳がありませんわね。失礼致しました。まあ、次回在庫を数えれば分かる事ですから」
無断使用したネジは次回の在庫カウント迄に自腹で戻しておいてくださいな。‥‥‥本来なら軍法会議ものですわよ?
『月が綺麗ですね』
あの回から何話重ねましたかね?未だヌイヌイの想いは通じず、されど潰えず。
そして、姉の瑞雲は妹の元へ。
‥‥‥慢心、駄目、絶対by飛龍さん。鈴谷のレベリング全然足りなかった‥‥‥。今私の鎮守府の鈴谷さんは86です。にしても鈴谷が攻撃型軽空母ですか。このSSにエピソードが1つ増える予定になりました。ボーガン使用となると大鳳さん復帰してますし書きやすいですね。もしかしてこのSS見てるとか‥‥‥いや、流石に無いですね。
そういえばですが、海上自衛隊のレシピサイト更新されましたね!その名も『艦めし』‥‥‥何処かで聴いたようなタイトルですね。ググると分かりますけど、そのロゴも何処かで見たものとソックリ。