抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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いつか、きっと

 

ふぅ。

漸くお風呂に入れそうね。さっきは入り損ねたし。暁ちゃんのお陰で予定より早く就寝できそう。

 

沖立です。今は入渠ドックへ向かってる最中。ゆっくりしながらヌイヌイちゃんの事考えよう。

 

解体されて一度艦娘を引退して。数年かかってやっと呉まで戻ってきて。みんなと再会して。轟沈の危機からヌイヌイちゃんを助けて。けど、ヌイヌイちゃんが私に向けているのは友情だけじゃなくて。なかなか綺麗には纏まらないものね。ヌイヌイちゃんは私と恋仲になる事を望んでるのだろうけど、私はその想いには応えられないし。だからと言ってそれを言葉にしたら、きっと今迄の関係は崩れ落ちちゃうんだろうな。ヌイヌイちゃんと再会する為に折角呉に戻って来たのに。

 

どうすれば良かったんだろう。約束を守る為に戻ったのに、再会したせいで心が離れちゃうかも知れないなんて。それじゃあ、私は何の為に‥‥‥ヌイヌイちゃん‥‥‥。

 

「はぁ‥‥‥」

 

悩んで、溜め息をつきながら軍服を脱いでお風呂へ。勿論、普通の浴槽じゃなくて入渠用のほう。私の身体はまだ完治には遠いから。

 

もう少し待ってて、ヌイヌイちゃん。きっと、きっと私もヌイヌイちゃんも偽り無く笑顔でいられる方法がある筈。だから、もう少しだけ。

 

私は顔の唇まで水面に浸かって、ブクブクと口から息を吐きながら「どうしたら‥‥‥いいっぽい‥‥‥?」って小さく呟いた。

 

調度、そんな時だった。浴場の扉が勢いよく開け放たれて。私は思わずビクッ、と狼狽。同時に一瞬身構えたわ。敵襲‥‥‥では無さそうだけど、覗き‥‥‥な訳はないっぽいし。

 

「提督居たっ!!」

 

入って来たのは、涙目の鈴谷さん。凄く不安そうな表情してる。‥‥‥あれ?何だろう?もの凄く違和感を感じる‥‥‥ん?

 

「提督聞いてよ~、鈴谷、改造失敗しちゃったみたいなんだよ~!」

 

「え?どういう事?」

 

今にも泣きそうな鈴谷さんの話を聞くまでも無く、違和感の正体は直ぐに分かったわ。鈴谷さん、身体が成長してる。そう、大人っぽくなってるわね。例えるなら、改造前が高校入学したての一年生で、今が卒業間近の三年生くらいって所かな。それと、これって‥‥‥。

 

「暁ちゃんがさぁ、『改になっただけでそんなに成長するのはおかしい』って言うんだよ!?普通はこんなに変わらないって!だから、きっと鈴谷の改造の何処の段階かでミスがあったんだよ!どっ、どうしよう‥‥‥」

 

浴室内の床にアヒル座りでペタンと座り込んでそう話す鈴谷さん。ええっと、そうね‥‥‥どこから説明しよう。私もちょっと今の鈴谷さんの状態は俄には信じられないのだけれど。

そうね、もっと根本的な問題からかな。

 

「落ち着いて、鈴谷さん。大丈夫、失敗した訳では無いから」

 

改造の現場に付き添ってた神通さんは『姿がそう変化する事もあるでしょう』ってそんなに気にはしてなかったみたい。けど暁ちゃんが『おかしい』って。もうっ。暁ちゃんの疑問も気持ちも分からなくはないけど、どうして鈴谷さんの不安を煽るような言い方したのよ。

 

原因は、多分だけど重巡ネ級elite‥‥‥鈴谷さんのお姉さんの分の『重巡洋艦鈴谷の魂の力』を吸収したせいね。それでも断言は出来ないし、詳しい状況を把握しないと。ええっと、横須賀の山本中将と、熊野さんと、それから妖精さん達にも確認をしないと。

 

「提督、ほんと‥‥‥?ホントに?失敗じゃない?」

 

「ええ。だから確認の為に一度工廠へ行きましょう」

 

私は浴槽からあがって、急いで身体を拭いて髪を乾かして。鈴谷さんと工廠へと向かった。先ずは鈴谷さんの改造を担当したチームの妖精さんに話を聞かないとね。

工廠から現れたのは、鈴谷さんの改造担当チームのリーダーを務めた妖精さんとサブリーダーの妖精さん。まだ作業服を着たままの二人の妖精さんが、今の鈴谷さんについて説明してくれた。

‥‥‥そっか。やっぱり、そうなんだ。

 

妖精さん達の話だと、『重巡洋艦鈴谷』の力が大きくなっている分、改造を施す時に通常よりも更に一歩先へとシフトしたって。つまり。

 

「はぁ!?嘘でしょ!?改二!?鈴谷が!?」

 

盛大に、目を丸くして驚いてる鈴谷さん。そう、改の段階を飛び越えて、鈴谷さんは改二になってた。最上型の改二なんて初めて聞いたわ。前例の無い事だし、上層部へ要報告かしらね。

それにしても‥‥‥今の鈴谷さん、あの時のお姉さんと瓜二つ。熊野さんが見たらどう思うんだろう。

 

それから。少しだけ気になったのだけれど。さっきの妖精さん達。事細かに説明してくれたサブリーダーの妖精さんは兎も角、終始設計図を支えてたリーダーの筈の妖精さん、呉に来て初めて会ったっぽいのよね。此処に来てから見たこと無い子。綺麗なエメラルドグリーンの髪をポニーテールにしてて、前髪左側に何処かで見たことあるようなヘアピンをしてた。

 

あれっ?あのリーダーの妖精さん‥‥‥ううん、まさか‥‥‥ね。

 

◆◆◆

 

『はぁ‥‥‥。鈴谷、つくならもう少し上手い冗談にしてくださいな。それに、エイプリルフールならもうとっくに過ぎておりますわよ?』

 

「あーっ!熊野信じてない!?ホントなんだってば!もーっ!」

 

数刻後。鈴谷さんはもう落ち着いたみたい。今は執務室。私の隣で、横須賀の熊野さんと話してる。まあ、熊野さんが信じられないのは分からなくはないっぽいわ。私だって驚いたくらいだしね。

 

「へへーん、これでもう熊野にも負けないもんね!これからはこの改鈴谷型・改装航空巡洋艦鈴谷にお任せだよっ!」

 

すっかり上機嫌の鈴谷さんをソファに座らせて、私は熊野さんに報告。『‥‥‥はぁ!?鈴谷の言うことは本当でしたの!?有り得ませんわ!』って熊野さんも驚いてる。無理も無いわね。

 

明日鈴谷さんの詳しい数値をとって、そのデータと一緒に改めて報告書を、って事で今日は終了。「それじゃ提督、また明日ね!」って鈴谷さんはテンションが高いまま退室。‥‥‥あの調子で寝られるのかな?

 

これで改めて一息、っぽいわね。もう一度入渠してこようかな?さっきは半端になっちゃったし。

私も退室しようと扉を開けて廊下に出てみたら。壁に背中を預けて寄りかかってるヌイヌイちゃんが居た。もしかして私を待ってた?

 

「あの」

 

一言そう口にしたヌイヌイちゃんの表情は、とても不安そうで。けど、今度は逃げるような様子は無いみたい。それじゃあ、私も逃げずに聞かなきゃ駄目よね。

 

「今から入渠しに行くけど‥‥‥ヌイヌイちゃんも一緒に来る?」

 

「ええ。ご一緒しますよ」

 

出来るなら私は今までのようにずっと親友のままでいられたら、って思う。でもヌイヌイちゃんは違うんだよね?私が駆逐艦夕立を引退する前からずっと、ずっと私の事を想ってくれてたんだもん。

 

私は結論を‥‥‥出せるのかな?

 

入渠ドックまでの道を並んで、お互い無言で歩く。お互い無言の時間ってどうしてこう長く感じるんだろう。ヌイヌイちゃんはずっと、私から顔を背けるように俯いた状態のまま。時々私の方に視線を向けて、目が合って、また視線が離れる。その繰り返し。

 

一言も交わさないまま。やっと入渠ドックへ着いて、浴室へ。私は入渠用の方に、ヌイヌイちゃんは通常の浴槽の方に入浴。向かい会う形になってる筈なのに、私もヌイヌイちゃんもお互い背を向けたまま。

 

「司令‥‥‥いえ、ポイポイ」

 

‥‥‥あ。先を越されちゃった。私が何か気の聞いた言葉をかけてあげられれば良かったんだけど。生憎だけど私がこれ迄重ねてきたのは軍の訓練と勉強、それに一般教養。それこそ恋愛なんて『ごっこ』程度にしか経験してないし。

 

「月が‥‥‥綺麗ですね」

 

あの時と同じ、か。あの時は何を言ってるのかさっぱり分からなかったけど、今なら意味が分かる。でも‥‥‥そんな事を思っている間に、ヌイヌイちゃんの言葉は続く。

 

「答える必要等ありません。不知火は、今はそれを求めない事にしました。それに、ポイポイに本当に死なれても困りますので」

 

「ごめ‥‥‥ううん、ありがとう、ヌイヌイちゃん」

 

うん。何か解決した訳ではないけれど。今はヌイヌイちゃんの言葉に甘えておく。結論はちゃんと何時か出します。だから、それ迄まっててね。

 

私は入渠用の浴槽からあがって、ヌイヌイちゃんの隣へ。

 

「ねぇ、ヌイヌイちゃん。聞かせてくれないかな?私が一度引退してから、戻って来る迄の間の事」

 

キョトン、としてたヌイヌイちゃん、顔は少しだけ紅いけど直ぐに「ええ」って言って微笑んでくれた。




改装航空巡洋艦鈴谷、いっくよ~!
という訳で、鈴谷さんは1つ飛び越えて改二へとシフト。翌日から忙しくなるようです。

『月が綺麗ですね』と問われ『死んでもいいわ』と。答えは再び先伸ばし。

それから、フラグを1つ。勘のいい皆様には、この後の展開が読めたのでは?

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