抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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徴候

 

 

「はぁ‥‥‥」

 

ごっ、ごめんなさい!思わず溜め息が洩れてしまいました。

京都府にある舞鶴鎮守府。私は今、その舞鶴鎮守府の提督代理を務めています。ううっ、どうして私なんかがこんな重要な職務を任されているのでしょう?

 

「何を溜め息なぞついておるのじゃ?今更じゃろう?」

 

秘書艦をしてくださっている利根さん。利根さんには私、何度もお願いしたんです。『私なんかよりも利根さんの方が提督代理には適任です』って。ですけど利根さん、『吾輩は堅苦しい事は苦手じゃ。真面目な御主の方が余程適任だと思うがの』って。ううっ、私、呉鎮守府時代の秘書艦業務すらやったことないのに。

 

「何なら2、3日休んでも構わぬぞ?御主が不在の間くらい、吾輩が何とかしておくでな。足柄やレンとも久しく会っておらぬであろう?」

 

確かに妙叔母さんやレンちゃんとは暫く会っていません。けど、今の私には少しでも艦隊を強くして、どんな深海棲艦相手でも戦える戦力を揃えるって使命がありますから。妙叔母さん達に会えるのはもう少し先になりそうで‥‥‥って、利根さん、それなら提督代理を私と代わってください!

 

「ですけど」

 

「だからこうして手伝っておるではないか。それに‥‥‥今迄よりは書類申請するのも気分的に楽であろう?のう?羽黒よ」

 

そうなんです。今迄は必要な申請は全て横須賀の山本中将に直接お伺いをたてなきゃいけなかったので、凄く緊張しちゃって心臓に悪かったんですけど、今は。

 

「ホレ、此れと此れ、それから此れも。夕立の承認が必要な書類じゃ」

 

西日本で正式な提督は元・夕立ちゃん、呉の沖立提督だけ。ですから私達西日本の艦娘の申請は沖立提督に承認を貰って、それを沖立提督が山本中将へ、という構図になっています。相手が沖立提督なら、私も緊張しなくて済むのでとても助かっています。

 

「しかし、あの夕立が提督とはのぅ‥‥‥」

 

昔を思い出しているんでしょうか。利根さんも感慨深げです。何せ『あの夕立ちゃん』が海軍軍人として立派に提督になっているんですよ?私も初めて聞いた時はビックリしちゃって。あ、でも沖立提督は私達よりも階級が上の司令官な訳ですし。幾ら利根さんでも呼び方は改めないと。

 

「利根さん、夕立ちゃんはもう提督なんですから、ちゃんと『沖立提督』って呼ばないと駄目ですよ」

 

「フム、それはそうなのだが。何というか、あ奴が提督というのはどうもイメージと合わぬ」

 

それは、そうなんですけど。この間の、呉にレ級が現れて支援に行った時に数年振りに会った沖立提督、凄く美人になってましたし。沖立提督が夕立ちゃんだったなんて、私もあんまり思えないんですよね。何だか別人みたいで。『久しぶりね』なんて声を掛けられて、あれ?私この人と会った事あったかな?って思考停止しちゃったくらいです。

 

あ、そんな事考えてる場合じゃないですよね。書類を捌く手が止まっちゃってました。早く終わらせて新人の子達の訓練に合流しなきゃ。

 

「そうかも知れませんけど‥‥‥それはそうと利根さん、そちらは終わりそうですか?」

 

「何を言うておる、当たり前であろう?もうすぐ捌き終えるぞ」

 

あれっ?利根さんは執務もう終わるんですか?私まだこんなに書類残ってるんですけど。ううっ、やっぱり利根さんが提督代理になった方が上手くやれると思います。

 

「利根さんは先に新人の子達の所へ行っててください。私も後から合流しますから」

 

「仕方無いのぅ。では先に行っておるぞ」

 

 

 

‥‥‥コンコン、って扉を叩くノック音が聞こえました。誰か来たみたいです。「吹雪じゃな?入っても構わぬぞ」って利根さん、ノック音だけで相手が吹雪ちゃんだって分かったみたいです。やっぱり、私より利根さんの方が上に立つ資質が‥‥‥。

 

入って来た吹雪ちゃん、何だか少し興奮してるって言うか、何て言うか。「深海棲艦が現れました!出撃しましょう!」って言った声からは怒りとか憎しみとか、そういう類いの感情が滲んでて。普段はもっと落ち着いてる吹雪ちゃんにしては珍しいです。

 

「落ち着くのじゃ吹雪よ。敵の数と艦種、それに会敵迄の凡その時間を話さぬか」

 

えっと、私も今吹雪ちゃんにそれを聞こうと思ってたんですけど。利根さんの方が早かったみたいです。そうですよね、やっぱり利根さんの方が優れた艦娘ですもんね。ハァ。

 

「敵は12隻の連合艦隊です!旗艦の他は駆逐6、軽巡2、重巡2、空母1、旗艦が‥‥‥空母‥‥‥水鬼‥‥‥です」

 

吹雪ちゃん、何だか引っ掛かる言い方ですね。ギリッ、って奥歯を噛んでるみたいですし。

利根さんもそれに気が付いたみたいで。「『翔鶴』、じゃな?」って。

 

「あんなの‥‥‥あんなの、翔鶴さんじゃありません!敵です!萩風ちゃんの仇を討たなきゃ!!」

 

そっか。そういう事か。正直、私だってその空母水鬼が相手なら動揺もしますし色んな感情が頭を巡ります。けど、私は艦娘です。例え相手が元艦娘でとっても優しかった先輩と同じ姿をしていたとしても、それが深海棲艦なら討伐しなきゃいけないんです。出来る限り冷静に。

 

「吹雪ちゃん、まだ会敵までは時間が有るんですよね?それなら、私達は一時待機。呉鎮守府に応援要請を出します」

 

「どうしてっ!?今すぐアイツを沈めに行きましょう!」

 

吹雪ちゃん、萩風ちゃんとも仲良かったですもんね。その気持ちは分からなくもないんです。私だって‥‥‥。だから、尚更、今は冷静になって。

 

「落ち着けと言うておるじゃろう?」

 

吹雪ちゃんを宥める利根さんも複雑な表情です。嘗ての同僚、それでいて萩風ちゃんの仇。空母水鬼が相手なら仕方無いですよね。

 

呉への応援で要請するのは四人。火力に優る大和さん、利根さんと同じ航空巡洋艦になった鈴谷さん、状況判断に優る暁ちゃん、それから‥‥‥空母水鬼に対抗しうる航空戦力として、瑞鶴さん。瑞鶴さんにも色々思う処は有るでしょうけど。吹雪ちゃんと同じ、ううん、もっと辛い思いを抱えての抜錨になっちゃうでしょうけど、今回ばかりは‥‥‥。

 

不知火ちゃんは要請しません。吹雪ちゃんと同じで、きっと今回はまともな判断は出来ないでしょうし。だから‥‥‥吹雪ちゃんにも待機してもらいます。

 

それじゃあ、呉の沖立提督に連絡しなきゃ。

 

『はい、沖立です‥‥‥羽黒さん?どうかした?』

 

「深海棲艦の連合艦隊を捕捉しました。旗艦は‥‥‥空母水鬼。『翔鶴さん』です。少佐、支援をお願いします」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

思ってたよりずっと早かったな。もっと後に現れてくれれば良かったのに。

頭では、理性では分かってるつもり。空母水鬼は翔鶴姉じゃない、翔鶴姉と同じ姿をしてるだけの憎き深海棲艦だ、ってさ。けど、私の本能がそれを否定する。こんな状態でいつも通り戦えるのかな?

 

そりゃあ、命令なら従うけどさ。別に仲間の艦娘を沈めろって言ってる訳じゃないし。寧ろ、不知火や夕立にとっては空母水鬼は憎むべき仇な訳だしね。それに、西日本で正規空母は私だけ。空母水鬼とやり合うなら私が抜錨しなきゃいけないんだよね。

 

夕立達にはバレてないよね?私の両手、さっきから震えが止まらない。私の前で三人並んで説明を聞いてる大和さん、暁、それと鈴谷。三人とも緊張はしてるみたいだし、大和さんと暁は思う所もあるみたいだけど。

 

あ、一通り説明が終わったみたいね。鈴谷が凄く険しい表情してる。普段は私に食って掛かってくるくらい負けず嫌いな鈴谷だけどさ、今回の相手が厄介だってのは理解してるみたい。状況が状況だったとはいえ、『あの萩風』が命を投げ出さなきゃ勝てなかった相手だもんね。

 

‥‥‥あれ?何かさ、さっきから鈴谷の肩に乗ってる妖精さんにジッと見られてるんだけど。

 

 

 

『はぁ。せめて艦隊の足は引っ張らないで頂戴』

 

「ちょっ、ちょっと妖精さん!もう少し言い方ってあるじゃん!」って焦った様子の鈴谷。さっきので空母水鬼が翔鶴姉の成れの果てって説明されたもんね。私に複雑な視線を向けてる。まあ、仕方無いか。私には『鈴谷の受けた精神的な痛みは理解できない』って思ってたんだろうから。今回の事が無ければ私も別に言うつもりは無かったしね。鈴谷も、姉を深海棲艦に殺された上にその姉自身が深海棲艦として現れてた、って私も当て填まってたなんて思いもしてなかったでしょうから。

 

『そんな様子で大丈夫なのかしら?生前はどうであれ、あれは今は深海棲艦。それも脅威と言える程の。貴女には、やらなければいけない事が分からないのかしら?』

 

「妖精さんに言われなくても分かってるわよ、そんなの」って返したけど。言われなきゃいけないほど動揺が出てたのか。

 

『そうかしら?そんな状態で足手纏いになるくらいなら休んでいて頂戴。此れだから五航戦は』

 

何よ。妖精さんに言われなくても分かってる。今の私が如何に不甲斐ないかくらい。けど、私がけじめをつけないと。他でもない私自身が、翔鶴姉とのけじめを。

 

「言われる迄も無いわ。私が空母水鬼を沈めてみせるわよ」

 

『そう‥‥‥精々頑張りなさい。それなりに期待はしておいてあげます』

 

‥‥‥なんだか、変な感じ。凄く懐かしいって言うか、何ていうかね。この妖精さんの言動、まるで‥‥‥。

 

 

 




羽黒さん視点は初ですね。羽黒さんお久しぶりです。
ズイズイと例の妖精さんが初顔合わせ。妖精さんに懐かしさを感じつつ、瑞鶴抜錨へ。


私事ですが、うちの多摩はまだレベル15程。春イベ間に合わねぇ‥‥‥。

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