「ほっ、報告は以上です」
駐英大使の娘の護衛任務から2ヶ月。
海軍式の敬礼をして帰艦報告をしているのは羽黒ちゃん。提督は「ご苦労だった。下がって休め」って言って何か考え込んでる。
羽黒ちゃんの一歩後で整列してた私達も、執務室を一緒に退室。けど、私一人だけ呼び止められたの。
‥‥‥あ、自己紹介が遅れちゃったね。川内だよ。うん?『かわうち』じゃないからね?『せんだい』だからね?
内心で夜戦のお誘いかなって思いながら私は留まった。事実他のみんなも、旗艦の羽黒ちゃんでさえも夜戦任務の話か何かだと思ったみたいだからね。昼間の戦闘だとやっぱり羽黒ちゃんと熊野が一番戦果をあげてるんだけどさ、夜戦となれば私だよね。夜戦に限れば魚雷の命中精度とか9割を越えるし。不知火には『貴女の魚雷には自動追尾機能でも付いているんですか?』って言われたけどさ、そんな魚雷有るわけないでしょ。私は普通にやってるつもりなんだけど。夜になると力が漲ってくるんだよねぇ。
それから、提督にも言われたんだけど、私の回避率の高さって、通常の川内型の数値を大きく越えてるんだって。そんな実感ないんだけど。不知火の話じゃないけどさ、敵の砲撃なんて追尾機能が有る訳じゃないんだし角度と向きが分かるし避けられるよね?こう、身体を捻って横に飛んで‥‥‥え?普通は出来ないの?何で?
それでさ、すっかり夜戦のお誘いだと思い込んでた私だったんだけど、実際は違った。提督の口から出たのは、予想してなかった言葉だった。
「川内、これは決定ではないんだが。お前に横須賀への異動の話が出ていてな」
んん?どういう事?何で私が?って悩んでるのが顔に出てたみたい。私、嘘つくのとか苦手だからさ。
「まあ、今すぐって訳じゃない。此方としてもお前には期待しているしな。簡単に『はいそうですか』なんぞ言えるか」
提督はああ言ってるけどさ、結局は上が決定したら従わなきゃいけない訳だし。まあ、急に言われるよりはマシだけど‥‥‥うーん、ちょっと寂しいかな。だってホラ、私の同期生って熊野と漣と夕立しかいない訳だし、今まで同じ艦隊でずっとやってきた訳だしさ。
横須賀も、元秘書艦の鈴谷が沈んで、その穴を埋めるような人材を探すのに苦労してるんだって。あれだけ大きな鎮守府なら後任なんてすぐ見つかりそうなものだけどね。高練度の軽・重巡洋艦ってなるとそうはいないみたい。なら足柄教官が現場復帰すればいいのにね?そうもいかないのか。
あーあ、これで私だけ離れての任務かぁ。
「それからな、川内」
「ん?提督、まだ有るの?」
今度は何かと思ったら、「熊野が眠れないそうだから夜に騒ぐな」だって。いやいやいや、夜に騒がないでいつ騒ぐのさ!夜にやるから夜戦っていうんでしょ?みんな夜戦好きだよね?
◆◆◆◆◆◆
「やれやれ」
川内さんが出てった後。提督さんがドカッと椅子に座った。頭痛の種は尽きないっぽい。あ、アタシのせいじゃないから!原因はやっぱり川内さん。呉の今後の主力を担う筈だった川内さんを引き抜かれそうで、提督さんも悩んでる。
「提督、この間の夕立ちゃんの件もありましたし、ここはやはり」
心配そうな翔鶴さんが、提督さんにお茶を渡しながら話してる。「そうだな‥‥‥」って言って、提督さんはそのお茶を啜ってるっぽい。ここ呉鎮守府には、実は戦艦が一人もいない。空母、軽・重巡洋艦、駆逐艦と潜水艦だけ。あ、あと給糧艦の伊良湖さん!アタシ、伊良湖さんだったらケッコンしてもいいっぽい!そしたら毎日美味しいスイーツが食べられるっぽい!!
間宮さん?うん、間宮さんは横須賀にいる。伊良湖さんのスイーツの師匠なんだって。間宮さんともケッコンすれば、スイーツ食べ放題‥‥‥!!
‥‥‥っと、そうじゃなかった。呉に戦艦がいないのは、提督さんが連繋とスピードと重視してるから。戦艦だと速度が遅いし、空母みたいにアウトレンジからって訳にもいかないし、当然被弾も増える。被弾が増えるって事は轟沈の可能性が高くなるって事。だから、これ迄は配備を渋ってたみたい。
けど、この前のアタシと戦艦棲姫の一戦があってから悩むようになったっぽい。やっぱり一撃の火力に勝る武蔵さんみたいな戦艦も必要なのかも、って。
「命には代えられない、か。分かった。人事には通しておく」
そう言って頷いた提督さん。「川内ちゃんの件はどうされますか?」っていう翔鶴さんに「そうだな‥‥‥『代わりに高速戦艦を寄越せ』と言っておけ」って。
「高速戦艦って‥‥‥まさか金剛型ですか?けれど、何処かに着任したという話は存じていませんが‥‥‥」
不思議そうな翔鶴さん。当たり前っぽい。だって、金剛型戦艦の艦娘はこの時点ではまだ海軍に居なかった。だから、この時は提督さんはそんな『もしも』の話をして川内さんの異動の件を無かった事にするんだって思ってた。
でも、違った。金剛型戦艦は着任はしてないけど、その候補の子はもう居たんだ。駐英大使の娘四姉妹の三女。そう。金剛型三番艦、榛名さん。
◆◆◆
「そうです。流石はポイポイ。やれば出来るじゃないですか」
微かに口元を緩ませてヌイヌイちゃんが誉めてくれた。今は海上訓練中っぽい。魚雷を標的に当てる練習‥‥‥なんだけど。アタシ、魚雷って苦手。この前みたいにごく近距離なら当たるんだけど、遠いと動かない的でも当てるのは大変。さっきもヌイヌイちゃんに手取り足取りして教えてもらってようやく命中。はぁ‥‥‥先は長いっぽいぃぃ。
アタシ、この2ヶ月間の出撃はほぼ毎回大破になってる。だってほら、戦艦棲姫の時に比べたら大した怪我じゃないし、まだ行ける!って思っちゃうっぽい。でも魚雷放っても当てられないし、やっぱり砲撃だけじゃ限界があって。毎回魚雷抱えて突撃って訳にも行かないから。
「大丈夫です。ポイポイなら直ぐに上手くなりますから」
ヌイヌイちゃんに(微かにだけど)微笑まれる。うん、なんだか出来る気がしてきた。アタシ頑張るっぽい!それにしてもヌイヌイちゃん、いい表情できるようになって来たっぽい。
「頑張ろうね、ヌイヌイちゃん!」
「ええ。目指すは駆逐艦No.1です。打倒島風です!」
アタシの肩に手を置いて空を指差してるヌイヌイちゃん。何だか大袈裟な気もするけど、みんなの足を引っ張らないように頑張らなくっちゃ。
えっと、それで。アタシとヌイヌイちゃんの隣で同じく魚雷の練習をしてたのが、漣ちゃんと吹雪ちゃん。この時二人はアタシ達の様子を見ながらこんな事を話してたっぽい。
「へぇ。不知火ちゃんが笑うところ、初めて見たかも」
「あ゛ー、吹雪ちゃん。違う違う。ヌイヌイが笑いかけるのって夕立に対してだけだから。ほら、ヌイヌイの顔よーく見て‥‥‥メスの顔してるっしょ?」
ちょっと!?あの時漣ちゃん達こんな話してたっぽい!?違うから!ヌイヌイちゃんだってきっと迷惑‥‥‥‥‥‥あれ?ヌイヌイちゃんが笑うのって何時もアタシの前だけだったっぽい?そういえばアタシに触ってる時のヌイヌイちゃん、少し顔が紅くなってたような‥‥‥?え゛?そうなの?そうなのっぽい!?
「あっ‥‥‥そうなんだ‥‥‥。大丈夫。私は不知火ちゃんの事応援する!」
ギャー!?吹雪ちゃんもあの時聞こえてないのをいい事にトンデモナイ事言ってたっぽいぃぃ!?次にヌイヌイちゃんと会った時どんな顔したらいいっぽい!?
「そうそう吹雪ちゃん。この前の出撃のあとに貰ったスイーツの券が4枚あるんだけどさ、終わったら食べに行かない?」
漣ちゃんのこの話は知ってる。出撃でアタシの大破もなく無事に完全勝利。その時に伊良湖さんのスイーツが食べられる券を一人1枚ずつ貰った‥‥‥うん、1枚ずつ。だから漣ちゃんが4枚持ってるのはおかしい。
「あれ?でもこの券って一人1枚ずつだったんじゃ?」
ほら、吹雪ちゃんも疑問に思ってる。けど漣ちゃんは‥‥‥「‥‥‥バレなきゃ犯罪じゃないんですよ?」って。えぇぇえ。
真相は。漣ちゃんに渡された券に綺麗に重なってて気付かなかったっぽい。で、ヌイヌイちゃんは漣ちゃん達の会話聞こえてたみたいで、口封じの代わりにアタシも含めた四人でスイーツ食べに行った。今思えば、ヌイヌイちゃんのアタシへの想いを他の人には黙ってるっていうのと交換条件だったっぽい‥‥‥。
‥‥‥あれ?瑞鶴さん、どうかしたっぽい?え?あの時にスイーツの券が足りなかったせいで瑞鶴さんが疑われた?えっと‥‥‥にっ、逃げるっぽいぃぃぃ!!
瑞鶴さんですし仕方無いです。日頃の行いです。
榛名の着任はもう少し先。その前にあの御方が着任します。