「猶予などありません!出撃準備急いでください!」
ドック内に妙高さんの声が響きます。補給はしてあるとは言え、抜錨前の艤装の点検、弾薬量のチェック、それと金剛さんと妙高さんには対艦爆用に三式弾の搭載。多少の時間は掛かってしまいますわ。
熊野です。
今は横須賀鎮守府の抜錨直前のドック内ですわ。妖精さん達が慌ただしく艤装の準備をしております。はい?こんな時なのにわたくしが冷静なように見える、ですか?冗談はよしてくださいな。これでも相当焦っておりますわよ?
「Hurry up!!間に合わなくなりマース!!」
金剛さんも先程からずっとイライラしているようですわね。それはそうです。何せ夕星さんが対峙している相手はあのレ級です。彼女一人で対処できるような相手ではありませんわ。しかも、今の夕星さんの身体で果たして何処まで戦えるか‥‥‥。
榛名さんや川内さんは万が一の可能性に備えて待機。お二人まで出撃した所にもしも中枢棲姫が攻めてきたら、という事態も考えておかなくてはなりません。レ級すら陽動という可能性も決してゼロではない以上、鎮守府に戦力は残しておかなくてはなりませんので。
それにしても、まだですの?夕星さんが戦える時間など十数分と無いのですわよ?彼女が倒れる前に戦場に着かなくてはならないというのに!
「まだですの!?もう抜錨しないと、夕星さんが‥‥‥!」
これ以上は待てませんわ!点検など後回しでも構いません!少しでも、少しでも早く出ないと!
「落ち着かないか、クマノ。焦っても良い結果は出ない」
グラーフさん‥‥‥ええ、貴女に言われなくともそんな事分かっております。けれど、理解しているのとそれを実践できるかどうかというのは別です。わたくしにとって夕星さんは親友であり戦友。その彼女の命の危機に焦るなというのは無理ですわ。
わたくし達のやる事はたった一つ。レ級の撃沈、若しくは撃退。勿論、夕星さんを保護する事が大前提ですわ。メンバーは戦艦の金剛さん、空母のグラーフさん、重巡の妙高さん、わたくし、重雷装巡洋艦の木曾さん、それから軽巡の阿武隈さん。水母棲姫、空母水鬼の討伐の為に長門さんや大和さん、大鳳さんや瑞鶴さんら主力をバラバラにされたのは痛い所ですわね。
やっと準備が終わったようですわね。此れであとは‥‥‥っと、漸く阿武隈さんが現れましたわね。今回の艦隊の旗艦ですし、提督から作戦を授かってきたのでしょう。
「お待たせしました!旗艦阿武隈です!時間が無いので概要は海上を移動しながら説明します!それから提督から伝言です!『殴ってでも沖立を連れて帰って来い』だそうです!」
フフ‥‥‥フフフ。臨む所ですわ。少々無茶が過ぎる彼女には相応の躾も必要ですわよね?夕星さん、待っていなさい。この熊野が、貴女を更生させてみせますわ。『二度と抜錨しようだなんて考えない』ように。
「待ってマシター!さあ、皆サン、follow me!!着いてきてくだサイネー!」
叫んだ金剛さんが一番に出て行きました。其々決意を秘めた表情を見せながら、グラーフさん、木曾さん、妙高さんがそれに続いて抜錨。
さあ、わたくしも抜錨しますわ。夕星さん、貴女を死なせたりしませんわよ?あの子のお姉さん‥‥‥亡き鈴谷に誓って、絶対に。
「ちょっとぉ!!旗艦は阿武隈なんですけどぉ!!皆さんあたしの指示に従ってください!んぅぅ、従ってくださぁいぃい!!」
‥‥‥かなり遅れて後方から海上を走る阿武隈さん。実力は確かなのですけれど、ええ。
まぁ、極度に張り詰め過ぎたこの緊張状態を解す、という意味では善いのかと思いますわ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『今のは危なかったね』
身体を捻って左舷側に半身分ずれたアタシの右腕の隣を、レ級の砲撃が掠めて飛んでいく。
鈴谷妖精さんに載せてもらった装備のお陰。正直言って身体の反応は良くないけれど、上乗せされたスピードのお陰で以前と同じ程度には避けられてるっぽい。動く度に身体には痛みが走るけど、耐えられない程ではない。
「平気平気。あの程度ならまだまだ避けられるっぽい!」
左足を曲げて、左膝と左掌を海面に着けてバランスを取りながら大きく左に旋回。空いてる右手の砲をレ級に向かって放つ。直撃しても決定打にはなり得ないけど、次の攻撃迄の時間稼ぎ程度には出来るっぽい。
「アハハハハッ!」
レ級は余裕みたいで、ふざけた笑いを響かせながらアタシに向かって魚雷を撃ってくる。1、2‥‥‥雷跡が3本。アタシは魚雷を一本抜いて左に放り投げて、それを砲撃。爆風で旋回のスピードにブレーキを掛ける。ブレーキを掛けなければアタシが今当に通ってたであろう線上を、レ級の魚雷が走り抜けていく。
「無理シナクテモイイノヨ?」
本当にムカっと来るけど、レ級は今のアタシの身体の状況を把握してるっぽい。ただ、予想以上に速いアタシに苛ついている感じもある。
沖立よ。地が出てる?ごめんね、余裕無いの。一瞬でも気を抜いたらやられる。ううん、それだけじゃない。気を抜いたら身体が動かなくなる。
ブレーキが掛かって旋回がゆっくりになったタイミングで、今度は前へ。レ級も勿論砲撃してくるけど、この距離なら平気、避けられるっぽい。
「よっと」
魚雷を二本、レ級に向かって放つ。そのままなら当然避けられるけど、雷撃は本来の目的じゃない。アタシはその自身が撃った魚雷を砲撃、命中して爆発。一瞬それに気をとられたレ級の足元目掛けて再度雷撃。流石にあの距離なら反応せざるを得ないレ級が構えた所に、またアタシは魚雷を砲撃、爆破。勢いそのままに、今度は完全に視界を塞いだレ級の後方へ。先ずはあの忌々しい尾を引きちぎってやるっぽい。
よし、今っ!って思って左手で魚雷を抜こうとしたんだけど、発射管の2、3、4番がロックされて抜けない。仕方無く1番の魚雷を尾に向かって投げつけたんだけど、火力が足りない。レ級は「ウグッ」ってうめき声をあげてバランスは崩したけど、尾の切断には程遠いダメージっぽい。
「なんで止めたの!?」
勿論、ロックを掛けたのは鈴谷妖精さん。レ級から一端距離を離しながら怒鳴ったアタシの事を睨み付けながら、鈴谷妖精さんが叫ぶ。
『止めるに決まってんじゃん!夕立の左腕も吹き飛んでたよ、止めなかったら!』
うん、そんなの分かってたっぽい。けど、今重要なのはアタシの左腕じゃないでしょ?尾を吹き飛ばす事の方が余程重要。尾を吹き飛ばせばきっとレ級はバランスを失って、アタシが戦いやすくなる。時間が無いんだし、腕の一本や二本気にしてられないっぽい。
「分かってるっぽい!」
『分かってないよ!』
アタシも鈴谷妖精さんも口論はするけど、勿論視線は二人ともレ級からは離さない。『分かってない!今の夕立じゃ、腕を失ったら入渠したって戻らないんだよ!!』って怒鳴る鈴谷妖精さん。そんな事分かってるっぽい。けど、左腕の犠牲で戦況を有利に出来るならそれも仕方無い。
「アタシの腕とレ級を止める事、どっちが重要かって事っぽい」
耳元で『この馬鹿!』って叫ぶ鈴谷妖精さんを無視して、アタシは再び前進。最大戦速で走りながら、砲撃の雨を避ける。その都度身体が軋むけど、弱音を吐いてる余裕なんて無いっぽい。
アタシの間合いまで詰めて、砲を向けたタイミング。レ級が艦爆を発艦。当然今のアタシの装備じゃ避ける以外の対処方法は無いっぽい。
『あーもー、こんな時に!』
大丈夫、まだ動ける。
レ級の方は砲雷撃の兆候があったら知らせてくれるよう鈴谷妖精さんに任せて、アタシはチラッと空へと視線を向けた。爆撃を避けながらレ級に接近して、どうにか魚雷をぶつけないと。
‥‥‥って思った瞬間だった。激しい胸の痛みに襲われて、嘔吐感が込み上げてくる。思わずスピードを落として右手で口を抑えて、上がってきた内容物を吐き出したんだけど‥‥‥。
『‥‥‥夕立!?』
不味い、不味いっぽい。耳元で叫ぶ鈴谷妖精さんの声が、少しずつ遠くなってく。アタシの吐き出した真っ赤な血で染まった右掌を見つめて茫然とするアタシの耳に、何かが空気を切り裂いて飛んでくる音が聞こえて。
衝撃を全身に感じながら、アタシは意識を手放した。
みんな大好き秘密兵器、アブゥこと阿武隈の初セリフ。
まあ、彼女はこんなです。
前回何故かレ級戦を引っ張った理由がこれです。
次回につづく。
提督の皆様、春イベントお疲れ様でした。ドロップ運の無い私には海域突破報酬でのガングートさんと大鷹さんは有り難い。しかしながら前回の掘り同様、結局占守さんはドロップせずでした。
択捉ドロップしなくてもまぁいっか、と思ってた矢先に択捉、占守諦めて半ばやけくそと気分転換で行ったE-3で神威ドロップしましたけど。やっぱり物欲センサーは怖い。