「‥‥‥‥‥夕星さん!」
最初に見えたのは、熊野さんの姿。って言ってもその時私は意識を失ってたから、正確に言えば熊野さんを見たのは私の身体を動かしてた鈴谷妖精さん‥‥‥まあ、今の鈴谷さんのお姉さんだけど。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥く‥‥‥まの‥‥‥」
この時はもう、私の身体は立っているのもやっと。鈴谷妖精さんも声を出すのも辛い状態で、熊野さん達の合流までよく頑張ってくれた。
熊野さんの胸に倒れ込んで、弱々しく息をする。そうね‥‥‥艦娘が感じる筈の痛みも、当然乗り込んでる鈴谷妖精さんにもフィードバックされてる。そうじゃなきゃ怪我で身体がどの程度の被害を受けてるか分からなくて危険だからね。ごめんね、鈴谷妖精さん。私の痛みまで負担させちゃって。辛いよね、痛いよね?
「確りしてください!‥‥‥鈴谷は?鈴谷も無事なんですわよね!?そうだと言ってください、夕星さんッ!」
「いた‥‥‥い‥‥‥よ、熊‥‥‥野」
木曾さんに「止めないか、熊野!」って怒鳴られるまで、熊野さんは反応の薄い私の身体をユサユサと揺すっていた。やっと我に返って「もっ‥‥‥申し訳ありません」って涙目で謝る熊野さんには普段の冷静さや優雅さは一切無くて、誰が見ても動揺して呆然自失なのが分かる。今の状態ではレ級と戦わせる訳にはいかない。阿武隈さんや金剛さんもそう判断したみたいで。
『霧島、行けマスネ?』
『勿論です、御姉様』
霧島さんは私の身体を守りながらの戦闘のせいで中破。主砲も半分ほどしか動かないけど、今の状態の熊野さんよりは動けると判断したっぽいわ。
「という事だそうだ。後は俺達に任せろ」
私の身体を抱き支えたままの熊野さんの右肩にポン、と手を置いて、木曾さんが微かに笑みを見せる。「でっ、ですが」って反論しようとした熊野さんの頭に、木曾さんは自分の被ってる帽子を深く被せて背中を向けたわ。
「心配するな。俺が居る限り誰も沈ませやしない。お前は安心して少佐の面倒をみておけ。レ級には本当の戦闘ってヤツを、教えてやるさ‥‥‥さあ、行け!」
「木曾さん‥‥‥貴女って人は」
涙を堪えて、やっと笑みを見せた熊野さん。私を抱いて木曾さんに背中を向けた。「申し訳ありません、皆さん。この熊野、夕星さんと離脱しますわ」って通信したあと、海上を走り始めた。
熊野さんが離れた後。通信を繋ぎっぱなしで二人のやり取りを聞いていた阿武隈さん、『そんなだから、木曾さんは男性にモテないんですよ?』って木曾さんに一言。木曾さんは木曾さんで「恋愛など興味は無い」って言い切ってニヤリとして前を向いた。
「行くぞ、阿武隈」
『分かってます!』
阿武隈さんと木曾さんは同時に甲標的を射出、戦闘は再開されたわ。
丁度霧島さんを庇うように最前線に立った、不敵な笑みを浮かべる金剛さん。それから、ニヘラとまだまだ余裕の表情のレ級が向かい会ったっぽいわ。
『金剛‥‥‥マタ何時デモ『コッチ』ニ来テクレテイイノヨ?』
「冗談じゃないデース!今度はお前にあの悪夢を味わわせてやりマース!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「く‥‥‥まの、ごめん‥‥‥ね」
「身体に障ります、喋らないでくださいな‥‥‥わたくしなら、大丈夫ですわ」
横須賀へと向かう海上。こんな状態の夕星さんにまで心配されるなんて。駄目ですわね、わたくしは。動揺が隠せませんわ。
「熊‥‥‥野」
「ですから夕星さん、喋らな‥‥‥」
言いかけて。わたくしは漸く違和感に気付きました。先程迄は余裕など全く無い心理状態でしたので、こんな分かりやすい違和感すら流してしまっていましたわ。
そう、『熊野』。夕星さんは先程からずっと、わたくしの事を呼び捨てにしているではありませんか。過去、どんなに酷い怪我を負おうとも、どんなに余裕の無い状態にあろうとも。夕星さんは一度たりともわたくしの名を呼び捨てにした事など有りませんでしたのに。
「夕星さん?あの」
「あり‥‥‥がと‥‥‥ね」
非常に苦しいそうにしながら、夕星さんはわたくしの巻いているスカーフを弱々しく撫でていました。その行動の意味が、最初は正確に理解出来ていませんでしたわね。怪我のせいで弱気になっているだけかとも思いましたけれど、夕星さんのそんな姿見たことは有りませんし。
‥‥‥ですが。その震える手がわたくしの髪へと伸びて、ヘアピンに触れて。そうです。わたくしが今身に付けているスカーフもヘアピンも、『あの』鈴谷の形見。とは言ってもわたくしがそう言わなければ分からない代物です。特に、スカーフは。
「わたくしも、もう逃げませんわ。夕星さん、本当の事を言ってくださる?」
現実を受け止めなくては。夕星さんの行動を見てそう決意しました。例えそれが、わたくしの心の傷を更に抉るような現実であったとしても。そうでなくては鈴谷に顔向け出来ません。
「しっか‥‥り、ささ‥‥‥えて」
今の状態は、わたくしが夕星さんを支えながら二人で海上を走っている状態。わたくしに更に体重を預けるように凭れ掛かってきた夕星さんの行動に少しだけ戸惑ったものの、きっと身体が辛いのだろうと思って確りと抱き留めましたわ。
次の瞬間、夕星さんの身体から力が抜けて、わたくしの身体にその全体重が掛かりました。間違っても離さないよう慌てて強く抱き締めましたわね。まさか、と一瞬ヒヤリとしましたけれど、体温も確りとあるし脈だってちゃんとある。気を失っただけかとホッとした時でしたわね。
『‥‥‥うへぇ、死ぬかと思ったよ。全く、夕立ってばこんな無理しちゃってさぁ』
一瞬、自分の耳を疑いましたわね。何せ、居る筈の無い鈴谷の声が何処からか聞こえたのですから。遂に幻聴が聴こえる程に自分の精神が滅入っているのかと溜め息をつきましたわ。
「ハァ‥‥‥駄目ですわね。わたくしがこんな体たらくでは鈴谷に会わせる顔が有りませんわね」
『あのさぁ、居ない事にしないでもらえる?』
幻聴ではありませんでしたわ。声は夕星さんの首もと辺りから聴こえました。よくよく見てみれば、そこには妖精さんが一人座っておりました。
ああ、そういう事でしたのね。妖精さんですか。妖精さん‥‥‥ですが、この妖精さん、強烈な既視感がする、と言いますか‥‥‥。
『えっとさ。久しぶりだね、熊野』
「あの‥‥‥何処かでお会いしましたか?」
その妖精さんと会うのは初めての筈です。しかしながら、わたくしの本能が、『重巡洋艦熊野の魂』がそうは言っていない。
着ている服こそ違いますし髪型もポニーテールですが、その髪色は紛れもなく綺麗なエメラルドグリーン。それに、今わたくしがしている鈴谷の形見のものと同じ意匠のヘアピン。その声にしても、似ているというにはあまりにもソックリではありませんか。わたくしはもう、祈るような思いで問いましたわ。
「妖精さん、貴女は‥‥‥?」
『あー。先ずさ、鈴谷は無事だよ。今頃はちゃんと空母水鬼と戦ってる筈だから』
第一声は期待とは違いましたが、安堵はしましたわ。鈴谷は沈んでいない。それだけでわたくしの心はかなり軽くなりました。『横須賀に戻ったら提督に聞いてみなよ。嘘じゃないって分かるから』とも言っていましたわ。一度気持ちを上げてから突き落とすような真似をしても何のメリットも有りませんし、嘘をついている訳はないでしょうし。
「態々伝えてくださってありがとうございます」
『表情、少し良くなったみたいだね。良かった』
っと、そうでした。確かにそれも聞きたかった事ではありますが、それだけではありません。妖精さん、今は貴女の事ですわ。
『『私』のスカーフ、今も使ってくれてるんだね』
嗚呼、駄目ですわ。今はこんな事態だというのに、口許が緩んでしまっています。心の底から暖かいモノが溢れてきて、わたくしの涙腺を刺激して。とっくに気持ちは整理してあったと思っていましたのに。涙が‥‥‥涙が、止まりませんわ。
「確かに言いましたわね?『私の』、と!」
つい興奮してしまい、夕星さんを強く抱き締め過ぎてしまっていました。ハッと我に返って、その手を緩めたわたくしの右肩に、その妖精さん‥‥‥ええっと、夕星さんは『鈴谷妖精さん』と呼んでいらしたのでしたわよね?‥‥‥はちょこん、と座りましたわ。
『信じてくれるんだね』
「当然‥‥‥ですわ!貴女とは魂で繋がっていますから」
馬鹿、馬鹿馬鹿。どうしてこんな事に、こんな遅くなってからわたくしの目の前に現れたのですか。しかも、こんな可愛らしい姿になって。もうっ、この熊野を泣かせた罪は重いですわよ?
『そう‥‥‥だね。うん。熊野、ありがと。だから、もう泣かないで』
肩に腰掛け、泣きじゃくるわたくしの項辺りを擦ってくれる鈴谷妖精さん。全く、夕星さんをいち早く横須賀へと運ばなくてはならないというのに。視界が涙のせいでぐちゃぐちゃですわ。それに、この高揚感は一体どうしてくれますの?
『今は取り敢えずさ、夕立を治療しないと。かなり危険な状態だからね』
「この馬鹿っ!貴女に言われなくても分かっていますわ‥‥‥『鈴谷』!」
やだ、木曾さんが男前‥‥‥
記述からも分かる通り、木曾とアブゥは改二です。という訳で、此方も戦闘再開。え?レ級と金剛のやり取りですか?何の事やら分かりませんな。
熊野改二が来ましたね。あー、このSSではどうしよっかなぁ。熊野も軽空母かぁ‥‥‥。
大鷹、長門、熊野と設計図必要な改二が立て続け、由良の分の設計図も確保しておくとなると‥‥‥鈴谷に二枚使ったのは早計でしたかねぇ。ちょっとEO行ってきます()