抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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ずっと、ずっと後で

 

重い瞳を開けてみると、見たことの無い光景が広がっていたわ。辺り一面‥‥‥ううん、何もなくて、ただ真っ白な空間が広がってるだけ。何かに寄り掛かって眠ってたみたい。此処は何処なのか分からないし、一先ず辺りを散策してみよう、って思って立ち上がろうとしたんだけど、背中に重量感を感じて立ち上がれなかった。あれ?って思ってその背中に視線を向けてみたわ。

私が背負っていたのは‥‥‥私の、『駆逐艦夕立』の艤装。けれどそれは酷く損傷していて、今にも崩れ落ちそうなくらいの状態だったわ。

もう使えそうにないし、辺りを探索するのには向かないし、取り敢えず此処に置いておこうと外そうとしたんだけど、外れない。其れ処か艤装に触れた瞬間、私の身体に激痛が走った。まるで艤装が私の身体の一部であるかのように。その痛みに思わず両手で身体を押さえて、気が付いた。私の両手は傷だらけ。ううん、少なくとも見える部分は全部っぽいわ。

暫くの間痛みに耐えて、落ち着くのを待ってゆっくりと立ち上がったわ。此処に留まってもいられないし、どうにか‥‥‥あれっ‥‥‥私、確かレ級と戦って、血を吐いて‥‥‥。

 

そう思った時ね。前方、遠くに人影が見えた。あの人が何か知っているかも知れないと思って、ゆっくりだけど歩き始めたわ。

 

居たのは、女の子だった。その子は私に背中を向けて鋼鉄製のベンチに座ってた。「あの」って声を掛けてみると、その子はコッチを振り向いた。

私は言葉を失ったわ。

 

側頭部から飛び出した房が輪を描くように後頭部へと流れている、独特の茶色のボブヘアー。左の髪にはヘアピン。薄茶色の瞳を向けたその子の顔は、忘れもしない『奴』と同じ顔。思わず私の口から言葉が洩れた。

 

「レ級‥‥‥」

 

『失礼しちゃうわね。まぁ、違わないけど』

 

そう答えたその子をよくよく見てみると、深海棲艦みたいな生気の無い青白い肌とは違った、人間の肌色。それに、暁型のセーラー服に特Ⅲ型のバッジ。それで、私はこう思った。『あ、そっか。私‥‥‥死んだんだ』って。

 

「雷ちゃん、よね?」

 

『そうだけど、違うかな。もう私は『艦娘』じゃないもの』

 

彼女は困ったような表情で苦笑いしてる。そう。彼女こそ、あの『戦艦レ級』の元になった少女。元・初代駆逐艦雷だったわ。

 

彼女はベンチに座ったまま。特に何かをしている訳じゃない。私には一瞬視線を合わせたけれど、また視線は外して何処か遠くを眺めてた。

 

「何してるの?」

 

『友達を待ってるの。辛い思いさせちゃったから』

 

本当は『此処はあの世?』って聞こうと思ったんだけど、それは聞いたら駄目な気がして。じっと、だけどぼんやりと遠くを眺める彼女にそう尋ねてみた。辛い思いっていうのが何かは私にも何となく想像はできたけど、口にはしなかったわ。

 

「友達は‥‥‥いつ来るの?」

 

『さあ?まだまだ来ないんじゃない?でもいつかは来るから。その時には謝るわ。それから、貴女にも謝らなきゃね。私のせいで、ごめんなさい』

 

それで『あ、それと』って言葉を付け足した雷ちゃん。『貴女はまだ死んでないわよ』って。あ、じゃあ此処はあの世と此の世の間なのかな?

 

「じゃあ、私はまだ戻れるって事?」

 

彼女は表情を曇らせたわ。『今のままでは無理ね。貴女はもう死にかけてる』って。

 

『ほら、貴女の背負ってる艤装。それに貴女の身体じゅうの傷。『貴女の魂』と『駆逐艦夕立の魂』が負った傷よ?そこまで傷付いてしまったら、普通ならもう戻れないわ』

 

「そっか」

 

仕方無いっぽいわよね。こんな身体であれだけ無理をして、レ級に致命傷まで負わされて。死なない方が不思議だもの。けど、時間稼ぎくらいは出来たかな。支援艦隊はうまくやってくれたかな?‥‥‥ごめんね、ヌイヌイちゃん。また貴女を傷付けちゃったわね。

 

私はそう諦めかけた。そしたら、身体が少しずつ薄れてきて。あ、きっとこのままあの世に行くのかなって思った時ね。頭上から誰かの声が聞こえたの。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥駄目っぽい!』

 

そのまま私の上に誰かが落ちてきて。私は倒れてその誰かに馬乗りにされたわ。正直、身体がバラバラになるかと思ったくらい痛かったけど。まぁ、その子も意図した訳では無かったみたいで、慌てて『ごっ、ごごごごめんなさいっぽい!?』って謝ってはくれた。

 

犬耳みたいに跳ねてて、毛先がうっすら赤いグラデーションの独特の金髪、赤い瞳に白露型の黒ベースの制服、それに純白のマフラー。その表情は忘れもしない『あの駆逐棲姫』と同じ、その彼女。『まだ認めちゃ駄目っぽい!』って私の両手を掴んだのは、先代の夕立。

 

『まだ貴女は死んでないっぽい!まだ助かるから!だから認めちゃ駄目!』

 

そう言って、彼女は私の背負ってる艤装に手を伸ばした。瞬間、私の身体は少しだけど軽くなって、身体の痛みも和らいだ。あれ?って思って両手を見てみたら、傷が半分くらい無くなってて、背中を向いてみると艤装も中破の状態くらいまで修復されてたわ。「あのっ」って先代夕立に声を掛けようとして、私はまた言葉を失った。ううん、言葉に詰まった。私の身体にあった傷は、半分くらい先代夕立に移っていて、その彼女の背中にはさっきまでは無かった駆逐艦夕立の艤装。それも、私が今背負ってるのと同じくらいの損傷のもの。

 

『貴女の駆逐艦夕立の魂は、半分は元々私のモノっぽい。だから、傷は私が引き受けてあげられるっぽい‥‥‥全部は無理だけど』

 

雷ちゃんが『夕立はね、貴女の事ずっと待ってたのよ?』って笑ってくれた。御礼を言いたかったんだって。駆逐棲姫を止めてくれた御礼を。

 

『だから、貴女は戻るっぽい!』

 

彼女が、先代夕立が引き受けてくれたお陰で、私の『駆逐艦夕立の魂』が持つ艦娘としての力が完全にはまだ遠いけど機能し始めた。

 

『お話、後でたくさん聞かせて欲しいっぽい。あ、でもずっと、ずっとずっと、ずーっと後でいいから!』

 

「ええ、ありがとう」

 

私は彼女に微笑んだ。ゆっくりとだけど、先代夕立と先代雷ちゃんの姿が見えなくなっていく。『待ってるっぽい!』って先代夕立の声と、『私も待ってるわ。不知火さんの話もゆっくり聞かせてね』って先代雷ちゃんの声が聞こえたのを最後に、私の意識は途切れたわ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

工作艦、明石です。

今は深夜。

私は工廠に設けられた特別施設に居ます。軍医の皆さんが精一杯治療してくださった沖立さんを預かっています。彼女は今、アチラに見えるカプセル型装置の中。あの中は入渠ドックのものと同じ液体に高速修復剤を混ぜたもので満たされてます。その中に、人工呼吸器を付けた沖立さんを入れています。

彼女の艦娘としての回復力は微々たるものかも知れませんけれど、入渠させないよりは幾分かはマシですから。

それでも、彼女は既に自発的な呼吸はしていなくて機械頼りですし、いつ止まってもおかしくないくらい心拍も弱々しいものです。これは私の個人的な見解ですが、あまり口にはしたくありませんが彼女は‥‥‥今夜を越えられない。彼女は恐らく‥‥‥。

艦娘の轟沈は、いつになっても辛いものです。私は戦える艦娘ではないので、余計に。何度あっても慣れるものではありませんよ。けれど、それは私が現場に居ないから、死の瞬間を見ていないからまだ耐えられるのだと思います。こうして間近に、目の前で死を感じるというのはあまりにも‥‥‥。そう考えると、曙ちゃん達がどれ程の辛さに耐えているのか。私には分かりません。

 

出来るなら、知り合いの死を看取るなんてしたくはないんですけれどね。奇跡でも起きないでしょうかね。この入渠用の液体と高速修復剤も、今の沖立さんに効果なんて殆んど無い‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれっ?待ってください、心拍がさっきより‥‥‥脈拍が少し回復してる?脳波にも動きが‥‥‥うそ‥‥‥沖立さんの艦娘の魂は殆んど機能してない筈なのに、少しずつだけど今になって入渠で回復してきている?

 

たっ、大変!山本提督を呼んでこなきゃ!提督!提督~!沖立さんが、沖立さんが!

 

 




という訳で。ポイポイさん、峠は越えられそうです。
あー、でも起きたら大目玉確定ですけど。


あ、ヌイヌイちゃん進水日おめでとうです。

ところで‥‥‥瑞雲バスツアーって何?

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